第101話 自分に出来る事を

 轟音と衝撃。 

 その原因が、大質量の何かが空から降って来たからという事だけは分かった。

 余波により突風が駆け抜け、砂埃が舞い上がる。


 一体何が起こったのだろうと、衝撃の発生地を見遣る。

 砂塵が晴れ、視界が良好になった先に存在していたものは…………。



「嘘、だろ………………」


「何で、………あんなバケモノが……………」

 

「ふざけんなっ。冗談じゃないぞ…………!」



 その場に居る全員が戦慄する。

 突如降って沸いたその存在を認め、人々が悲嘆の声を漏らす。 

 コーディとレクターの息を呑む音が聞こえる。

 俺も同じだ。


 それ程に、それは俺達にとって大き過ぎる脅威だった。

 その存在の名を誰かが告げる。



黒瘴大鬼ブラックオーガ…………!!」



 身の丈5mはある、巨大な体躯。

 隆々と発達した筋肉を、純黒の皮膚が覆っている。

 二足歩行のそのシルエットは俺も戦った事のあるゴブリンと似た身躯であるが、その存在感は天と地という程にまるで異なる。

 それだけで人間の身体程もある巨腕には、これまた巨岩の大剣が握られている。


 離れていても分かる、圧倒的な威圧。

 その存在感も、人々の戦慄も、ブラックオーガという魔物の脅威を物語っていた。


 それもそのはず。

 冒険者ギルドが定めたブラックオーガの推定ランクは…………。


(…………………B、ランク)


 俺の戦った事のある魔物は、最高でEランク。

 ランクの差だけで見ても、かけ離れた討伐難易度を誇る。

 

 加えて、D、C、Bランク辺りは、分類される魔物も層が厚い。  

 同ランクの中でもピンキリであり、ブラックオーガは間違いなくBランクでも上位だろう。

 殆どAに近いBランク、といった所だろうか。


 ただでさえ、魔物を安定して討伐するには同ランクの冒険者が複数必要と言われている。

 だが、この場にはBランクすら一人も居ない。

 真正面からあれに勝てる者は存在しない。



 加えて、懸念すべき点がもう一つ。

 この世界では、同一の魔物の中で亜種が存在する。

 ゴブリンならレッドゴブリンやブラックゴブリンというように、それはオークやオーガでも同じ。

 

 その違いは名の通り、体表の色に現れる。

 差異が生じる原因としては、通常の個体より多くの黒龍の瘴気を含んで産まれるからとされている。

 そして当然、より多くの瘴気を持つ個体が、その力も強くなる。


 数ある亜種の中でも、とりわけ黒い個体。

 黒瘴種ブラックは最強種だ。


 とはいえ、通常の個体より飛び抜けているという意味で、黒瘴種だから同ランク内でもかけ離れているという訳では無い。

 そもそもの通常個体が、他の魔物の黒瘴種より強いという例も多くある。

 

 それでも、完全に初めて見る存在。

 全く油断は出来ない、というより正直本能が全力で警鐘を鳴らしている。

 アレは不味い。


 すると…………。



『グァアアアアアアアアッッッ!!!』

 


 ブラックオーガが雄叫びを上げる。

 ただの咆哮が、身体の芯まで響くような衝撃を放っている。



 その瞬間、確信する。

 やはり、アレは駄目だ。

 まともに戦っていては勝ち目が無い。

 そして、それはブラックオーガに限った話では無く、この西側の戦況全てに通ずる。


 

 取捨選択をすべきだ。

 誰かがやらなければいけない。

 なら、きっと……………。




「………コーディさん、レクターさん。………アレの相手は、俺が請け負います」



 見開いた目で此方を見据える二人に向かって、俺は静かにそう告げた。


 








「………コーディさん、レクターさん。………アレの相手は、俺が請け負います」


 ラースのその言葉に、コーディとレクターは耳を疑った。

 それが意味する事とは、つまり。


「請け負うって、お一人で相手をされるという事ですか!?」


「何言ってるんですか!?流石に無茶ですよ!」


 コーディが即座に聞き返し、レクターもラースを止めようと声を発する。

 あのブラックオーガの相手を一人でするなど、幾らラースが強いとはいえ、無謀に過ぎると考えたからだ。


 とはいえ、ラースもその事は分かっていた。


「安心して下さい。流石に倒すつもりではありません。俺がアレを引き付けて、時間を稼ぐんです」

 

「…………時間を、稼ぐ?」

 

 ラースの言葉の意味が、コーディにもレクターにもすぐには分からなかった。

 そんな二人の疑問に答えるように、ラースが説明を続ける。


「アレの登場で、状況は一変しました。もう確実に勝てる戦いでは無くなった、………いえ、勝てるかどうかの保証すら無い」


 二人もそれは同意見だった。

 先程までは西側の戦闘も終わりが見えていたけれど、既に収束出来るかどうかも怪しい所にある。

 

「それ程までにアレは不味い。とはいえ、この場に居る全員で掛かれば、流石に倒せるとは思います」


「………それは、そうですね」


「………でも」


「ええ。そうなると、他の魔物に手が回らなくなります。分担しようにも、半端な戦力で倒せる相手ではありません」


 ラースを筆頭に、この場に居る全員が協力して掛かれば、ブラックオーガと言えど倒せるだろう。

 けれど、まだ他の魔物も数多く残っている。

 

 ブラックオーガに集中すれば他の魔物に手が付けられず、他の魔物の相手をすればブラックオーガを暴れさせてしまう。

 完全に板挟みの状態は、コーディとレクターにも理解出来た。


「だからこそ、俺が一人で相手をして時間を稼ぎます。その間に、皆さんには他の魔物を片付けて欲しい。もしくは東側の戦況が落ち着き、セドリックさんさえ来られれば、それで済む」


 コーディとレクターは、そこでラースの真意が理解出来た。

 半端な戦力で相手をしても、火に油を注ぐだけ。

 

 だからラースが時間を稼いでいる間に他の魔物を片付け、その後に一斉に掛かる。

 もしくは、東側の大魔侵攻パレードが収束し増援が来れば、それでも良い。

 確かに自分達の隊長であるセドリックならば、ブラックオーガとも張り合えるだろうと、コーディとレクターも考えた。


 このラースの提案は、現状考えられる上ではベスト。

 最も建設的な意見だと、二人も思い至る。



 けれど、だからと言って。


「それでも、お一人というのは流石に!」


「そうですよ。せめて何人かと協力しても良いのではっ?」


 ブラックオーガを倒すのでは無く、少数で足止めするという考えは理に適っている。

 それでもラース一人では無く、もう何人かと協力しても良いのではと、二人は考えた。


 だが。


「いえ。俺は他の騎士や冒険者の方達と違い、連携が取れません。拙い連携では危険です。それに、正直アレが相手では、数人増えた所で意味はありません」


「それは……………」


「……………………」


「付かず離れずの距離で足止めするという戦い方なら、俺も一人の方が立ち回りやすい。ここは俺一人に任せて貰えませんか?」


 コーディとレクターは、何も言葉を返せない。

 ラースの策は、現状では最適と自分達も納得してしまっているからだ。


 何より、言外に足手纏いだと言われた。

 いや、言わせてしまった。

 

 普段のラースからは、あまり想像出来ないような言い分。

 きっと俺達を納得させようと、俺達を巻き込まないようにと、敢えて強い言葉を使っているのだろうと、二人は察してしまった。


 戦っている全員が分かっている。

 この場で最も強いのはラースだと。

 半端な戦力で助力しても、ラースの邪魔になるだけの可能性は高い。

 そんな事になれば、全てが台無しになる。


 コーディとレクターは納得してしまった。

 ラースの策に反論の余地など無い事を。

 やはり、ラースにブラックオーガを任せ、その間に自分達が他の魔物を倒すのが、現状では最適ベスト


 そう、頭では理解した。



 

 けれど。

 それでも、感情は納得しなかった。

 だから、コーディは思わず告げる。


「それでも、貴方は伯爵家の御令息なんですよ!あんな怪物を相手に、一人なんてッ!!」


 身分に付け込んだ説得。

 こんな言葉しか返せない事を、コーディは我ながら酷いと思った。

 それでも、思い留まってくれればと。


 

 そんなコーディの言葉を受けたラースは、何故だか笑った。

 この状況で場違いなように、薄くではあるが口角を吊り上げた。


 そして、何処までも真っ直ぐな目で告げる。

 



「…………立場なんて関係ありません。この街の為、大切なものを守る為に、自分に出来る事を為すだけです」




 強い光を、その双眸に宿す。

 力強い瞳と声音に、思わず二人は震えた。

 理由なんて分からないけれど、この人が言うなら信じてしまおうと、いっそ投げやりな程に思い知らされてしまった。   

  

 もう、止める気力なんて湧かなかった。

 だから………………。

 

「…………分かり、ました。では、ブラックオーガの事はお任せします。俺達は全力で、他の魔物を相手にしますから!!」


「ええ。何だか知らんけど、今もあの怪物を、翻弄しまくってやって下さい!」


「………はい。ありがとうございます」


 話は纏まった。

 策は決まった。

 後は自分達の戦いをするだけ。


 そう考えたコーディだったが、ある事に思い至る。

 ラースがブラックオーガの相手をするという事は、つまり……………。


「ラース様!」


「………何でしょうか?」


「あの塔の事は、引き続き俺達にお任せ下さい!」


「……………こんな状況です。無理にとは言いませんが」


「いえ。難しい事は分かっていますが。それでも俺達に任せて下さい!絶対に、守り抜いてみせます!!」


「そうですね。こっちは任せて下さい」


 根拠など無い事を、コーディとレクターも自分で語っておきながら理解している。

 それでも誓うべきだと思った。

 ラースを一人で向かわせる、自分達へのけじめとして。


 そんな二人の言葉に、再びラースは笑った。

 そして、背を向けつつ告げる。


「貴方達が居てくれて、本当に良かった。ありがとうございます。………では、行きます」


 そうしてラースは駆け出す。

 一人の戦いをしようと。


 自分達も同じだ。

 すべき事を、役割を全うしなければいけないと、コーディとレクターは決意した。


 だから、叫ぶ。


「全員聞いて下さい!!ブラックオーガは、ラース様がお一人で相手をします!ラース様が時間を稼いでいる間に、俺達は他の魔物の相手をします!!」


「ラース様の戦いを無駄にしない為にも、少しでも早く魔物達を片付けるぞ!!」


 二人は吠えた。

 そして駆け出す。


 少しでも彼の負担を軽くするために、せめて全力で戦い抜こうと。

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