第115話 見えてくる敵

 アートライト王国を襲った災害。

 一連の大魔侵攻パレードについての議論は、その後も続いていた。


 話を繋げようと、ふと俺も口を開く。


「重要なのは、その黒幕が何者で、どんな手法で大魔侵攻パレードを引き起こし、何を目的としているのか、という事でしょうか?」


 議論を進めるべく、論じるべき点について三人に向かい言及する。

  

「ああ、そうだな。ラースの言う通り、主に明らかにすべきなのは、その三点だろう」


「何者なのかという事に関しては、その存在が個人か組織かも不明ですからな」


「ああ、全てにおいて不透明過ぎる。まあ、これだけの事態を引き起こしている者が個人などとは考えたくも無いがな……………」


 輪郭すら掴めていない以上断言は出来ないが、ライルの言う通り、組織的な犯行と考えた方が流石に自然だろう。

 

「伯爵は今回の黒幕について、何か心当たりは無いのでしょうか?」


「無いな。思い付くのは精々他国からの攻勢という可能性ぐらいだが、昨今の情勢を鑑みるにその可能性も限り無くゼロだろう」


「他国が一連の事件を引き起こす程の力を持っているとも考え辛いですからな。仮にそれだけの力を持って国を落とそうとするならば、より端的に王都を標的にすれば良い」


 アートライト王国は、現在どの国とも戦争などしていない。

 万が一他国からの攻勢だとしても、セドリックの言う通り、点在する都市を一々襲撃などせず、始めから全戦力を王都にぶつければ済む話だ。


 一連の議論を総じて、ユリアンが苦々しげに口を開く。


「黒幕が何者かという事に関しては、推測の余地すら無いという事ですか……………」


「その通りだ。とはいえ、黒幕の存在に留まらず、此度の大魔侵攻パレードについては、確信を得られる事自体が殆ど無いだろうがな……………」


 仮に何か発見出来た事があったとしても、全ては推測の域を出ない。

 それだけ今回の大魔侵攻パレードは、不可解な点に満ちている。


 すると、黒幕の正体に考えが行き詰まった事を察して、セドリックが話題を転換する。


「では、次に考えるべきは大魔侵攻パレードを引き起こした手法について、でしょうか?」


「そうだな。正直、此方についてもさっぱりという他無いが……………」


 思考を新たにしたライルではあったが、複雑そうな面持ちで言葉に詰まる。

 ライルだけでは無く、この場に居る全員が同じ感情だろう。

 それでも、まずは議論すべき点を整理しようと俺も口を開く。


「一番に問題なのは、西側からの軍勢をどう配置したのか、という事でしょうか?」


「そうですな。そこが最も不可解な点です。東からの軍勢については………それも人為的に引き起こされたものだと仮定しての話ですが、ロスト郊外の森林地帯から発生したように偽装したのでしょうが」


「ええ。そして、東と西。どちらに関しても真っ直ぐに都市を襲撃出来ている辺り、魔物を配置した事に留まらず、その魔物を正確に操る術も持っている事になります」


 言葉を返すセドリックと情報を共有する。

 

 決して悟られずに魔物を配置出来た事。

 その魔物の軍勢を正確にロストへ向かわせた事。

 どちらにおいても、常識では考えられないような手法が用いられたとしか考えられない。

 そして、その可能性があるのは、この世界では最早一つしかない。


 全員が思考を同様にしつつも、しんと静まった室内で、セドリックがぽつりと告げる。


「………………魔法、なのでしょうな」


「やはり、それ以外考えられんか。しかし魔物を操る術は勿論、魔物を自由自在に配置、もしくは生み出せる魔法など聞いた事も無いが…………」


「ですが、そう考える他ないでしょう。元より常識では説明が付かない程の事態が起きている。既存の枠組みに囚われていては、真相は見えて来ない」

 

 幾らが魔法があらゆる可能性を実現する万能な技法だとしても、使い手である人間自体には限界がある。

 数百もの魔物を召喚し自在に操作するなど、何をどうすれば可能なのか疑問に思う程だ。


 しかしセドリックの言葉通り、常識外れの事態などもう今更だ。

 どちらにせよ推測の域を出ないのなら、そうだと仮定して考えるしか無いだろう。


「しかし、手法に関しても恐らく魔法を使ったのだろうという事くらいしか分かりませんね…………」


「そうだな。とはいえ、そのような魔法が存在すると知れただけでも価値はある。今回の大魔侵攻パレードから、以降そのような事態が再び起こる可能性もあるからな」


「制限無く使用可能だとすれば対策のしようもありませんが、流石にそうとは思えませんからな。まあどちらにせよ脅威な事に変わりはありませんが」


 諦念を含むユリアンの発言に、僅かに過ぎずとも見出した光明を示すライルとセドリック。

 黒幕がそういった力を持っていると知れただけでも、十分な収穫だろう。


「では、最後は一連の大魔侵攻パレードの目的ですな」


「ああ。このような事態を引き起こす目的が、一体何なのか……………」


 議題は再び移り変わり、黒幕の目的についての話し合いとなる。

 目的に関しては、俺も一つは気付いた事があるため発言する。


「目的そのものは不明ですが。一つだけ確実に言えるのは、都市を落とす事が狙いでは無いという事ですね」


「やはりお前もそう思うか、ラース」


「はい。戦闘時にも感じていた事ですが、敵はロストを落とそうと思えば落とせたでしょう」


「私も同感ですな。黒幕側にも何かしら制限があったのかもしれませんが、それでも落とす手立ては幾らでもあったでしょう」


 俺の見解に、ライルもセドリックも同調する姿勢を見せる。

 やはり、各々が当時から感じていた事なのだろう。


 すると、俺達のやり取りを聞いたユリアンが、そう思った根拠を問い質す。


「東と西、二つに戦力を分散させた事でしょうか?」


「いや、そこは理解出来る。フェルドからの増援を予期していたのなら、第一陣とは反対側に戦力を配置してもおかしくは無いだろう」


 位置も時機タイミングも完璧だった事から、敵は恐らくフェルドからの増援が来る事を読んでいたのだろう。

 ロストの戦力だけなら一方向に纏めても物量で押し切れただろうが、フェルドの戦力が合わされば寧ろ対応しやすくなってしまう。

 だからこそ、第二陣として西側にも魔物の軍勢を用意していた。


「私が気になったのは、西側の軍勢を配置した地点ですな。仮に敵が自在に魔物を配置出来るのなら、もっと都市の近くに配置すれば、それだけで我々は対応出来なかったでしょう。ですが、それは……」


「はい。セドリックさんが先程仰ったように、敵にも何らかの制限があったのでしょう。配置出来る地点に限界があったという事や、都市近辺では万が一にも魔物を配置する手法が知られる事を警戒した、といった可能性が挙げられます」


「左様で御座います。以上から、西側の軍勢を都市近辺に配置しなかった事も理解は出来ますな」


 セドリックの語った通り、都市の間近に魔物を配置すれば、東側に居た俺達に対応する術は無かった。

 とはいえ、そこは恐らく俺とセドリックが予想したような、敵側の制限があったのだろう。


「決定的なのは、やはり黒瘴大鬼ブラックオーガの出現した時機タイミングですな」


「ああ。西側の軍勢と同時にアレも出現していれば、都市の壊滅はより現実味を帯びていた。報告では西側の戦闘が始まってから、かなり後に現れたそうだが。………そうだな、ラース?」


「はい。西側の魔物を凡そ半分ほど討伐した辺りで、突如出現しました。仮に初めから現れていたら、西側の壊滅は免れなかったかと」


 当時の事を振り返りながら告げる。

 戦況はかなり有利な状況だったにも関わらず、本当に突然に降ってきたのだ。

 あの衝撃は今でも鮮明に残っている。


「あの状況で一体だけ遅らせて生み出すのは明らかに悪手。そうせざるを得なかった可能性もあるのかもしれんが、どうにも腑に落ちん」


「都市の壊滅が狙いだったとは、やはり考えられませんな。まあ元より、東側の軍勢も黒幕の仕業だったとするならば、態々近郊の森林地帯からロストへと向かわせる必要などありませんからな。初めからロストを落とす事が目的とは思えません」


 ライルとセドリック、それぞれが黒幕の目的について自身の見解を述べる。

 東側の魔物も西側と同様に何らかの手法を用いて自然発生したように偽装などしなければ、それだけで戦力の整っていないロストは壊滅していた。

 やはりどう考えても、都市への攻撃が主目的だったとは思えない。


 そこで一頻り議論を聞き終えたユリアンが、一同に向かい尋ねる。


「成程。………では、黒幕の目的は一体何だったのでしょうか?」

 

「分からんな。強引に考えるなら威力偵察といった所だが、あれ程の戦力を持っているのなら態々そんな事をする必要があるとも思えん」


「…………確かに、その通りですね」


 ロストの壊滅自体やろうと思えば出来ただろうし、仮に威力偵察が目的ならば、あそこまでの魔物が必要だったとも思えない。

 悩ましげに答えるライルに、質問したユリアンもまた苦々しげに同意を返す。


「セドリックは何か心当たりはあるか?」


「御期待に添えず申し訳ありませんが、私にも分かりかねますな。ロスト以外の都市でも壊滅的な被害とはなっていない事から、やはり敵は敢えて我々を生かしているような感覚はありますが。…………ラース様は如何でしょうか?」


「私もこれといった意見は無いですね。ただセドリックさんが仰ったように、敵は都市戦力の殲滅が目的では無い。いえ、寧ろあちら側の戦力である魔物をしているような……そんな印象を受けました」


 感覚的なものなので、上手く言語化出来ない。

 それでも、やはり黒幕は自ら進んで戦力を落としているような直感を抱く。

 そんな事をして何の意味があるのか、という話ではあるのだが。


「申し訳ありません。これ以上は何とも……」

 

「いや、十分だ。元より推測するのが精々なのだからな」


「ふむ、しかし。目的に関しても、やはり不明な点ばかりですな。厄介なものです」


「そこも致し方無いだろう。黒幕の存在、大魔侵攻パレードの手法を含め、情報の擦り合わせが出来ただけでも良しとしよう」


 今回の議論で確定情報など殆ど生み出せていないが、間違いなく意味はあっただろう。

 この席があった事で、各々が抱えていた見解を共有し新たな発見もあった。


 そんな風に今回の議論も終わりに差し掛かっているだろうかと思った所で、ふとユリアンが口を開く。


「しかし、私には一つ疑問に思っている事があるのですが、宜しいでしょうか?」


「何だ、男爵?」


「何故敵が予め戦力を二つに分けていかのかという事です。増援を想定していたにしても、必ずしも来るとも限りませんし。東からの軍勢が辿り着く前に増援が来ると確信していなければ、あまり意味が無いように思えます。何故敵はそこまでの確信を持てていたのか…………」


「ふむ、そうだな……………」


 ユリアンの疑念は最もだ。

 近隣の都市からの増援自体を読む事は容易だろうが、その増援がいつ来るかまではそこまで詳細には分からない筈。

 

 今回はロストがいち早く大魔侵攻パレードの予兆を察知し、即座にフェルドへと救援を求めた。

 その為増援の到着も早かったが、そこまで早い対応が出来ると確信を持ったのは何故か。


 まるで大魔侵攻パレードに見舞われたロストがどう動くのか、初めから知っていたような用意周到ぶりだ。

 しかし、それはきっと…………。

 

 静まった空気の中、セドリックが告げる。


「あくまで可能性としてお聞き願いますが………十年前の大魔侵攻パレードも、今回の黒幕が仕掛けた事だったのかと。であればロストの対応もフェルドからの増援も、敵が予期していたのも頷ける」


 その可能性に思い至る。

 十年前の経験からロストは迅速な対応が出来た訳だが、それは敵も同じ事。

 ロストの自己戦力とフェルドからの増援が分かっていれば、都市を落とさない程度の魔物を用意する事も可能だろう。


 けれど、それはユリアンにとって知るべきだったのか否か。



「……………それはつまり、レーアは不慮の災害で命を落としたのでは無く、悪意を持って殺されたと!?」


「……………落ち着きない、男爵。あくまで可能性に過ぎん」


 明確な怒気を放つユリアンに対して、ライルが至極冷静に宥める。


 


 けれど、感情としては俺も同じだ。

 その可能性に思い至った時から、出来るだけ考えないようにしていた。

 アリアを悲しませた敵が、明確に存在する。


(もし本当にいるのだとしたら、その時は………)


 一体俺はどうするのだろうか。

 そんな事は決まり切っているようで、しかし一抹の迷いも自認する。

 

(…………落ち着こう。今考えても仕方ない事だ)


 心を整理し、小さく息を吐く。

 今は話に集中すべきだろう。




「十年前の件は、今回とは完全に無関係という可能性もある。敵がロストの動向を逐一観察し、フェルドからの増援を知った。一例だが、こういった可能性も考えられる」


「…………確かに。申し訳ありません、取り乱してしまいました」


「いや、無理もない事だ」


 ライルの告げたように、必ずしも十年前の大魔侵攻パレードが関係しているとは限らない。

 それでも、恐らく全員が直感的に結論を下しているだろう。

 無関係な筈が無い、と。



「十年前の件は抜きにしても、一連の大魔侵攻パレードは明らかにアートライト王国を狙ったものと言える。今回の一件を踏まえ、陛下は最早これをだと判断した。大陸有数の大国を相手取るほどの組織が存在すると仮定し、この組織を王国にとっての撃滅対象と定めた」


 国家そのものを敵に回したと聞き、ライル以外の三人が息を呑む。

 国家レベルの外敵と判断した事は大胆に思うが、一連の大魔侵攻パレードを踏まえれば、早期的な英断と言えるだろう。


「敵の輪郭すら掴めない以上、王国からなにか行動アクションを取る事も出来ないが、いずれ国を巻き込む程の事態になるだろう…………いや、既になっているか。とにかく、すぐにどうと言う話でも無いが、その心積りだけはしておくべきだろう」

 

「承知致しました」


 重々しく、けれど決然と告げるライルに対して、ユリアンもまた芯の通った声で返す。

 俺とセドリックも、それぞれ頷きを返す。


 いずれ、というのが具体的にいつになるのかは定かでは無い。

 ずっと早いのかもしれないし、数年後、或いはそれ以上なのかもしれない。

 けれど、途方も無く大きな戦いが避けられない事は、きっと確実なのだろう。




「さて、大分時間も経ってしまった。必要な事は話し合う事が出来たし、この辺りで解散としようか。それと全員分かっているとは思うが、市井への混乱を避ける為、一連の大魔侵攻パレードについての情報は原則対外秘とする。…………まあこれだけ大規模な事象が起こっている以上、どこまで隠し通せるかは分からんがな…………」


「承知致しました」


「二人も大丈夫か?」


「ええ、無論です」

「私も問題ありません」


 ライルが端を発し、今回の議論も此処で終了となった。

 まだまだ議題は尽きないのだろうが、必須で話し合うべき事は話したと言える。

 それにこれ以上を望んでも、結局は推測の域を出ないのだから難しいだろう。  


「ラースも療養の身ですまなかったな。しかし、やはりお前は冷静で頭も回る。この場に呼んで正解だったな。助かったぞ」


「いえ、お役に立てたのなら幸いです」


「そうか。では、引き続き身体を休めるようにな」


 

 そんな会話を最後に、それぞれが割り当てられた部屋へと向かう。

 こうして一連の大魔侵攻パレードについての議論は、幕を閉じたのだった。

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