第111話 戻る日常

 大魔侵攻パレード収束から一週間。

 ラース・フェルディアへと転生した俺、水無瀬令人は現在も尚、ローレス男爵家の屋敷にて御世話になっていた。

 体調も十分に回復した為フェルドへと戻ろうとはしたが、アリアやユリアン、ライルにまでもっと休めと言われては流石に断れなかった。

 

 大魔侵攻パレードの事後処理は恙無く行われており、街の景観も戦闘時と比べれば、大分回復したと言える。

 建造物の復旧等は、当然まだまだこれからではあるが。


 ライルやセドリックといったフェルドの人員は、その多くが既に帰還しているが、俺を含め戦闘中に大きな負傷をした人間は今もロストに滞在している。

 とはいえ、屋敷の客室で安静に過ごす事、もう一週間だ。

 身体は万全と言えるほどに回復している。


 

 という事で、俺は現在屋敷の中庭にて久方振りに剣を握っていた。

 理由は勿論、軽く鍛錬を行っている為だ。

 以前は基本的に毎日行っていたので、一週間も期間が空けば鈍ってしまう恐れがある。

 身体の調子を確かめながら素振りや魔法の訓練を続ける事、凡そ二時間。


(…………よし、身体は問題無いな。剣や魔法の感覚も、そこまで鈍ってはいないかな)


 衰えを危惧していたが、存外に以前と変わらず動けている。

 いや、寧ろ調子が良いとまで思える。

 剣と魔法、そのどちらも以前よりも冴えが感じられるようだ。


(大魔侵攻パレードの経験から、少しは成長出来たって事かな)


 大魔侵攻パレードの最中は、本当に色々とギリギリだった。

 単純な魔物の物量が普段の実戦訓練とは大違いだし、ぶっつけでの大規模魔法の行使、果てにはブラックオーガとの戦闘。

 その全てを乗り越えた今とあっては、正しく一皮剥けたような感覚がある。


(次のセドリックさんとの模擬戦で、どれ位変われたか確かめよう)


 未だセドリックは底すら知れないが、今まで以上に善戦出来る自信はある。

 そう思える程には、やはり今回の大魔侵攻パレードは俺にとって大きいものだ。

 襲われたロストを思えば間違っても良い出来事とは言えないが、戦った意味はあったのだと強く感じている。


  

 と、そんな事を考えながら鍛錬を続けていたその時。

 不意に横合いから声を掛けられる。


「もう、ちゃんと身体を休ませないといけないって言ったじゃないですか。レイトさん」


「……………あはは、ごめん。アンナ」


 声の主は、専属侍女メイドであるアンナ。

 俺の正体が水無瀬令人だと知っているのは世界でアンナ一人の為、ある種当然だ。


 ちなみに、ローレス家の屋敷に居る際は誰かに聞かれるリスクを避けて、基本ラースと呼んでいる。

 とはいえ、今は屋外だし周りに誰も居ない事は一目瞭然なので問題無いだろう。


 俺がラースへと転生し、この世界で最も付き合いの長い気心の知れた存在。

 そんなアンナだが、現在はその茶色がかった瞳を不満げな半眼にしている。

 俺に対して一言言ってやりたいと、そんな感情がありありと読み取れる。


大魔侵攻パレードから二週間は安静にする事って、あれだけ言ったじゃないですか」


「ごめん。けど、機能回復リハビリも兼ねて軽くなら運動して良いって事じゃ無かったかな?」


 どうやら病み上がりにも関わらず鍛錬していた事に、アンナは御冠のようだ。

 とはいえ、流石に俺も無断で行っていた訳では無い。

 アンナにも事前に軽く身体を動かしてくると告げたはずなのだが。


「それはそうですけど、もう二時間も経ってるじゃないですか!全然軽くじゃないですよ」


「普段に比べれば、大分抑えている方ではあるんだけど…………」


「普段のレイトさんが異常なんです。二時間だけでも十分やり過ぎオーバーワークですっ」


 普段は過ぎる位に優しげなアンナだが、今回ばかりは正に有無を言わせぬといった迫力だ。

 まあそれだけ心配してくれているという事だろうし、これもアンナの優しさが故だ。

 俺としても十分に身体は動かせたし、ここら辺が潮時だろう。


「分かった。今日はこの位にしておくよ」


「明日からもあんまり無理をしては駄目ですよ。あと一週間は気を遣って下さい」


「ああ、気を付けるよ。心配してくれてありがとう」


「ふふ、はい。じゃあお部屋に戻りましょうか。丁度昼食の用意が整った所なので」


 そう告げるアンナに肯定を返し、借りている客室へと二人で向かう。

 客室内なら周囲の目も気にならない為、そのまま二人で昼食を取る。

 その後、アンナと暫く談笑をしていると。




 コンコンと、ふと客室の扉がノックされる。

 続けて来訪者の声が投げ掛けられる。


「アリアです。ラース様はいらっしゃいますか?」


 どうやら来客はアリアのようだ。

 というより、アンナを除けば俺の客室へ頻繁に訪れるのはアリアだけなので、予想は出来ていたが。


 アリアの言葉を受けて、アンナが率先して扉を開けてくれる。


「どうぞ、アリア様。ラース様もいらっしゃいますよ」


「ありがとうございます、アンナさん。失礼します」


 律儀に礼をし、特徴的な白銀の髪をさらりと揺らしながら入室するアリア。

 

 ローレス男爵家の令嬢であり、ラース・フェルディアの、つまりは俺の婚約者である存在。

 ラースに転生したばかりの頃は関係も溝が深かったが、この数ヶ月の日々によって自然体で接する事が出来る程に親しくなった。

 今回の大魔侵攻パレードでも、更に距離を縮める事が出来た為、嬉しい限りだ。



「ラース様、身体のお加減は如何でしょうか?」


「もう一週間も経ちましたし、万全と言って差し支え無いと思いますよ」


 アリアからの問い掛けに苦笑しつつ答える。

 はっきり言って、もう何度同じやり取りをしたのか分からない程だ。

 相当に気を遣ってくれているのか、毎日何回も心配の声を掛けてくれる。

 まあロストで起きた大魔侵攻パレードの影響という事から、大分責任を感じていたので仕方無い部分はあるのだろう。


「そうですか、回復が順調なようで何よりです。ラース様もお部屋で安静にしているようなので安心しました」


 ほっと安堵した様子を見せつつ告げるアリアに、俺としては内心でドキっとする。

 丁度、つい先程まで一週間振りの鍛錬をしていた為だ。


 一瞬このまま黙っていようかな、などと考えたところで、無慈悲にも第三者から真実が告げられる。


「いいえ、アリア様。ラース様は先程まで二時間もお外で訓練をしていましたよ」

 

 俺に反省を促す意味もあるのか、あっさりとアンナがバラしてしまう。


(アンナ……………いや、ちゃんと言うのが筋か)


 アンナもアリアも心配してくれているのであって、悪いのは全面的に俺だろう。


 アンナからの報告を受けて、アリアは途端に呆れた表情を浮かべる。


「貴方は……………少しは御自身を労る事を覚えたらどうですか?」


「一週間も安静にしていましたし、俺としては十分に労ったつもりなんですが。…………あまり鍛錬をサボってしまうのもどうかと思いますので」


「その姿勢は素晴らしいとは思いますが、やはりもう暫くは慎重になるべきでしょう。……鍛錬をするな、とは言いませんので」


 俺に忠言をしつつも、最終的には表情を緩めながら許可を出すアリア。

 アンナもアリアも一切するなと言わない分、二人の優しさが垣間見える。


 すると、そこでアリアがアンナへと向き直り声を掛ける。


「ありがとうございます、アンナさん。恐らく、アンナさんが止めてくれたのでしょう?」


「はい。ラース様、途中で止めないとそのままずっと鍛錬を続けていたでしょうから」


「容易に想像出来ますね。…………これは本格的に私達で寝台ベッドに抑えつけていた方が良いかもしれませんね」


「ふふ、その時は交代で見張りをしましょうか」


 お互いに笑みを刻みながら、穏やかな雰囲気で会話をするアリアとアンナ。

 その内容はいまいち理解出来ないが、二人の仲が良さそうな事が伝わってくる。



「………以前から思っていましたが、なんだか二人はとても親しくなったみたいですね」

 

 ふと思った事を問い掛けてみる。

 大魔侵攻パレード以降、三人で会話をする度に思っていた事ではあるが、アンナとアリアの仲が以前とは比べ物にならない程に縮まっている。

 というより、幼少の頃から面識はあっても、しっかりと会話した事も無い程だった筈だが。


 俺の質問を受けて、二人は顔を見合わせた後にクスッと微笑む。


「そうですね。誰かさんのお陰で」


「ふふ、はい。誰かさんのお陰ですね」


 アリアの言葉にアンナも同調する。

 その言葉の含意を読み取れば、橋渡し役になった誰かが居るという事だろうか。

 二人の共通の知り合いというのは、あまり思い当たらないが。


(……………でも、何だろう。二人の仲が良いのは、何だかやけに嬉しいな)


 アンナとアリア。

 二人はこの世界における、俺にとって最も距離の近しい存在だ。

 そんな二人の仲の良い様子を見ると、自分の事ながらに嬉しく感じる。


 男爵令嬢と一介の侍女メイドという身分差がある為公共の場では問題もあるのだろうが、二人ならその辺りは十分に理解しているだろう。

 聡明なアリアは勿論、アンナも公私の区別はしっかりと付けるタイプだ。

 プライベートな空間なら、自然体で接する事が出来るに越した事は無いだろう。



 

 振り返れば、やはり大魔侵攻パレードは色々な意味で大きな節目だったのだと感じる。

 様々な変化を齎す出来事ではあったが、一先ずはこんな穏やかな日々を過ごせるようになった事が喜ばしい限りだった。

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