第8話 ハイドスポット
能力都市の存在意義の一つは能力の開発である。
そのため都市には様々な生存競争活性化を促す仕掛けがある。
「すっげぇぇぇぇぇぇぇ!!」
これもその仕掛けの一つであった。
太一は目の前に広がる地下空間に目を輝かせた。
とある商業ビルの外壁に設置された自動販売機。
その裏には非常に見えにくいドアがあった。
ドアの先には下に続く長い階段がありその先には広大な地下空間が広がっていた。
灰色のコンクリートで覆われたテニスコートほどの空間だ。
「なにここ計人兄ちゃん!?」
「『ハイドスポット』だ。都市は生存競争を活性化したいからな。こういう仕掛けを都市の至る所に作っているんだ」
計人は『黒の亡霊』として活動する際、こういった隠れ家を数多く発見し、利用していた。
『黒の亡霊』を引退してからはほったらかしにしていたが、この度使用することにしたのだ。
「ここが今後しばらくのマロン達の住処なんですね……?」
「なんか怖いねマロンちゃん……」
姫は相変わらずメイにしがみつき辺りを見回していた。
「……でも良いの? こんな場所。日比野君にとってここは大切な場所なんじゃないの?」
「いいよ。掃いて捨てるほど知っているさ。それにしばらくはメイの家には住めないだろ?」
メイの寮の玄関ドアは破壊されてしまった。
加えて敵である『崔原虎徹』はアルバイトを辞めさせるだけではない。
メイが保護しているマロンや姫・太一の身に危険が及ぶとも言っていた。
そのような状態でいつまでも子供達をメイの寮で暮らさせるわけにはいかない。
だから計人はまずメイたちを避難させることにしたのだ。
「メイ達はしばらくここで暮らしてくれ」
「いいのかよ計人兄ちゃん!? テレビもキッチンもあるじゃん!? シャワーもあるし良いのかよこんな面白い場所で暮らしちゃって!? しかも学校にも行かなくて良いんだろ?」
「あぁ良いぞ。お前達の身に危険が迫っているから外出させられん。学校にはしばらく通わないでいい。解決するまではここで過ごして貰う。むしろそのくらいのテンションで構えて貰った方が助かる」
「よっしゃーーーーーーーーー!!!」
太一は諸手をあげて喜んだ。
事件解決までは子供達をこの隠れ家に避難させる。
それが計人達の作戦だ。
学校にしばらく通えないのは痛手だが、教育はメイがする。
いずれにしろ彼らは孤児だ。
学校へ行っても基本支給金が出ないため出席するメリットは小さい。
「姫! 探検に行こうよ!」
「マ、マロンちゃん、待って……」
「ガキ達は呑気なもんね。自らの身が危ないって言うのに」
「でもこのくらいのテンションでいてくれないと困るよ。だってこれからしばらくこの子達はここから出られないんだぜ?」
メイが相対しているのが崔原虎徹だったことで計人の作戦は大きく変わっていた。
「さっさと解決しないとなぁ……」
計人が伸びをすると、藤花は眉を下げた。
「アンタ大丈夫? 何も解決しなくちゃいけないのは『崔原虎徹』だけじゃないのよ」
何を言っているかわからない。
計人が不思議そうな顔をすると藤花はため息をついた。
「アンタ、しばらくこの隠れ家で一緒に暮らすんでしょ? この問題の解決のために……」
「あぁ。三人を食わせていくためには雛櫛が学校に通い『基本支給金』を受け取らないと行けない。アルバイトにはいけずとも雛櫛には学校に行って貰わないとならない」
「だからメイが隠れ家から安全に学校へ通えるようにアンタも一緒に暮らすんでしょ? そんなことは知っているの……! 納得はしてないけどねぇ……! それでね計人、話を戻すけどこの問題はただ崔原を倒すってだけではすまないのよ。この問題を解決させる以上、あれ見て」
浮かない顔の姫を指す。
姫は元気がない。どうやら事の発端になったことに責任を感じているらしい。
今回の一件は姫が男にぶつかったことが事の発端だ。
「あの子の『心』も救わないとダメなのよ。自分のせいでこんな事になったって責任を感じているあの子をね」
「まあ、な……」
「それに計人、アンタは『家族』なんていたことないでしょ? 多分、きっと大変よ……」
確かに、そうかもしれない。
しかし難しいことは置いておいて、計人は騒ぐ子供達を呑気に眺めながら、先ほどのことを思い出した。
この子供達を一時的にハイドスポットに引き取ることを提案した時のことを……
◆◆◆
「えぇ!? 一緒に暮らすぅぅ!?」
「そうだ、丁度良い場所を知っている」
計人が提案すると藤花は顔を真っ赤にして口を尖らせてきた。
「ちょっ、いい、いきなりアンタ何を言い出すのよ!? 確かにメイの家のドアはぶっ壊されちゃったけど、こんなの業者に直させれば良いでしょ!? なんならドアが直るまで私の家で暮らしても良いのよ!?」
「なら藤花が家にいない間は誰がメイの子供達を守るんだよ? 崔原があんな発言した以上、この子達を不用意に外出させることは出来ないぞ!? あ、この子達は事件解決まで外出禁止にする。これは決定事項だ」
先ほど藤花に発破をかけられ計人の意は決していた。
敵が都市序列第七位、最強の心理能力『
「た、確かにこの子達は危ないから外出できないけど、それがどうして一緒に暮らすって結論になるのよ!?」
「メイがバイト出来ないということは現状この子達の生活資金はメイの『基本支給金』だけだろ? ならメイはなんとしても通学しなくてはならない。オレが紹介する隠れ家はそうそう見つからない。心配なのは出入りの際だ。出入りの際、見つからないように、かつ登下校の際、メイが狙われないようにオレが護衛する、そのために一緒に暮らす必要があるんだ」
「うっ……」
藤花は息を詰まらせた。
「な、なら私がしばらくの間生活資金を工面して上げても良いのよ? ならメイがあなたの紹介場所でジッとしているだけでいいでしょ? 何もあなたが一緒に暮らす必要はないじゃない! なんならあなたが生活資金を工面して上げれば……。どうせアンタのことだから唸るほど貯金しているんでしょ?」
確かに計人は『黒の亡霊』として稼いだ膨大な金がある。だからバイトもしていないのだ。
確かにしばらくの間メイ達を養うことなど造作もないことなのだが……
「……そこまでは迷惑かけられないわ。私たちの問題だもの。お金は自分で解決するわ」
案の定、メイが断る。
「あ、アンタはぁぁ~! 助けて上げるって言っているんだから資金面から何から何まで救われとけば良いのよ! 面倒なこと言わないで!」
「……でもそこまでは迷惑をかけられない」
「だ、そうだ。雛櫛ならそう言うと思った。というわけで藤花、雛櫛は今まで通り学校へ通う必要がある。だからオレも一緒に暮らさないとならないってわけだ」
「ッ~~~~!」
計人に論破されると藤花は顔を真っ赤にして声にならない叫びを漏らした。
「そういうわけだ。悪いな藤花」
藤花を怒らせると怖い。計人がフォローを入れるとギロリと涙目の藤花に睨まれた。
「計人! アンタ、メイに変な事したら只じゃおかないからね! エッチなことは禁止よ!」
「当たり前だろ!!」
いきなり変なこと言うんじゃねぇ! と計人が憤慨していると
「……エッチなこと?」
一方でメイは藤花の発言を不思議そうに小首を傾げていた。
メイは相当この手のことが無知らしい。とても助かる。
それからメイ一家は必要最低限の荷物をもちハイドスポットにやってきたというわけだ。
◆◆◆
「ところで先ほどの男は何者だ?」
体育館ほどもある空間。
赤い絨毯のひかれた床の中でも高くなった場所に設置された豪奢な椅子に腰をかけながら崔原は尋ねた。
ここは崔原虎徹率いる犯罪組織『ファントム』の本拠地だ。
『幽霊団地』と呼ばれる本拠地の最奥である。
「男の方は分かりませんが、女の方は分かります」
「誰だ、『
黒髪ロングの少女は床に立膝をつき頭を垂れたまま答えた。
「柊藤花。能力『
「同じ高校で助けを求めたか。電子系。序列111クラスだとハッキングもお手の物か。我ら『幽霊団地』の電子的防御が破られる可能性があるな」
「男の素性は捜査するかい、崔ちゃん」
「当然。『
「りょーかい」
金髪でチャラチャラした格好をした青年は首肯した。
「で、今後我々はどのように動きますか?」
「当面は男の素性調査だ。加えて雛櫛のガキどもに圧力をかけていく。何、保護している餓鬼どもに危険が及べば態度も変わるだろう」
「変わらない場合はどうしますか?」
「『
崔原はスーツ姿の男を見つめ、酷薄な笑みを浮かべた。
「ここは生存競争をモットーとする能力都市。当然、『力に訴える』」
「やっぱりそうよねぇ」
崔原の言葉にくせ毛の女、女城が舌なめずりした。
「そうでなくっちゃ俺達のリーダーじゃねぇよなぁ!?」
一条、金髪の少年は息まいた。
「では我々も準備せねばなりませんね」
石里と呼ばれたスーツ男の眼鏡が光る。
「なんか色々考えてるね~『
「ホントお兄ちゃん達が何企んでいるか分からないよ、『
そして空間の端には年端も行かない小学生くらいの少女が二人いる。
この六人が今現在急激にその名を響かせ始めた『ファントム』の幹部達である。
全員が都市序列100位以上の実力者。
おまけに彼らを支配するは都市序列7位。
史上最強の心理能力『
都市最強の一角を担う組織である。
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