2話 世代交代

 本格的な寒さになり、時すでに十一月。年末だと帰省ラッシュで混むので、少し早い里帰りをすることにした。祖父の藤井さとしが建てた家にだ。僕が中学生の頃まで住んでいて、父の実家でもある。今は祖母と妹が住んでいるはずだ。

 祖父は病気で亡くなり、両親は事故で亡くなっている。


 祖母に負担をかけたくなかったので、高校では寮に入り、そのまま就職して一人暮らしをしていた。今では退職し、貯金を崩しつつバイトをして暮らしている19歳のフリーターである。


 祖母のもとへ帰ろうとも考えたが、妹が難しい年頃であり、妹のためにあそこ以外の居場所を作っておきたいとも思っていたからだ。


 いま住んでいるアパートからでは電車に乗っても結構な時間がかかるので、少し思い出語りでもしようか。あの家に帰るからにはやはり、祖父との話は欠かせないだろう。


 藤井さとしは霊媒師であり、僕と同じく見えるひとだった。目の病気にかかり、僕がつかまり立ちをする頃には、すでに引退していたそうだ。


 僕が見えるひとだと気づいてからは、よく気にかけてくれて、目の使い方を教えてくれた。僕にとっては師匠のような存在だ。


 そんな祖父は、地元では知らない人はいないほどの有名人だった。その中には勿論、良く思っていない人もいたそうだ。霊の言葉をそのまま伝えたばかりに、逆恨みで家が火事になったこともあったらしい。




 ある日、祖父が枯れた声で僕を呼んだ。


「どうしたの? じいちゃん」


「まことや。お前はあの者達をどう思う」


 何も見えていないであろう目で、祖父は庭を視る。そこには、二人の子供がいた。透けて見える手で、僕のお手まりを使って遊んでいた。


「楽しそうだね」


 きゃっきゃっと、はしゃいでいる声が聞こえる。


「そうじゃな。じゃあ霊について、どう思う?」


「うーん、勝手におもちゃで遊ばれるのは困るけど、元の場所に戻してくれるから別にいいよ」


「そうか……。わしはな、霊というのは当人の意思だけではこの世に居座れないと思っとる」


 どうやら僕が考えていた事とは、違うことを話したかったらしい。


「魂がこの世に留まろうとし、周りの人間が無意識にでも、あの世へ行くのを引き留めようとすることで、ようやく霊として居座ることが出来るんじゃ」


「つまり、じいちゃんが死んだら僕が引き留めろってこと?」


「んなことせんでいい。そうせんように、気を付けろって話じゃ。うっかりわしも、この世に留まろうとするかもしれんからな」


 ホッホッホと笑ってはいても、いつもより元気がないように感じた。


「まことは霊を見たくないか?」


「見るのが好きなわけじゃないけど、見えるのは全然嫌じゃないよ」


 うそをついた。


「……そうか。わしは霊に関する仕事をするまで、見えることが嫌じゃった。嫌いだったこの目が、今ではいろんな人の役に立てた」


 その話は近所の人からもたくさん聞いている。


「あいつには遺伝しなかったからもう大丈夫だと思っていたが、まさか孫に遺伝するとはのう」


 あいつとは父のことだろう。


「僕も大きくなったら、じいちゃんみたいにみんなの役に立てるようなひとになるよ」


「そうか、そうか。うれしいのう」


 枯れた声で喋ってはいるが、まっすぐこちらを見てくれるその目は、少し潤っていた。

 

「すっかり暗くなってしもうたの。よい子は寝る時間じゃ」


「うん。じいちゃん、おやすみ」


「おやすみ。風邪引かんようにな」


 廊下に出て、両親のいる部屋へと向かう。

 途中、今まで見たことないほどに黒い影とすれ違がった。


「おやすみなさい。おじいちゃん」


 子どもながらになにかを察し、感謝を込めて口に出した。



 翌朝、家のざわめきで目が覚めた。


 廊下に出てみると、庭で遊んでいる二人の子供が、いつもよりはっきりと見えた気がした。




 あの日から、もう10年以上が経つのか。


 電車を降りてバスに乗り換える予定だったが、気が遠くなるほど待つはめになるので、歩いて先に、墓参りへ行くことにした。


「こんなに遠かったっけ」


 ぼそっと言いながら山道を登る。

 右手に獣道を発見した。クマだろうか。そういえばここ最近、イノシシが人里まで降りてくるそうだ。



「ふぅ、着いた」


 藤井家の墓石にはきれいな花が添えられてあった。


 じいちゃんの好きだったぽつぽつ焼きをお供えする。


「僕もじいちゃんみたいに、この目を使える仕事に就くよ」


 雑草を抜き取り、墓周りを掃除してから山を降りた。

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