1st questions 異世界と邂逅と最初の事件と

迷い込んだ異世界の法則を答えよ1

 剣と魔法で成り立つ世界。そう、誰もが一度は望んだり羨ましく思えたりする非現実的な世界。そんな世界は存在しないから憧憬の的になるのであって、いきなり目の前に繰り広げられたら、そりゃなんていうかカルチャーショックが酷いのなんのって……。

と、こっちに来て最初に思ったことがこれだ。


 まるでひなたぼっこでもしているかのような心地よい陽の照りつけ、さわさわと風に揺らぎ頬に当たる伸びた芝生。何かに顔面を舐められた気がする。そんなことさえ気にならないような穏やかな心にボクは、疑問を覚えた。

そして恐る恐る目を開けると、確かになにかの舌で顔を舐められている。顔面に付いたヨダレと牧草らしき匂いに凍りつきながら、少し上へ視線を動かして見る。そこには見たことのない獣の顔があった。正確に言えば見たことがある家畜動物が幾つか融合されたような見た目をしていた。

「ひっ……」

人間、恐怖を感じ、パニックになると本当に声が出ないのだと口をパクパクさせ全身震わせながら、ボクは寝転がっていた体制から即座に上半身を起こし座ったまま後ずさった。しかしすぐ後ろに木が生えていて行き止まった。

獣の顔が近づきもう一舐めされた。

「ひえぇ」

得体のしれない獣、ということもあったが、そうでなくてもこの状況には鳥肌が立つ。獣の顔の大きさは自分よりも倍以上ある。一舐めされるたびに顔面全体がベタベタになるほどだ。

(く、喰われる……)

もうダメだ、父さん母さんまだ親孝行全然出来てなくてごめんなさい。と心の中で懺悔し、走馬灯を見始め気を失いかけた瞬間、声が聞こえた。

「あー! こら! 変なもの拾い食いしちゃダメーーー! って、あれ……人……?」

ボクはその声を聞きながら、助かったと安堵したのか気絶してしまった。



 なんか不思議な夢を見ていた気がする。変な獣にべろべろ舐められて、それで──

「はっ」

ボクはガバッと勢いよく上半身を起こした。

「はは……夢……だよ……ね?」

夢にしてはやけにリアルだったなと、思い起こしながら自分が寝ている部屋を見渡す。

「…………どこ? ここ」

ボクの部屋ではない。全体が木造らしき構造をしていてログハウス、みたいな。ただ現代でこんな家は山とかそういう土地に行かないと見かけない。

(ボク、どこか山とか森とかに行ってたっけ?)

記憶を辿ろうとしても、ぼんやりとしていて何も思い出せない。しばらくここに至る経緯を考えていると、部屋の扉が開いた。

「あっ! 起きたんだね! よかったぁー死んじゃうのかと思ったよー」

と少し物騒なことをにんまり冗談めかしく笑いながら言って部屋に入ってきたのは、赤髪の小さな女の子だった。

十歳にもならなさそうなその子を見て、少し違和感を感じた。洋服だろうか? 昔の外国映画に出てきそうな可愛らしいエプロンをして、どこかレトロな感じのワンピースを着ていた。

「えっと……ここは、どこなんだろう?」

ボクは最初の疑問を口にした。

「? わたしの家だよー」

不思議そうな顔をして答える女の子。

「そっか、そうだよね……。親御さんとかは……」

「今は仕事してるから、わたしがタビビトさんを看てたの!」

「たび……?」

日常会話で使わない単語をすぐに変換できなかったボクは聞き返した。

「旅人さん! あなた、旅人さんでしょう?」

「え、あ、ボクは……」

「だって見た事ない服装してるし、持ち物もあんまり無さそうだったし、あ、そういうこと言っちゃだめなんだっけ……」

(見たことない服装……?)

自分の格好はさっき確認したが、普通にいつも着ている学生服で、ブレザーはベッドの横に畳んで置いてあったがシャツも普通だし、ズボンもそのままだった。

「えっと……?」

「ごめんなさい。わたし、初めて旅人さんを見たから……その……」

女の子は自分が言ったことで何か気に触ったのかと気になって落ち込んでいた。

「あ、いや全然大丈夫だよ? ただちょっと困惑していて……」

「? こんわく……?」

「あー、なんて言ったらいいんだろう。ボクは旅人じゃなくて、普通の学生というか……」

「がく? せい?」

(あれなんかもっとハテナが増えてる?!)

「えっとー、勉強したり、部活したりっていう……」

「ぶかつ? はわからないけど、お勉強はわかるよ! なんのお勉強しているの? 魔法学? それとも剣術だったり?」

「ん???」

「??」

ボクらは二人で首を傾げ合っていた。


(子供だからかな、そういうものがあるって思ってるのかも……)

「あー……っと、うーん、そうだな……」

ボクが返答に困っていると、

「あ!」

女の子がなにか思い出したかのように急に話題を変えた。

「お兄さんの名前、聞いていなかったわ!」

「そうだね、ボクは……」

「わたしは、エアっていうの!」

食い気味に女の子、エアちゃんは自己紹介をする。

(エア……? 流行りのキラキラネームとか? それともさっきの勉強の話もだし、そういう設定で遊んでるのかな……)

ボクは少し考え答えた。

「ボクはエイン・Qだよ」

(本当は、『遠崎とおさき 八久やく』だけど。そういう設定で遊ぶならゲームとかで使っていたハンドルネームで答えたほうがいいよね)

「…………」

言ってからだんだんと恥ずかしくなってきた。

(これで違ってスベったら恥ずかしい……)

「エインさん!」

エアちゃんはキラキラした目をしてこちらを見ていた。

(良かった、正解だった!)

「エインさんは、どこから来たの?」

「それが、えっとあんまり思い出せないんだ……」

「そうなんだ……。じゃあ家に帰れないの?」

「あ、いや、ここがどこか分かれば帰れると思うよ」

「ここはね、『ファースタート村』だよ」

「え…………?」

エアちゃんがなんて言ったのか分からなかった。正確に言えば村の名前は分かった。けれどそんな村、聞いたことがなかった。

「ちょ、ちょっと待ってね」

ポケットにスマホが入っていたのを思い出し、取り出す。が、画面を付けるなり「圏外」の文字が目に入った。

(調べるにしても圏外じゃ調べられないな……)

「えっと、エアちゃんの家にWi-Fiってあるかな? あったら貸してほしいんだけど……」

「わいふぁ? うーんわからない」

「そっか、じゃあ電波がいいところとか……」

「電波? えっと、エレクトロに詳しい人は知ってるけど……」

「えれくとろ?」

(エレクトロ音楽のこと? いやでも今音楽の話なんて……)

「エインさん、その機械? は何に使うの?」

「えっと……知らない? スマホ」

今は幼稚園生でもスマホは知っていると思っていたけど……。田舎(?)だと知らないこともあるのか……?


 噛み合わない会話が続き、困り気味になった頃、家の違う場所だろうか、物音がした。

「あ、お母さん帰ってきた」

足音がこちらに近づいてくるのがわかった。エアちゃんが一足先に部屋を出てボクが起きたことを報告してくれているらしい。

(お母さんなら、エアちゃんとは違ってもう少しちゃんも話が出来そうだし、家に帰るためにも色々聞いてみなきゃな)

とボクはこの頃、まだ楽観な考えでいたんだ。

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