最初の事件の証明をせよ3

 上から落ちる水音が、段々大きくなって、跳ね返った飛沫も感じる近さになると、シャロさんは立ち止まって上を見上げていた。

足元にはスライム達が、ぽよんぽよんといった効果音をだしながら、無邪気に、不規則に跳ねている。

「へぇ、なるほど。これでQ.E.D.なわけだ。」

「え?」

シャロさんは一人で勝手に呟き、納得し、目を閉じて数秒。ボクの聞き返しに答える気もなく。

そして、ゆっくりと目を開くと、さっきまでのおふざけ調子はどこへ行ったのやら、やたら真剣な面持ちでボクの方を見つめた。

その瞳に、少しドキッと胸がざわついたが、ソレはボクを見たわけでもなく、ただただ真実を見ていたのだった。

「さぁ、答え合わせの時間だ、トワソン君。治安部隊第2番隊隊長ジェロウ消息不明事件の真相証明をしようじゃないか」

そう意気揚々と宣言した彼女は、まず最初に滝の上の方を指差した。


「あそこに何が見えるかい?」

「えっ?」

 いきなり質問されたボクは、驚きながらも、答えるため、その方向にジッと目を向け付近を観察した。

滝は、数十mはあるだろうか。水が落ち始める崖の先が見えないことはないが、ゴツゴツした岩で周りを固められている。

常に飛沫が舞い、水の落ちる勢いと流れで、吹いている風とは違う空気の流れがある中、上の方の岩の隙間で何やら細かく揺れている物があった。

「あれは……花?」

「正解だ。君は聞いたことがないかい? 『何でも治してしまうという伝説の花』の話を。」

「え、あ……」

ボクの脳裏には、昨晩の出来事が過ぎった。シヴさんが付けてくれた薬。名前こそ言ってなかったが、確かに効き目は抜群だった。それはボクが身をもって体験している。

「あれが、そうなんですか?」

「そう。……と言いたいところだけど、あれはモドキだろうね」

「モドキ?」

「モドキソウ。その名称の前には元の花の名前が付くが。つまりは偽物だよ。モドキソウはそれぞれ本物と大差ない見た目をしていて、素人には見ただけで判別はできない。その本質、何も効能やら性能は持ち合わせていないのだよ。まぁその擬態だけで素晴らしい能力と言えるけども。」

「じゃあなんでシャロさんには分かるんですか?」

「名探偵だから、と答えたい所だけど。そんな伝説の花がこんな簡単なところに咲いてしまっては困るから。所謂、世界のバランスの話とも言えるが……。そんなことは今、この事件に関係ない話だよ。」

上手くはぐらかされた気もするが、確かに事件解決には関係ないので、大人しく流すことにし、質問を変える。

「それで、このモドキソウがどうかしたんですか?」

「素人には見ただけで判別できない。と言っただろう。つまり彼はアレを採りに来たのさ」

「彼……?」

「ジェロウだよ」


「?」

 唐突に事件の張本人と話が繋がり、混乱するボクは聞き返した。

「どういうことですか?」

「彼は、休日の前の晩。ここに来たんだよ。アレ……モドキソウを採りに。彼の最初の不幸は、モドキソウを本物と間違えていたことだね。」

「……何故、ジェロウさんがここに来て、その花を採りに来る必要があったんですか?」

「ジェロウがここに来たのは、初めてではないんだろう。治安部隊の偵察圏内だしね。以前からアレを見つけていたんじゃないか? だが、特に金に困ってるわけでもなく、必要性や興味もさほど感じていなかったんだろう。ある人と出会うまでは。」

「あ……アズカさん……」

ボクは、アズカさんの話を聞いて、ジェロウさんがどれだけアズカさんを大切にしていたかは分かっていた。

「そう、確か彼女は元々弱視で、生活に不便しているんじゃなかったかな。……一人の人間を変えてしまう、出会いという運命は恐いものだね。」

「つまり、アズカさんの為に、あの花……実際はモドキソウですけど、を採り来たんですね」

「そうだね。そして、次の不幸が起こる。」

「え……」

「正確には彼はアレを採れていないんだよ。自分の力を過信していたんだろうね。夜更けだったこともあるが、水気も多く足場は不安定。滑りもするだろうね。そんな中、一人でこの崖を無事に登らなければアレを採ることすら叶わないだろう」

「……それが、叶わなかったんですね」

ボクはその姿を想像し、なんとも言えない気持ちになった。が、ここで疑問は残る。

「……例えば、ですけど。ここを滑り落ちてしまった彼は、死んでしまったんですか? それだとしても──」

ボクが言ってしまう前に、シャロさんはその疑問に対して続けるように話す。

「例えばではなく、真実だけどね。君の質問はもっともだよ。死んだとしたら、なぜ死体がないのか?」

ゴクリ。とボクは息を飲む。

「それが彼の最後の不幸さ。落ちた先が悪かった。」

「悪かった?」

「ここには、こいつらが沢山生息するからね。」

と、シャロさんは自分達の足元を見ていた。

「スライム……?」

「こいつらの性能は知っているかい?」

「えっと……、そういえばエアちゃんに聞いたような……」

ボクはおぼろげな記憶を引っ張り出す。初めてスライムを見たときのエアちゃんの言葉。

──「スライムは、体内に物を取り込んで栄養摂取するんだって。でも弱いから自分より大きい物とか取り込めなくて、その辺に生えてる草とかが主な食事だって聞いた!」

「だから、長い時間体内に指とか入れてると、溶けちゃうかも……なんて」


「え、まさか……」

 ボクは自分の血の気が引いていくのがわかった。

「そのまさかさ。」

隣で話を聞いていたマリィさんも、衝撃的事実に口元を手で覆って驚いていた。

「確かに普段は弱すぎて、自分より大きい物を取り込めはしないだろう。だが、動かぬ死体なら? こいつらからしたら、栄養分の方から落ちてきたんだ。そんなラッキーなことはないだろう。」

考えるだけでゾッとすることを、淡々と告げるシャロさん。そう簡単に信じられないボクは、また質問を繰り返した。

「なんでそんなこと分かっ……」

今度は自分で言葉を止める。

なんでそんなことが分かるのか? その答えはボクも自分で辿り着いたからだった。

(タイミング的に、それしかない。それしかないが、そうだとしたらあまりにも……)

そんなボクの様子を見ていたシャロさんは、得意の怪しげな微笑みを見せるのだった。

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