増える謎の共通項を答えよ3
夕刻、いやもう夕暮れと言っていいだろう。生い茂る草木の中、ボクは息を切らしながらお屋敷へと走っていた。
「はぁー、着いた……」
ようやく辿り着いたボクは、玄関から入り、その重厚な扉を押し開けると中に入った途端へたり込んでしまう。
「おやおや、随分な重役出勤ぶりだと思えば」
「いや、はぁ、ほんと、どこでそんな、言葉を、知るんですか……」
息絶え絶えに、シャロさんの年に似合わない言葉遣いに対して疑問をぶつける。
「はい、お水どうぞ〜」
さすがのマリィさんだった。ボクがへたり込んだ直後には水を用意してくれていた。それを受け取り、ありがたくいただく。
「それで? 時間がかかったということは、それなりの成果があったってことでいいのかな?」
入り口にいるボクからの真正面、こちら側に向いている方のソファーに脚を組み、腕をも組みながら座り、見下ろしているフリルの少女は、とても上から目線で訊ねてきた。
「……ご期待に、応えられるかはわからないですが」
「ふふふ、それは楽しみだねぇ」
マリィさんにいただいた水を飲み直したボクは、改めて彼女の前へと赴いた。
「さて、何から訊こうか?」
少し悩んだ素振りをしたシャロさんは、ボクの方を片目でチラッと見て、わざとらしく閃いたようなポージングをとる。
「そもそもワタシは何を君に頼んだかな?」
「えぇっ!?」
これにはボクも驚き、大声を出してしまった。
「くくくく、やはり君をおちょく……からかうのは楽しいな」
「どっちでも意味同じですよ! 何なんですか!?」
ふと、それに仕えているマリィさんの方を見ても、主人の悪戯な態度は仕方ない。と捉えているようで、ただ微笑むだけだった。
「本題に入ろうか。トワソン君には、消えた騎士、治安部隊第2番隊隊長ジェロウの身辺調査をお願いしたんだったね」
急に真面目な顔をして本題に戻るシャーロットという名探偵。なるほどわからない。
「〜〜〜〜っ、はぁーー。はい。評判は、あまり良くなかったみたいです。」
深くため息をついて、リセットし、ボクも仕切り直した。
「ま、彼の酒癖の悪さはシェカント、イチだったからな。」
「……知っているんじゃないですか」
「そりゃシェカントで知らない人はいないだろう。いたとしたら田舎者か、異世界人だけだ。」
「…………じゃあ、やっぱり怨恨、とかですか?」
「何故、そう思ったのかい?」
「えっそれは……」
心底不思議そうに訊ねるシャロさんに少し戸惑う。
「普通に、嫌な思いをしていたり、恨んだりしたら勢い余って……ってこともあるんじゃないですか?」
「なるほど。それは君の世界での『普通』かもしれないね。」
「あ…………」
ここが異世界なのを忘れてはいないが、自分でも迂闊だった。ここは違う国。ということでもなく。世界ごと、その全てが違うのだ。
そう考えると、この世界の基準、つまり法律に値する何かが、ボクの世界とは別にあることになる。
「理解してくれたようだね」
ボクが自ら気付くのを待っていたかのように、声をかけるシャロさん。
「さて、その基本を抑えた上で言わせてもらうと、【この世界での人による殺人は、よっぽどのことがない限り、デメリットしかない】と言っていいだろう。」
シャロさんはその理由を続ける。
「それは何故か? この世界では命なんてモノ、優先順位が低いのだよ。それだけだ」
「優先順位が低い……?」
「あぁ、そうとも。軽い、とも言うかな。少なくとも、君のいた世界よりはずっと軽いだろう」
「そう、なんですね。でもなんで……」
カルチャーショックを受けつつ、知らなければならないことなのはボクでもわかった。
「それも簡単な話。剣や魔法があり、魔物がいる。常に戦闘や命の危険はあり、生死が身近だから。だね」
「………………」
確かにショッキングな話ではあったが、よくよく考えてみたら、この世界で暮らしている人達にはそれが当たり前で、そうやって世界が、暮らしが回っているのだった。
「で、さっきの。人による殺人はデメリットしかない。という話だが、この世界では殺人を犯したものはそれが判明した際、即座に処される。誰に、なのか、何に、なのかは突き止めないほうがいい。ワタシも知らないのでね」
妙に含みのある言い分が少し気にはなったが、本題ではないため流すことにする。
「まぁ、だから怨恨や報復? そんなくだらないもののために、この世界の住人は殺人をしないさ。例外はあるかもしれないが。それに、他にも理由はある。」
「? 他にもですか?」
「あぁ、ジェロウの地位は何だったかな?」
「治安部隊第2番隊隊長……」
「そう。そして、君も聞き込みしたから知っていると思うが、彼はその強さのみで、その地位まで成り上がった者だ。」
「なるほど……」
確かに皆、口を揃えて強さだけは評価していた。それほどまでに強いということは、つまり……
「誰もが迎え討たれる可能性が高いのに殺すなんて、リスクがありすぎると思わないかい?」
「そうですね……。確かに……」
けれど疑問がボクにはまだ残っていた。
「でも、その2番隊の人達に聞き込みをしたら、自分達の中の誰かが殺したかもしれない。自分たちはそれを知っていても誰も口を割ることはない。って言っていました」
その疑問に、シャロさんは、ふーん。と興味もなさそうにこう言った。
「それは彼らがそうしたい。そうだったらいいな。程度の、彼らなりに出した答えなんだろうね。実際、誰がやったのか言わないということは、知らないということでもある。そう思えないかい?」
「………………」
シャロさんの言い分は納得できる部分が多かった。確かに、2番隊の人達は誰がやったのかは言わなかったし、知らなかったから言えなかった。ということは大いにありえる。
「……でも、そうしたら何故消えたんでしょうか?」
こぼれた言葉は、問題がただ振り出しに戻っただけだった。
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