第3章

第110話 胎動する悪意

 世界のとある場所。

 

 最果てと言っていい程辺境の地の奥底に、それは存在していた。

 暗く静かな地下深くに造られた、一つの広大な建造物。

 それは最早、城と形容していい様相だった。

 


 その城内を一人の男が歩いていた。

 燕尾服に身を包んだその男は、執事を彷彿とさせる出立ちだ。

 カツカツ、という規則正しい足音が滑らかに響き、男の優雅な足取りを彩っている。

 

 その男が向かうは、城の最奥。

 広々とした造りと相反して、調度品の類すら殆ど何も無い異様な空間。



 そこには、ただ玉座があった。

 そして、そこに座す一人の存在。

 その光景だけでもその男がこの城の主、ただ一人の王である事を如実に物語っていた。


 

 そして燕尾服の男は、玉座に向かい跪く。

 自らの王に向け、頭を垂れる。

 燕尾服の男はその振る舞いや出立ちからも推察出来る通り、王の側近だった。

 


 側近が玉座の王に向かい、恭しく口を開く。


「御報告に参りました」


「………ああ、申してみよ」


 王は側近に対し、静かに返答する。

 何に対しての報告なのかは、王にとって聞くまでも無い事だった。


 そして、その仔細とは。



「アートライト王国、計4の主要都市に対する先日の大魔侵攻パレード。その全てが既に収束しており、仕掛けた魔物は全滅致しました」



 側近の語った内容。

 その言葉の通り、男達はローレス男爵領・領都ロストをも襲った災害。

 大魔侵攻パレードを引き起こした張本人。

 事件の黒幕だった。


 そう、事故では無く事件。

 騒動の最中、令人も確信に近い疑念を抱いていた通り、今回の大魔侵攻パレードは人為的に引き起こされたものだった。

 そしてその首謀者が、この男。


「ああ。………それで?」


 王は言葉少なに側近に問い掛ける。


「低ランクの雑兵数百体に加え、各都市に一体ずつ放ったBランク。やはりその全てに対応する事は各都市の戦力では不可能であり、ほぼ全ての都市で大規模な被害を生じさせました」


 側近は大魔侵攻パレードの詳細な情報を語る。

 そしてその内容について、王は注視すべき点を目敏く言及する。


「ふむ。………ほぼ、か」


「はい。計4の都市の内、3つの都市は半壊とまでは行かずとも物的損害が激しく、人的損害に関しても全都市を合計して100を超える死者が出ています」


 そして側近は主が問い掛けたであろう点について、更に報告を重ねる。


「ただ唯一。一つの都市は物的損害も軽微であり、人的損害に関しては、一人の死者も出さずに大魔侵攻パレードを収束させています」


「ほう。………その都市は?」


 王はこの時初めて、その表情と声色を変化させた。

 久方ぶりの楽しみを見つけたように。


「ローレス男爵領・領都ロストにございます」


「ロストか。………ははは、とんだ番狂わせだな。よもや標的の内、最も小規模の都市がその損害も最小とは」


 愉快そうに嗤う王に対して、側近は珍しい光景を見たと胸中で驚く。

 とはいえ、それを態度に出すような真似などせず、ただ平伏する。


「10年前と同じく、またフェルドからの増援か?」


「その通りにございます」


「であろうな。しかし、幾ら【戦鬼】が居るとはいえ、半壊程度は免れないと読んでいたのだがな。あれは対単体においてこそ、その真価を発揮する。対軍の制圧力はそこまででは無いと踏んでいたが、………隠居爺と言えど、まだまだ現役か?はっはっ」


 王は自らの予想が外れ、ロストの被害が軽微であった事を笑う。

 自身の推測が外れた事に驚きはしたが、何ら気にした様子は無かった。

 

 側近としても王の読みが外れるなど思ってもみない事だったが、今回は予想だにしない異分子イレギュラーが混ざり込んでいた。

 王の告げる人物とは、また別の存在。


「いえ。どうやら報告ではロストへと放ったBランク。黒瘴大鬼ブラックオーガを単独で倒した者が居るようですが、その人物は【戦鬼】では無いようです」


「ほう?【戦鬼】以外にブラックオーガを単独で討伐か。存外、王国貴族も戦力の層が厚いな。それで、その方はどのような人物だ?」


 王の問い掛けに対し、側近は一瞬黙り込む。

 自らが把握している情報は正しい筈だが、それでも与太話と取られかねないからだ。

 

 だが、すべき事は仔細の報告。

 自らが掴んだ情報をありのままに告げる事。

 そこに自身の所見を混ぜる事など論外であると速やかに思考し、数瞬後には口を開く。


「報告では、成人にも満たないような少年であったと……」

 

「少年?………ははは。此度は真、異常事態イレギュラーが重なっているな」


 側近の言葉を受け、王は一層口端を歪ませる。

 普通ならば信じられない話ではあるが、側近が虚偽を述べる筈は無く、火の無い所に煙は立たない。

 未だ全貌は不透明だが、その少年が今回の異常事態イレギュラーの要因だろうと、王は理解した。


「ふむ、しかし。退屈な余興と然して興味も無かったが、存外に未知というのは転がっているものだな。ロストに至っては死者ゼロとは。………とんだ赤字だな。はっはっ」


 多数の魔物を動員した大魔侵攻パレードは、王達にとっても気軽に行えるものでは無い。

 長期間の事前準備を経ての計画だった。

 それを打ち破られたにも関わらず、王は尚も愉快そうに嗤っていた。


 しかし、気にした素振りを見せない王とは対照的に、側近は今回の結果を重く受け止めていた。

 勅命を受けた側近としては、より良い成果を挙げるべきだったと自責の念を抱く。


「…………あの男の悪ふざけが無ければ、更なる痛手を与えられたのですが…………私の監督責任です。誠に申し訳ございません」


「ははは、良い良い。何一つ想定外が無いというのも詰まらんからな」


「は。寛大な御心、感謝致します」


「加えて、報告にあった件の少年。その情報が正しいのなら、今回の戦力では致し方無い」


 側近に気にするなと告げながら、王はやはり興味を抱いた異分子について言及する。

 その言葉を受け、側近は王の要望を満たそうと先んじて提言する。


「その人物の仔細、改めて調査致しましょうか?」


「そうだな。成人にも満たぬ歳でそれ程とあれば、この先更なる戦力となる事は目に見えている。いずれ我等の障害となる可能性も高いかもしれんな」


「……真偽が確定し次第、始末致しますか?」


 側近は王の言葉の含意を読み取り、改めてそう申し出る。

 その人物の存在が真実であり、いずれ自分達にとってより大きな障害となるのなら、今の内に殺しておくべきと考えた。

 危険な芽は早い内に摘むに限ると。


 けれど、王はそれを一蹴する。


「良い良い。その者が我等の本懐の壁となるのなら、それもまた一興だ。調査もやはり辞めておこう。未知は未知のままが面白い」


「承知致しました。出過ぎた事を申し、誠に申し訳ありません」


「ははは、相変わらず生真面目な奴よ」




 王は、自らに絶対の自信を持っている。

 どれだけの敵が居ようと、自らが敗れる事などあり得る筈も無い。

 

 けれど、本当は違うのかもしれない。

 自らを討ち倒すような存在をこそ、自身は待ち望んでいるのだろうと、王は理解している。

 

 だがやはり、それでも王に敗北の二文字は無い。

 悉くを薙ぎ払い、世界を手中に収め、自らが絶対だと示したその時には。



 その時には、満を持して全てを…………。




 そこまで思考したところで、王はフッと笑みを刻む。

 "その時"は、まだまだ先だ。


 

 加えて、まだ今回の大魔侵攻パレードに関する話は終わっていない。

 最後に聞いておくべき事が残っている。



「さて。色々と異常事態イレギュラーも混じっているようだが、改めて聞こう。………首尾は?」


「は。アートライト王国、四の主要都市に対する今回の大魔侵攻パレード。…………全都市にて、当初の目的を達成しております」


 全都市にて達成。

 ロストでは想定通りの戦果を得られなかったにも関わらず、結果に不備は無い。

 それだけでも、初めから都市に対して損害を与える事が目的では無い事が伺える。


「であろうな」


 その結果を、王は当然の如く受け止める。

 大魔侵攻パレードの裏で、自分達が何を目論んでいたのか。

 それを知る術はある筈も無く、結果が何よりの証明である。


「多少頭の働く者なら、大魔侵攻パレードの最中に違和感を感じ取っただろうが、問題は無い。元より全てを隠し通せる筈も無いからな」 


 色々と不可解な点のあった大魔侵攻パレード

 それが自然発生した物では無く、人為的な物である事は気取られただろう。

 しかし、その目的・手法・黒幕の正体、そしてその先にある本懐については、今はまだ推測する事すら不可能である。


「いずれは表舞台に上がらねばならんが、まだ時期尚早だ。配下達にも徹底させよ」


「順調に勢力を増加しておりますが、水面下にて事を進めております。今後も細心の注意を払うよう致します」


「まあ其方ならば問題は無いだろうな。引き続き任せる」


「勿体無い御言葉です」


 大規模な大魔侵攻パレードを複数嗾けられる故に、組織の規模は膨大。

 それでも今は徹底して慎重になる事が、後に繋がると判断している。




「今後の行動はどのように致しましょう?」

 

 そこで、大魔侵攻パレードに関する報告が終了したため、今後の方針を側近が問い掛ける。

 対して、王は即座に答える。


「暫くは力を溜める。大きく動きはしない」


 前回の大魔侵攻パレードで戦力の半分程度は使い果たした。

 自身達の存在を公にするには早く、表立って動く事はまだ出来ない。

 暫くはまた、力を蓄える時間だ。


 とはいえ、側近は王の言葉に疑問を抱いた。


「宜しいのですか?王国に立て直す隙を与えてしまいますが…………」


 計4もの主要都市に大打撃を加えた、前回の大魔侵攻パレード

 王都が標的でこそ無かったが、現在確実に国全体が揺れている。

 ここで畳み掛ければ、更に痛手を与える事が出来るだろう。


 そう思考した側近は王に問い掛ける。


「褒美だよ。ロストとフェルドの戦士達、そして件の少年に対するな。私の想定を上回ったのだ、それ位は褒美が無くてはな」


「は、承知致しました」


 どこまでも遊び感覚の王に思えるが、それを押し通すだけの武力も知力も持っているだけに質が悪い。

 絶対の忠誠を誓っている側近にしても、薄ら寒い感覚を覚える。


 

 そこで、話を繋ぐように王が続ける。


「それに【戦鬼】からも師事したという、現王国近衛騎士団総団長。彼女が居る限り、王国は崩れんよ」


「…………【刀神の巫女】ですか。忌々しい女です」


 王の言葉に、これまで無表情ポーカーフェイスを貫いていた側近が僅かに表情を歪める。

 その様子からは並々ならぬ因縁が見て取れた。


「ふっ。兎に角、暫くはまた力を蓄えねばならん。まあ、焦らずいこうじゃないか」



 そこで、昏い昏い笑みを刻む王。

 この世の全ての悪意が凝縮されているかのような、邪悪な笑み。




「なに、心配は要らない。我等が本懐を遂げれば、誰が、何が相手であろうと関係は無い」


 

 長い道のりにはなるだろう。

 けれど辿り着いた先には、何者にも勝る純然たる力が眠っている。



「全ては終焉の黒に飲み込まれ、世界は再び破滅へと導かれる」



 自身が望む物はきっとその先でしか得られない。

 決して終わらぬ渇きを潤すのは、それしか。



「楽しみに待とうじゃないか」



 逸る気持ちを抑えよう。

 嗚呼、願わくば全霊を賭して抗ってくれ。

 そして証明しよう。

 真に最強の王は、それでもこの私だと。




「魔の王の再臨を」

 




 暗く静かな地の奥底で、巨悪は今も胎動していた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜



※ 第3章もまだ途中なのですが、流石に期間が空きすぎという事で、完成した部分のキリが良い所までだけでも投稿しようと思います。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る