ss 大切同士の初交流〜前編〜

※本編の章毎を繋ぐ閑話です。

 本編との関連もありますが、あくまでssなので気軽にお読み下さい。


〜〜〜〜〜〜〜〜



 ローレス男爵領・領都ロストを襲った災害、大魔侵攻パレードが収束した後の事。

 アリアとの話を終え、アンナの作った料理を食べ終えた令人は、再び眠りに就いていた。

 幾ら傷が癒え体調としては一先ず問題無いとはいえ、精神的な疲労は消える訳では無い。


 静かに寝息を立てる令人を、専属侍女メイドであるアンナは安らかな面持ちで見つめる。

 大魔侵攻パレードの大まかなあらましを聞いた時は本当に気が気では無かったが、とにかく生きていてくれて心底安堵した。

 令人ならきっと大丈夫という信頼があってこそ送り出したアンナではあったが、死にかけたと聞いた時は自身も生きた心地がしなかった。


「………………もう、本当に。私を置いて何処かへ行っちゃ嫌ですよ」

 

 天涯孤独であるアンナにとって、令人は真に何よりも大切な存在。

 最愛の彼だけはもう絶対に失いたくないのだと、今回の件で改めて身に染みた。

 

「…………貴方は本当に、私を心配させるのがお好きみたいですね」


 思えば令人に出会ってからこれまで、ずっとハラハラさせられる事ばかりだ。 

 いつも振り回される身としては、ついつい文句の一つも言いたくなってしまう。

 まあ令人に悪い部分など無い事は、アンナも分かり切っているのだが。

 

「ふふ。困った人なんだから」


 その言葉とは裏腹に、心から幸せそうな笑みを浮かべるアンナ。

 僅かに目に掛かった令人の髪を優しく撫で、より一層笑みを深くする。



 すると、そこでコンコンという音が響き、部屋の扉がノックされる。

 自分の世界へ旅立っていたアンナは現実へと引き戻され、誰か来客だろうかと対応する。


「失礼します」


 と、そう告げて入室したのはアリアだった。

 つい数十分程前まで彼女もこの部屋に居たが、アンナと入れ替わるように飛び出して行ってしまっていた。


 当のアリアは傍目に見ても緊張した面持ちで、室内へと足を踏み入れる。

 その理由は勿論、令人に関するあれこれがあり、自身の恋心を完全に自覚したからである。

 加えて、令人が目を覚ました時には頭を撫でられた、なんて経緯もある。


 正直、再び令人の部屋へと戻るのには相応の覚悟と時間を要した。

 ノックをするまでに数分、扉の前で右往左往していたのが良い証拠だ。


「…………っっ」


 令人の顔を一目見ただけで、心臓が高鳴る感覚を自認する。 

 唯一幸いだったのは、現在令人が眠りに就いている事だろう。

 直接話をするには、流石にまだ自らの心をコントロール出来る自信が無かった。

 

「…………ラース様は、お眠りになられたのでしょうか?」


 必死に平静を保ち、此方に向かい恭しく頭を下げるアンナへと、そう問い掛けるアリア。


「はい。消化に良い食事を軽く召し上がって頂いた後、すぐに。やはり、まだお身体が疲弊しているのかと」


「そう、ですか。いえ、そうですね。問題無いと仰っていましたが、あれだけの重症だったのですから当然ですね」


 事実を言えば、確かに令人は二人の前で少なからず強がってはいた。

 身体には違和感が多かったし、精神的にも鉛をつけたような重苦しさがあった。

 目覚めた後に、らしくない言動が多かったのもそれが理由だろう。


「ですが、医師の方の診断では本当に問題は無いようです。二週間程身体をしっかりと休めれば、十分回復するだろうとの見立てです」


「では、当面の間は当家で休養を取って頂きましょう。此方としても、最大限の支援サポートをさせて頂きます」


 死にかけた身体が二週間で治るというのは、現代日本では到底考えられない。

 ただ魔法があるこの世界では、やはりその常識は通用しない。

 特に早い段階でアリアの最上位治癒魔法が行使された事は、早期回復に甚大な効果を齎していた。



 そして、それを理解しているからこそ、アンナはアリアへと向かい深く深く頭を下げる。

 

「改めて、アリア・ローレス様。主の窮地を御救い頂いた事、誠に御礼申し上げます。私個人の礼などに意味は無いとは思いますが、貴方様へ最大限の感謝を」


 アリアの魔法が無ければ令人が死んでいてもおかしく無かったという事は、アンナも伝え聞いている。

 それを知った瞬間から、アリアに対しては自身が持てる最大限の感謝を抱いていた。


「貴方の謝意を謹んでお受けします。ですが、御礼は既に何度も頂いています。これ以上は無しにしましょう」


「承知致しました」


 アンナがロストへと着きアリアと顔を合わせてから今まで、既に何度も頭を下げている。

 アリアもアンナの誠意をその度に感じてはいるが、これ以上は野暮だろう。


「…………それに御礼を伝えなければならないのは、どう考えても此方です。フェルドの方々の御尽力があってこそ、このロストは守られたのですから」


 フェルドからの救援が無ければ、確実にロストは壊滅していただろう。

 その被害規模は十年前の比では無い。


「挙句、ラース様にはこうなるだけの傷を負わせてしまいましたから………………」


 寝台ベッドで横たわる令人を見つめ、悲しげに顔を伏せるアリア。

 その必要は無いと令人自身に教えて貰いはしたが、やはり罪悪感は拭い切れない。



 アリアと同様に令人を見つめるアンナは、その言葉に応えるようにゆっくりと口を開く。


「………主の心中としては、きっと行動を起こした事に複雑な感情など無かったのだと思います。ただ貴方様を、そしてこの街を守りたい。本当にただそれだけだったのでしょう」

 

「………………!」


「だからこそ全てが終わった今とあっては、尚更難しく考える必要は無い。と、主は考えていると思います。この街が守られたなら、貴方様が笑顔で居てくれるのなら、ただそれだけだと」


 アンナの言葉を受け、アリアは想起する。


『そんな顔が見たくて、戦った訳では無いんです。そんな言葉が聞きたくて、守った訳では無いんです』


『俺も貴方も、こうして無事に生きています。結果論に過ぎないのかもしれませんが、今はその事実を素直に喜びましょう』


 そうだった、そう教えて貰った。

 それで自分も納得した筈だった。

 ならば、これ以上はもう止めよう。

 先程、アンナに対して思った事と同じだ。

 きっと彼も野暮だと、そうあっけらかんと言うのだろう。

 

「…………そう、ですね」


「はい。……とはいえ、私などが出過ぎた事を申し、誠に申し訳ありません」


「いえ、私もその通りだと思えましたから。ありがとうございます」


 アンナに感謝を伝えながら、アリアは顔を上げ改めてアンナの姿を視界に映す。

 先程の彼女の言葉、それは正しく令人が告げたものを表していた。

 容姿など似ている部分がある筈も無いが、何処となく彼の面影を見たような感覚が、アリアにはあった。

 

(…………………)


 似ている、というより、きっとアンナは令人の事を深く理解しているのだろう。

 同時に目の前に居る二人は、何か目には見えないもので繋がっているように感じた。



 だからこそ、だろう。

 目の前の彼女は、自身にとっても特別な存在なのだと、アリアは直感的に悟った。


 そこでアリアはアンナに向かい、とある頼み事をする。

 以前から思っていた事であり、二人きりで話す今を丁度良い機会だと考えた。



「……………アンナさん、そうお呼びして宜しいでしょうか?」


「?……………勿論です」


「では、アンナさん。貴方に一つ、お願いしたい事があります」


「私に出来る事でしたら、何なりとお申し付け下さい」


「では、……………宜しければ、私に対してはもっと気軽に接して頂けないでしょうか?」



 アリアの告げたお願いとは、アンナにとって予想だにしないものだった。



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