6.仏像の逸話

 夙に述べた通り、私は預かった仏像の呪物としての力に半信半疑だった。とは言い条、桜木が語った仏像にまつわる逸話の数々は、残酷怪奇話としてはそれなりの面白さと魅力を持っていた。ここでその裡のいくつかを、読者諸賢に紹介する。


・Aのケース

 Aは骨董品蒐集が趣味だった。Aは年の離れた妻と、高校卒業を間近に控えた娘との3人で暮らしていた。ある時、Aはこの仏像を手に入れた。入手後暫くして、Aは仏間に仏像のための祭壇を誂えた。元々あった仏壇は撤去。毎日、仏像を拝んだ。最初、妻はAの行動を近隣住民へ愚痴た。併し、次第に妻もAの行動に倣うようになった。娘だけ変わらなかった。彼女は両親に恐怖した。ある晩、Aは一家心中を試みた。Aは就寝中の妻を包丁で滅多刺しにして殺した。次にAは娘を殺そうとした。併し、異変に気がついた娘は部屋を飛び出し、庭へと逃げた。だがそこで捕まり、Aに腹を刺された。娘は意識を失った。娘が死んだと勘違いしたAは、庭から部屋に戻った。Aは事前に用意していた石灰を用いて両目を潰した。それから包丁で自らの腹を八つ裂きにして、命を絶った。娘は一命を取り留めた。Aは奇妙な出で立ちをしていた。Aは妻を殺す前に、風呂場で頭から真っ赤なペンキを被った。ペンキと血に塗れて、Aの遺骸は真っ赤だった。復、Aは有刺鉄線を体に巻き付けていた。かなりの強さで巻きつけたのだろう、刺は深く体へ食い込んでいた。そして、Aは肛門に茄子を突き刺していた。


・Bのケース

 Bは父親と二人暮らしをしていた。父親には妙なものを集める趣味があった。ある日、父親は家に件の仏像を持ち帰った。「親父が、変なものを手に入れてさ」Bは職場の同僚へ語った。仏像を入手して暫く、父親の奇行が始まった。支離滅裂な文言を散りばめた紙を、家の中や外、近所の至る所に貼って回った。奇行が加齢に由るのか、何らかの精神損傷に由るのか判然としなかった。「病院へ連れて行ったら」親しい近隣住民はBに提案したが、返事は芳しくなかった。ある晩、Bは叔母夫婦の宅へ電話を掛けた。深更の電話に戸惑う叔母に向かいBは「そうですな、ハイハイ。さようならということで。おさらばです」と言って電話を切った。不安と恐怖を感じた叔母は警察へ通報。結果、Bと父親は現在に至るまで行方知れず。居間には大量の血液が残されていた。それはBのものと父親のもの、そして誰のものか判別のつかない謎の血液が混ざり合ったものだった。その量からして、Bと父親と謎の人物の3人は致死分の出血をしているはずだった。宅はすべての窓と扉が施錠されていて、宅内には争った形跡もなかった。


・Cのケース

 Cは精神遅滞の弟と共に、慎ましく暮らしていた。ある日、Cの家を訪ねた親族が、書棚に飾られた奇妙な仏像を見つけた。「少し縁がありましたので」。この仏像を人から貰い受けたのだとCは語った。Cは実直な人間だった。そのCが仕事を無断欠勤したり、連日深更にわたり親類縁者への奇妙な電話を掛ける等、奇行をはじめた。親族がCの家を訪ねたのも、周囲へ異変を発露し始めた彼の様子を観るためだった。ところが、親族が訪れてみるとCは狂気めいた振舞いをする訳でもなく、礼儀正しくもてなした。C宅は、彼の狂行などまるでなかったかのように平和だった。Cの弟は部屋を照らす優しい昼光のなかで、幸せそうに昼寝をしていた。桜の美しい、4月であった。親族がCを訪ねて数週間後。異臭を訝しがった住人の通報により、管理人と警察がCの部屋を訪れた。呼びかけても返事がない。管理人がカギを用いて扉を開けた。Cは蒲団の上で死んでいた。両目に、へし折られた桜の枝が突き刺さっていた。そして彼の肛門には、弟の眼球が2つ、突っ込まれていた。部屋に弟の姿はなかった。弟は今も行方知れずである。

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