第95話 再びのロストへ

 離れへと入り、目的の人物を見つける。

 その人物も俺が来た事に気付き、話し掛けてくる。


「レイトさん、本館の方が何なら騒がしいようですが、何かあったんですか?」


 不思議そうな面持ちで問い掛けるアンナ。

 本館では今まさに大勢の人々が忙しなく動いているため、その喧騒が聞こえる。


「ああ、実は………………」


 俺は順序立って、事の仔細を伝える。

 とはいえ、俺達も知っている事は少ない。

 報告は直ぐに済んだ。



「………………大魔侵攻パレード、そんな………」


 ロストにて大魔侵攻パレードが起こる事を理解すると、アンナは悲痛な表情を浮かべる。

 この世界の人なら誰もが知っている事で、それは当然だ。

 大魔侵攻パレードとは、そういうものだ。


 とはいえ、アンナが動揺している事は見て取れるが、そのまま話を続けさせて貰う。


「フェルドの戦力も救援に向かう。物資と共に準備が整い次第、直ぐにでも出立すると思う。…………それで、………俺も同行する」


「……………ッッ」


 俺も救援に同行する旨を伝えると、驚きに目を見開くアンナ。

 それでも、そこまで驚いてはいないような、何処か分かっていたような様子がある。

 この話を聞いた時から、察してはいたのだろうか。


 俺の言葉に顔を俯け、静かに声を発する。


「………大魔侵攻パレードって、凄く危険ですよね?」


「ああ」


「命を落とすかもしれない位、ですよね?」


「…………ああ」


「…………それでも、レイトさんは行くんですよね?」


「ああ、行ってくるよ」


 アンナの問い掛けに、静かに答える。

 俺が肯定する度にアンナは苦しそうな吐息を漏らすけれど、嘘を吐く事は出来ない。


 困らせてしまっているだろうなと思いつつ、アンナの言葉を待つ。

 すると、アンナは大きくため息を吐いた後に、表情を緩めて告げる。


「………レイトさんは本当に、しょうがない人ですね」


「…………アンナ」


「止めませんよ。貴方はきっと、止まる人では無いから」


 俺の事を理解しているように、そう言ってくれるアンナ。

 事実、俺は相手がアンナであろうと、同行を辞めたりはしなかっただろう。



「それに、大丈夫だとも思ってるんです。前にも言いましたけど、貴方はいつも無茶ばかりする。それでも、考えなしの無茶をする人では無いから」



 確かに、前にも同じ事を言われた記憶がある。

 無茶をする人間だとは思われていても、その中で信頼はしてくれているのだろう。


「けど………………」


 そんな信頼を嬉しく思っていると、ふいにアンナが俺へと近づく。

 そして俺の服を掴みながら、その顔を胸に押し当てるようにして、告げる。


「それでも、心配なものは心配なんですからね!!本当は行かないで欲しいと言いたい位には、やっぱり心配なんです!!」


「…………うん、ごめん」


 泣きそうな声音のアンナに対して、そう謝罪を告げる。

 心配させてしまうと分かっていながら、それでも俺は辞める事など出来ない。

 

 そして、それはアンナも分かってくれているだろう。


「それでも、止める事は出来ません。…………だから、約束して下さい」


 顔を上げて、俺の目を真っ直ぐに見据えるアンナ。

 その約束の内容を、しっかりと記憶に残す。


「絶対に、また私と会って下さい。また私と、話をして下さい。私を、………一人にしないで下さい」


 

 約束を聞き終えて、俺はゆっくりとアンナの手を取る。

 その目を見つめ返しながら、確かに告げた。



「ああ、約束する。俺は君を置いて、何処かへ行ったりはしない。絶対に、君を一人にはしない」


「……………はい、破ったら許しませんよ?」



 ぎこちない作り笑いを浮かべるアンナを見て、もう一度決意を固める。


 大丈夫だ。

 大切な存在を悲しませるような事は、自分が一番許せない。

 もうこれ以上、アンナを一人にはしない。



 決して破る事の出来ない約束を、俺はこの瞬間に結んだ。






 アンナとの話が済んだ後は、普段魔物討伐に向かう際に着用している装備を纏う。

 

 胸当て、籠手、膝当てといった程の軽装だが、俺は機動力を失う方が抵抗があるため、大魔侵攻パレードと言えど、この装備が丁度良い。

 その他には自身で所有している回復薬ポーション魔力回復薬マナ・ポーションも用意し、携帯鞄ポーチへと仕込んでおく。

 

 早くはあるが、これで俺の支度は全て整った事になる。

 まあ大魔侵攻パレードに向かうとはいえ、俺単体の準備というのもこれ位だろう。


 より重要なのは、今も本館で行われている本隊の支度の方だ。

 という訳で、後は俺も本館へと移り、そこでの準備を手伝う。


 騎士隊の編成はセドリックが行っているし、冒険者の方は各々が装備を整えているだろう。

 そうして一時間程を掛けて、フェルディア家としての支度は全て整う事となった。


 とはいえ、冒険者達との連携もあるため、今すぐに出発する事は出来ない。

 この後はどうするだろうかと思っていると、そこにライルがやってくる。


「準備は整ったようだな、ラース」

 

「はい。…………父上のそのような姿を見るのは、初めてですね」


「ん?ああ、確かにな。私も前線にて戦わなければならないからな」


 声を掛けてきたライルもまた、鎧を身に纏った戦闘装束だった。

 その発言からも分かる通り、ライルも命を懸けて戦おうとしている。


「………父上、俺が言えた立場ではありませんが、どうかお気を付けて」

 

 無事を祈るようにそう告げると、ライルは驚いたように目を丸くし、ふっと笑う。


「息子に心配される程柔では無い。案ずるな」

 

「はい」


 事実、その通りだろう。

 10年前にもライルは大魔侵攻パレードを経験しているし、その他にもきっと多くの戦場に立った事がある。

 

「お前は自分の心配だけをしていろ。お前が強い事は知っているが、何が起こるかは分からない」


「承知しました。肝に命じておきます」


「ああ。………とはいえ、気構えだけでは心もとないな。という訳で、これを渡しておく」


 そう言ってライルが差し出したのは、一振りの剣だった。

 俺がいつも使っている騎士隊用の剣とは、一目見ただけで造りが違うと分かる。

 未だ剣に詳しい訳では無いが、何か違うという雰囲気がひしひしと伝わってくる。


「これは……………」


「家宝という物でも無いが、我が家秘蔵の剣だ。高ランクの魔石が原料として使われており、殺傷性・耐久性共にそこらの剣とは一線を画す」


 ライルの差し出す剣を手に取り確かめる。

 実際に手にすると、剣の放つ鋭い空気が肌を刺すような感覚がある。

 きっとライルの言葉通り、本当に業物といった一振りなのだろう。


「このような貴重な物を俺に、ですか。宜しいのでしょうか?」


「腐らせておいても意味は無い。大事にこそ使わなければ、何の為の業物という話だからな。それに、せめてもの備えだ。少しでもお前の安全を保つため、気にせず使え」


「…………ありがとうございます」


 本来なら同行すら拒みたい思いなのだから、せめてもの支援という事だろう。

 戦力的な意味では、俺よりセドリックに持たせた方が良いとは思うが、きっとそういう事では無い。

 父親を少しでも安心させる為に、素直に受け取ろう。

  


 すると、俺達の所に一人の使用人が近づく。


「ライル様、ギルドより通達がありました。冒険者は総員、出立準備が整ったとの事です」


「ああ、分かった」


 使用人の報告を聞き、気持ちを整え直す。

 これで出発の用意は全て整った。


 俺達は屋敷を出て、それぞれが馬に乗る。

 そして都市の門へと赴き、先んじて揃っていた冒険者達と合流する。


 いよいよこれからロストへと出立するという所で、隣に居るライルがふと口を開く。


「………ラース。夜間を通しての強行軍となるが、ついて来れるな?」


「無論、望む所です」


 即座に返答すると、ライルは小さく笑みを浮かべる。

 そして、集った者達全てに聞こえるように声を張り上げる。


「我々はこれより、ロストへと救援に向かう!大魔侵攻パレードという未曾有の脅威ではあるが、臆する訳にはいかない!一秒でも早く駆けつけ、フェルドの戦力の頑強さを、魔物共に見せてやるぞ!!」


「「「おおおおおお!!」」」


「それでは、これより出立する!総員、続け!!」


 そう言い放ち、ライルが駆け出す。



(…………すぐに行きます。待っていて下さい)


 婚約者の少女を想い、俺もその後に続くのだった。

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