第112話 ローレス家での生活
その後、アンナが三人分のお茶を淹れてくれた後、そのまま俺の客室にて歓談を続ける事となった。
カップに口を付けたアリアが紅茶の味を確かめ、染み入るように告げる。
「やはりアンナさんの腕前は素晴らしいですね。大してお茶に詳しい訳でもありませんが、私でも違いがよく感じられます」
「ありがとうございます。アリア様に御褒め頂けるなら自信が付きます」
アリアからの賛辞に、アンナが少しこそばゆそうに御礼を告げる。
実際家事全般、特に料理方面は本人の趣味もありアンナのスキルは超一流だ。
曲がりなりにも伯爵家で生まれ育った俺に加えて、男爵令嬢であるアリアまで太鼓判を押すのだから間違いない。
「お茶に限らず、アンナは家事全般が一流ですからね。出来ない事を探す方が難しいかと」
「も、もう。止めて下さい、ラース様」
「事実だからね」
続けて褒められたからか、流石に気恥ずかしそうに頬を染めるアンナ。
とはいえ、主人面をしたい訳では無いが、アンナを褒められるのは俺にとっても誇らしい気持ちだ。
「そういえば、料理の腕前も凄いとラース様が仰っていましたね」
「お料理に関しては、幼い頃からの趣味ですからね。唯一の特技です」
やはり料理に対する熱量は別物なのか、今度は堂々と受け答えるアンナ。
自信ありげな雰囲気が伝わって来て、何だか微笑ましい。
「成程。………お茶以上の腕前となると、本当に見事なのでしょうね」
「ありがとうございます。宜しければ、アリア様にも何かお作りしましょうか?」
「非常に興味はありますが………しかし、そこまでして頂く訳には…………」
「私達の食事の為に
「…………では、お願いします」
話の流れで、アンナがアリアに料理を振る舞うという話が決定する。
アリアの都合次第だが、普段二人で取っている食事にアリアが加わるのも良いだろう。
そこで、そんなアリアとアンナのやり取りを眺めていて、ふと思う。
(…………本当に親しくなったんだな)
お互いに自然体で過ごせていて、変に気を遣っている様子も無い。
この一週間日々感じていた事ではあるが、改めてとても明るい光景に映る。
そんな事を思い、思わず口許が綻ぶ。
すると。
「どうかしましたか、ラース様?」
「何か可笑しかったでしょうか?」
俺の表情の変化を読み取ったのか、アンナとアリア、二人から不思議そうに問い掛けられる。
「…………いえ、何でもありません」
おかしな事なんて何一つ無い。
この世界での積み重ねの全てが生んだ、ごく当たり前な結果なんだろう。
ラースに転生してから今回の
そして、十数分ほど談笑を続けていると。
お茶を口に含んだアリアが、ふと息を漏らす。
それは味に感嘆したという訳では無く、何処か疲れを吐き出しているように感じた。
とはいえ、その理由は察せられる。
「…………アリアさん、やはりお疲れですか?
「…………そうですね。確かに、ここ最近はやるべき事が多いので、少し疲れが溜まっているかもしれません」
当たり前ではあるが、
負傷者の存在や建造物の倒壊といった物的・人的被害が生じれば、それを回復させる為にも様々な処理が必要となる。
特にローレス家は領主という責任ある立場なので、その仕事も山積みだろう。
普段アリアが俺の客室を訪れるのも、執務の合間に来ているようだ。
「とはいえ、私がしているのは書類仕事であって、建物の復興などの力仕事をしている方達の方が余程大変でしょう」
「いえ。事務仕事をするにも、まずそれが出来るだけの能力が必要になります。アリアさんで無ければ務まらない仕事も多いでしょうから、その時点で大変さという意味では劣っている筈がありませんよ」
「そうですよ。アリア様だって此処に来る時以外は殆どお仕事をされていますし、本当に頑張ってると思います」
俺の言葉にアンナも同意する。
事実、その通りだろう。
アリア程の聡明さならば、書類仕事でもその能力を遺憾なく発揮しているのは、容易に想像出来る。
俺達の言葉にアリアは嬉しそうに、僅かに口角を上げる。
「ありがとうございます。とはいえ、ローレス家の人間としては当然の責務ですからね。手を抜く訳にもいきません」
この辺りは本当に生真面目なアリアらしい。
無理をしているようなら強く止めるが、アリアも責任を持って取り組んでいるのだろうし、あまり水を差すのも見当違いだろう。
とはいえ、俺としても何かしたいという気持ちは強い。
「…………やはり俺に出来る事があればお手伝いしますよ。建物の復興などの力仕事なら、お力になれるでしょうから」
「何度も言っていますが、ラース様にこれ以上負担を掛けるなど出来る筈がありません。それに、先程の話をもう忘れたのですか?もっと御自身の身体を労って下さい」
俺の言葉に呆れたように返すアリア。
このやり取りからも分かる通り、以前から手伝いを申し出ているのだが尽く断られている。
まあ当然アリアの言い分は理解出来るし、先程の話を忘れた訳でも無い。
とはいえ。
「もうずっとローレス家に御世話になっていますし、流石に何もしないままというのは心苦しいんですが……………」
そう、この一週間俺は屋敷で御世話になっていながら、特に何もしていない。
回復の為、安静にするという名目で滞在しているのだから当然と言えば当然ではあるのだが、心情的には罪悪感が募る一方だ。
正直、何か仕事がしたくて仕方が無い。
そんな思いから言葉を返したのだが、アリアはより一層呆れた眼差しを此方に向ける。
「貴方は本当に、何故そういう発想になるのですか。…………
「私も御世話になっている身なので口を挟んで良いかは微妙ですが……………ラース様はこれ以上働く必要は無いと思いますよ。
「アンナさんの言う通りです。貴方は大人しく身体を休めていて下さい」
アリアに加え、アンナにまでこう言われてしまっては反論の余地は無い。
というより、初めから二人の言葉が正論であり、ただの俺の気持ちの問題だ。
納得すれば済む話だし、大人しく戦いの対価として享受すべきなのだろう。
「分かりました。では、今後も厄介になります」
折れた姿勢を見せると、二人は満足そうな表情を浮かべる。
すると、今度はアンナがアリアに向かい手伝いを申し出る。
「アリア様、私は何かお手伝い出来る事は無いでしょうか?」
「アンナさんに関しても、現在も屋敷の雑事の一部を請け負って頂いていますから。滞在の対価としては十分でしょう」
「ですが、それでも私は時間に余裕もありますし、簡単なお仕事だけでも……………」
「でしたら、私が居ない分までラース様を見張っていて下さい。この方はジッとしているのが、あまり得意では無いようですから」
「…………はい、分かりました。ではせめてアリア様が此方に来られる際には、美味しいお茶を淹れますね」
冗談めかして告げるアリアに、アンナも気持ちを汲み取ったのだろう。
まあ結局の所、俺もアンナもこれまで通りに生活するという事だ。
申し訳無い気持ちは拭い切れないが、あまり無理を言う訳にもいかない。
少なくとも、あと一週間は安静でいるように心掛けるとしよう。
すると、そこでアリアがふと立ち上がり告げる。
「休憩も十分に取れましたし、そろそろ執務に戻ろうと思います。お話をさせて頂きありがとうございました」
「分かりました。あまり無理はしないよう頑張って下さい。気分転換をしたくなったら、いつでも気軽にいらして下さって構いませんので」
「私もお茶でもお食事でも、仰って頂ければすぐに御用意しますよ」
「はい、お気遣いに感謝します。それでは」
律儀に頭を下げ、扉へと向かおうとするアリア。
だが、何故か一歩目を踏み出した所で止まってしまう。
どうしたのだろうと思っていると、アリアが振り返り告げる。
「そうでした。お話に夢中になっていたので、重要な用件を忘れていました」
「重要な用件、ですか?」
どうやら今回俺の客室を訪れたのには、単に休憩以外にも目的があったようだ。
「はい。ラース様にお伝えする事があります」
「……何でしょうか?」
「
アリアの言葉の通りライルやセドリックといった立場のある人間は、目立った負傷をしていないという理由もあるが、
しかし、どうやら今日の内に再びロストへと訪れるらしい。
事後処理の経過観察が主目的と考えれば、何も不自然では無いだろう。
「ついては、ラース様に少し話があるので、本日の夜に時間を取って欲しいとの事です」
「成程。…………承知しました。では、都合を付けておきます」
アリアの言っていた大事な要件というのは、どうやら本日訪れるライルから、何か話があるという事のようだ。
具体的に何の話があるか、という事は今はまだ分からないが。
とはいえ、夜にライルの元を訪ねればすぐに判明するだろう。
俺への言伝も伝え終えた為、アリアは今度こそ執務へと向かい、その場は解散する事となったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます