第102話 果たす役割

 ブラックオーガの元へと駆けながら、ふと思う。

 

『立場なんて関係ありません。この街の為、大切なものを守る為に、自分に出来る事を為すだけです』

 

 先程の、自らの言葉を想起する。

 我ながら都合の良い受け売りだと、思わず笑ってしまう。


 けれど、10年前の彼女の気持ちが少しだけ理解出来たかもしれない。

 大勢の人々を、大切なものを守るために、賭けるのは自分の命一つで良い。

 これほど楽な事は無い。


 

 とはいえ、死ぬつもりは毛頭無い。

 

 〈心には闘志を、思考には静寂を〉

 

(…………………大丈夫、覚えてます)

  

 セドリックから教わった、戦いの大前提。

 思考は冷静だ。  

 これが戦況を動かす上で考えられるベストだと、自分では思っている。


 そして、闘志も燃えている。

 アレを倒すという意志では無い。

 役割を全うする、この街を守る、共に戦う人々の力になるという意志だ。

 闇雲に倒そうとした所で意味は無い。

 俺達の目的はブラックオーガを倒す事では無く、大魔侵攻パレードに勝つ事だ。



 と、そこで思考を切り替える。

 いよいよ、ブラックオーガが面前へと迫ってきたからだ。


 しかし、気になる事がある。



(どうしてコイツは動かない……………?)

 


 先程から思っていた事ではある。

 降り立ってからずっと、何故か静観を決め込んでいるブラックオーガ。

 不可解に思っていたけれど、だからこそコーディやレクターと話が出来た訳ではあるのだが。


 好都合ではあるが、何か不穏だ。


(こっちから仕掛けるか…………?)

 

 好機ではある。

 けれど下手に刺激するよりは、このまま大人しくしてくれた方が助かりはする。

 目的は時間を稼ぐ事だし、手を出して暴れられても困るからだ。

 

 

(?…………………ッッ)



 その瞬間、察知する。

 使用していた魔力探査に、引っ掛かるものがあった。


 大魔侵攻パレードが始まってから、俺は魔力探査を行っていなかった。

 多数の魔物が密集した状態では、殆ど意味を為さなかったからだ。

 

 けれど、今は違う。

 ある程度魔物を間引けたため、乱戦の中で死角を作らないようにと、魔物の魔力を探知していた。

 

 そして、そんな魔力探査があるものを捉えていた。


(右腕に、魔力が……………)


 ブラックオーガの右腕に、魔力の揺らぎを強く感じる。

 途方も無い魔力が収束しているのが分かる。


(ッッ………………まさかッ)


 奴が何をしようとしているのかを察し、驚愕が駆け抜ける。

 背筋が凍る感覚がする。


 

 まず前提の話ではあるが、魔物もこの世界の生物であるため、魔力を持つ。

 だからこそ魔力探査で探知も出来るため、当然ではある。

 そして人ならざる身体という要素もあるが、魔力を持つからこそ魔物は強力だ。


 だが、それは人類で言う身体強化が常時展開されているようなもの。

 魔法を使う訳で無ければ、魔力の操作が出来る訳でも無い。

 元々の身体能力で大きく劣るのに、人類のように魔力を操る事が出来たら、人は魔物に勝つ事など出来ないだろう。



 けれど、例外は存在する。

 高ランクの魔物には、魔力の操作や魔法の発動を行う個体が存在するという。

 そういった魔物は次元の違う化け物のため、俺が戦う事はまだ先だろうとセドリックも語っていた。


 けれど面前のブラックオーガは、確かに魔力の操作をしている。

 だからこその黒瘴種、だからこそのBランクという事だろうか。


 

『ガァアアアアアアアッッ!!!』



 ブラックオーガが右腕を振り上げる。

 これまで全く動かなかったのは、この為だったのだと今になって気付く。

 けれど、もう完全に手遅れだった。


 尋常じゃない魔力。

 俺を狙ってはいるけれど、ついでに此処ら一帯を吹き飛ばそうとでも言うのだろうか。


(避ける?…………いや、駄目だ。街も味方も、纏めて吹き飛ばされる。最悪、この一撃で全て終わる可能性すらある)


 回避してしまえば、膨大な破壊力を伴った攻撃が、そのまま炸裂する。

 他の魔物を一掃出来るだろうが、味方も街も諸共吹き飛ぶ。

 それだけは阻止しなくてはいけない。


(受け切るしかない!相殺するしかッッ)

 

 そう思考した瞬間、全力で身体強化の度合いを高める。

 魔力の消費も激しいが、気にしてはいられない。 

 先ずはこの一撃を止めなければ、戦い所では無くなってしまう。



『グァアアアアッッ!!』


「はぁああああッッ!!」



 衝突する。

 ブラックオーガの右腕と、俺の持つ剣がせめぎ合う。

 大質量の攻撃は、想像を絶する破壊力を伴っていた。

 

「ぐッ…………ぁああああッッ」


 押されかけるが、再び全力で迎撃する。

 やはり魔物のためか相手は魔力の操作も未熟だし、魔力量なら完全に負けていない。


(相殺、だけなら、………いけるッ!)


 拮抗していたのは、僅か数秒。

 勢いのままに、剣を振り抜く。

 

『ガァアアッッ!?』

 

 右腕を押し返し、ブラックオーガが踏鞴を踏む。

 まさか防がれるとは思っていなかったのか、魔物相手でも困惑した様子が見て取れる。


(ッ……………防げたッ。周囲も、問題無い)


 攻撃を相殺し、周囲に被害が及ばなかった事に安堵する。

 一先ず、今の一撃は乗り切る事が出来た。


 しかし…………。


「はぁッ、はぁッ、……………ぐッ」


 荒い息を吐きつつ、右腕を押さえる。

 思わず顔を顰めてしまう。


 今の攻防だけでも、右腕をやられた。

 折れているという事は無いだろうが、内側の血管や筋繊維は完全に千切れているだろう。

 腕全体に鈍い痛みが駆け抜ける。


 武器に関しては、この剣で無ければ確実に砕け散っていた。

 託してくれたライルには感謝しかない。

 

 すぐさま回復薬ポーションを取り出し、一気に腕に振りかけ、後は飲み干す。

 元々限りあるとはいえ、貴重な物資を早々に全消費してしまった。

 

 けれど、致し方ないだろう。

 右腕が使い物にならない状態で、応戦出来る相手では無い。

 割り切るしか無い。


 それに。


(防ぎ切った。………あの威力、あの溜め。連発は無い……………!)


 魔力の操作が出来る程の魔物とはいえ、やはりその技量は拙い。

 これが更に高ランクの魔物なら比例してその技量も高いのだろうが、殊ブラックオーガに関しては、そこまで心配は要らない。


 初撃を防いでしまえば、これ以降はもう溜める隙など与えない。

 此処からは、此方が引っ掻き回す番だ。


(コイツを自由にはさせない。此処に釘付けにする)


 暴れさせれば、その余波だけでも街や人をも巻き込んでしまうだろう。

 そんな事はさせない。

 どれだけ強大な存在でも、俺はブラックオーガを抑えていれば良い。

 それだけなら活路はある。


『グゥゥ、………ガァァアアアッッ』


 ブラックオーガも、もう先の一撃を放つ隙は無いと理解しているのか、それとも単なる本能か。

 巨岩の大剣を手に取り、そのままの勢いで俺へと突っ込んできた。


 俺も剣を構えて迎え撃つ。

 持てる力を最適解で動員すれば、アレが相手でも張り合える。

 絶対に抑え込んでみせる。


 

 そうして俺とブラックオーガの戦いが、本格的に始まった。









 ブラックオーガが大剣を振り回す。

 それをステップで躱し、剣で受け、また避ける。

 技も何もあった物では無い、大振りな振り回し。

 見切るのは容易で、防御だけなら問題は無い。

 

 距離を取って戦いたい所だが、あまり大きく立ち回ると、周りを巻き込んでしまう。

 受けられるなら剣で受け流し、出来る限りその場から動かないように戦いたい。


 そして、その為には守勢に回るだけでは駄目だ。

 此方からも攻めて、圧を掛ける。


「…………ふッッ」


 返す刀で反撃を繰り出すが、ブラックオーガは大剣では無く、その腕で受け止める。

 硬すぎる防御は、そもそも剣で受ける必要など無いという事か。


(なら、魔法で……………)


 下手に攻撃しても効かないなら、魔法でダメージを与えようと魔力を練る。

 土・風・氷属性の弾丸を生成し、標的に向けて放つ。

 総数15、角度を付けて全方位から射出する。


『ガァアアアッッ!!』


 だが、そんな攻撃など意にも介さないように、大剣の一薙ぎで消失させる。


(ッ、まるでセドリックさんだな………………!)


 強大過ぎる師の存在を彷彿とさせる。

 恐らく力だけなら、あのセドリックに勝るとも劣らないだろう。


(………魔法は無理に使わない方が良いか。全くダメージを入れられる気がしない。足止めするにしても、普通に剣で立ち回った方が効率は良さそうだ)


 もっと魔力を込めた強い攻撃なら通るだろうが、そもそもそんな隙は無い。

 俺がブラックオーガに先の一撃の隙を与えないように、相手も俺にその隙を作らせはしないだろう。


 搦手として使用しても良いが、正直気にした様子も無く突き進む未来しか見えない。

 無駄に魔力を消費するだけだ。

 ただでさえこれまでの戦いで消費してしまっているのだから、極力抑えなければならない。



 大剣の一薙ぎを、此方も剣で受け流す。

 それだけで、剣を持つ手がびりびりと痺れる感覚がある。



 力と耐久は明らかに上を行かれている。

 敏捷は風纏ブラスト込みで、ようやく俺が上回る程度。

 技は圧倒的に此方が上だが、それをも覆す程の基礎能力スペックを誇っている。


 総じて、ブラックオーガは俺より強い。

 潜在能力ポテンシャルで負けている気はしないが、現時点での戦闘力はあちらが上だと素直に認めてしまっている。

 俺はブラックオーガに、まず勝てない。

 

 けれど、それは真っ向から戦えばの話だ。

 今の俺の役割はコイツを倒す事では無い。

 他を活かすために、時間を稼ぐ事。

 ヒットアンドアウェイで凌ぐだけならば、十分に張り合えるだろうとは思える。


 現に今も、ブラックオーガはその能力を十全に活かして攻撃を叩き込んでくるが、回避にしろ受け流すにしろ、対応は出来ている。

 時折攻撃が身体を掠め血が出る事もあるが、そんな事は気にしていられない。

  

 正直、一発でもまともに喰らえば危ない。

 向こうの何気ない一振りで、此方は致命傷にもなり得るんだ。

 擦り傷など、気に留める価値も無い。


「…………ふッッ」


 とはいえ、俺も幾度も反撃を繰り出しているが、ブラックオーガにダメージは入っていない。

 精々、彼方も良くて擦り傷程度だろう。

 状況は完全に拮抗している。


 だが、それで良い。

 この拮抗状態こそが、此方の狙い。

 無為だろうと時間を消費出来るのなら、この戦場にとっては大きな意味がある。



(これで良い。このまま膠着を維持していれば、他の戦闘が、…………………ッッ!?)


『グァァ………………ガァアアア!!』



 そこで突然、ブラックオーガが攻撃を止める。

 いつまでも攻撃を通せない俺に対して、苛ついたのか憤怒の形相を浮かべている。



 そして、予想外の行動に出た。

 俺では無く、別の人間を襲おうと動く。

 そして、ブラックオーガの目指す先は。


(!!……………不味いッッ)


 奴が向かおうとしたのは、あの塔の元だった。

 そこにも騎士や冒険者達、何ならコーディやレクターも居るため、人を襲おうとはしたのだろう。

 だがコイツが暴れれば、それだけで周囲の被害は甚大だ。


(させない……………!)


 足に魔力を収束させ風の推進力も加え、一気に駆け抜ける。

 人々を巻き込む訳にはいかないという意思はあるが、やはり塔を守りたいという思いも捨てきれない。

 コーディ達に無理に守ろうとしなくて良いと言ったばかりではあるが、どうかこの身勝手な感情を許して欲しい。


『ガァアア!?』


 超加速によって、一気にブラックオーガを追い抜き、その面前へと立ち塞がる。

 

「………悪いけど、まだまだ付き合って貰う」


 人語を解していない事など分かっているが、ある種自身への発破だ。

 

 これまでの戦闘でそもそもの魔力量も少ないし、物資も尽きている。

 加えて、コイツとの戦いで体力はさらに失い、血も流している。

 コンディションは、御世辞にも万全とは言えない。


 それでも、役割を果たさなくてはならない。

 この西側に限らず、ロストに集った全ての人々が、今も戦っている。

 なら、俺も……………。



『グゥゥゥ…………ガァアアッッ!!』


 邪魔をされ、またも苛ついたのか。

 それとも、俺を倒さなくては何も出来ないと理解したのか。

 ブラックオーガは咆哮を放ちながら、再び俺目掛けて突っ込んでくる。


(これで良い。……………仕切り直しだ)


 僅かに荒い呼吸を整え、剣を構える。

 そうして、俺とブラックオーガの第2ラウンドが幕を開けた。

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