閑話

ss 出立の裏で

※本編の章毎を繋ぐ閑話です。

 本編との関連もありますが、あくまでssなので気軽にお読み下さい。


〜〜〜〜〜〜〜〜



「あーあ、行っちゃった…………」


 令人がアリアと共に馬車に乗り、フェルディア家の屋敷を立った所を遠巻きに眺めていたアンナは、そんな風に独り言ちる。

 現在アンナの胸中を占めているのは、寂寥の感情ただ一つだった。


「…………早く帰って来ないかな」


 令人が居なくなった事が尾を引いているのか、再びそんな言葉を呟くアンナ。

 そして、気付く。


(って、今出発したばかりなんだから…………)


 つい先程出立したばかりだというのに、現時点でこの様子では先が思いやられる。

 行き帰りを含め、少なくとも5日程度は帰って来ない事は分かっている。

 それでも、淋しいという感情がアンナの心から消える事は無かった。


(こんなにレイトさんと会えなくなる事なんて、今まで無かったですからね)


 ラースに転生したので当然ではあるが、これまで毎日共に暮らしてきたアンナと令人。

 たった数日と分かってはいるが、恋する乙女としては想い人と会えない事は、胸が締め付けられるように切ない感情を抱かざるを得ない。



 そして、アンナの気掛かりはもう一つ。

 令人の現状にあった。


(レイトさん、これからアリア様とずっと一緒に居るんですよね。…………う〜、どうしよう。二人の仲が進展しちゃったら)

 


 というより、これが一番の悩みだった。



 ロストに滞在する間は恐らく、というか間違いなくアリアと共に行動するだろう事は、アンナも分かりきっている。

 そうなれば二人が更に良い関係になるのでは無いかと、アンナは気が気では無かった。



 とはいえ、本来それが望ましい事なのは流石にアンナも理解している。

 そもそも二人は婚約者であり、ラースの過去の影響で現在は関係が特殊なだけ。

 各人の感情を置いたとして、令人の隣はアリアの場所で、アリアの隣は令人の場所だ。


 自分の気持ちが本来報われない、いや抱いてすらならない恋である事は、アンナも分かっている。

 それでも……………。


(レイトさんなら、もしかしたら…………)


 根拠など無い、ただの願望かもしれない。

 けれど、未来は誰にも分からない。

 自らの思い描く物とはまた違ったとしても、想い人である彼ならば、誰も予想しなかった未来さえ実現させてくれるかもしれない。



 この初恋を自覚したその時から、アンナは覚悟を決めて尚、希望を捨てた事は一度も無い。



 と、暗いのはここまで。

 それは今考えても仕方の無い事だと、アンナは思考を切り替える。


 とはいえ、やはり考えるのは令人とアリアの関係についてだった。

 二人がより親密な関係を築いてしまうのではと、恋する乙女としては心配が尽きない。


 自らもそうだったのだから、あの令人が相手ではアリアも心を奪われてしまうのでは無いかと考える。

 だが、今回に限っては逆もまた然りだった。


 それも、そのはず。


(アリア様、凄く綺麗ですからね…………)


 アリア・ローレスという少女の美しさは群を抜いている。

 同性であるアンナでさえ目が眩む程だ。 

 男性からすれば、高過ぎる程に高嶺の花である事はアンナにも容易く想像出来る。


 サラサラと靡く白銀のセミロングも、透き通るような蒼冰アイスブルーの瞳も、その存在全てが異性を虜にする魅力を放っている。

 13歳という年齢による幼さはあるが、それでも尚アリアは美しいという形容が似合う程だ。


(私とアリア様じゃ、差がありすぎますからね………)


 とはいえ、そんな風に自身を評価するアンナではあるが、彼女もまた人並み以上に優れた容姿を持っている。

 アンナは可愛らしいという顔立ちをしており、アリアとはその方向性ベクトルが異なる。

 確かにアリアはとても目を引く華やかさではあるが、簡単に比べられるものでは無い。


 というより、そもそも。


(ま、まあ。レイトさんは女性を容姿だけで決めたりする人では無いですからね)


 アンナもそれは分かっている。

 好みの異性を聞いた事など無いが、令人が見た目だけで相手を選ぶ事などあり得ない。


(………………でも)

 

 それでも年頃の少女としては、やはり容姿の美醜というのは気に掛かるもの。

 尚且つ相手があのアリアともなれば、それはもう仕方の無い事だった。


(はぁ。やっぱり、私がアリア様に勝てる所なんて一つも……………)


 自身とアリアの魅力の差を再認識し、アンナは深いため息を吐きつつ項垂れる。

 そして、気付く。

 

(………………勝てる、とこ)


 自身がアリアを上回っている部分を、アンナは見つけてしまったかもしれない。

 たった一点ではあるが、それは確実にアリアよりもアンナが優れているだろう。


(………………………)

 


 落ち込んだ気分と同様に視線を下に向けた事で、アンナはを視界に映す。



 その同年代と比較して、間違いなく"そこそこ大きな"膨らみを。

 包み隠さずに言えば、アンナはあどけなさの感じられる童顔とは裏腹に、中々豊かな双丘を誇っていた。



(…………勝てる所、あったかも)


 アンナはそんな風に勝機を見出す。

 

 自分が歳の割にそこそこ大きな胸をしている事をアンナも自覚している。

 加えて、今回に至っては相手にも問題があった。


 というのも、その完成された美しさとは異なり、アリアの胸部装甲は大変慎ましやかだ。

 別に絶壁という訳では無いし、そもそもアリアはまだ13歳。

 まだまだ成長過程である。


 だがそれを差し引いても、アリアが同年代と比較してスレンダーな身体付きをしている事は、パッと見ただけで分かってしまう。

 貶すつもりなど微塵も無いが、アンナとしては漸く自身の勝る部分が見えた胸中だった。


 とはいえ。


(って、そもそもアリア様とは歳も違うんだから)


 先も思ったようにアリアは13歳であり、当のアンナはこの世界で成人扱いでもある15歳。

 たった2歳差とも言えるが、成長期における2年というのは存外に大きい。

 身長が代表的なものであり、その他の身体的特徴も1、2年でもかなり変化するだろう。


 だからこそ、比べる事は論外。

 何とも恥ずかしい思考だとアンナは自責の念に駆られる。


(そもそも、レイトさんが胸の大きさで女性の魅力を決めたりする訳が……………)


 アンナが一番に知っているように、紳士的な令人が胸の大きさで女性を選ぶ訳が無い。

 先程も容姿だけを気にするはずが無いと考えたばかりだ。

 胸の大きさなんて、言わずもがなだろう。



(…………で、でも。一般的に男性は胸の大きな女性が好きだって聞くし。その点については、間違いなくアリア様に勝ってるし?レイトさんだって男の人な訳だから、少しは魅力的に思ってくれてもおかしくは無いというか、そうであって欲しいというか。か、仮に興味を持たれても凄く恥ずかしいけど。あ、でもレイトさんならきっと優しく……………)



 

 恋する乙女は何とも盲目だった。

 その後も勝手に妄想を膨らませ、ゴニョゴニョと独り言ちるアンナ。


 幸いなのは、この離れには現在アンナ一人だった事だろう。

 こんな姿は令人は勿論、他の誰にも見せられるものでは無かった。


 

 自身が居なくなった事で、専属侍女メイドが半ば狂乱状態にある事を、当の令人は知る由も無いのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜


※第3章更新についてを近況ノートに記載しています。

 次章更新について気になる方が居ましたら、そちらをご確認頂けると幸いです。

 

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