能力都市に平和の鐘は響かない。~閉ざされた世界における子供たちの生存競争~

雨ノ日玖作

第1話 黒の亡霊



 自分の初期衝動など、とうの昔に忘れていた。


「行くか」


 今あるのは身を焦がすほどの敵意だった。


◆◆◆


「ぐあ!」


 前にいた金髪の少年が突然転倒した。


「なんだ……!?」


 突然意識を失った仲間を見て黒髪の少年は目を剥いた。

 

 ここは彼の所属するグループのアジト。

 大量の防犯機械で守られた誰も侵入できない堅牢なアジトだ。

 如何なる機械にも感知されず立ち入れるものなど、いるはずない。


「まさか――」

 

 そこでようやく彼は何と敵対しているかを思い出した。

 今自分たちが相対している敵、それは――


「グフ!」


 しかし彼が言葉を発する前に懐に何かが深く突き刺さった。


 少年は苦悶の表情を見せ、廊下にドサリと倒れた。

 能力都市・第二位の能力者が所属する彼らのグループが敵対していたのは――


「フゥー……」


 男が倒れると黒いフルフェイスヘルメットに黒いマントを羽織った男が現れた。

 黒に包まれた男が突如空気の中から出現したのだ。


 男の肩は大きく上下していた。

 彼がたった今二人の男を倒したのだ。

 いや、それだけではない。

 彼がいるのは序列二位の能力者のアジト、その最上階である。


 彼は既にビルにいた全ての戦闘員を一人で倒しきっていた。


 この灰色の無機質な廊下を抜ければ、その先に序列二位の能力者がいるはずだ。


 と、思っていたのだが――


「なるほど……」 


 視線の先から声をかけられた。


「君は心理的迷彩だけでない、その気になれば物理的な迷彩も可能だったわけか」


 廊下の先に切れ長な目をした細身の男がいた。

 敵のボスは廊下に出てきていたのだ。


「息を上げているところを見ると、どうやら『息を止めている間は』君は電子感知などの物理的監視網からも感知されなくなるようだね。そうでないとこんな電子捜査網の敷かれたビルの最奥までは辿り着けない」


 痩身の少年の唇が弧を描いた。


「そうだろう? 『黒の亡霊』?」

「……ははは」


 『黒の亡霊』と呼ばれた少年は、ヘルメットの下で苦笑した。

 

 彼の能力『隠蔽ハイド』は自分の姿を見た相手の脳から、自分がいるという認識を強制的に削除する心理能力だと知られている。


 しかしその実、『息を止めている間』は物理的感知網すら感知できなくなる・心理・物理両面の『概念系』の隠蔽能力なのである。


(能力のカラクリがバレたのは痛いな……)


 しかしもう後には引けない。


 彼は懐に手をやった。

 彼のマントの中には様々な装備が収められている。

 その中から彼はオレンジ色の柄を持つ短刀に手をかけた。

 

 短刀に『隠蔽』をかける。

 不可視の刀の誕生である。


 今現在彼の右手には小刀が握られているが、相対している敵にはそれが見えない。


「何か出したな……」


 敵が警戒度を上げる。


 だがここまで来たらもうひけない。

 

「これより第二位、能力『天上天下』を有する栗原海人、貴様を排除する!!」

「受けて立とうじゃないか『黒の亡霊』!」


 目の前にいたチェックのシャツを着た少年から壮絶な圧が発散した。


 その夜、南房総半島に作られた能力都市、そのとあるビルから轟音が轟いた。


 そしてこの夜、『黒の亡霊』こと日比野計人は第二位の男に勝利することになる。



 しかし同時にこれが彼の快進撃の終焉でもあった。


 このふざけた世界を少しでも良くしようと、犯罪組織をたった一人で一網打尽にしてきた少年の進撃はここで止まる。


 『競争進捗ランニングストラグル


 その発見によって。


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