第15話 束の間


 姫の内面を解決してからはしばらく穏やかな日が続いた。


 二日ぶりにメイ達と囲んだ晩ご飯はとても賑やかなものだったし、その晩は久しぶりに快適な睡眠がとれた。


 そうでなくとも今週は怒濤であった。

 疲れは当然である。


 月曜日にメイがアルバイト先にいないことに気がつき


 火曜日にマロンと遭遇し、『ファントム』と対峙し


 水曜日には早速『幽霊団地』に赴き『ケルベロス』と戦い週刊アビリティ編集部に侵入。


 そして木曜日、藤花と『週刊アビリティ』の記事を差し替え、その後、家出をした姫を捜索した。


 そういった日々を経てようやく迎えた安息の夜だった。


 実のところ、後は藤花に頼んだ『ファントムで離反しそうな人物』と『怪盗メリー』からの情報収集で崔原打倒の算段は立つところまで来ていた。


 だからこそあらかたの準備が整った木曜の夜、計人は束の間の休息を得ていた。


 しかしこの計人が紹介したハイドスポット、オクトパス、その中でも大きな異変があった。


 それは――


「ふぃ~~」


 金曜の夜、『オクトパス』の風呂場で湯に浸かり大きく息を吐いたときだ。

 

「け、計人お兄さん」


 コンコンと風呂場の前の戸がノックされた。姫だ。


「どうした?」

「い、一緒にお風呂に入っても良いですか……?」

「えぇ……?」


 意味不明な発言に計人はどんびいた。


「ダメですか……?」


 だがドアの前の姫は食い下がる。

 しかし小学生との入浴は倫理的にマズイ気がする。


 と、その時、計人の中に藤花の台詞がまたたいた。

 

『きっと家族って大変よ』


 そう、姫と自分は一時的ではあるが家族みたいなものではないか?!

 この困難さこそが家族という関係性に違いない。


 そのうえ自分は家族としての思いやりが欠落していたことを痛感したばかりではないか!


 なら―


「あぁ、いいぞ」

「やった!」


 計人が許可すると姫は大いに喜んでいた。

 

 そして事件は入浴後に起こったのだ。


「……姫、これはどういうこと」

「へ!? な、何がです!?」


 計人と姫が揃って濡れた髪をバスタオルで拭っているとそれをメイが見咎めて詰問してきたのだ。


「どどど、どうしたんだ一体」

「……日比野君は黙ってて。これは私たちの問題。……姫、これは一体どういうこと」

「え、ななな、何のことって聞かれましてもハハハ」


 どうにも歯切れの悪い姫。

 メイから放たれる圧に姫はタハハと笑みを浮かべていた。



「……笑ってもごまかせない。……姫、答えなさい」


 ヒュー、ヒューと吹けもしない口笛でこの場を切り抜けようとしていた姫。しかしその後も続く無言の圧力に遂には折れた。


「け、計人お兄さんとお風呂に入りました!」


 言って、計人を盾にするように計人の背後に回り込んだ。


「け、計人お兄さん……」

「ハハハ」


 言外に『メイが怖いから助けて』というメッセージを受け取り計人は苦笑するしかなかった。


「……」


 一方でメイも自身が悪役に仕立て上げられていることに気がつき、ようやくある事実にたどり着いたようだ。はっと目を見開く。


「……昨日の帰り道から、妙に仲が良さそうだったけど、やっぱりそういうこと」


 ポツリと呟くと計人の背後に隠れる姫を真正面からとらえて宣言した。


「……いくら姫でも、日比野君はあげないわ」


 ……なにやら修羅場のような空気になってきた。


 計人が泡を食っていると姫はバレちゃぁ仕方ないとでも言うように、一転攻勢にでた。


「あげない。そうですか。でも姫はメイ姉よりも早く計人お兄さんの裸を見てやりました! 計人お兄さんも姫の裸を知っています!」

「おいおいなんて言い方をするんだ!?」


 別に深い意味もないだろうに!!

 しかし姫は慌てる計人などお構いなしに言い切ってしまった。


「だから私の方が一歩リードですね、メイ姉!」と。


「おいもうやめてくれ!」

 

 計人が否定しても何の意味もない。

 リビングにはいたたまれない空白が生まれた。


「な、なんかすげー言い合ってる……」

「た、太一、口はさんじゃダメ! シーよシー」


 遠くで太一とマロンが声を潜め囁きあっている。


「……」

 そんな中、しばらくするとメイは言った。


「……日比野君」

「は、はい!?」

「……服、脱いで」

「はい!?」


 尋ねるとメイはポッと頬を赤らめた。


「……服、脱ぐ。それで姫と同じ」


 片言でいうとメイは「私も入る」と早くも服を脱ごうとしだした。


「だ、ダメえええええ!!」

「……そう」


 それに都市序列第10位の計人が情けない悲鳴をあげると、シュンと落ち込んだ面もちでメイはボタンを再び閉め始めたのだった。


「メイさんはダメで私が良いということは、つまりこれは私は相手にされてないということですか……!?」


 一方で姫は姫でわなわなと震えていた。


 その後も

「うお!?」

「……ど、どうしました? ……計人お兄さん」

 翌日、何やら寝づらい。何だ、と目を覚ますと横に姫が添い寝していた。


「ななな、なぜ姫がここにいるんだ!?」


 これはマズイと計人が小声で絶叫する。


「なぜって、一緒に寝ているからですよ? ふわ、まだ三時じゃないですか? まだ寝ましょう計人お兄さん」


 回答になっていない回答をよこすと姫はそのまま計人に抱きつくとスースーと寝息を立て始めた。


「……ッ!?」


 そしてこいつはヤバい、どうしたものかと目を剥いた瞬間


「……どうしたの……?」

 目をこすりこすりだったが、ガチャリとドアを開け寝ぼけ眼のメイが入ってきてしまったのだ。


メイはすぐに事態を理解した。


「……姫が勝手に入って来ちゃったのね。……ごめんなさい日比野君。姫が迷惑をかけて」

「いやいや気にしてないよ! それにそもそも雛櫛が謝る事じゃないし!」

「……そう言ってくれると、助かる。……それで日比野君、申し訳ないのだけど、このまま姫を一緒に寝かせてあげて。姫、気持ちよさそうに寝ているから、起こすの、可哀想」

「えっ良いの!?」


 予想外な要求に計人は口を開けたまま呆けた。

 計人としても、メイがそれで良いなら、それでいい。


「そ、そりゃ良いには良いけど……」

 計人が機械のように頷くとメイは安心したのか微笑んだ。

「……明日、私が注意しておくわ」

 そういってバタンと扉を閉め去っていくメイ。

 規則的な寝息をたてる姫と計人だけが寝室に残され、計人は安堵のため息をついた。

「助かった……」


 しかし実際のところは、助かってなどいなかったのだ。


 これは新たな困難のきっかけに過ぎなかった。


「……いい? 分かった姫? ……日比野君と、添い寝しちゃダメ」

「わ、分かったよメイ姉」


 翌日の朝、メイは早速姫を正座させ、昨晩の出来事でお叱りをしていた。

 計人側からメイの顔は見えないが、相対している姫の顔は見える。

 姫は鬼にでも面しているかのように顔をひきつらせ、目に涙をためてこくこく頷いていた。


 そしてその夜、土曜日の夜だ。


 今日は姫も入り込んでこないだろうしゆっくり寝られる、と計人がベッドの上で伸びをしていると、コンコンとドアが叩かれたのだ。


「どうぞ」

 促すと入ってきたのはなんと白いパジャマを着たメイだった。


「ど、どうしたんだ……?」


 予想外の来訪者に計人は心臓の鼓動は一気にそのペースを上げた。


 実のところ銀髪の憧れの少女が薄着のパジャマでいることがすでに興奮物なのだ。



「ひ、雛櫛?」

 一向に口を開かないメイに焦り、計人が言葉の穂を継ぐ。


 するとややあってメイが口を開いた。


「……日比野君」

「な、なんだ?」

「……一緒に寝ても、良い?」

「はぁ!?!?」


 その言葉を聞いた瞬間、計人は自分の眼の血管が破裂するような感覚を覚えた。


 顔を赤くして枕を抱えていたメイは計人と一緒に寝るためにやってきたのだった。


「いや子供達はいいのか!? いつも一緒に寝てるでしょ!?」

「……今日は、もう寝たから」

「でもなにも一緒に寝る必要はなくない!?」

「……確かにそうだけど」


 矢継ぎ早に常識的なことを言うと、メイは決定的な一撃を放ってきた。


「……昨日、日比野君は、姫と、一緒に寝た」

「た、確かにそうだが……」

「……私も、隣でねてみたかった」

「ッ!?」


 そして一連の会話で否定のニュアンスを感じ取ったメイはしゅんとうなだれドアを閉めようとする。


「ちょ、ちょっと待て!」


 しかしその挙動があまりのもしおらしくて計人は言ってしまっていた。


「い、いいぞ? 雛櫛が別に良いなら……!」

「……本当?」


 メイの表情が一瞬のうちに朱に染まった。


 そして、だ。


「……ッ!」

「……どうしたの、日比野君?」


 メイが至近距離から計人の顔を覗き込んでいた。


 暗い寝室、一人用のベッドに憧れの少女が、銀髪の少女が計人と同じ毛布をかぶり添い寝していた。


「い、いや何でもないよ!?」


 せめて横向いてくれ!!


「……そう」

 計人は薄着のメイが10cmも離れない場所にいることを意識するとまるで寝られる気がしなかった。


「……こうして、二人だけでゆっくり出来るのは、初めてね」


 確かにメイの言うとおりであった。

 ここ数日確かに計人とメイは一緒に暮らしてはいるが、三人の子供達がいて禄に言葉を交わす機会がなかった。


 もしかするとこれもまた家族特有の物なのかもしれない。


 子供が起きている間は親同士で語る時間はなく、ようやく話せるのは子供が寝静まった深夜というのは。


 恋人関係でもない計人とメイがこうして話せるのが同じベットの上というのは大いに問題だろうが、確かにメイの言うとおりであった。


「そうだな」


 そして計人とメイは他愛のないことを色々なことを語り合った。


 シチュエーションこそ問題だったが、この時間は間違いなく必要なものだった。


 計人はメイが小学2年の時に能力を発現したことなどを知ることが出来た。


 加えてとあるきっかけで『保護者』を始めることになったそうだが、それだけは決して口を割らなかった。


「……日比野君には、それだけは、絶対に言えない」


 と顔をサクランボのように赤くして黙るばかりだった。


計人としてはそのようなことを言われれば何としても聞き出したくなるのだがいつのまにかメイは規則的な寝息をつき眠ってしまっていた。


「自由、だな……」


 計人はいつのまにか寝てしまったメイに嘆息した。


 そしてその顔をマジマジと観察する。

 長いまつげ。端整な顔立ち。ふっくらとした形のいい唇。


 意識するなという方が無理な相談だった。


 しかし――


『計人、メイにエッチなことをしちゃだめよ』

 

 ふと藤花の警告が甦り計人は眠るべく目をつぶったのだ。

 

 勿論すんなり眠れるわけもなく計人は悶々とした夜を過ごすことになったのだが。


 その後計人の横で添い寝することがお気に召したメイはそれ以降夜は計人の横で寝るようになったのだ。

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