10.好奇心は猫を殺す

 爾後の仏像の処遇は、相当に屈折したものとなった。

 先ず、この仏像は一度、私の手を離れた。

 読者諸賢は、私と桜木の仲介をした、サワベの存在を覚えておいでだろうか。夙に述べた通り、サワベはスピリチュアルの分野に強い古書店プロフェットの店主であった。その彼が、仏像に興味を抱いたらしかった。サワベは私に、仏像を譲ってほしいと頼んだ。私は、彼の頼みを快諾した。 

 それから一週間も経たぬ裡に、サワベが電話を掛けて寄越した。深更であった。

「どうしたんですか、こんな時間に」私は訊ねた。

「私は、形而上の世界に憧れていたんだ」

 サワベは私の問いを無視して語った。

「その果てに、あんな店まで持つようになった」

 あんな店とは、プロフェットのことであろう。

「もしかして、お酒でも飲まれてます? 」

「研究したんだ、一所懸命。全貌は判らずとも、おぼろげな形くらいは見えてくるんじゃないかと期待して」サワベは続けた「考えに考えて、さらに考えて考えて……そして結論を得たんだ」

「なにがですか? 」

「そうだ、私は、何も、分かっていなかったんだ。これが、私の、得た、結論だ」

 電話が切られた。

 掛けなおしても、サワベは出なかった。翌日に掛けても同じ。サワベを心配する気持ちが無かったわけではない。ただ、深更の手前勝手な電話に対する些かのムカつきがあったことに加え、私は競馬、パチンコの大敗により、経済的窮地を迎えていた。そうした感情と余裕の無さから、私はサワベのことを放っておいた。

 話の流れからして、ここまで来れば、読者諸賢も夙にお察しのことだろうと思う。

 サワベは死んだのである。

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