第96話 確かな事

 ロストへの行程。

 出発したのが既に夜だったため、それは日を跨いでの強行軍となった。

 

 本来なら辺りは一寸先は闇といった暗がりだが、そこは魔法でも魔導具でも明かりは確保出来る。

 最短で到着するため休憩も殆ど無かったが、身体強化に加えて、適宜回復薬ポーション魔力回復薬マナ・ポーションも服用したため、脱落する者も居なかった。

 

 夜に活発化するという魔物も居るが、幸運な事に道中に襲われる事は無い。

 また、全員が早馬に騎乗しての行軍のため、前回ロストへ訪問した際とは比べ物にならない速度で、俺達は道程を消費していた。


  

 そうしてフェルドを出立してから、凡そ半日。

 時刻は朝の7時を超える前に、俺達はロストへと到着した。

 

 そして、そこで見た景色は前回の訪問の時とは全く違うものだった。

 既に住民の避難は完了しているのか、街には人々の姿が視認出来ず閑散としている。

 まだ魔物達は来ていないらしく間に合った事に安堵するが、この光景を見ると切ない感情が胸中を占める。


 辺りにはロストの戦力であろう、騎士や兵士、冒険者達が揃っている。

 俺達が来た事は都市内の物見台から確認出来ていたのか驚いた様子は無いが、皆が口々にフェルドの戦力の到着に歓喜の声を上げている。


 そして、その情報は当然都市責任者にも伝わっていたのか、直ぐに領主であるユリアンがやって来る。

 此方の最高責任者であるライルの姿を見つけると、深々と感謝の声を掛ける。


「お久しぶりです、フェルディア伯爵。我が領都への救援、心より感謝致します」


「久しいな、男爵。何、礼には及ばない。仮に我が領都が同じ目に遭えば、貴公らは同様に手を貸してくれただろう」


 お互いが都市を代表し、言葉を交わす。

 ユリアンの感謝に応えたライルが手を差し出し、二人は固く握手をしていた。


「さて、本来なら再会の挨拶をゆっくりとしたい所ではあるが、…………そのような余裕は無いな」


「はい。冒険者の一隊に魔物の進行を調査して貰った所、後数十分といった程で都市へと辿り着くようです」


「ふむ、魔物達の訪れる方角は?」


「東より進行しており、まさにこの東門付近へと到着するでしょう」


「そうか。であれば、このまま都市前に陣取り、都市から距離がある内に少しでも数を削っておきたい所ではあるな」


 魔物達が都市へと辿り着く前に俺達が揃ったのだから、万全の体制で迎え撃てる。

 魔導師を配置し、遠距離魔法によって先んじて数を減らす事は定石セオリーだろう。


 

 二人の会話を聞きながらそんな事を考えていると、そこである人物を見つける。

 その人物も丁度俺を見つけたのか、小走りで駆け寄って来る。


「ラース様、貴方も来て頂いたのですね」


「ええ。ロストの大事とあれば、私も力を尽くしたいと思いますから」


「……………ありがとうございます」


 俺が来た事に驚いた様子のアリアだったが、俺の言葉を受け、深く感謝を示していた。

 俺に限らず、フェルドの戦力が救援に来てくれたという事実は、アリアにとって酷く安心出来るものだったのだろう。


「………アリア様も、都市に残ったのですね」


「はい。前線で戦う事は出来ませんが、魔法により皆様を支える事は出来ますから」


 はっきりとした口調で、そう語るアリア。

 その目には、強い決意が見て取れる。



 それでも正直な思いを言えば、アリアには避難して欲しかった。

 前線に出ないとはいえ、危険な事に何一つ変わりはない。


 けれど、それは俺個人の感情だ。

 アリアの魔法の技量は知っているし、戦う者達にとって大きな支えとなる事は間違いない。

 

 そもそも、俺だって戦いに参加している身だ。

 自分は戦うのに、アリアにだけ避難して欲しいと言う事など出来ない。

 

 それに、分かってもいた。

 10年前を経験し、レーアを尊敬しているアリアが一人で逃げる事などあり得ないと。

 それでも、やはり危険な戦場に身を置いて欲しくは無いと思ってしまうけれど。



 すると、そこでアリアがふと口を開く。


「あと少しで、戦いが始まるのですね………」


 そう語るアリアの声音には、恐れや不安の色が少なからず含まれていた。

 

 しかし、それも無理ないだろう。

 数百を超える魔物が攻めてくるというだけでも心が抉られる思いなのに、10年前の惨劇を知っていれば尚更だ。



 アリア自身、ロストへと残る事を決め、自分に出来る事を精一杯やろうと覚悟してはいるけれど、実際に戦いが近くなれば不安の種が芽生えてしまうのだろう。

 


 きっと、アリアに限った事では無い。

 俺だって不安や恐れはあるし、この場に居る全員差はあれど、同じ感情を抱いているだろう。



「……………ラース様、また繰り返されるのでしょうか?……この街は、また魔物達の手によって破壊の限りを尽くされてしまうのでしょうか?……また、多くが失われてしまうのでしょうか…………!?」


 

 10年前を想起し不安の色が強くなったのか、そんな問い掛けを溢すアリア。

 住居、命、思い出、魔物達の好きにさせれば、失われるものは数え切れない。

 前回の悪夢がまた繰り返されるのだろうかと、直前になって考えてしまうのだろう。


 

 大声で叫んでいた訳では無いが、アリアの声はよく通ってしまうのか、はたまた単に伯爵令息と男爵令嬢という組み合わせは目立つのか。

 気付けば、その場に居る多くの視線が此方を向いていた。


 きっとアリアの語った内容に、皆思う所があるという要因も強いのだろう。

 戦意を喪失しているという訳では無いだろうが、皆一様に苦々しい面持ちを浮かべている。


 

 しかし、このままではいけない。

 戦いの前に士気が下がっていては、実際の戦闘にも影響が現れる。

 何より、目の前の少女を暗い顔のままで居させる事は、やっぱり嫌なんだ。



 だから、俺はゆっくりと口を開いた。



「アリア様。私は10年前の大魔侵攻パレードを経験していなければ、大規模な戦場に立った事もありません。だから、確実な事は言えません。絶対にこの街を守るとか、誰一人死なせないとか、そんな大それた事は、………頼りないですが言えません」


「………………はい」


 

 つい数ヶ月前に戦いを学び始めたばかりの若輩である俺が、そんな自信げな事は言えない。

 格好は付かないし頼りなくて申し訳無いが、根拠の無い自信程、空虚なものは無いと思う。


 

 それでも、僅かに過ぎずとも確かな事はある。

 街を守る保証も、誰かを死なせない根拠も無いけれど、絶対だと言える事も確かに存在する。



「………ですが、一つだけ。絶対にお約束出来る事もあります」


「…………え?」


 疑問に思ったのか、アリアが顔を上げる。

 俺を見上げるアリアを目を、此方もしっかりと見据え返す。

 そして、告げる。



「私はこの街のために、死力を尽くして戦います。どれだけ敵が強大でも、どれだけ心が折れそうになっても、絶対に諦める事なく戦います。このロストを守るために、最善を尽くすと誓います。…………それだけは確かに、お約束します」


「……………ッッ」


 

 絶対に大丈夫なんて格好の良い事は言えないけれど、それだけは誓える。

 大魔侵攻パレードなんて知った事じゃない。

 どれだけ魔物が多くても、どれだけ敵が強くても、力の限り足掻くと決めている。

 

 そして確かな事は、決して一つでは無い。



「それに。そう思っているのは、きっと私だけではありませんよ」


「……………?」


 俺の言葉にアリアは不思議そうに疑問符を浮かべているが、答えはすぐ近くにある。

 そんな思いを抱いて、近くに居るライルへと視線を向ける。


 俺の思惑に気付いたライルはふっと小さく笑みを刻んだ後に、剣を掲げ声を張り上げる。



「フェルドの戦士達よ聞け!!全てラースの言う通りだ!敵が強大であろうと何も関係は無い!剣を執れ、魔法を紡げ!良き隣人のために、我々は力を尽くさなくてはならない!日々の血の滲むような鍛錬は、今日この日の為と心得よ!!」

 


「「「おおおおおおおお!!!」」」



 ライルの発破を受けて、フェルドからの戦力全てが声を上げる。

 先程までの暗い空気を断ち切るように、一人一人が声の限りに叫んでいる。


 そして、そんな雄叫びを受けて、ロストの戦力も黙ってはいなかった。

 ライルに続くように、ユリアンが声高らかに告げる。



「ロストの兵士よ、騎士よ、冒険者達よ!この街を一番に守らなくてはならないのは誰か!?それはこの街に暮らす我々だ!フェルドの方々に頼ってばかりではいられない!自分達の暮らす街は、自分達で守ってみせるんだ!!」


「「「おおおおおおおお!!!」」」



 ユリアンの宣言を聞き、ロストの戦力も声を張り上げる。

 自分達の街なのだから、自分達が一番に戦おうと。


 

 雄叫びと共に気合いを入れ直し、双方戦意は満ち満ちている。

 この街の為に戦うという根拠は、すぐそこに確かにある。


 そんな思いを胸に、アリアに問い掛ける。



「どうでしょう?こんなにも多くの方々が、この街の為に戦おうとしています。心強いと思いませんか?」


 安心させるように、少し戯けた笑みを浮かべる。

 そんな問いを受けて、アリアもぎこちなく笑みを浮かべながら、しっかりと返答した。


「……………はいっ」


「……何があっても、私達は力の限り戦います。信じて、待っていてくれますか?」


「はい。ラース様を、皆様を信じていますっ」


 不安はやはり拭えないかもしれないが、もう恐れの色は見て取れない。

 それだけ俺達を、信じてくれたという事だ。


 ならば、その信頼に応えなければいけない。

 約束を違える事は出来ない。

 後はもう、戦うだけだ。


「それでは、後方にお下がり下さい。まだ猶予はあるとはいえ、直に魔物達が来ます」


「…………はい」


 自分だけが後方へと下がる事を申し訳無さそうにしたアリアだったが、素直に応じる。

 ここに居ても危険なだけだと、理解しているのだろう。


 歩き出したアリアだったが、一度だけ振り返り、最後に言い残す。


「ラース様、ご武運を!」


 アリアの激励に笑顔を返すと、安心した表情で後方へと下がる。

 そんなアリアを見送っていると、ふとライルが近付いてくる。


「先程は助かったぞ。士気が下がりかけていたからな、あれは効果的だった」


「いえ。父上こそ、察して頂き助かりました」


 お礼を言われる事では無い。

 というより、恐らく俺が言い出さなくても、ライルなら自ら行動を起こしただろう。


「ふっ、そうか。……………しかし、随分と格好を付けたじゃないか?大見得を切って、そんなに彼女を不安にさせたくは無かったか?」


 すると突然、そんな事を言い出すライル。

 戦いの直前という事もあり、俺の緊張を解そうとしてくれているのだろうか。

 

 しかし、先程の言葉は寧ろ格好は付いていなかったと思うが。

 消極的な事も言ってしまったし、俺一人の言葉だけでは、大した意味は無かっただろう。


 とはいえ、アリアを安心させたかったという気持ちは何も違わない。

 そして、その理由は勿論。


「はい。……………大切な、婚約者ですから」


 これに尽きる。

 元々、此処へ来た一番の理由も彼女だ。

 それなのに暗い顔のままで居させたら、何のために来たのか分からない。


 俺の返答を聞いたライルはふっと笑みを刻み、隣のセドリックへと声を掛ける。


「そうか。………ならば、私にとっては息子の婚約者だ。そんな彼女の居る街を、傷付けさせる訳にはいかない。そうだな、セドリック?」


「ええ。……まあ、ご安心を。私が居る限り、最悪などという未来は訪れません」


 ライルとセドリック。 

 この二人がこうも言ってくれるのだから、とてつもない安心感がある。

 

 そんな二人に感謝の念を抱きながら、後少しと迫った戦いへと、俺も覚悟を改めた。

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