第113話 自分なりの欲
時刻は進み、夜。
現在、俺は屋敷の応接室の前に居る。
その理由は勿論、アリアからの言伝にあった通りライルから呼び出しを受けている為だ。
未だ何の話かは分からないが、兎にも角にも実際に会ってみなければ始まらない。
コンコンとノックをした後、応答があった為ゆっくりと扉を開き入室する。
「失礼します。お呼びとの事で伺いました」
「ああ。療養中だというのに、呼び出してすまないな」
俺の言葉に父親であり、フェルディア伯爵家当主であるライルが応える。
室内を見回せば、ライルの他にフェルディア家騎士隊の隊長であるセドリックとローレス男爵家当主であるユリアンも居る。
というより、この空間にはその他の人間が一人も居ない。
(俺を含めた、この4人で話…………?)
あまり理解の及ばない状況を疑問に思うが、一先ずは再開の挨拶をしておこう。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。………それと、お久し振りです父上」
「ああ、久しいなラース。身体はもう平気か?」
「はい。ローレス家の皆様にも大変御世話になっていますし、もう心配して頂かずとも問題ありません」
ライルからの気遣いに返答しながら、三人の座るソファへと近づく。
そんな俺の様子を見て、セドリックが告げる。
「ふむ。確かに、身体の動作に問題は無さそうですな。最も重傷だった左腕も、もう支障は見受けられません」
目を細めながら観察し、安堵したように頷くセドリック。
しかし、全くその通りではあるのだが。
(歩き方だけで分かるって何なんだ………?)
歩く様子を見るだけで、肉体の状態を見抜くセドリックに疑問を抱く。
一瞥しただけで、そこまで詳細に分かるものなのだろうか。
まあ隣に座るライルも若干呆れた視線を向けているし、セドリックが異常なのだろう。
「という訳で、私はもう大丈夫ですので。……セドリックさんも、お久し振りです」
「ええ。お久し振りです、ラース様。お身体の回復が順調なようで何よりでございます」
「………さて、いつまでも立っているのも何だ。座りなさい、ラース」
「はい。失礼します」
ライルに促され、一人掛け用のソファに腰掛ける。
並びとしては、ライルとセドリックが並んで座っており、その向かいにユリアン、俺は双方の斜向かいといった位置だ。
すると、そのユリアンから気遣わしげに声を掛けられる。
「しかし、ラース君。君の怪我が順調に癒えているようで何よりだよ。………我が屋敷での暮らしに、何か不満は無いかな?」
「不満などある筈が御座いません。寧ろ良くして頂き過ぎて申し訳無い程です。…………特にアリアさんには、いつも気を遣って貰っていますから」
ローレス家での滞在は本当に高待遇であり、不満に感じる事など一つも無い。
ユリアンの計らいなのか、客室でも最も上等な一室を用意されている程だ。
その上で殆ど完全に自由に過ごせているのだから、此方としては恐縮してばかりだ。
「そうか、それは良かったよ。これからも存分に身体を休めて欲しい」
「………御世話になります」
「うん。………ところで、アリアへの呼び方を変えたんだね。それに普段の様子を見るに、接し方も随分変わったように見える」
そこで、唐突にそんな事を言い出すユリアン。
話の風向きがかなり変わったというか、本当に唐突な話題だ。
微妙に思考が追い付かないが、取り敢えず言葉を返す。
「………はい。実は
「はは、私に許可を取る必要など無いよ。君達二人の関係だからね。…………しかし、あのアリアがそんな事を」
アリアからの申し出だという事を知ると、ユリアンは何やらニコニコとした笑みを浮かべる。
愛娘に距離の近い友人が出来た事を嬉しく思っているのだろうか。
相手はあくまで俺なのだが。
とはいえ、この話題もこれで終了かと思っていたのだが、どうやらそうもいかないらしい。
一連のやり取りを聞いていたライルが、面白そうに話題に乗ってくる。
「ふむ、興味深い話だな。それは本当なのか、男爵?」
「ええ。ここ最近のアリアとラース君はとても仲睦まじい様子でしたね。アリアなんて、毎日何度もラース君の客室を訪れているようですから」
「ほう、そうなのか。これはセレスに良い土産話が出来たな。なあ、セドリック?」
「ふっ、そうですな」
セドリックまで微笑を刻み、同意する。
フェルドへと帰還したらセレスにはまず死に掛けた事を心配され怒られ、その次にはアリアとの事を根掘り葉掘り聞かれるのだろうか。
本当に若干ではあるが、このままずっとロストに居たいような気がしてきた。
そして大人3人が盛り上がる中、当の俺はと言えば穏やかな笑みを刻み続けるしか無い。
何を言っても藪蛇になりそうだし、大人しく嵐が過ぎ去るのを待つ。
(……………こういう話題は苦手だな)
思わず心の中で嘆息する。
そうして、暫し俺とアリアの関係で話に花を咲かせた後。
ふとライルが口を開く。
「さて。雑談はこの位にして、そろそろ本題に移るとしよう」
顔付きを真面目なものに変え、室内も先程の弛緩した雰囲気が一気に消失する。
本題という事で、気になっていたこの四人での話し合いが遂に始まる。
と思ったのだが、どうやらそうでも無いようだ。
「とはいえ、まずは男爵の用件を済ませるとしようか」
「ええ、そうさせて頂けると有難いです」
ライルの言葉にユリアンが感謝を告げる。
今のやり取りから察するに、本題はやはり四人での話し合いだが、その前にユリアンから個別で何か話があるという事だろうか。
そんな事を考えていると、当のユリアンが唐突に立ち上がり此方へと頭を下げる。
「ラース君。此度の
そのユリアンの言葉に、思わず静かに目を見張る。
ユリアンからの用件という事で何となく想像はついたが、まさか俺個人に頭を下げるとは思っていなかった。
すると、そんなユリアンにフォローを入れるようにライルが補足する。
「
「成程」
ユリアンからはこれまでも、御礼も謝罪も受けていたが、改まった場で正式にという事か。
ならば、此方も相応の返答をすべきだ。
「ユリアン様の御礼の御気持ち、確かに頂戴しました。怪我に付きましては、
「…………確かに。謝罪をするという事は、君の覚悟に泥を塗る行為だったね。ならば、最後にもう一度だけ感謝を」
俺の意思を尊重しつつも、やはりそれだけ感謝してくれているのだろう。
再び深く頭を下げ、その後に腰を下ろした。
「とはいえ、形だけの礼では意味も無い。君の働きに見合ったものを返させて貰うよ」
「私としては、あまり御気遣い頂くのも心苦しいのですが。…………今回の
「それは勿論、その通りだね。とはいえ、中でも君の功績は飛び抜けている。
アリアの治癒魔法あっての結果ではあるが、実質的に戦ったのは俺一人という事で、ブラックオーガの討伐はそのまま俺の功績となっている。
「ああ、男爵の言う通りだ。あの場でお前が倒していなければ、死者ゼロという結果には絶対にならなかった。都市被害も想像したくも無い程だっただろう」
「ですな。西側の戦況はラース様に頼り切りだったようで、面目次第もございません」
ライルもユリアンの言葉に同調し、セドリックに至っては謝り出す程だ。
とはいえ、東側は西の倍以上の魔物が襲っていたのだから仕方無いだろう。
何より。
「それを言うなら、セドリックさんが東側に居てくれた事の方が大きいかと。お一人で300体近くの魔物を倒されたとか。セドリックさんが東側に居ると思えたからこそ、私も存分に戦えましたから」
地形条件や敵・味方の配置や配役など、色々と違いはある為、単純に比べられるものでは無いが、数だけで見れば西側に現れた魔物を一人で片付けた事になる。
(一人で300体以上って、ほんとこの人はどうなってるんだ……………?)
改めてセドリックも化物だ。
「恐縮です。しかし、結局は西側へ駆け付けるのも遅かったですからな。ラース様の功績には及ぶ筈もありません」
「まあセドリックが居たからこそ、東の被害も抑えられたのは間違いない。とはいえ、だからといってそれでお前の功績が霞む訳では無い。大人しく報酬を受け取っておけ」
「…………承知しました」
セドリックを引き合いに俺の印象を薄れさせようと思ったのだが、流石にそんな目論見はお見通しだったようだ。
まあ無駄な足掻きなのだろうとは、初めから思っていたが。
「それでラース君。君への恩賞についてだけど、此方から提示する物は既に決まっている。今回の君の功績に相応しい物だと思う」
「………お伺いして宜しいでしょうか?」
「うん。此方から提示するのは、君が討伐した魔物。
(…………………!?)
そのユリアンの言葉に、内心で驚愕する。
まず当然の話ではあるが、戦場において幾ら自分で討伐した魔物とはいえ、そこから得られる利益まで全て自分の物とはならない。
一見単独で討伐したように見えても、戦場には大勢の味方が共に戦っており、個々人の配分まで考え出したらキリが無いからである。
俺がブラックオーガを倒したのも、そもそも他の魔物を全て任せていたお陰だ。
とはいえ、基本的には出来高制と同じで、大きな功績を挙げた物には、相応の報酬が与えられる。
俺の功績を高く評価して貰っている以上、単独で討伐したとされるブラックオーガを、今回はそのまま俺の手柄としたのだろう。
けれど。
(Bランクの魔物の素材や魔石全てって、一体どれだけの価値になるんだ…………?)
物が物だけに、合算したらどれ程の価値になるのか想像し切れない。
武器や防具、生活用品、薬などの原料となる魔物の素材、特に生活に欠かせない魔導具の必需品でもある魔石は常に需要が高い。
尚且つ、上から4番目となるBランクの魔石ともなれば、それだけで金貨100枚は下らないのでは無いだろうか。
今回の褒賞だけで、下級貴族の資産ほどの金銭が手に入るのでは無いだろうか。
(……………うん、無理だな)
幾ら何でも、それは無い。
お金などあるに越した事は無いのだろうが、いきなりそんな大金を得てどうしろと言う話だ。
「私の功績をそこまで高くご評価下さり、有難い限りです。ですが、流石にそれはお受け取りしかねます。再考の程を御検討頂けたらと」
謙遜や遠慮では無く、流石に俺一人に与えられるべきものでは無い。
有効活用の術がもっと他にある。
そんな思いから辞退したのだが、三人は俺の反応を分かっていたようだ。
「君ならそう言うだろうとは思っていたよ。けれどね、君の働きが無ければ誇張抜きにロストは壊滅していたかもしれない。なんなら私はこれでも足りない位だと思っているんだ」
「お前が辞退するだろうと、これも多少報酬を少なくした結果だ。これ以上は譲れないと男爵は考えているし、私もセドリックも此度のお前の働きはそれだけ大きいと判断した」
「ええ。ラース様、以前にお伝えした通りです。労働にはそれに見合った対価が必要です。貴方様はそれ程の事を為したのだと、胸に刻んで下さい」
「…………………」
分かっている。
功績に相応しい報酬が与えられない組織は、信用も信頼も失う。
正しく評価されないのなら、どれだけ努力しても意味が無いと思われてしまうから。
男爵の面子や組織としての信頼を考えるのなら、俺は大人しく報酬を受け取るべきだ。
俺が納得すれば全てが丸く収まる。
ならば。
「……………承知しました。此度の報酬、謹んでお受け取りします」
「そうか。ありがとう、ラース君」
「ですが。一度私が受け取った物ならば、それをどう使おうとも私の自由。そう考えて宜しいでしょうか?」
「それは……………まさか」
何とも強引な屁理屈だろう。
それでも、やはり俺は納得し切る事は出来ない。
「私が頂くのは魔石のみで構いません。その他の素材に関しては、ローレス家に譲渡し都市復興の補填として充てて頂けたらと」
「しかし、ラース君。それでは…………」
「申し訳ありません。私にも貫きたい意思はあります。私に与えられるより、有効活用されるべき場があると考えますので」
一度俺が受け取った上で自主的に手放すのなら、何とか言い分は通るだろう。
ユリアンもそう思っているから、強くは言い返せないのだと思う。
「…………しかし、本当にそれで良いのかい?君は死に掛けてまで戦ったんだ。もっと欲を見せても何もおかしな事じゃない…………!」
「これはある種、私の欲でもあります。大切な人の故郷を早く治せるのなら、それに越した事はありません。あの人の笑顔が私の何よりの報酬ですので」
10年前と比べれば、街の損害は軽微だ。
それでもアリアが傷付いた街並みを見る度に、表情を暗くしているのを知っている。
アリアの悲しい顔など、俺は見たくない。
「これ以上は無駄だろう、男爵。こいつは他人を尊重し過ぎて、一周回って我を通すという妙な所がある。褒賞として受け取った物を、あくまでラースが自主的に寄付した。それが純然たる事実であり、これ以上は何も言えんよ」
「ですな。まあ最も価値の高い魔石を受け取った辺り、ラース様にしては欲を見せて下さったと言えるでしょう。今度は此方が譲歩する番でしょうな」
「……………そうですね。あの子の事を引き合いに出されては、私も何も言えません」
ライルとセドリックの気遣いもあり、遂にはユリアンも納得してくれた。
散々掻き回して申し訳無いが、俺の事を思ってくれるのなら、この形が一番だ。
溜息を吐きつつ項垂れていたユリアンだが、表情を引き締め、此方へと向き直る。
そして、芯の通った声音で告げる。
「ラース君。君の意思を尊重し、魔石以外の素材を譲り受けるよ。そして一日でも早い復興を果たす事を約束する」
「宜しくお願い致します」
こうして、
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