第97話 風雲急

 魔物達の襲来に備えて、準備を整える。

 まずは出来る限り距離を置いた上で数を減らそうと、遠距離魔法を使える魔導師達を配置する。

 城壁の上から魔法を放ち、角度を付けた攻撃で火力を集中させ、手前から焼き払う。


 近接戦闘を行う者は、都市外で可能な限り魔物達の相手をする。

 都市内に侵入させない事が理想ではあるが、そう上手く事が運ぶとも限らない。

 仮に侵入を許したとしても、さらに内部へと進ませないために、水際で防がなくてはならない。


 それぞれの役職を考慮し配置を進めていく。

 そんな中、ライルがセドリックへと告げる。


「セドリック、今回お前は指揮の事は気にするな」


「……騎士隊に関しても、ですか?」


「ああ、そうだ。私が全体の指揮を執るが、細かな部分については、騎士隊は副隊長が、冒険者達は最高ランクの代表が行う」


「ロストの戦力に関しても、同様ですな」


「ああ。ともかく、お前はその他の一切を気に掛ける必要は無い。兎に角、斬れ」


「御意」


 セドリックは騎士隊長という事で指揮能力も高いとは思うが、やはりその真価は圧倒的な戦闘力だろう。

 魔物達の数が途方も無い以上、指揮も並行して行わせるより、単体の駒として存分に暴れて貰った方が効果的だ。


 と、そんな遣り取りをしていると。



「魔物確認!!都市へと向かい進行中です!」



 物見台の兵士が声を張り上げる。


「………さて、いよいよか」


 ライルの言葉に同意を返す。

 遂にその時が来たという事だ。


「魔導師隊、砲撃用意!魔物達が射程内に入ったと同時に手前から掃討せよ!!」


 ライルの指示を受け、魔導師達が準備に入る。

 そして、魔物達を射程に捉えると。


「頃合いだな、………撃て!!」


 ライルの合図に、一斉射が放たれる。

 魔導師隊の魔法は綺麗な放物線を描き、大群の先頭へと直撃する。


「砲撃を続けろ!魔力回復薬マナ・ポーションの使用は度外視でも構わない!少しでも数を減らせ!!」


 更に砲撃が続けられる。

 遠距離まで届く大規模な魔法ともなれば魔力の消費も激しいが、魔力回復薬マナ・ポーションによって回復は出来る。

 貴重な物資ではあるが、距離のある内に出来得る限りの数を削ぐ事の方が重要だろう。


 三度、四度と砲撃は続けられ、魔物はどんどんとその数を減らしていく。


「良いぞ、そのまま砲撃を続けろ!だが魔物達が接近し、近接隊が相手をするようになれば、今度は大群の中央から後方を狙え!!」


 近接隊が相手をする程まで魔物達が接近すれば、今のまま手前側を狙う事は出来ない。

 間違っても味方に誤射する事は避けたいからだ。


 そして五度、六度と砲撃は続く。

 大規模魔法が直撃し、手前側から既に数え切れない程の魔物が絶命し、瘴気を放っている。

 



 しかし、順調だ。

 まだ戦闘が始まり数分といった所だが、ここまでは順調に進んでいる。


 砲撃によって、魔物達は確実にその数を減らしている。

 今はまだ近接隊が出る程に距離が近く無いため、魔導師達も存分に魔法が放てるからだ。

 大群が接近すれば今のように魔力回復薬マナ・ポーションを度外視で使う事は出来ないし、魔導師隊は機能しにくくなるが、現時点でも十分に魔物達の戦力を削いでいる。



 出だしとしては完璧だろう。

 そう、過ぎる位に順調だった。



 けれど、出立前にライルも語っていた。

 何が起こるかは分からない、と。


 何事にも異常事態イレギュラーは存在する。

 そもそも、10年前に続く今回の大魔侵攻パレードすら異常事態イレギュラーと言っていい。

 なればこそ、正しく何が起こるかは予測が付かない。

 

 だが、この時に至っては。

 その異常事態イレギュラーは、全くの意識外の方向からやって来た。



「で、伝令!!伝令ーーーー!!!」



 ロストの兵士だろうか。

 一人が、慌てた様子で声を張り上げている。

 その動揺振りは尋常では無い。


「どうした!一体何があった?」


 兵士へと向かって、ユリアンが問い掛ける。

 兵士は即答は出来ず、それでも数瞬の後に、青褪めた表情で告げる。




「………と、都市の反対側。西方向から、……ま、魔物の大群が現れました!!」



 

「なっ、……そんな、馬鹿な…………!?」



 誰の言葉だったかは分からない。

 けれど、思った事は皆一様だろう。

 計り知れない程の衝撃が、陣営を駆け抜ける。



 恐らく、東側から大魔侵攻パレードが来るとはいえ、何かあってはいけないと、ごく少数を見張りとして置いていたのだろう。

 そして、そんな見張りが機能してしまった。

 此方の東だけで無く、西側からも魔物の大群が進行しているという。


「か、数は恐らく東の半分にも満たない程度ですが、魔物達は既に都市目前へと迫っています!!このままでは、西門から侵入される事も時間の問題かと!!」


「ば、馬鹿なっ!!確かに東から来る大群に気を取られていたとはいえ、それ程の接近に気が付かなかったと!?」


 兵士の言葉にユリアンが返答する。

 都市内から視認出来る距離は限られるとはいえ、それだけの大群が進行していれば、何かしらの情報は前もって得られていただろう。

 例え大魔侵攻パレードが東から来ると分かっていてもだ。


 有り得ない。

 ただその一言が、思い浮かぶ。



 加えて。



(このタイミングで、その位置に……………!?)



 何かが、おかしい。

 偶然にしては出来過ぎている。

 いっそ程に。



 けれど、それよりも。

 俺の思考は、ある部分に集中していた。



(西側、………西門付近………………!)


 

 ドクッと、心臓が脈打つような感覚がした。


 絶望的な未来が脳を過ぎる。

 駄目だ、その位置は駄目だ。

 そこには……………。


(…………………ッッ)


 考えている暇は無かった。  

 勝手な事をして申し訳無いが、どちらにせよ西側にも戦力は回さなくてはならない。



「父上、勝手な行動をして申し訳ありません!!俺は先に、西側へ向かいます!」


「なっ!?待て、ラース!!」


 ライルの制止が聞こえるが、駆け出す。

 即座に身体強化と風纏ブラストを起動し、爆発的な膂力と風の推進力で加速する。


 家屋の屋根を伝って、最短距離を走る。

 申し訳無いが、非常時なので許して欲しい。


(急げ、間に合えッ…………!)

 

 先程の兵士が見た時点で都市目前へと迫っていたのなら、すぐにでも侵入されても不思議では無い。

 対応する戦力の無い西側は、魔物達によって荒らされるだろう。



 そして、そこには、………あの塔がある。

 忘れるはずもない、西門付近の塔。

 アリアの、レーアとの思い出が。



 この緊急時にそんな事を気にしている余裕が無い事など分かり切っているが、無視する事は出来ない。

 戦いの前にも思った事だ。

 アリアを悲しませてしまったら、俺は一体何のために此処へ来たんだ。


 何より、…………あの儚くも美しい横顔を、再び悲しみに染める事などあってはならない。

 もう彼女の顔を、曇らせたくは無いんだ。

 

 だから、急げ。

 間に合ってみせろ。


 そんな思いを胸に、俺は一層加速を強めた。








 令人が駆け出した後の、東門付近にて。


「ラース!待てっ!!」


 その背が小さくなっていく中、それでもライルは引き留めようと声を掛けていた。

 しかし、ラースが止まる事は無かった。


 ラースの行動は、ライルにとって不可解だった。

 急いで西側にも戦力を回さなくてはならないという事は理解出来る。

 けれど、本来ラースはあのような勝手な行動をする人間では無い。

 何か理由があるのかとも思ったが、今はそれよりも。


「ッッ、部隊を二つに分ける!!急ぎ再編成を行う。セドリック、お前もラースを追え!!」


 魔物達の侵攻が目前となっている西側へ、早く戦力を送らなくてはと行動する。

 そして、セドリックにもラースの後に続くように声を掛ける。

 

 しかし。


「なりません。既に戦力を二分する事になります。此処で私まで抜ければ、此方の戦線を維持出来なくなります。加えて、報告では西側の魔物は、東の半分未満の規模という事です。私を向かわせるのは得策では無いかと」


「くッ、しかし…………!!」


 セドリックの至極冷静で現実的な意見に、ライルは言葉を詰まらせる。

 自分で言っておきながらも、ライルとてそんな事は分かっているからだ。


 けれど、ラースが向かってしまった。

 それだけでライルの判断力を奪うには十分だった。


「しかし、すぐに西へ増援を送らなければ!」


「ええ、その通りです。今は一秒すら無駄に出来ない。騎士隊、冒険者達から、西側へと向かう人間を急ぎ選定します」


 早く増援をという意見は、セドリックも同じだ。 

 取り返しが付かなくなる前に、一秒でも早く編成を済ませ、西へと向かわせる。

 それがラースの助けにもなるからだ。


 セドリックの言葉を受け、徐々にライルも冷静さを取り戻した。

 今は取り乱している場合では無い。

 本来の目的である、この街を守るために行動しなくてはならない。


 そして、そのためにはセドリックを向かわせる事は出来ないと。 



「ッッ、ラース………………!!」


 それでも、やはり心配の念は消えない。

 一人向かってしまった愛息子の事を、脳裏に思い浮かべる。


 そんなライルに、セドリックが力強い口調で告げる。


「安心なさい。ラース様は、貴方の御子息は強い。この状況でも、上手く立ち回るでしょう。そして、私の弟子はこの程度では死なない」


 ラースを心配に思う気持ちは、やはりセドリックとて同じだ。

 それでも、分かっている事がある。


 ラースは強い。

 それはこれまでずっと指導を続けて来た、セドリックが一番に知っている事だ。

 

 急に駆け出した事はセドリックとしても予想外だったけれど、冷静さを失っているとは思えない。

 たった一人で向かってしまったが、ラースならば大丈夫だろうという信頼がセドリックにはあった。


 それでも、そのまま一人にさせる事などあってはならない。

 愛弟子を助けるためにも、一番にすべき事は心配でも信頼でも無い。

 

 現実的な行動だと。


 

 誰よりも冷静な思考を持って、セドリックは再編成を進めた。

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