ss 散策前の一幕

※本編の章毎を繋ぐ閑話です。

 本編との関連もありますが、あくまでssなので気軽にお読み下さい。


〜〜〜〜〜〜〜〜



 令人がフェルドを立ち、初めてロストへと訪れたその日の事。

 現在は夜遅く、ローレス男爵家の屋敷にて。

 既に夕食や入浴を終え、令人は与えられた客室の中で静かに過ごしていた。


 そんな中、ローレス家の令嬢であるアリア・ローレスは一人私室にて悩んでいた。

 特徴的な蒼冰アイスブルーの瞳に憂慮を映すその姿は、普段の彼女とは少し異なっている。

 そんなアリアの悩みの種はと言えば。


(明日のラース様との散策。それは俗に言う、"デート"というものなのでしょうか…………?)


 明朝から予定されている、ラースとのロスト内における散策。

 ラースと二人きりで、街を回る事についてだった。

 


 そもそも幼少から婚約者が居り、尚且つその相手がラースというアリアは、異性との付き合いが皆無と言っていい。

 過去のラースが相手とあってはデートらしいデートをした事など当然無く、男女のあれこれについては全く分からない。


 勿論、大の趣味である読書から凡その理解は得られている。

 とはいえ、どこまでいっても所詮は作り物フィクション

 実際がどうかなんてものは、アリアにとっては完全に未知数だった。


(男女が二人きりで外出するとなれば、それはやはり形式的にはデートでは…………?)

 

 異性が休日に二人で外出し、色々と街を見て回るとなれば、表面上はデートと言って差し支えないだろう。

 アリアも数え切れない程読んだ恋愛小説の中でも、何度も見たシチュエーションだ。


 とはいえ。


(いえ。仮にデートなのだとして、一体何だという話です。私とラース様は本当に交際関係にある訳でも無いのですから、何を気負う必要が……)


 現在のアリアと令人の関係は、相当に特殊である。

 形式上は勿論婚約者であるが、実際の関係性は中々当てはまる表現が思い浮かばない。

 恋人、友人、知人、どれもしっくりくる言葉では無い。


 ただ一つ、確かに言える事があるとすれば。


(デートにしろ、そうで無いにしろ、明日はこのロストをラース様に知って頂く大切な機会。適当に済ませて良いものではありませんからね)

 

 自分がラースをどう思っているのか未だよく分からないが、大好きな街であるロストの事をしっかりと紹介したい。

 そう思える程には、現在のラースには心を開いているアリア。

 一先ず、気持ちを入れて臨む事には何も間違いは無い筈だ。



「……軽く明日の準備をしておきましょうか」


 自身の中で一旦そう結論付け、明日の散策に向けて支度を整えるアリア。

 集合は10時なので明日の朝行っても十分な余裕はあるが、この辺りはなんとも生真面目な彼女らしかった。


 とはいえ、準備と言っても実際する事は殆ど無い。

 精々が服装を決めておく位だろう。

 早々に終わらせようと、クローゼットへと赴くアリア。



 しかし、ここからがまたアリアにとって深い悩みの種となるのだった。

 


 一先ず、目に付いた服を身に纏うアリア。

 姿見に映し出された彼女は、文句の付けようも無い程に可憐だった。

 けれど。


(……………少し地味、でしょうか)


 自分でも悪くないとは思うが、いまいちしっくりこないアリア。

 無難な物を選び過ぎただろうかと、着ている服を一度脱ぎ、別の物を手に取る。

 

 新たな衣装を纏い、今一度姿見の前に立つ。


(いえ、これは流石に。気合いが入り過ぎているような…………)

 

 しかし、またしても納得がいかない。

 今度は気合いの入った物を選び過ぎたと、早々に脱ぎ去る。


(私だけが気合いが入っていたら、ラース様に可笑しく思われるかもしれません)


 自分ばかり散策を楽しみにしていたと思われるのは、何だか気恥ずかしい。

 地味過ぎるのは考えものだが、かと言って派手過ぎるのも避けたいところ。


(こう、丁度良さそうなものは……………)


 これまで服装にそこまで執着した事など無いアリアは、あまり多くの服を所持している訳では無い。

 その中から、何とか要件を満たせそうな一品を必死に見繕う。


(っ、これなら!………いえ、ですがこれは以前にフェルディア家にお伺いした際に着ていったものですね)


 そう判断して却下したアリアではあるが、それはもう数ヶ月も前の話。

 それでも尚、同じ服を選ぶ事が出来ないのはアリアといえど乙女であった。

 実際に令人が覚えているか、という事など関係無いのだ。


(これなら、……いえ、それなら此方の方が……)



 着ては脱ぎ、着ては脱ぎを繰り返し、一人ソロファッションショーに興じるアリア。

 その姿からは、普段の聡明さは微塵も感じられなかった。



 そうして、小一時間が経過し。

 

「…………ふぅ、これで良いでしょう」


 やっとの思いで、アリアはこれだと思う一着を選ぶ事に成功した。


(少し地味かもしれませんが、気合いが入っていると笑われるよりは良いでしょう)


 仮にそう思われたとしても、ラースが馬鹿になどしない事はアリアも分かっている。

 それでも揶揄われる可能性はある。

 嫌という訳では無いが、そんな想像をするとどうしようも無く気恥ずかしいのだ。



 と、それはさておき。

 一先ず、着ていく服が決まった事に安堵するアリア。


(あと準備するとすれば、装飾品の類でしょうか。いえ、ですがその前に少し休憩を…………)


 ああでも無い、こうでも無いと悩んだ為に必要以上に疲れてしまったと、一息つくアリア。

 椅子に腰を下ろし、思考も落ち着ける。


 しかし、冷静になった事で今までの行動に違和感を覚えてしまう。


(よく考えれば、服を一着選ぶだけで私はどれだけ時間を掛けて………………)


 これではまるで、それだけラースとの散策に気合いが入っているようなもの。

 そう思われない為の服を選んだにも関わらず、それ以前の問題であった可能性が。


(っ、いえ。ラース様にロストを案内するのは大切な事。ならば、それに着ていく服も重要になるのは不自然ではありません。そう、あくまで案内をするという観点から、散策に適した服装を選定する必要が…………)


 独特の理論展開によって、自身を納得させるアリア。

 そうして暫く唸っていたアリアだが、当初の目的を思い出す。

 即ち、明日に身に付けていく装飾品選び。



 とはいえ、一度冷静になった思考では、その必要性が無い事を悟っていた。



(私とラース様は本当の恋愛関係でもありませんし、装飾品まで身に付ける必要など………)

 

 元々、アリアは普段からアクセサリーの類は付けない。

 貴族令嬢として必要になる場面もある為、幾つか所持してはいるが、プライベートで使う機会はまず無い。

 つい先程までは、ラースとの散策では偶には付けていこうかと思いもしたが、今になっては思考の冷静な部分が、必要無しとの判断を下している。



「……………やはり、必要ありませんね」



 ほんの数瞬前までの自分に呆れながら、これで準備を終えようとするアリア。 

 後は、明日の朝で十分だろう。



(……………………)



 そうして、そろそろ眠ろうかと寝台ベッドに入ったアリアではあったが。




「………………髪型くらいは、アレンジしてみましょうか」




 そうして悩みの種を自ら生み出し、更に就寝の時間が遅くなるアリアであった。



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