この邂逅の意味を答えよ2

「すみません……どなたか〜」

 玄関に入ってもなお、誰かが住んでいるという気配すら感じられない。

「留守かな……」

室内は薄暗く、左右には廊下が伸びている。照明も点在する程度で一つ一つの明かりが微かに灯っているだけ、廊下の先は闇に飲まれて何も見えなかった。

正面には玄関ほどの大きな扉がまた一つあり、この先が広間だろうか二重構造になっていた。

ボクは一度引き返すか否か迷っていたが、玄関にまで入れてしまったこともあり、ちょっとした好奇心が出てしまっていた。

(大きい部屋に行けば誰かいるかもしれないし、この扉が開かなかったら帰ろう)

目の前の扉に向かって歩みを進めるボク。一歩踏み出すたびにコツンコツンと足音が共鳴して響き渡る。扉の前に着くとその重厚感による威圧に圧倒される。

(玄関より丈夫そうにも見えるな……)

鉄により冷たい扉に手を当て体重を前にかけると、ゆっくりとその扉は開きはじめる。またボクは顔だけ中を覗き込んで挨拶する。

「あのー……配達に来ました……。どなたかいらっしゃいませんか?」

「……………………」

返事はない。それにしても不思議なそして少し歪な気がする広間だった。ボクは中に入り周囲を観察した。

ボクが想像していた広間は、とても長い机があったり、綺羅びやかなシャンデリアなんかで装飾してあって、いかにもお金持ちそうな、そんな部屋だ。

それに比べると、ここはなんか物が少なすぎる。床はタイルで出来ていて、天井も高い。奥には両階段が左右にあり二階へ行けるのだろう。そこまではイメージに近いものだった。

けれどあとは広い部屋の真ん中に大きめのソファーが2つあり、それが向かい合って置いてある。その間にソファーの高さに合わせた低めのテーブルがあるだけ。そこだけまるで会社か何かの事務所のようにも思えた。

「不思議な作りだな……」

ボクはその付近へと歩み寄ってみる。すると、その空間を横から見たときに正面からでは見えないものが見えた。

「?」


 ソレは奥側のソファーから逆さまに滑り落ちていて、微動だにしない。手前のソファーで隠れて見えなかったのか。とても精巧な作りの人形に見える。

「等身大の人形……?」

ソレに目を奪われ、まじまじと観察してみる。

丸みを帯びた靴や、靴下共に全身真っ白なフリルを纏っていて、ヘッドドレスというんだろうか、それも全てが白く、それに覆われたぱつんとしている黒髪のボブがコントラストになり、良く映えていた。

長いまつ毛から覗く瞳は、薄い灰色をしていて表情が読めない。肌の色も白いがリアリティのためか頬は仄かにピンク色をしている。唇も潤いすら見えそうなピンク色で、とても良くできているなぁという印象。

大きさはエアちゃんより少し等身が高いだろうか、140cm後半くらいはあるだろう。

(とても目を奪われてしまったけど、この屋敷の人の趣味なんだろうか。二階もあるし、もう少し奥に人がいる気も……)

本来の目的を思い出し、その人形を横目に先へ進もうとするとどこからか声が聞こえた。

「ほう、この屋敷に不法侵入とは」

「ふぇ!?」

咄嗟の声にボクは驚き、身を強張らせた。辺りを見渡しても人らしき陰はない。

「す、すみません。ボク、えっとエアちゃんの配達の代わりで来たんですけど……」

「ほぉ、A子の。通りで」

ボクは怯えながらもその場でぐるりと回転しながら話す。

「あのー……どこにいらっしゃって……」

「くくく、それ面白いな。」

笑い声がなんとなく下から聞こえた気がして、下の方を向く。さっきのお人形と目があった。

「え…………」

「いや、話してるのはワタシだが?」 

「ひぃぃぃ人形がしゃ、喋っっっっ」

腰を抜かし尻もちをつき、ボクは足を精一杯バタつかせ壁際まで後退する。

ドンッと壁に背中がぶつかりそれ以上は下がれないことを知る。

「ははははは、めちゃくちゃ面白いな、君。」

目の前の人形だったモノは、腹を抱えてソファーを足で蹴り笑い転げている。

「ひぃぃ」

今起きている現象に対して、あまりにも理解が追い付かず、怖がることしか出来なかった。

「ははは、久しぶりに笑ったよ。涙出た。ははは」

対して目の前の元人形は腕を自由に動かし、そのフリルで涙を拭っていた。

「に、人形じゃ……」

かろうじて出た少ない数の言葉で今の疑問をぶつける。

「ワタシは人間だが?」

「さ、さっきまで動かなかったじゃないか」

「その方が面白い気がしてね。全く、想像以上のものが見れたよ。君に感謝するよ」

「そんなので感謝されても……」

驚愕と恐怖心が少しだけ和らいだが、未だ警戒心は続いた。


「あなたは……」

 ボクが話しかける前に相手の表情が少し変わった気がした。

「君、今から10秒カウントダウンしてくれないか?」

「え、そんな急に言われても」

「ほら、8、7」

有無を言わさない勢いで数字を数えさせられた。

「6……5……4……3……2……1……ゼ──」

バタンッッ

「ひぇっ今度はなに!?」

ボクがゼロと言うか言わないかの絶妙なタイミングで、広間の扉が勢いよく開いた。

外から勢いよく入ってきた者達は、全員鎧のような格好をしていて、その装飾同士が当たる音がガシャンガシャンと屋敷に響き渡る。

「シャーロット公は居るか!」

「はぁ、だから公は止めてくれって言ってるだろう。貴族じゃあるまいし」

シャーロットと呼ばれた彼女は一切姿勢を変えることなく答える。

ガシャガシャと騎士の格好をした数人はボク達がいる方へ近づいてきて、ボクを一見する。

「む、君は……」

「えっと……」

ただの配達員のボクは都市でも遠目にしか騎士のような存在を見ていなかったから、咄嗟に目を逸らしてしまう。

「まぁいい」

騎士の隊長らしき先頭にいた女の人は彼女の方へ向き直し、要件を伝えようとした。

「シャーロット公、貴殿にまた依頼をさせてはくれないだろうか」

(依頼……?)

「慌てて来るから、そんなことじゃないかとは思っていたが。あいにくワタシは忙しいのでね」

少し困り顔をわざとらしくする彼女。

「どう見ても忙しいようには見えないが……」

それに対して眉毛をほんの少しだけ上に上げ、反応する騎士の人。どうみても一触即発な空気感にボクは動揺するばかりだ。そこへ──

「シャロ様っ、なんの騒ぎですか!?」

二階から甲高く可愛らしい女性の声が飛んできた。

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