16.断末魔

 通報があったのだという。

 私の「死んじまえ」という怒声。それから暴れまわる音。少し間をおいて、耳を劈くような悲鳴が轟いた。そういった旨の通報。

「死んじまえ」これは確かに私が叫んだ。暴れまわる音、確かに私は暴れた。耳を劈くような悲鳴、これが分からない。

 私は悲鳴など上げていない。そして誰かの悲鳴も聞いていない。私は1人暮らしである。誰かが悲鳴を上げたとしても、それは私とは無関係のはず。私は警官にそう伝えた。

 警官たち――2人組だった。もしかしたら、私の見ていないところで別の警官が張っていたのかもしれないが――は明らかに私のことを疑っていた。だからだろう、彼らは「部屋を見せてもらえますか」と言って、半ば強制的に私の部屋へ上がり込んだ。

 無論、何も見つかるはずもなかった。ちなみに、鋸も、仏像を切って生じた木屑も、片づけてあった。私は変に几帳面なところがあり、この場合はそれが幸いした。鋸が出しっ放しになっていたら、少々面倒が増えていただろうと思う。

 警官の1人は立ち去る際、はぁと大きくため息を吐き、呆れたような顔をして私に言った。

「いつも、叫んだりしてるんですか」

「していません……」

「ご近所と仲が悪かったりしますか」

「いいえ、そんなことは……」

「あのね、嫌なことがあるのは分かりますよ」警官は言った「だけどね、最低限、周りへの配慮って必要だと思いませんか」

「はい、思います……」

 暴行ないしは殺人の疑いは直ぐに晴れたが、私は警官から説教を受けるハメになったのだった。

 通報の内容について、つまり通報者が聞いたという謎の悲鳴について、私は次のように解釈した。おそらく通報者の聞き間違い、ないしは別の場所で発せられた悲鳴を、私の部屋から出たものだと勘違いした。通報者は全く関係のない2つのものを、自分の中で結びつけてしまったのである。もしくは、私の怒声と騒音に腹を立てた通報者が、ありもしない悲鳴をでっち上げて、嫌がらせで通報したのだろう。いずれにせよ、これは私の自業自得であった。私は金を失い、自制心を失い、警官に説教され自尊心も失った。

 落ち込んだ私は何もしたくなかったので、さっさと床に就くことにした。翌日も、ずっと不貞寝をするつもりだった。ただ、ゴミを出し忘れては困るので、本当はいけないことではあるが、夜の裡にゴミ袋をゴミ捨て場に出しておいた。先述した通り、袋には仏像が入っていた。だが、私はそのことを完全に忘れていた。それほどまでに、私は参っていたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る