最初の事件の証明をせよ2
翌朝、シャロさんとの待ち合わせは昼間なのに対して、落ち着いて寝てなどいられず、いつも以上に早く起きてしまった。
時間を持て余すよりは有効だろうと、昨日のシャロさんとの会話を思い出しながら、事件の時系列や出来事を整理する。
まず、最初にジェロウさんが消えたとされる日はいつなのか。三日前は2番隊の休日だった。そしてその前日の晩、アズカさんとジェロウさんは会っていて、休日の予定を組んでいた。
そして2番隊の休日明け、二日前に、ボクは巨大スライムを見に行ったエアちゃんの代わりとして屋敷へ行き、シャロさんに事件の相談で来ていた4番隊隊長ヨルさんと居合わせる。
ヨルさんからの情報で、ジェロウさんの欠勤を不審に思った2番隊が、午前中に家に押しかけて誰もいなかった。という事実は確認されている。
だから行方不明になったと思われる日、時間帯は、四日前の晩、アズカさんと会ってから、三日前の休日の丸一日、翌朝の治安部隊が出勤する時間まで。となる。
次に、昨日、ボクは聞き込みをしてジェロウさんの悪評を知る。2番隊の人達からは特に良い印象はなかった。誰もが、誰かが殺していてもおかしくない。と言っていたが、シャロさんはそれを否定した。理由としては、殺人をするメリットがこの世界ではあまりないのと、ジェロウさん自体が強いため、しても返り討ちに合う可能性が高いからだった。
けれど殺人じゃない。とはいえ、シャロさんによれば、ジェロウさんは既に亡くなっている。とのこと。
最後に聞き込みに行った飲食店で、ボクはジェロウさんを探していたアズカさんと出会う。その店主が言うに、ジェロウさんは一ヶ月前ほどから酒をやめ、態度も温厚になり始めていたらしい。
アズカさんは元々シェカントの出身ではなく、家が魔物に襲われ一時的な避難場所として、ジェロウさんが持っていた別の家でここ一ヶ月は暮らしていた。目が不自由で、ジェロウさんは毎晩のように食材など届けていたらしい。店主が言っていた時期と合う。アズカさんとの出会いがジェロウさんを変えたのだろうか。
あとは昨日、シャロさんへ報告に行った際、シャロさんがボクに確認をとるように気にしていたのは街の変化。路地裏の子供達が居なくなったと聞いたシャロさんは、やはり。と言っていた。
──すべての事象や、気になる点を羅列するとこのくらいだろうか。ボクにはジェロウさんが消えていなくなった真実はまだ見えていなかった。
ただボクは名探偵役ではない。あくまでボクは名探偵の助手役だ。ここから先は名探偵役に任せることにする。
「エインさーん、朝ごはん食べますかー?」
部屋の扉奥からエアちゃんの呼ぶ声が聞こえ、ボクはそれに返事をする。
「うん、着替えたらいくよ」
「わかりましたぁっ」
トットットットッと元気よく走り去る音を鳴らしているエアちゃんを確認して、昨晩の暗い気分が直ったらしいとホッとした。
朝食をゆっくり食べ、午前の仕事の手伝いをした後、シャロさんとの待ち合わせに向かうべく、エアちゃんに聞いた巨大スライム出現場所へと向かった。
その場所に近づくと、何やら水音が聞こえ始めた。その理由は全貌が見える頃には把握できた。
「滝……?」
エアちゃんからは、湖。と聞いていたが、そこには巨大な滝があり、その滝つぼが広く湖の意味も成していた。
「こんな場所もあるんだな……」
ポツリとそんな呟きが漏れる。この世界に来てから配達以外の場所に立ち入ったことがないため、基本的に都市シェカント、そこまでの道中、都市外れのシャロさん達のお屋敷までしか見聞がなかった。
新鮮な景色もあり、感心しながら眺めていると、後ろ側からタイヤを転がしたような音が聞こえ、同時に声もかけられた。
「そうか、君にとってこの景色は珍しいものだったかな?」
「おはようございます、いえ、こんにちは。ですね。エインさん」
「あ、こんにちは。マリィさん……にシャロさん?」
ボクは思わず目を見開いてしまった。
そこには、普段通りのメイド服でいるマリィさんと、その前に、古風な木で造られた車椅子に見えるものに座っている青いフリルのロリータを纏ったシャロさんがいた。
「ん? あー外で会うのは初めてだったね」
「はい……」
そういえば、いつもシャロさんは屋敷でソファーに座っていた。(最初なんてソファーからずり落ちたままでいた)立ち歩く姿は確かに見たことなかったな。とボクは思い返して一人で納得し、これ以上余計な詮索はしないことにした。
「さて。ここが現場だよ」
「現場って言っても。巨大スライムが出現した方ですよね?」
「そうだよ。ほら、もう少し滝側に近づくと分かるが、あの辺りなんて、いっぱいいるだろう」
シャロさんは指差し、ボクはその方向に目を向ける。確かにその辺りには、通常の川辺などにいるスライムの量とは比にならないほど、スライムが大量発生していた。
ボク達はその滝の近くまで行くために、湖のフチを歩き進んだ。するとマリィさんが止まり、必然的にシャロさんの車椅子も止まった。
「シャロ様。これ以上は……」
と足下を見ながらマリィさんは、シャロさんに告げる。
「?」
ボクも足下を確認すると、若干泥濘み始め、足場が悪かった。
(なるほど、これ以上車椅子じゃ進めないのか……)
ボクは気を利かすつもりで、声をかけようとしたその時
、微かにシャロさんの舌打ちが聞こえた。
「あーーーもう、めんどくさいなぁ!」
シャロさんは、そう一言大声で発したかと思うと、車椅子から降り、スカートをたくし上げながらズカズカと先へ進んでいった。
「………………?」
ボクは何が起きたのかわからず、その場で呆然としていた。
「何してるんだいトワソン君? 置いていってしまうよ?」
先を歩いたシャロさんは、不思議そうにボクに訊ねた。
「え、いや、え?」
「? あぁ、まさか君、ワタシの足が不自由なのかと思い込んだのかい?」
にまりと笑ったその表情は、実に不謹慎な気もした。
「だってさっき、外で会うのは……とか言ってましたよね?」
「あぁ、それはこの余所行きの格好の事かと思っていたよ」
と、たくし上げたままのスカートを軽く振った。
「シャロ様は五体満足でいらっしゃいますよ?」
マリィさんからも追い打ちをかけられる。
「えぇ、じゃあなんで……」
「そんなの決まってるじゃあないか」
「?」
「シャロ様は、とても面倒くさがり屋様なのです」
「えぇーーーー」
事件解決前にして、ボクにとっては衝撃の事実。
「くくく、からかったつもりもなかったが、実に君は面白いな」
「なっ、はぁーーーー」
ボクは大きなため息をついた。
「ほら、現場はすぐそこだ。そして、事件解決もまもなくだっ」
泥濘みに捕らわれないようになのか、駆けていくシャロさん。
「さすがに、走ったら危ないですよっ」
とマリィさんも主人の側まで駆けていく。
「本当に、大丈夫なのか……? こんなんで……」
ボクは、騙された(シャロさんは別に騙したわけではない)という感情と、我が名探偵の気まぐれさに頭痛を感じながら二人について行った。
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