この邂逅の意味を答えよ4

「そうだ、君が助手役として活躍するといい」

「は?」

「ワタシが名探偵役だとしたら、君が助手役ということになる。という話さ。」

 彼女は何を言っているのだろう。

「探偵モノには付き物だろう。名探偵には助手が。なんて言ったっけな……トワソンだかワソトンだか……」

(正解がわかって言ってないか……?)

「まぁ、トワソンでいいか。君は今からワタシのトワソン君になるんだよ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「ん?」

心底不思議そうな顔をしてボクを見つめる彼女。

「ボクはただ配達に来ただけですし、それに貴方が何者かも知りませんし……」

「おや、失礼。そういえば自己紹介がまだだったな。マリィ、よろしく」

「はいっシャロ様」

背筋を伸ばした綺麗な姿勢のまま傍らに立っていたメイドさんは返事をする。そしてわざとらしく咳払いをしてこう紹介した。

「こほん、この御方の名前は『シャーロット・ホームズ・クリスティー・ドイル・カー・クイーン・ポオ・ディケンズ・モーム・クロフツ・グリーン・ダイン──以下略』……通称シャロ様です。シャロ様はこの街の人々へ崇高な教えを説いたり、時にはその素晴らしい知識と頭脳で巻き起こる事件を解決したり、と数々の功績を残していらっしゃいます。それゆえ、本日来られた騎士の方々のように頼られる人々が多いのです。」

「………………」

怒涛の如くメイドさんは、主人の功績を言い連ねる。

(ツッコミどころ満載でどこから聞いていいのやら……。そもそも名前がいかにも仮名っぽいし、崇高な教えとか宗教か? 数々の功績とか言われても……)

と頭の中でぐるぐる思考が回っていると、それを見兼ねたのか反対側に座っている騎士隊長が声をかける。

「マリネットぎみの崇拝はともかく、シャーロット公の実績の話は信頼していいと思うぞ。」

「そんなこと言われても……」

「まぁ、私はこの件を解決してくれたら何でもいいが」

そう言って立ち上がる騎士隊長。

「お帰りになられますか?」

メイドさんは聞いた。

「あぁ、私もこの件しかり、他にも色々やることがあるからな。頼んだぞシャーロット公。そして、若き助手トワソンとやら。」

「えっ、ちょっボクはなにも……」

ボク達に背中を見せ、ひらひらと右手を振り、待機している騎士達と共に去っていった。

「………………」

少しの無言。さっきまで騒がしかったのが嘘みたいだ。この屋敷の本来の静けさに戻っている。

「じゃ、じゃあボクも帰りま──」

静寂を勇気の一言で遮り、出口に向けて歩き出そうとした瞬間。彼女もまた口を開く。

「ワタシはまだ君のこと知らないのだが?」

「う」

踏み出した足が空中で止まる。

「君──この世界の者ではないだろう?」

「え?」

ドクン。と驚いた心臓の音が聴こえた気がした。


「ははは、当たりか」

「え、なん、で」

「ふふふ」

 ボクの問いかけには答えようとしない。

「まぁそれはさして重要なことではないだろう」

と軽く言われ何故か反論しなければという感情が沸いた。

「重要ですよっ! ボクはそれで一ヶ月もここにいるんだっ。剣とか魔法とか意味わかんないし、元の世界に帰る方法もわからないし……」

「ほぅ」

「なんでもわかるって言うなら、元の世界に帰る方法でも知ってるんですか!?」

ほぼ八つ当たりに近かった。しかし彼女は表情を変えず、含み笑いをしながら答えるのだった。

「知ってる。と言えば?」

「っ!?」

唐突な衝撃的事実にボクは目を見開く。だが続けた彼女の言葉は少し理想とは違っていた。

「いや、“知ってる”では嘘になるな」

「なっ」

「ただ、わかるかもしれない。とだけは“確実”に言えるかな」

「なんで、そんな……。からかっているなら……」

「いや、真面目に答えているさ」

そう言った彼女の目は真っ直ぐに、それこそ嘘偽りのないだろう瞳でボクを見ていた。

「だから、君のことを教えてほしい。君のことがわかればわかることも増えるからな」

「………………」

上手く丸め込まれているだけかもしれない。けれど、なんの手掛かりもなかった元の世界に帰れる方法が少しでもなにかわかるのなら。そんな希望の光がボクを揺るがせる。

「名前は?」

「エイン……いや、『遠崎 八久』」

「ふぅん。トワソン君に相応しいじゃないか」

「トワソンって……ワトソンじゃ……ん?」

何か違和感がある。そもそもワトソンや某探偵物語の話はどこから出た?

ここは異世界で、言語こそ謎に通じてはいるが、常識も価値観も違う世界で。そこに元の世界でどれだけ有名だったとしてもこの世界では誰も知らないんじゃ……。

「なんで貴方……いやシャロさんは知ってるんですか?」

「何をだい?」

「何って……、シャロさんが話に出した探偵モノの……」

「あぁ、ここには書物が沢山あるからね。そんなモノいくらでもあるさ。それが?」

「いや、ボクの元の世界に在った話と似ていて……」

「…………そうか」

少しだけ考えていたのか、間を置いたシャロさんはそのまま黙り込んだ。そして口を開く。

「……やはり、君を助手役にして正解だな。」

「なんでそうなるんですか!」

なにか分かったのかと期待したが、違ったらしい。

「この世界の法則を見出すのに、他所の世界の者の意見なんて貴重じゃないか。それにそんな偶然あると思うのかな?」

「それって……」

「関係、しているんだろうね。なにかはまださっぱりわからないけれど」

「………………」

期待していいのか悪いのか、ボクは決めあぐねていた。

「君にとっても悪い話ではないんじゃないのかな?」

ダメ押しの一言をもらう。

確かに似たような書物があり、それを読んでる彼女と共に行動したら何かわかるかもしれない。何も手掛りがないよりマシだ。悩む必要なんてない。

「まぁ……悪くは、ないですけど」

「ふふ、じゃあ決まりだ」

シャロさんは不敵な笑みを浮かべた。

「わぁ! トワソンさん、これからよろしくお願いしますっ。私、『マリネット』と申します。お気軽にマリィって呼んでください」

両手を掴まれ、ぶんぶんと握手のような振り方をされる。

「マリィさん、よ、よろしく」

勢いに圧倒されながらも挨拶をする。

「マリィには、何か困ったことがあったら聞いてみるといい。役に立つと思う」

横目でそれを見ていたシャロさんはそう言うと、

「さて。じゃあトワソン君。最初の事件だ」

「は、はい」

「突如消えた騎士の謎を解いてくれたまえ」

意気揚々とボクに難題を吹きかけてくるのだった。

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