第12話 ケルベロス




 ケルベロス。


 巧妙な連携プレーで上位能力者も太刀打ちできないと言われているファントムの幹部能力者三人組だ。


 彼らと手合わせすることが計人の目的でもあったのだ。


 計人の都市序列は10位。

 本来なら勝てるはずだし、そうでなくても計人が強くて容易にはメイ達には手出し出来ない、と印象付ける必要があった。


 そういった目的でも、計人はやってきたのだ。



「曲者だぜええええええええええええええええ!!」


 飛び出してきたのは一人の青年であった。


 一条という名の青年である。


◆◆◆



 一条、三人組の『ケルベロス』の一人である。

 革ジャンを羽織った金髪の青年だ。


 トラップなどをかい潜れるルートを知っているのだろう。

 彼は何もない中庭を飛び石の上をはねるように不規則に跳ね、一気に計人に襲い掛かった。


「ハッハー! 侵入者なんて久方ぶりだぜ! 迷ったか少年!!」


 そして一条、都市序列『79位』の男の能力は――


「だが迷った先が悪かった! 来い! 『絶対の矛ペネトレイト』!」


『あらゆる物体を貫通する槍を生成する』、チカラ。


「ッ!」


 一条の手に金色の槍が現出し、その切っ先を必死で逸らした。


 あらかじめ『隠蔽』をかけておいたナイフではじく。


 ガキンッと、不快な金属音が辺りに響く。

 逸れた槍はそのままコンクリートの壁に突き刺さった。

 まるでプリンに刺さるかのように壁に吸い込まれた。


「――ッ!」


 その異様な光景に計人は目を剥く。

 言葉の上では知っていたが実際に目の当たりにすると予想以上の迫力だった。


「よく避けたな。いい判断だ。……さては俺の能力を知っているな?」

「悪いか?」

「ハハ、予習済みとは偉い子だなぁ!」

 

 それから計人の持つ不可視のナイフと『絶対の槍』が激しく打ち合い無数の火花が散った。槍を側面から捕らえ逸らし続ける。


「ハッ! どこのどいつだか知らないがやるじゃねーか! さては不可視の武器を創造する能力だな!」

「ハッ、ちげーよ!!」


 一条の見当違いな推測に叫び応じる。


「で、言ったよなぁ!! お前の能力は知ってるって!! だからお前の能力は対策済みなんだよぉ!!」

「なに!?」


 言うや否や、計人は自身に『隠蔽』をかけた。

 絶対に貫通する槍。だが敵が『見えなければ』当てられない。

 だから隠ぺいを有する自身は圧倒的に有利なのだ。


「お前! まさか雛櫛の……!?」

 

 計人が消えるのを見てようやく計人の正体に気づく一条。

 そんな一条の胸に、計人は不可視のナイフをつきたてた。


 そうしながら計人は安堵の息を付いていた。


『ケルベロス』は連携プレーが強力だと聞いていた。


 しかし今回出てきたのは一条一人だけだった。

 慢心したのだろう。


 だが勝ち星には違いない。

 とにかくまず一人、戦闘不能にすることが出来る――


「そういった慢心があなたのダメなところですよ。一条さん」


 しかしそこに男の声が差し込まれた。


「!?」


 同時にコンクリートの大地が粉砕された。


 蜘蛛の巣状の亀裂が入り、砂利ほどのサイズにまで粉砕されていく。


 急に足場の状態が変わり計人は勢いよく地面に転がった。


 これは――!? 


 継続して自身に『隠蔽』をかけ、身を隠しながら驚嘆する。


灰色世界コンクリートジャングル』!


「チィ、石里か!」

 

 増援に計人は口汚く吐き捨てた。


「石里邪魔すんなぁ!!」


 一方で一条も不満を漏らしていた。


「邪魔とは……。『ケルベロス』は連携プレーが肝。何勝手に単独行動しているんですか?」

「出てくんな! 俺一人でやれるって言っただろう!」

「ですがたった今やられそうになっていましたが」

「クゥ……!」


 一条は悔しそうに唇をかんだ。


「この場に雛櫛の仲間が来ることも想定できたでしょう。雛櫛・日比野・柊の能力は確認しましたよね。顔も確認しましたよね。なぜ気が付かなかったのですか。彼は相当の実力者である可能性があるという話もしたでしょうに。……まぁいいでしょう。フィードバックは後ほどで。いくら実力者と言えど私とあなたの連携なら倒せるでしょう。さっさと日比野を倒してしまってください。もう、『視える』でしょう?」

「あぁ……!」

「!?」


 突如、一条が正確に自身の居場所を見定め計人は息を飲んだ。


 まだ計人は自身に『隠蔽』をかけているはずなのにだ。

 

 槍をふりかぶる一条が太陽を遮り黒く塗りつぶされる。


「あ――」


 この段になりようやく気が付いた。


 足もとの砂利。このせいだ。


 計人は見えなくとも足下の砂利が計人が転んだことで派手に飛び散ったから分かったのだ。


「クソ!」

「ハッ、観念して姿を現したが日比野ぉ!」


 隠蔽が効かないと計人は直ちに自身にかけていた能力を解除した。


 そして不可視のナイフで槍を払った。


 なんとか振り払うと計人は一条から距離をとった。


 しかしそこからの戦いは計人が圧倒され続けた。


 原因は先ほど出てきた長身のスーツ姿の男。


 都市序列『61位』の石里の能力。『灰色世界』だ。


『灰色世界』それは――


「クッ! ここで壁か!?」


 突如計人の背後にコンクリートが波立ち壁を形成し、計人は唇をかんだ。


「退路が塞がれた気分はどうだ日比野!?」


 そして退路が断たれた計人に一条の金色の矛が迫る。


 とっさに屈んで避ける。頬の薄皮を『絶対の矛』が切り裂いた。


『灰色世界』とはコンクリートを操る能力である。


 それによりあらゆる場所に壁を発生させたり足場を作ったり出来るのだ。

 その上一条の『絶対の矛』はあらゆる物体を貫通する。


 計人が石里の作った壁を避けながら戦うのに対し、一条はそれら全てを貫通し最短距離で迫ってくるのだ。


 あまりに強い。


 その上足場も砂利にされ、自身に『隠蔽』をかけられず圧倒的に不利。


 計人の今日の目的の一つは『ケルベロス』に計人の実力を分からせて簡単には計人達に手を出せなくすることだ。


 だが確かに、あまりにも連携が強力だ。


 話に聞いていた計人の想定を遙かに越えて。


 このままではいつかやられると判断した計人はしばらくすると撤退を意識した。損切りは早ければ早い方が良い。


 しかし撤退の仕方も問題だ。


 メイ達のためにも少しでも計人を驚異に思わせておきたかった。


 となると、

 

 上位駆動か。


 結局考えはそこに落ち着いた。


 能力者の体内に貯蔵された『異常』を励起し発動させる日に数度しか使えない必殺技。


 計人の上位駆動は、敵があると思いこんだ物を本当に実在させる『虚飾悪霊』。それでもって一発かまし撤退するのだ。


 となると計人は口八丁手八丁・身振り手振りを用いて敵に何かあると思わせる必要がある。


「おらおらどうしたどうしたぁ遅くなっんぞ!?」


 一条の攻撃をすんでのところで避けながら計人は手法に思考を巡らせる。


 しかしそれよりも早く敵が動いた。


 動いてしまっていた。


「なぁに、まだ捕らえられてないのぉ?」


 ケルベロス、最後の一人が現れたのだ。

『女城』という女性だ。


「やばッ!」


 その姿、その能力を思い出し、とっさに計人は自身に『隠蔽』をかけようとする。

 しかし遅かった。女城の能力が発動する。


「発動。『魔眼美女ビーナスメデューサ』」


 女城の瞳が赤く輝き出す。


 同時にガツンッ と地面に刃渡り30cmほどの曲刀が突き刺さった。


 自身を見つめる女城を見て計人は喉が干上がるのを感じた。


 3人構成の『ケルベロス』の三人目、都市序列『28位』の『魔眼美女』その能力特性は――


「私の力は、視認した相手の体を縛る」


 視認した相手を石に変えたというメデューサ伝説を土台にした『神話再現型異能』。


 地面に現出した曲刀はメデューサを葬ったという曲刀『ハルパー』というもので、神話再現型異能はこういった自身の弱点になる物まで再現してしまう者もいる。


 このハルパーで女城を一切りにでもすれば女城は倒されてしまう。


 だが今はそれは問題ではない。


 計人は急に身動きがとれなくなり、目を剥いた。


 そう、身動きがとれなくなれば――


「チェックメイトだなぁ!」


 遠くにいた一条が一気に計人めがけて駆けだした。


(この『絶対の槍ペネトレイト』を防げない……!)


 詰んでいた。


『魔眼美女』により身動きがとれない。


 その上敵の能力は『絶対の槍』。


『絶対の槍』は『必ず貫通する』。


 しかももし『隠蔽』を自身にかけ『魔眼美女』の束縛から脱しようとも、だ。


 砂利。

『灰色世界』によりコンクリートの大地は砂利状になっており、姿を隠したとしても石が弾かれ軌道を追跡され、居場所が露見してしまう。


 その上、計人の必殺技。

虚飾悪霊ドレスゴースト』は、敵に存在すると思わせた物を本当に存在させる能力だ。


 Aがあると思わせAを生み出す能力だ。


 そのため計人は『口八丁手八丁』で敵に存在すると思わせねばならないのだ。

 しかし、『隠蔽』で姿を隠しては、『口八丁手八丁』は『使えない』。

相手を『騙せない』。


 つまり――


「終わりだああああああああああああ!!!!」


 死。


「――――ッ!」

 次の瞬間、計人の右肺に深々と槍が突き刺さった。


 計人の背中から金色の槍が生えた。


◆◆◆


「すまねぇな日比野」


 今日もまた一つの命を刈り取った。

 一条は神妙な顔つきで槍を引き抜いた。


「だがこれが能力都市だ」


 殺しの後は気分が少し悪い。 


「うん?」


 しかし、すぐに一条は違和感に気づいた。


 槍に『血が付いていない』のだ。

 それだけではない、目の前に立つ計人の状態に一条は息をのんだ。


「な、ななな、なんなんだお前!?」

「どういうことおかしいでしょ!?」

「どういうことだ……?!」

 

 石里が代表するように言う。


「なぜお前は死なないんだ!?」


 一方で計人は自身の作戦が上手く行き、ほっと息をついていた。



 なぜ計人が無傷で今も立っているのか。


 答は簡単だ。


 計人は『絶対の矛』をその身に受け、服に広がる血に、飛び散る血に、とっさに『隠蔽』をかけたのだ。


『隠蔽』は発動時に計人に接触している物体ならなんでも対象に出来る。


 それにより血痕を見えなくし、そして槍が引き抜かれた瞬間、自身の胸に開いた大穴にも『隠蔽』をかけた。


 そうすれば傷は誰にも『見えなくなる』。


 そして傷がない計人を見れば、敵は計人が『傷を負っていない』と『思いこむ』。


 大穴が開いている計人の右胸に、今も健康な肉体があると『思いこむ』。


 そして計人の能力の上位駆動『虚飾悪霊』は、Aがあると敵に思わせることで本当にAを存在させる異能だ。


 それにより計人は『虚飾悪霊』を使用し、無傷だと『思わせる』ことで、傷を修復したのだ。


 実際に計人は胸を貫かれているのだ。『虚飾悪霊』を応用し肉体再生を行っただけだ。


 だがこの『虚飾悪霊』、そう長くは持たない。

 早急に能力者が運営する医療機関に駆け込む必要がある。


「お前等の実力は把握した」


 一刻も早く立ち去るために計人は適当に言うと、自身に『隠蔽』をかけ、持っていた煙玉を炸裂させた。


 一気に周囲は緑色の煙に包まれた。


 こうすれば『魔眼美女』も計人を拘束できないし、砂利による移動も見えない。


 計人は一目散に『幽霊団地』を後にした。


 誰もいない路地をかけながら計人は吐き捨てた。


「クソが!!」


 ケルベロス! 想定を越えてあまりに強い!

 一人一人潰すしかない……!!


 こうして崔原虎徹・打倒条件に『ケルベロスの各個撃破』という項目が加わったのだ。


 ◆◆◆

 

「……血?」


 計人の第二の能力を目の当たりにし呆気にとられていた「ケルベロス」の面々。


 しばらくして計人の『隠蔽』が消え、現れた血痕に石里は顎に手をやり考え込んでいた。


「やはり攻撃は通じていたのでしょうか?」

「いんや、肺を潰したんだ。もし肺潰されてちゃあんな流ちょうには話せねーよ。アレは無傷の奴の息の仕方だ」

「ですが血痕は残っていますよ。一条。あなたの『絶対の矛』にも」

「知るかんなもん! じゃぁあいつが某かの能力で回復したんだろうよ!」

「『上位駆動』を使える可能性があるわねこれは」


 血痕を調べていた女城が目を上げた。


「『崔原様』や『私と』同じように到達者かもしれない。このことは崔原様にも伝えましょう。今、起きたことも」

「そうですね。崔原様なら敵の能力の正体にもたどり着くかもしれません」


 一方で、計人の上位駆動『虚飾悪霊』の正体が明るみになろうとしていた。



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