第116話 久々の我が家
ライル達との議論から、さらに一週間。
二週間というのは医師から診断された、俺が安静にするべき期間。
その日数が経過したという事もあり、この日で俺はフェルドへと帰る事となった。
現在は既に身支度は済ませており、アリアやユリアンに見送られ、丁度ローレス家の屋敷を出立する場面であった。
「しかしラース君、本当にもう良いのかい?まだまだゆっくりしていってくれて、全く問題は無いんだよ?」
「御配慮ありがとうございます。ですが、もう十分に御世話になりましたから。元々二週間という予定ではありましたし、一度フェルドへ帰っておきたいという思いもありますので」
「………確かに、それもそうだね。しかし、またいつでも気軽に来てくれて良いからね」
「はい。その際には宜しくお願い致します。もしフェルドへ来られる事があれば、此方も歓迎致しますので」
見送りの際にも、最後まで気を遣ってくれるユリアンと言葉を交わす。
流石に一度フェルディア家の屋敷には帰りたいので今回はこれでお暇するが、またロストへ来る事もあるだろう。
定期的にアリアとは会いたいので、あまり迷惑にならない範囲で伺おうと思う。
すると、そこでアリアからも声を掛けられる。
「貴方は本当に忙しない人ですね。………別にもう少しいらしても良いと思いますが」
「すみません。流石に母上には顔を見せておきたいですし、いつまでもお邪魔する訳にはいきませんから」
「(ですから、邪魔などという事は。寧ろ)………いえ、何でもありません。そうですね、御家には帰るべきですね」
何か言いたげなアリアだったが、自身で納得したのか肯定を返してくれる。
俺としてはアリアと会えなくなるのは寂しいが、ずるずると居座っては際限が無くなってしまう。
区切りは必要だろう。
「御迷惑で無ければ、定期的にロストへお邪魔させて下さい。アリアさんに会いたいので」
「っ…………何度も言っていますが、迷惑で無ければ邪魔でもありません。………その、私もお会いしたくはあるので………来て頂けると嬉しい、です」
「はい」
少し照れているのか、赤くなりながらぎこちなく告げるアリアが可愛らしい。
まあ面と向かって会いたいと伝えるのは、若干気恥ずかしいのは分かる。
「来させてばかりでは申し訳無いので、私もフェルドへお邪魔させて頂こうと思います」
「いえ、その辺りはお気遣いなく。アリアさんに負担は掛けたく無いので、俺の方から伺います」
「ですが…………」
「俺の方が行き来の日数も短縮出来ますし、自分で言うのも何ですが道中も安全だと思うので。勿論、フェルドの観光など来られる理由があれば、歓迎しますので」
アリアがフェルドへ来る場合は馬車での移動になるが、俺なら馬を走らせれば道程に掛かる日数は相当の短縮になる。
安全面に関しても、街道で魔物や野盗に襲われる確率は低いとは思うが、仮にそうなっても対処出来る自信はある。
そして、そんな可能性はまず無い。
「………承知しました。では、基本的にはラース様に御足労頂くという形で」
「ええ。…………では、いつまでもお引き留めする訳にもいきませんので、この辺りで失礼します。ユリアン様、アリアさん。お見送りありがとうございました」
「うん。では、道中気を付けて」
「また来られる日をお待ちしています」
「はい。この二週間、本当に御世話になりました。それでは」
二人と最後に言葉を交わし、屋敷の正門へと向かい歩き出す。
敷地を出た所にフェルディア家の騎士達が馬車を回してくれているらしく、今回は俺も馬車での帰路となる。
そんな事を考えつつ歩いていると、数分と経たず目的の馬車が見えてくる。
周囲には数名の騎士と御者、そしてアンナの姿が見える。
騎士の中にはコーディやレクターという見知った顔もあり、俺の接近に気付いたコーディが声を掛けて来る。
「ラース様。ローレス家の皆様との御挨拶は、もう宜しいのですか?」
「お待たせして申し訳ありません。ええ、挨拶は済ませたので何時でも出発出来ます」
「此方も準備は整っておりますので、それではフェルドへと帰還しましょうか」
念の為の護衛としてコーディ達数名の騎士は、俺と帰りの日程を合わせてくれたらしい。
アンナも俺に付いて帰路に着くので、馬車まで用意してくれたようだ。
そこで当のアンナがコーディ達に向かい、話し掛ける。
「騎士の皆さん、私まで馬車に同乗してしまい申し訳ありません。その上、護衛までして頂いて…………」
「いえ。アンナさんはラース様の専属なんですから、遠慮なんてしなくて良いんですよ」
「そうそう。身内だけの場だし、言ってしまえば俺らの労力は特に変わらないからな」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
申し訳無さそうに告げるアンナに、コーディとレクターが軽い調子で返す。
あまり気に病まないようにしてくれているのだろう。
「俺からも、ありがとうございます」
「良いんですよ。そんな事は気にせず、ちゃっちゃとフェルドまで帰りましょう」
「おい。俺達は護衛の役割もあるんだから、あんまり気を抜くなよ」
「分かってる、道中はしっかりやるさ。でも出発前から肩肘張ってても、しょうがないだろ?」
「ったく。申し訳ありません、ラース様」
「あはは、いえ大丈夫ですよ。それでは宜しくお願いします。………じゃあアンナ、馬車に乗ろうか」
相変わらずな言い合いをする二人に苦笑しつつ、アンナと共に馬車に乗り込む。
伯爵家所有だけあって中は広い上に、乗車しているのは俺達二人だけなのでかなり開放的だ。
すると、正面に座るアンナが口を開く。
「二週間程だけですけど、何だかフェルドに帰るのが随分久しぶりに感じますね」
「ああ、色々と本当に濃かったからね。でも、とにかく帰るっていうだけで何処か安心するよ」
「ふふ。レイトさんにとっては、本当にやっとの帰省って感じですね。離れに戻ったら、まずはゆっくりしましょう」
「そうだね。セレスさん達に顔を見せないといけないけど、その後はゆっくりしようか」
死に掛けたという事もあって、中々セレスは離してくれ無さそうではあるが。
まあ自業自得ではあるし、母親からの心配は真摯に受け止めなければいけない。
そんな会話をしていると、徐々に徐々にと馬車が速度を上げる。
止まっていた景色が視界の端へと流れていく。
(…………取り敢えずは、全部終わったんだな)
一連の
とはいえ離れへ帰るとなって、長かった
(まずは帰ろう。俺達の家に……………)
この世界でも帰るべき場所がある。
改めて、とても幸せな事だと感じる。
そんな事を思いながら、ゆっくりと馬車に揺られるのだった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
フェルドまでの道程は全くもって安全なもので、何事も無く帰還出来た。
現在は既にフェルディア家の屋敷に着いており、アンナとは一度別れ本館へと足を運んでいた。
目的は勿論ライルと、特にセレスに顔を見せる為であり、二人の居室を訪れた所である。
そんな俺は現在、絶賛困惑中だった。
乾いた笑みを浮かべ、ただただ立ち尽くす事しか出来ない。
その理由はと言えば。
「ラースぅぅ、大丈夫!?何処も痛くない?足失くなってない?腕ちゃんと付いてる〜〜!?」
過剰なまでに俺を心配するセレスに抱き締められ、全く身動きが取れないからだ。
「母上、安心して下さい。俺は元気…………」
「ラースぅぅ〜〜〜」
「いえ、話を…………」
わーわーと泣き叫んでおり、此方の言葉も一向に耳に入っていないようだ。
目立った外傷が無い事など一目見れば分かる筈ではあるが、分かっていながらも心配なのか。
はたまた、そんな事も認識出来ない程に動揺しているのか。
(……………参ったな)
心配されるだろうと思ってはいたが、想像を遥かに超えてきた。
(まあ息子が死に掛けたって聞けば、仕方ないか)
送り出すだけでも相当に心配していたのに、更に魔物を相手に死に掛けたと聞いたのだ。
母親としては当然の感情なのだろう。
とはいえ、流石にいつまでもこのままという訳にもいかない。
泣いている姿など見たくないからな。
セレスを落ち着ける為に、彼女の手を取りしっかりと目を見て語りかける。
「母上。落ち着いて、俺をよく見て下さい」
「ラース…………?」
「御覧の通り、身体は何処にも異常はありません。確かに戦いの中では大きな傷を負ってしまいましたが、今はしっかり回復しています。俺はちゃんと元気に帰って来ました」
理解を促す為にゆっくりと話せば、セレスも目の前の俺が壮健な事は分かっただろう。
溜めていた涙を拭い、頻りに頷く。
どうやら落ち着きを取り戻した様子だ。
「………そうね、ちょっと取り乱しちゃったみたい。順調に回復しているって報告は聞いていたのに。ごめんなさい、ラース」
「いえ、心配させたのは俺ですから。此方こそ申し訳ありません、気苦労をお掛けしてしまい」
「ううん、良いのよ。元気に帰って来てくれれば、それだけで」
「…………はい」
最後にもう一度俺を抱き締めて、そう告げるセレスに温かな感情を抱く。
今までもそうだったが、やはり水無瀬令人としても、この人は大切な母親だと自認する。
何はともあれ、セレスも落ち着いて良かったと感じていたが、大切な事を一つ忘れていた。
家に帰って来て母親に会ったならば、これは言わなければならないだろう。
「それと、少し遅れてしまいましたが………」
「…………?」
「ただいま帰りました」
「…………ええ。お帰りなさい、ラース!」
先程まで心配で涙まで流していたとは思えない程に、満面の笑みを浮かべてくれるセレス。
初めはどうしたものかと困惑したが、どうやら収まる所に収まったようで何よりだ。
すると、それまで俺達の様子を静かに見守っていたライルが会話に入る。
「全く。だからラースは問題無いとあれだけ言っただろう、セレス?」
「だって仕方ないでしょ?あなたはラースに会えていたけど、私は
「まあ気持ちは分かるけれどね…………」
セレスに関しては、全て人伝いにしか聞いていないのだから無理もないだろう。
実際に会って確かめるまで、気が気で無かった事は容易に想像出来る。
しかし俺が無事な事は確認出来た筈だが、セレスは一向に俺を離す気配が無い。
まあ勿論嫌では無いので、暫くは好きにさせておくのが無難なのだろう。
「ラースも、よく帰ってきたな。本当にもう身体は大丈夫か?」
「はい。先日お会いした時にお伝えした通り、何も問題はありませんよ。あれから更に一週間も経ちましたから」
「そうか。何はともあれ、無事に我が家へ帰って来れて何よりだ」
僅かに口角を上げながら嬉しそうに告げるライルに、此方も笑みを返す。
ライルとは
「とはいえ、本当に二週間で帰ってきたのだな。男爵やアリア君からも、もっと滞在して良いと言われたのでは無いか?」
「そうですね、有難い事に。ですが、いつまでも御世話になるのも心苦しいですし。何より母上に早くお会いしたかったので」
「まあ!何て良い子なのかしら!私も早く会いたかったわ、ラースぅぅ〜〜」
「…………セレス、少し力を弱めなさい。ラースが青くなっている」
まさに力一杯といった程に、ここぞと俺を抱き締めるセレス。
華奢な彼女ではあるが、人一人に思い切り抱き付かれれば流石に苦しい。
首に腕を回しているので尚更だ。
「あら、ごめんなさい!大丈夫、ラース?」
「え、ええ。心配要りませんよ」
ライルの言葉によって、漸く解放される。
母親からの愛情とは、時に抱え切れない程大きなもののようだ。
「まあともかく、無事にフェルドへと帰って来たのは何よりだ。ロストでも散々身体を休めただろうが、暫くはゆっくりするといい」
「鍛錬は引き続き行いたいのですが、そうですね。少しずつ元の生活に戻していきたいと思います」
フェルドへと帰って来た事で、漸く鍛錬に本腰を入れる事が出来る。
とはいえ皆に言われているように、もう暫くは慣らしつつ行うのが無難か。
「それとまた近い内に、というより今後も定期的にロストへはお邪魔させて頂こうと考えているのですが、宜しいでしょうか?アリアさんとも約束をしているので」
「そうだな。………まあお前ならば、街道を通ってロストへと向かうだけなら問題は無いか。分かった、許可しよう」
「ありがとうございます」
多少気掛かりだった、ロストへの訪問を許可されたのは僥倖だ。
流石にそこまで頻繁に行く訳でも無いが、定期的に向かうのならば、一々護衛を付けて貰うのも難しいからな。
通信魔導具にて到着と安否の連絡さえ欠かさなければ、問題は無いだろう。
すると、俺とライルの遣り取りを聞いていたセレスが、不意に興奮した様子で告げる。
「そうだわ!ラース、アリアちゃんへの呼び方を変えたんですってね!普段の接し方も、とても親しくなったみたいだし。何か進展があったの!?」
先程、俺がアリアの事を「アリアさん」と呼んだのをしっかり聞き取ったのだろう。
目をキラキラと輝かせて問い詰めるセレス。
対する俺の心情は、やはりこの話題は訪れてしまうのか、というものだった。
決して嫌という訳では無いが、どう答えたものかと悩むし、正直苦手ではある。
「………ええ。
「何を言ってるの!あのアリアちゃんからそんな事を言って貰えたのよ。これは立派な進展よ!このままグイグイ行きなさい!」
「話の流れというのもあったので。あまり決め付けてしまうのは、アリアさんにも申し訳ないかと」
「駄目ね。アリアちゃんは奥手な子なんだから、ラースの方が多少強引な位で良いの。好きでも無い人に距離を縮めるような事を薦める筈も無いし。次に会った時には、押せ押せで行くのよ!」
「……………善処します」
ウィンクにサムズアップまで決めるセレスに、最早言い返す気力は湧かない。
というより、何を言っても勢いで押し切られてしまう未来しか見えない。
まあセレスの言葉も正論ではある為、反論し辛いというのもあるが。
(やっぱりこの人には敵わないな……………)
思わず、心中で嘆息する。
どんな世界でも母は強し、という事だろうか。
とはいえ、これも我が家へと帰って来たからこその光景だと。
そう思えば、やはり表情には自然と笑みが浮かぶのだった。
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