第14話 初期動機
数分後、計人は路地裏を駆けていた。
「……姫は崔原君と直接話を付けるって、……出て行ってしまったみたい」
今にも息が止まりそうなメイの言葉が思い出される。
姫が太一達の制止を振り切り出て行ったと聞き、すぐに三人は捜索を始めた。
姫は『幽霊団地』のある南第八区へ向かうルートにいるはずだ。
崔原はメイたちの居場所を探しているはずで、もしかしたら敵はあと少しのところまで来ているかもしれない。
だからこそ姫が勝手に外出してしまったのは大問題だ。
もし万一崔原と接触、もしくは下っ端に見つかったら事である。
どういう展開になるか読めたものではない。
「くそ!」
別れ際、藤花から向けられた非難がましい目線が頭にこびりつく。
計人も分かっている。
これは姫の心にまで気を配れなかった計人の落ち度だ。
計人は小学三年生の少女がどれだけ思い詰めていたか欠片も察していなかったのだ。
◆◆◆
……計人は『黒の亡霊』としてこの街を駆けづり回り、3人のうち誰よりもこの街を知っていた。
それもあり、姫を一番乗りに見つけられたのは計人だった。
夜の暗闇の中、街頭に照らされたベンチに座る姫を見つけた。
黒髪の整った顔立ちの少女はどうやら疲れてベンチで一休みしているらしい。
南第七区が見下ろせる高台の広場だった。
「こんなところにいたのか姫。探したぞ」「!?」
出来る限り優しい声で話しかけると、姫はビクンと体を跳ねさせ、おそるおそる振り返った。
そして背後にいるのが計人だと知るとそのままふいっと顔を背けて黙り込んだ。
「……」
相当、思うところがあるらしい。
姫の連れない態度に計人は思わずため息をもらした。
「帰ろう姫。メイ達も心配している」
「帰らないです」
頑なである。
計人は苦笑し、仕方ない、と本題に切り込んだ。
「姫、お前が崔原と話し合ったって何も解決しないぞ?」
「ッーー!?」
突如自分の悩みに土足で踏み込んできた計人に姫は大きく瞳を見開いた。
一瞬気色ばむが、だがすぐに地面に視線を落とししょげ返った。
「でも、このままじゃメイ姉が迷惑しちゃいますから。それに計人お兄ちゃんにも迷惑かけちゃっていますし」
姫がぎゅっと握るスカートの裾はくっきりとした皺がついていた。
「話し合いでは解決しませんか。ならいっそのこと私がこのままいなくなるしかないです」
そう言う姫の前にあるのは遥か崖下に続く鉄柵だ。
ひやりとしたものが背中を駆け抜け計人は慌てて言い返す。
「いやいや姫。そもそも姫がそこまで思い詰める必要はないんだよ。だってこれはーー」
『黒の亡霊』だった計人を生存競争に引き戻すための都市側が仕掛けた争いなのだから。
計人のメイへの感情を利用した都市サイドがデザインしたもので姫はあくまでそのトリガー役になったに過ぎない。
そもそも普段『幽霊団地』から出ない幹部、その幹部も幹部、ボスの崔原が街を出歩いていたことが決定的におかしいのだから。
――とは言えなかった。
計人が『黒の亡霊』であると明かさざるを得ないからだ。
自分の身を守るために必要なことだからだ。
計人は必要最低限しか正体を明かさない。
次ぐ言葉を失った計人は結局おどけた調子で付け加えた。
それがどんなに無責任であるかも考えずに。
「ま、まあなんだ? 崔原はオレが倒すからさ、な? 姫達は安心してていいんだぞ」
「ふざけないでください!!」
思いの外強いトーンで返ってきた言葉に計人が身を跳ねさせた。
「ど、どうしたんだ?」
「どーしたんだじゃないです! いい加減まじめになってください! 相手はナンバー7の実力をもつ相手なんですよ!? 相手は『ファントム』なんですよ!? そんな相手に計人さんが勝てる訳ないじゃないですか!? 昨日だって制服に大穴あけて疲れ切った顔で帰ってきたし今日の朝だって目を真っ赤にしたじゃないですか!? メイ姉だって私のせいで寮に住めなくなっちゃったじゃないですか!? メイ姉はアルバイトも出来なくなっちゃったじゃないですか!? メイ姉は私だけじゃない! 太一やマロンちゃんを養うためにお金がいるのに! 私のせいで全部ダメになっちゃってるじゃないですか! メイ姉にはいっつも迷惑ばかりかけている! そんなのもう耐えられないじゃないですか! ならもう! ……!」
姫は手の甲で目元を拭いながら泣いていた。
「私がいなくなるしか無いじゃないですか……!」
本音を言いきったのか、それきり姫は言葉を発さず嗚咽を漏らしながら泣き続けた。
「……」
一方で計人は姫の横に座りその丸まった背をただひたすら撫でていた。
そして気づいた。
自分がいかに子供達の心に鈍感だったか。
情報の差があったのだ。
計人達とその他の人間達の間に。
計人達は計人がかつて『黒の亡霊』と活動していた事を知っている。
だがメイや太一・マロンは違う。
彼らにとって計人はただの一能力者だ。
そんな男が都市七位の実力者を倒すといっても信じられる『訳がない』
そのような男が胸に大穴を開けて疲れ切って帰ってくれば子供達はどう思うのだろう。
子供達は外部から完全に遮断された日の当たらない地下室に閉じこめられた状態だ。
不安に思ったって、不思議じゃない。
藤花は計人に言った。
メイを救う以上、その子供達の心のケアもまとめて行わねばならないと。
子供達の心ケアは行き届いていなかったのだ。
太一やマロンは漫画でごまかせたかもしれないが、姫は騙されていなかったのだ。
その結果が今も横でさめざめとなく少女である。
「……」
自分が消えることすら考え泣き崩れる姫の姿が計人の目の奥に深く突き刺さった。
この涙こそ能力都市の存在意義だ。
――そしてこの涙を止めるすべを計人が持っている
藤花はいみじくも言っていた。
『それに計人、アンタは『家族』なんていたことないでしょ? 多分、きっと大変よ……!』
と。
計人は『家族』などと一緒に暮らしたことはない。
『家族』を大切にするには自分のポリシーも時に曲げねばならないのかもしれないと思いつつ姫にそれを差し出した。
「……え、なにこれ?」
これこそが『黒の亡霊』たる計人を生存競争に引き戻す能力都市の目論見なのではないかとも思いつつ。
「オレの生徒手帳も兼ねるスマートフォンだ。で、今見せているのはその裏面だな」
「10って書いてある」
能力都市は生徒にスマートフォンを付与しており、その裏面には持ち主の『序列』が表示される。計人は普段、その数字に『隠蔽』をかけていた。
無用なトラブルを招かぬ為に。だがそれを解いたのだ。
「姫。オレは実は都市序列10位の能力者。元『黒の亡霊』なんだよ。『黒の亡霊』の噂くらいは聞いたことがあるだろ?」
「え――?」
姫の瞳に再び光が満ち始めた。
「ほ、本当ですか……?」
殆ど息を詰まらせながら問い返す。
「本当だ。オレが『黒の亡霊』と同じ能力を持っていること、そしてオレの序列が10位であること。くらいしかここで証明できることはないけどな」
計人は乾いた笑い声を漏らしながら、その右手にどこからともなくナイフを取り出した。『隠蔽』で隠していたのだ。
「そして、オレはこの能力でかつて都市上位陣を次々に撃破してきた。そうしてきた『過去がある』。だから姫、安心していいんだ。オレは崔原虎徹を倒すだけの力を持っているんだ」
「っ――――」
ふと姫を見ると言葉を失って口をパクパクさせていた。
そんな姫がおかしくて計人は思わず笑みをこぼしてしまった。
やはり計人が『黒の亡霊』であるという情報は相当大きな意味があるようだ。
先ほどまでベソをかいていた姫はばつが悪いからか赤面していた。
「やっぱり信じられないか?」
「そ、そんな訳ないです……! まさか計人さんがそんな凄い人だとは思わなかっただけです……」
「なら少しは安心できたか? 悪かったな正体を明かさなくて。ごめんな不安にさせて」
「~~~~!!」
姫を優しく抱き寄せると姫の顔は火を噴くように赤く染まった。
姫のしっとりとした黒髪を撫でながら計人は空を見上げた。
「ま、オレが何とかするから待っていてよ」
しばらくして計人が言うと、姫は涙を拭き計人を見上げた。
「……はい、任せました」
その顔に、もう涙はない。
姫の不安は幾分解消されたようだった。
それからも計人と姫は寄り添っていたのだが、ふと計人はマズイと思いこう付け加えた。
「あ、あとオレが『黒の亡霊』であることと『第十位』であることはメイ達には内緒な?」
「な、なんで言っちゃダメなんですか?」
「い、いや姫を不安にさせたのだから、メイにも言うべきなんだろうが、オレが『黒の亡霊』だと知られたり『第十位』って知る人が増えるのは不味いんだよ。『心美ちゃん』にオレの素性が知られるのは不味いんだ。オレの最後の作戦のキレが悪くなる……」
「心美ちゃん? キレ?」
「まあなんだ。それは姫とオレだけの内緒だ。いいな? 誰にも言っちゃダメだぞ?」
代わりに安心させるために『ケルベロス』と引き分けたことを伝えようと心に決める。
『ケルベロス』と引き分けたことは崔原達も知るところである。
「指切りげんまんだぞ?」
言って小指を差しだし交差する。
一方で計人と指を絡ませた姫は頬をだらしなく緩ませブツブツつぶやいていた。
「え、もしかしてこれって姫と計人お兄ちゃんだけの秘密ですか……!? 『二人だけの秘密』……!」
そしてぶしゅ~っと蒸気でも出しそうな具合に両頬を押さえて真っ赤になる。
(……どうしたんだ)
計人は想定外の反応に苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ごめんなさいメイ姉……。私一歩リードしてしまいました……! でも恋は対等、仕方ないですよね……!」
姫はグッと小さな手を握り込んでいた。
「そういえば姫」
「ひゃい!」
理解不能な姫の奇行を怪訝に思いながら計人は姫の背後を指さした。
「姫は自分が迷惑かけてばかりって言っていたな。でも本当に迷惑しかかけていないのか?」
「え――!?」
姫が驚いて振り返った先には
「……姫」
肩で息をつく銀髪の少女が街灯に手を突き、立っていた。
額から汗を流すのはメイだ。
「ど、どうしてメイ姉がここに!?」
「オレが連絡入れておいたんだ。雛櫛は姫の元へ全力疾走してきたんだ」
メイはここまでの道中で相当息が上がっているようだった。
それでも、疲労をにじませつつ、ゆっくりと姫に歩み寄った。
「……探したわ、姫……! ……ダメでしょう……勝手に外にでちゃ」
「……!」
叱られると思ったのだろう。姫はその瞳をきつく瞑った。
しかしそのような怒りは来なかった。
数瞬後、彼女を襲ったのはメイが優しく自身の頭を撫でる感触だった。
メイは姫の頭をさすり、その他身体一遍を見回すと自身も地面に座り込み姫を見た。
「……怪我はないのね?」
予想外の言葉に姫が目を見開く。そして目の前にメイの顔があることに二度驚き、「うん……」とこくこく頷いていた。
「……良かった」
そうしてメイは姫を深く優しく抱き込んだ。
「……もうこんなことしちゃダメだからね」
「う、うん……」
メイに優しく抱き込まれて姫は自分の思いこみに気がついたのか一筋の涙を流した。
◆◆◆
「どうして計人お兄ちゃんは『黒の亡霊』なんて始めたんですか?」
『オクトパス』への帰路。ぼしょぼしょと小さな声で姫に聞かれた。
前方の遥か遠くではメイとようやく合流した藤花がなにやら言い合っている。
「どうして始めたんだっけなぁ?」
計人は頭に手をやり空を見上げた。
それは以前にも自分で考えたものだった。
計人はこの誰かを犠牲にする構造の能力都市の作りがイヤで一人抗争をしていた。
そのことは今も覚えている。
だがその原点ともなった感情がどうにも思いつかない。
しかし先ほどの涙を流す姫や、その後見せた安心した表情。優しく抱き合う二人、そういったシーンがフラッシュバックする。
すると自然とその原点が思い出された。
「そうだな、オレは誰かが涙を流すのがイヤだったからな。自分の力で涙を笑顔に出来るのが嬉しかったのだ」
それこそが計人の『原点』。
能力都市は抗争の坩堝だ。小学校の頃から誰かが泣き、笑っていた。
明確な始発点はなくとも、思い出せばいつだって計人は誰かの為に戦っていた。
そして次第に時を経て、人々の涙を止める戦いは、いつしかこの構造をもたらす能力都市自体に向かった。
だからこそ計人はこの都市構造を砕こうと抗争を始めた。
しかし『競争進捗』なるものが発見された。
能力開発のために都市内の全ての抗争は都市側に管理されていると判明し、計人が革命も彼らの手の平の上だと知ったのだ。
こうして計人はやる気を失った。
――のだが
「おかしいな」
計人は眉をひそめた。
思い出したことには計人の原点は誰かの涙を止めることだ。
だが、そうだとしてだ。
たとえ全てが都市の思惑だったとしても、涙を流す人がいるのには変わりはない。
だというのになぜ、自分は進行を止めてしまったのだろう。
そこでふと今回の一件を引き受けたときの事を思い出した。
『良いんじゃないの? メイが困っているのなら、助けて上げれば?』
シンプルなその問いに自分は自身の初期動機を思い出しそうになっていた。
だが結局思い出せなかった自身の原点。
そう、あのときは『思い出せなかった』のだ。
今こうして姫を救い、またメイを救うために実際に行動しだし、ようやく『思い出せた』感情を。誰かの涙を止めてあげたいと思った感情を。
『競争進捗』の発覚で『黒の亡霊』は歩みを止めた。
それはあの時すでに目的がすり替わっていたからだ。
いつのまにか目的が隣人の救出から都市の破壊にすり替わっていたのだ。
だからこそ計人は都市に操られていることを知り、やる気を失ってしまったのだ。
涙を流す人がいるのに変わりはないのに。
そして、この原点こそが……
「はぁ、そうか。またうまくやりやがったな。能力都市も……」
自身がまたしても良い様に動かされていたことを悟り計人は嘆息した。
計人の生存競争への復帰を願う都市サイドも、計人がかつての動機を取り戻すことを願ったに違いない。
だからこそ計人がメイをけしかけたのだ。
そして計人はいみじくも思い出してしまった。
「そうか、オレは誰かが涙を流すことがイヤだったから動き始めたんだ……」
自身の初期動機に。原点に。原点回帰。
メイや姫に尽くすうちにかつての動機を『思い出してしまっていた』
「ハハハ。そうか。そういえばそうだったな」
「どうしたんですか計人お兄ちゃん」
突如夜空を見上げ悔し涙を浮かべ始めた計人を姫が心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫だ。ただ思い出したんだ。オレの初期動機を。誰かを救いたいっていう、まっさらな気持ちを」
その夜、空に輝く満月は、かつて都市を暗躍した伝説『黒の亡霊』の帰還を歓迎しているようだった。
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