第98話 策

 家屋の屋根を伝い、駆けていく。

 身体強化と風の推進力も相まって、既に都市の中央を越え、西門も間近となっている。

 そんな中、西門付近の光景がようやく視界に映った。


(見えた……………!)

 

 視認出来る限り、まだ魔物達は都市内へと侵入はしていない。

 その事実に安堵するが、すぐに改める。

 たった一体ではあるが、既に西門を越えている魔物も存在していた。


 そして、その魔物が向かう先は、………あの塔だった。

 手当たり次第に、付近にある物を壊そうとでもしているのだろうか。


(ッッ……………!!)


 その事実を認識した瞬間、さらに加速する。

 一層足に力を込め、突風で強引に身体を押す。

 文字通り風となり魔物へと肉薄し、一閃。


「ふッッ」


 俺の接近に気付く事すら無かった魔物が即死し、瘴気を放つ。

 魔物の絶命を確認するがまだ気は抜けない。

 

(他には…………?)


 他にも魔物が居ないかと周囲を見渡すが、その影は見えない。

 一先ず、この一体だけだった。

 間に合った事に酷く安堵する。


 けれど、悠長に構えている時間は無い。

 魔物の足にも差があるだろうから、一斉に侵入する事は無いが、それでも門へと既に何体もの魔物が迫っていた。


(魔法で門を塞ぐか?………いや、これだけの大きさを塞ぐとなれば、相応に魔力を練る必要がある。そんな時間は無いし、適当な物を創ってもすぐに壊されるのが落ちだな)


 土魔法ならば門を塞げるとは思うが、大規模な事象を起こすとなれば、体内で魔力を練り、強くイメージを固める必要がある。

 そんな事をしている間に、魔物達はどんどんと侵入してしまうだろう。


 かといって突貫で適当な物を創っても、押し寄せる魔物達に苦も無く破壊される。

 魔力を無駄に消費するだけだ。


 ならば、斬った方が確実で速い。


 門から都市内へと侵入した魔物と相対する。

 まだ30を超える程度の数だが、その魔物達は確実に俺を標的にしている。

 やはり近くに人が居れば、その本能に従い、建築物などよりは興味を示すのだろう。


 襲い掛かる魔物達を可能な限り素早く仕留める。

 けれど、流石にそう上手くはいかない。

 一体一体なら問題無く倒せるレベルの相手だが、纏まって来られれば相応に厄介だ。


 加えて、気に掛ける物があるという事が満足に戦えない要因でもあった。

 背後にあるこの塔を、可能ならば守りたい。

 けれど。


(………塔を庇うように戦うのは悪手だったか?却って敵の狙いが集中する。………けど、離れて戦ったとして、全ての魔物を引き付けられるとも限らない)


 魔物達はその本能から人を優先して襲いはするだろうが、絶対とは言えない。

 仮に塔から距離を置いて戦ったとしても、魔物全てを引き付けられないのなら意味が無い。

 それならば、まだ手の届く範囲で戦った方が安心出来るし、確実だ。


 けれど、中々に厳しい。

 確実に減らしてはいるが、魔物達も少数ずつではあるが、その数を増やしている。

 俺にとっては無限の如く増え続ける事が分かっているのだから、本当にキリが無い。



 そんな中痺れを切らしたのか、二体の魔物が俺では無く、面前にある塔へと攻撃しようとする。

 俺は他の魔物の対応に追われており、反応が遅れてしまう。


(不味いッッ………!!)


 死に物狂いで仕留めなければ。

 そんな思考をした、直後だった。



「「はああああ!!」」



 横合いから、二振りの剣が振り下ろされる。

 その二つの剣閃はしっかりと魔物に命中し、絶命させる。

 そんな攻撃を放った人物達を視界に入れると、その二人は…………。



「コーディさん、レクターさん!」



 俺も良く知る人物、騎士隊のコーディとレクターだった。


「全く、やっと追い付きましたよ!」


「ご無事で良かったです、ラース様」


 レクター、コーディがそれぞれ告げる。

 どうやら東からの援軍が来てくれたようだ。


「助かりました。ありがとうございます」


「いえいえ。………それより、事情は分かりませんけど、この塔を守りたいんですよね?」


「お供しますよ、ラース様!」


 お礼を伝えると、そんな言葉を返される。

 俺の立ち回りを見て、この塔を庇っている事は見て取れたのだろう。


 けれど、二人からしたら意味の分からない行動の筈だ。

 それでも俺の気持ちを察して、共に塔を守ろうとしてくれている。


「………すみません、ありがとうございます」


 感謝の念が堪えず、深く礼を伝える。

 けれど、先んじて言っておかなければならない事もある。


「ですが、これは俺の私情です。無理のない範囲で構いませんので…………」


 本当に可能な限りは塔を守り抜くと決めてはいるが、固執する訳にはいかない。

 それで危険になってはならない。

 そんな思いを込めて二人に告げるが、返ってきたのは意外な反応だった。


「いえ、大丈夫ですよ。すぐに来るはずです」


「ええ、もう来ますよ」


(来る?……………ッ、あれは)


 二人の言葉を疑問に思っていると、視界の端にある人々を捉える。

 そして、その声も聞こえる。


「見えたぞ、急げ!」


「既に魔物が侵入してるぞ!」

 

「急いで、迎え撃て!!」


「「「おおッッ」」」


 此方へと向かう、沢山の冒険者や騎士達。


 即ち、コーディとレクター以外の増援も既に到着したという事だ。


「ラース様に助力するためにも、俺達は一先ず先行していたんですが……………」

 

「ライル様とセドリック隊長が、素早く編成を纏めてくれたんです。これで十分な戦力が整いますよ!」


 二人の言葉通り、何十人もの騎士や冒険者達が駆けつけてくれている。

 

 すると、まるで示し合わせたかのように、魔物達も一層数が増える。

 本隊とでも言うべき大群が、門から都市内へと侵入し始めた。


 目が眩むような数ではあるが、此方も戦力が揃っている。

 先程までの焦燥が不思議と消える。

 これなら、守れるかもしれない。


「お二人とも、それに皆さんもありがとうございます。これ以上の侵入は許さないように、なんとか此処で食い止めましょう…………!」


「「はい!!」」


「「「おおおッッ!!」」」


 この街を守るという感情を一つに、西側の戦いが本格的に開始した。







 先程確認出来た魔物達の総数は、恐らく300を上回っている。

 その全てが門を越えている訳では無いが、どの道時間の問題だろう。

 既に目算でも、少なくとも150体は都市内に存在している。


 後発である西側がそれだけの数という事は、東側は恐らく700〜800近くは居るだろう。

 絶望的な数字だが、向こうではフェルドとロストの戦力の大部分が対応しているし、魔導師隊の砲撃で大きく数を削げる。

 それにライルやユリアン、何よりあちらにはセドリックが居る。

 問題は無いはずだ。


 余程、自分達の心配をした方が良い。

 魔物達に対して、俺達の戦力は騎士や冒険者を合わせて60程。

 数の上では完全に劣っている。


 とはいえ、魔物達もその大半はH、Gといった低ランクの魔物だ。

 一体一体を倒す事はそれほど苦では無い。

 だが、如何せん数が馬鹿げているし、高ランクの魔物も確かに居る。

 苦しい戦いな事に変わりはない。

 

 何より既に魔物が都市内へと侵入してしまっているせいで、此方では魔導師の砲撃が撃てない。

 派手な砲撃を行えば、街にも損傷を与えてしまうからだ。

 使のだが、現状ではどうしても難しい。


 それでも、早々に戦力が揃ったおかげで、都市内部へと侵入させていない事は僥倖だ。

 ギリギリではあるが、西門付近で抑え込めている。

 そのおかげで、俺も塔を守りながら戦う事に支障が無い。



「はあああ!」


「おおおお!!」


 近くに居る冒険者や騎士達が、連携して魔物達を相手取っている。

 やはり普段から共に戦っている恩恵だろう。

 各々が協力し補い合う事で、複数の魔物達とも十分に渡り合っている。


「ふッッ」


 片や、俺はそういった連携は取れない。

 基本的に今まで一人で戦ってきたからだ。

 というより、こういった大規模な戦場で戦った経験が無いからだろう。

 いつもセドリックが後方に控えては居たが、二人で戦うという事も無かった。


 即興で連携が取れない事も無いが、どうしても本物には劣るし、拙いものとなる。

 最悪邪魔をしてしまう可能性もあるし、一人で立ち回る方が無難だろう。

 まあ、その方が性に合っているという要因もあるが。



「はああッ!!………ラース、様!大丈夫ですか?」


 息を吐きつつ、近くで魔物を斬り伏せたコーディが、そう問い掛けてくる。


「ええ、問題ありません」


「って、早っ!!強っ!!一人なのに、俺達より全然多く倒してる!?」


「ははっ、流石ですね!!こりゃもう、俺らなんかより断然強いんじゃ無いですかッ?」


 コーディが驚き、レクターが笑いながらそう問い掛けてくる。

 まあ、純粋な剣技や体術なら俺より優れた人間など多いだろうが、俺には魔力量という絶対的なアドバンテージがある。

 基本的に身体強化や魔法が前提となるこの世界の戦闘では、その部分はどうしても大きいだろう。


 あと考えられるのは、武器の違いだろう。

 出立前にライルから渡された、この剣の威力は凄まじい。

 これまでの物とは比肩出来ない代物だ。

 

 まあそういった要因がある、……とはいえ。


「競争している訳では無いんですから。倒した数なんて関係ありませんよ」


 苦笑しつつ、そう返す。

 別に魔物の討伐数を競っている訳でも無い。

 そんな事を気にする必要は無いだろう。


「それも面白いかもしれませんけどっ、ね!」


「馬鹿っ、言うな!遊んでる訳じゃ無いんだぞ」


「分かってるよ。それに、俺達二人でもラース様に勝てるか怪しいしな!」


 軽口を叩き合いながらも、二人はしっかりと付近の魔物達を相手取っている。

 というより、数が数なので下らない言い合いでもしないとやっていられないのだろう。


 辺りは魔物だらけなため普段より格段に戦い辛いが、少しずつではあるが確実に数を減らしてはいる。

 それでも、正直変わっている気がしない。

 元々の数が多過ぎる事と、精神的に悲観してしまっているからだろう。


(……それでも、やっぱり不味いな。今のペースでようやく抑え込めている位だ。物資も尽きて、体力・魔力共に無くなれば、その内押し切られる………………)


 今は戦闘が始まって少しなので体力もあるし、回復薬ポーション魔力回復薬マナ・ポーションで回復も出来る。

 けれどそれにも限界があるし、精神的な疲労によっても動きの質は大きく低下する。


 そもそも、すぐには回復し切れない重篤な負傷をすれば、戦う事自体困難だ。

 一応、中央の支援部隊の元へと行けば治療は受けられるが、それでも回復し切れるとは限らないし、時間は掛かる。

 そうやって戦闘不能となる者が出始めれば、いよいよ戦線は崩壊する。



「………ラース様、正直このままだと不味いですよね?」


「やっぱりか?一体一体倒してても、埒が開かないって思い始めてきた所だ」


 そんな推測はコーディとレクターも同じなのか、その表情に焦燥を浮かべている。

 それでもしっかり剣を振るい、魔物を倒している所は流石だが。



 けれど、確実にこのままでは持たない。

 何か手を打つ必要がある。

 


 そして、その方法は一応思い浮かんでいる。


 だが賭けという程の博打では無いが、俺一人で成功させられるものでも無い。

 コーディとレクター、いやこの場に居る人間の協力が必要不可欠だ。

 けれど成功すれば、速く且つ楽に魔物達を掃討する事が出来るだろう。


 試してみる価値はある。

 だから…………。 



「……一つ、考えがあります。上手くいくとも限りませんが、……助力願えないでしょうか?」



 面前の魔物の絶命を確認した所で、俺は二人に向かい、そう問い掛けた。

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