第94話 救援へと

『ローレス男爵領・領都ロストにて大魔侵攻パレードの兆しあり。至急、救援を求む』


 そんなローレス家からの通信を受けて、その場に居た人間全てが計り知れない程の衝撃を受けた。

 先日のアリアとの話でも聞いた、大魔侵攻パレード

 つい10年前にも起きた災害がまた起こったというのだから、驚くのも当然だった。


 誰もが驚愕と共に悲痛な面持ちを浮かべ、その場は静寂に包まれていた。

 しかし、そこでライルが静寂を打ち破る。


大魔侵攻パレードの再来とは。あの街は10年前の悲劇を乗り越えたばかりだというのに………」

 

 額に手を遣り、悲哀に満ちた声音で告げる。

 

 そして、それは俺も同様の思いだった。

 アリアとの話でも、10年前の被害規模は聞いた。

 そんな悪夢がまた繰り返されるというのだから、やるせない気持ちが胸中で渦巻く。


 

 そんな中、一人事前に知っていたという要因もあるのか、セドリックが冷静に口を開く。


「ライル様、如何致しますか?」


 過去を憂う隙も無い程、どこまでも冷静な言葉。

 

 それは、セドリックからの助言だったのかもしれない。

 過去の出来事を思い返して嘆いている暇は無く、現在と、そしてこれからに目を向けるべきだという。


 そんなセドリックの言葉を受けて、ライルも意識を切り替えていた。


「………そうだな、嘆いている暇は無い。そして、見過ごす事など出来るはずも無い。フェルディアは総力を挙げて、ロストへと救援に向かう!」

 

「承知致しました」

 

 ライルの宣言に、セドリックが恭しく頭を下げる。

   

 空気は完全に切り替わっていた。

 ただ嘆くのでは無く、訪れる厄災を自らの手で払ってみせようと。


「セドリック、屋敷内の人間を用いて戦支度を整えさせろ。それと、騎士隊の編成も任せたぞ!」


「御意。………ライル様は?」


「私はギルドへと向かい、冒険者達の協力を請う」


「ライル様自ら向かわれるのですか?」


「今は時間が惜しい。私が直接話をつけた方が早いだろう」


 切り替わった空気の中、ライルとセドリックが流れるように遣り取りを交わす。

 どちらの思考にも無駄がなく、片や伯爵家当主、片や元近衛騎士という立場に相応しい姿だった。



 そんな中俺も、一人覚悟を決めていた。

 正しい判断なのかも、その資格があるのかも分からないが、行動しない事はあり得なかった。


 だから、静かにライルへと告げる。


「父上、お時間を取らせてしまい申し訳ありませんが、…………一つ、お願いがあります」


「………………言ってみろ」


 何となく俺の願いを悟っているのか、ライルもまた静かに言葉を返す。

 困らせてしまうだろうな、と分かった上で俺はその願いを告げた。


「俺もロストへと同行し、共に戦わせて下さい」


 深く頭を下げ、ライルへと頼み込む。

 対するライルの返答は、酷く端的だった。


「駄目だ、危険過ぎる」


 俺の願いを、そう一蹴するライル。


 それに対して驚きは無い。

 分かっていた、断られるだろう事は。

 けれど、それで大人しく引き下がる事は出来ない。

 

「父上。力不足だから、という理由ならば無理は言いません。行った所で役に立たず、寧ろ迷惑になるのなら、それだけはしたくありません」


「…………………」


 大魔侵攻パレードという戦場で、俺が何の役にも立たないのなら、そう言ってくれて構わない。

 同行した所で迷惑となるだけならば、大人しく引き下がるつもりだ。


 けれど、きっとそうでは無い。

 そして、その事はライルも分かっているだろう。


「ですが、もし俺が少しでも戦力となるのなら、どうかご裁可を。ロストのため、出来る事があるのならしない訳にはいきません。それに、戦力は少しでも多い方が良いはずです」


「……………………」


 セドリックは言っていた。

 身体強化があれば、俺は並の騎士より強いと。

 冒険者の基準では、確実に中堅を超える実力があると。


 その言葉が真実なら、きっと俺は戦力になる。

 そして、その事はライルもセドリックからの報告で知っているはずだ。

 ライルもそう思っているからこそ、すぐに否定する事が出来ないのだろう。


「父上、先程父上が仰った通りです。見過ごす事など出来るはずがありません。………何より、大切な人の居る街を、俺も守りたいんです」


「………………ッッ」


 恐らくライルも、俺が戦力になる事は分かっているはず。

 それでも尚許可を出せないのは、偏に親心なのだろう。


 俺を大切に思ってくれるライルの気持ちを有難く思うが、引き下がる事は出来ない。

 とはいえ、俺がライルへと頼み込んでいるこの現状で、既に時間を取ってしまっている訳でもある。 

 どうしようかと、そう思った時だった。


「連れていくべきでしょうな」


 状況を静観していたセドリックが、唐突に告げる。


「!…………セドリック」


「ライル様、これまでのご報告の通りです。既にラース様の実力は並の騎士を大きく上回っておりますし、冒険者でいうCランクは固いと見ております。此度の大魔侵攻パレードでも、確かな戦力となるでしょう」


 俺を肯定する言葉に驚いた様子のライルに対して、更に補足を告げるセドリック。

 先程の俺の考えと同じく、やはりセドリックも俺が戦力になると思ってくれているようだ。


「それは分かっている。しかし…………」


「通信魔導具の詳細にもある通り、今回の大魔侵攻パレードは10年前を大きく超える規模のようです。そうであるならば、前回のように確実に収束出来る保証もありません。ラース様程の戦力を腐らせておくのは、得策とは言えません。長年経験を積んできた老兵の意見を汲んで頂けるのなら、ラース様も同行させるべきかと」


 俺の思いだけでなく、現実的な観点からも同行を薦めるセドリック。

 セドリックにもこうまで言われては、ライルも考えが揺さぶられているようだった。


 だから俺は、もう一度ライルへと向き合い、はっきりと告げた。


「父上。俺が戦いの術を学んだのは、後悔したく無いからです。俺が居た所で何かが変わる訳では無いのかもしれない。それでも、俺が戦えたら変えられたかもしれなかった。そんな後悔をしたくはありません。俺は、……大切なものを守るために戦いたい。だから、お願いします」


 最後まで言い切り、再び頭を下げる。

 

 そうだ、こういう時のためなんだ。

 大切な存在が危険な時に、後悔しないために俺は戦い方を学んだ。

 そんな意思を強く言葉に乗せる。


 そして、俺の思いにライルも折れたのだろう。


「…………はぁ、分かった。同行を認める。だが、言うまでもなく危険だ。覚悟はあるか?」


「無論です」


 認められた事に安堵すると共に、ライルの問い掛けに即応する。

 言われるまでもなく、覚悟は出来ている。


 そんな風に、俺の同行が認められた事を安堵していた時だった。

 

 しかしこの場には、もう一人の存在が居た。


「………待ってラース、本当に行っちゃうの?大魔侵攻パレードって、凄く危険なんでしょう?」


 泣きそうな面持ちで、そうセレスが問い掛けてくる。

 これまで事の成り行きを見守っていたけれど、俺が行くと決まった事で、黙っていられなくなったのだろう。


 そんな母親を心配させる事を、酷く申し訳なく思う。

 それでも、行かなければならない。

 

 行かなければならない理由がある。

 セレスへと向き直り、あの日の誓いを伝える。


「…………母上。先日ローレス家に伺った際に、ユリアン様ともお話をしました。俺の過去の行いを許されたと同時に、あるお願いをされました」


「……………え?」


 脈絡の無い俺の話に、戸惑った様子のセレス。

 けれど、あの時に破る事の出来ない誓いを、確かに俺は結んだんだ。


「これから先、アリア様の事を支えて欲しいと。そうお願いをされました」


「……………!!」


「俺は誓いました。婚約者として、アリア様を支えると。その言葉を、違えたくはありません。…………ご心配をお掛けし、本当に申し訳ありません。それでも、行かせて下さい」


 セレスの目を真っ直ぐに見据える。

 つい先日結んだばかりの誓いを、いきなり破る事など出来ない。

 アリアを支える事が、婚約者としての勤めだ。


 俺の言葉を受け、セレスはそれでも何か返そうと口を開いたが、声を発する事は無かった。

 代わりに、強く俺を抱きしめた。


「…………気を付けるのよ。無茶しないでね」


「すみません。努力します」


 無茶しないという確約は出来ないが、俺も死ぬつもりは毛頭無い。

 大切な存在は、何もアリアだけじゃない。

 セレスだって大切な存在であって、悲しませたくは無いからだ。



「話は纏まったな。これ以上は時間が惜しい。直ぐに行動に移すぞ」


 空気を切り替えるように、ライルが告げる。

 俺の申し出で時間を取らせてしまった事を、申し訳なく思う。

 それでも、これで話は整った。


「セドリック、屋敷内と騎士隊に関する事は任せたぞ」


「承知致しました」


「ラース、お前も準備を整えておけ」


「了解しました」


 セドリックと俺を交互に見据え、ライルがそう言い放つ。

 俺達は即座に言葉を返した。


「戦力も物資も万全を期したい所だが、間に合わなくては元も子もない。一刻後にはフェルドを発つ!!」


 そう言い残して、ライルは部屋を飛び出す。

 それに続いてセドリックとセレスも部屋を出て、出立の準備を始める。


 俺も急いで準備を整えなくてはならない。

 けれど、その前にもう一つやる事がある。

 一時の別れを言い残さなくてはならない存在が、まだ居るからだ。

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