第99話 一掃

「何か策があるって事ですか!?」


「流石ですね。いやー、頼もしい!」


「あはは、策という程大仰なものではありませんが…………」


 歓喜を宿しながら問い掛けてくるコーディと、茶化すように大袈裟に持ち上げるレクターに苦笑する。

 実際、策と呼べるような複雑な事では無い。

 寧ろ、酷く単純な方法だ。


「簡潔に説明すると、俺以外の皆さんで魔物達を一箇所に集めて貰いたいんです。そこを俺が、大規模な魔法で一掃します」


 内容としては、その言葉の通りだ。  

 開けた場所に魔物達を誘導して貰い、固まった所を魔法で掃討する。

 一体一体戦っていてはキリが無いのなら、纏めて薙ぎ払うに限る。


「共通認識として、このまま一体ずつまともに相手取っていては消耗が激しいという事があります。そこで、皆さんには無理に倒そうとして貰わなくて大丈夫です。あくまで魔物達を誘導するように立ち回って一箇所に纏めて貰えれば、それだけで十分です」


「………成程。それなら効率も良いし、消耗も少なくて済みますね」


「確かに。一々殺さなくて良いのなら、かなり楽になるな」


 レクターの言葉通り、とどめまで刺そうと思うと、それだけ戦闘は激しくなる。

 逆に無理して戦わず、誘導するように立ち回るだけなら、相当余裕が生まれるだろう。

 深入りして負傷するようなリスクも無くなるし、消費する体力も魔力も少なくて済む。


 とはいえ、問題点が無い訳ではない。


「ただ、懸念点もいくつかあります。一つは、大規模魔法を使うとなると、魔法の行使に集中しなくてはならないので、戦闘は殆ど皆さんにお任せする事になります」


 イメージを固め、魔力を練る。

 魔法の大原則だが、起こす事象の規模によって、その精度の要求値は比例して高くなる。

 自分の身を守る事くらいなら出来るとは思うが、その間は殆ど戦えなくなるだろう。


「ラース様に魔法を使って貰うんですから、気になさらなくて大丈夫ですよ」


「そうだな。存分に魔法に集中して貰って、他は俺達に任せて下さい」


「…………ありがとうございます」


 気にするなと即答してくれる二人に感謝する。


「それと、この塔に関してもお任せ下さい。幸い開けたスペースは塔の近くにあります」


「そうだな。魔物を誘導しつつも、塔を気に掛けるのは問題無さそうですね」


「…………すみません。本当にありがとうございます」


 実際、俺も魔法に集中すれば塔を守りきれるだろうかという心配はあった。

 それでも、この二人がこう言ってくれる。

 ならば、信じて魔法を紡ごう。


「それで、他の懸念点は?」


「はい。二つ目は、そもそも俺がそんな大規模な魔法を発動出来るか、という事です。言い出しておいて申し訳無いんですが、確実とは言えません」


 魔法の発動も慣れてはいるが、大規模な魔法は使った事が無い。

 発動出来る確証は無い。


「…………それで。ラース様としては、出来そうなんですか?」


 コーディが静かに問い掛けてくる。

 確実とは言えないなんて言いはしたが、その答えは決まっている。


「やります。いえ、やってみせます」


 再三になるが、魔法の行使に必要な事は、イメージと魔力。

 イメージは問題ない。

 そして、言うまでもなく俺の魔力量は規格外だ。


 なら、やれる筈だ。

 いや、やるしか無い。



「なら問題ないですね!他に良い策もありませんし。………それで、まだ懸念点はあるんですか?」


「はい。というより、これが一番の懸念なんですが。………俺などが重要な役目を担う方法に、皆さんが乗ってくれるかな、と」


 最後の懸念点を伝えると、二人ともがぽかんとした表情をする。

 戦闘意識も薄れたのか、これまで会話を続けつつも上手く魔物を相手取っていたのに、危うく攻撃を喰らいそうになっている。

 慌てて対処したので、事なきを得たが。


 というより、何故そんな反応をしたのだろうかと不思議に思う。

 すると二人が声を上げて笑い、告げる。


「それこそ、問題無いと思いますよ」


「ええ。まあ、実際に聞いてみましょう」


 そんな心配は要らないと告げるコーディに、レクターも同調する。

 そして、その言葉通り声を張り上げる。



「全員、戦いながら聞いてくれ!!このまま戦っても消耗が激しい!そこで、一つ策がある!今からラース様が大規模魔法で魔物達を一掃する!俺達は、魔物を開けた場所に集めさせるんだ!無理して戦う必要は無い!一箇所に纏めれば、それで良い!!」



 その場に居る全員に聞こえるように、大声で先程までの作戦の内容を告げる。

 とはいえ、流石に急な話のためか、一人の冒険者が大声で聞き返す。


「無理して殺す必要は無いって事か!?」


「そうだ!!何ならまともに戦う必要も無い!魔物達を一箇所に固めた後は、ラース様が纏めて薙ぎ払ってくれる!!」


「そりゃいいな!!俺達は随分楽を出来るって訳だ!!」


「その通りだ!!だが、この場に居る全員の協力が必要だ!手を貸してくれるか!?」


 レクターの問い掛けに、一瞬場が静まる。

 それでも、その後にはそれぞれから肯定の言葉が返ってきた。


「おお、任せろ!!」


「騎士隊も了解しました!!」


「ラース様っていやぁ、あのセドリックさんの弟子なんだろ?それなら任せられるな!!」


「馬鹿言え、此処での戦い振りを見ただろ。あんな強えんだ。魔物共なんか蹴散らすだろうよ!!」


「策には乗るが、つーかレクター!!お前部下だろ、何タメ口で話してんだ!!」


「いやー、非常時なもんですから。………なので、隊長には言わないで下さい!」


 騎士・冒険者が口々に了承の意を示す。

 若干関係の無い会話をしている者も居たが。

 

 そんな光景に思わず俺も気が抜けてしまうが、魔物の攻撃には反射的に対応する。

 若輩である俺が、というよりラースの事などあまり信用してくれないかと思っていたが。

 

 そんな俺の気持ちを察したのか、隣で戦うコーディが語りかける。


「騎士隊は言わずもがな、ラース様の強さは知っています。冒険者達だって、この場でのラース様の戦い振りを見れば、納得するでしょう。というより、ラース様の悪評なんて俺達の間ではとっくに過去のものですよ」


 爽やかな笑みを浮かべながら、そう告げるコーディ。

 未だ信じられない気持ちもあったが、証拠を見せられてしまっては、自ずと理解する。



(…………この世界での俺の今までは、無駄じゃなかったんだな)


 いつか認められるその日までと過ごして来たが、思わぬ所でその成果を実感する。

 心が熱い感情で満たされる。


 とはいえ、今は正しく戦闘中だ。

 感傷に浸っている場合では無い。

 だから。


「ありがとうございます。では、後はお願いします」


 そんな俺の言葉を皮切りに、各々が行動を開始した。




 


 

 作戦を開始してからまずは、俺自身は魔物を倒そうという意識は捨てる。

 襲ってくる魔物の対処くらいはするが無理に仕留めようとはせず、あくまで魔法の行使に集中する。


 周りを見渡せば、コーディやレクター、その他の騎士・冒険者達も先程までとは立ち回りが異なる。

 前提意識がそもそも違い、無理に殺そうとは考えていないからだ。


 その目的としては勿論、家屋などの建築物が無い開けた場所へと魔物達を誘導する事。

 多くの魔物を一掃するにはある程度スペースが必要だし、出来る限り街に損傷を与えてしまってはいけないからだ。


 そんな状況を把握しながらも、また一段と集中を深める。

 これまで使用した事の無い、大規模魔法。

 戦いを任せきりにしてしまっている事は申し訳無いが、周りを気にしたまま発動させられる代物でも無いだろう。



 使用するのは、使い慣れた土魔法。

 ただでさえ難度の高い大規模魔法なのだから、魔力消費が少なく、魔力制御も容易な属性を使うのが賢明だ。

 風魔法もその点では有用だが、殺傷性や破壊力に欠けるし、あれは風纏ブラストのようにサポートとして使うのが一番だと思う。


 炎や雷属性、派手な砲撃も今回は使う事が出来ない。

 街にまでダメージを与えてしまうし、最悪二次被害で味方を巻き込みかねないからだ。

 まあそもそも使い慣れていない属性なので、端から使う気は無いが。



 と、それはともかく。

 魔力は十分に練り終わった。

 これなら相当な規模の魔法が使えそうだし、魔物も一気に殲滅出来るだろう。


 すると、周りで戦っている者達も用意が整ったのか、コーディが声を張り上げる。

 

「ラース様っ!魔物達の誘導は完了しました!何時でも大丈夫です!!」


 スペースにも限りがあるし、そもそも数が多過ぎるため、全ての魔物を纏められるはずは無い。

 それでも、面前には何十体もの魔物が固まっており、魔法さえ撃ち込めば一網打尽に出来る。


 後は、俺が放つだけだ。



「ふぅ…………」


 大きく息を吐く。

 両手を地面に置き、イメージを固める。

 密集した魔物達を掃討する意識を持って、俺はその魔法を行使した。



「ッッ……………」


 

 直後、魔物達の下の地面が隆起する。

 俺の魔力によって変形された地面が、棘状にせり出し、魔物達を串刺しにする。

 その様相はさながら大地の剣山のようで、俺の理想通りに魔法を発動出来たようだ。


 土棘の高さは3m程はあり、その一本一本が折れる事の無い、大ぶりな槍だ。

 そんな土槍が何十本と真下から突き出したのだから、魔物達は漏れなくその身体を刺し貫かれている。


 血潮が滴り、全個体から瘴気が溢れ出す。

 絵面だけで見れば地獄のような光景だが、それを見た人々の反応は真逆だった。



 歓喜の嵐である。



「「「おおおおおおッッ!!」」」

 

 

 その場に居た魔物達が一気に殲滅された事で、人々は大歓声を上げる。

 大量の魔物が絶命した景色は中々に猟奇的だが、戦士達からすればそんな事はどうでも良いのだろう。

 今は策が上手くいった事による歓喜に舞い踊っていた。


「すげええ!!魔物共が串刺しだぜ!」

 

「何て魔法だっ!こんなの見た事ねぇ!!」

 

「こりゃ良い!!爽快だなッッ!」


 騎士・冒険者達が、口々に俺の魔法を讃えてくれる。

 作戦の成功と皆の頑張りを無駄にしなかった事に、酷く安堵する。


「やりましたね、ラース様!」


「ははっ、えげつねぇ魔法だなー。セドリック隊長にも見せてやりたいぜ」


 コーディとレクターが駆け寄って来る。

 とはいえ、その言葉は有難いが、今の俺は上手く受け応えが出来なかった。


「……………ッ、ふぅー」


 大きく息を吐く。

 安堵のため息では無く、疲れによる物だ。


「ッ、ラース様、大丈夫ですか!?」


「…………ええ、問題ありません」


 心配の声を掛けてくれるコーディに、一拍遅れて言葉を返す。

 疲れた感覚はあるが、実際に大して問題は無い。


 単に魔力を一気に使ったというだけだ。

 これまで発動してきたものとは比べ物にならないほど、大規模な魔法。

 分かってはいたが、消費魔力も馬鹿にならない。


 とはいえ、元々の魔力量が規格外なので、まだまだ余裕はある。

 それでもどっと魔力を失ったというべきか、今までに無い感覚だ。


「少し魔力を失っただけです。まだまだ問題はありません」


「そりゃ、あれだけの魔法を使えば当然ですよね。本当に大丈夫なんですか?」


「ええ、まだまだいけます」


 レクターが心配そうに確認してくれるが、休憩している暇など無い。

 まあ後は限られるとはいえ、自前の魔力回復薬マナ・ポーションもまだあるので、それを使えば尚更問題は無い。


「次にいきましょう。まだまだ魔物も数が居ます。もう一度同じ要領で、一気に殲滅します」


 先程の一撃で40体以上は仕留められたが、そもそもの数が途方も無い。

 今も周囲には、魔物の大群が存在する。

 それでも先程の要領で繰り返せば、一気に数を減らしていけるだろう。


「了解です!」


「おい、皆!まだまだ行くぞ!もう一度同じ方法で、どんどん数を減らす!!」


「「「おお!!」」」


 先程の一撃で士気が上がったのか、人々は声を上げ、すぐに行動に移す。

 そして、俺も同様だ。


 

 この勢いのままに一気に魔物を殲滅しようと、俺達は二撃目の準備に入った。

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