第91話 急報

 ロストからフェルドへの帰路。

 行きとは違い馬車を使っている訳では無いので、その行程は大幅に短縮されていた。

 俺を含め、フェルディア家から同行してくれた騎士達も皆、早馬に乗っているため当然ではある。


 街道をひたすらに進んでいけば、行きの凡そ半分程の時間でフェルドへと辿り着く。

 たった5日程離れただけではあったが、住み慣れた街並みが酷く懐かしく感じる。

 そのままの足で、フェルディア家の屋敷へと到着する。


 今まで同行してくれた騎士達にお礼を伝え、まずは本館へと入る。

 正直に言えば、直ぐに離れへと向かいアンナに会いたい気持ちはあったが、無事に帰還した事をライル達に知らせた方が良いだろう。


 そうして、執務室に居たライル達へと帰ってきた事を報告する。

 とはいえ、本当に報告しただけなので、特に時間を掛けた訳では無いが。


 という事で、その後はすぐに離れへと向かう。

 当然ではあるが、アンナと会うのも5日ぶりなので何処か落ち着かない気持ちがある。

 まあこの世界に転生してからの数ヶ月間、アンナとは常に一緒に居たからな。



 そして、離れへと入ってすぐに。


「お帰りなさい、レイトさん」


 いつもと変わらない微笑みを浮かべたアンナが、そう出迎えてくれる。

 本館に行っている間に、俺達が帰って来た事を知ったのだろう。


 実際に会ってしまえば、先程までの落ち着かない感情が不思議と消える。

 帰って来たんだな、という気持ちが胸の底から優しく湧いてくる。


「…………ああ、ただいま」


「はい。無事にお帰りになって良かったです」


 アンナの温かな微笑みに迎えられ、そうして俺は離れへと帰って来たのだった。





 再会の挨拶もそこそこに、まずは腰を落ち着けようと居室へと移動した。

 アンナはお茶を持ってくると、一人キッチンへと向かった。

 室内のソファに座り待っていると、すぐにアンナがやってくる。


「お待たせしました。どうぞ」


「ありがとう」


 紅茶の入ったカップを差し出してくるアンナにお礼を告げる。

 そうしてお互いに席に着き話を始めようと思っていると、何故かアンナがソファに座らずに立ち尽くしている。

 俺の方をちらちらと見ており、その様子としては何処かそわそわしているように見える。


(…………………?)


 一体どうしたのだろうと思っていると、ようやくアンナが動き出し、席へと座る。

 


 …………何故か、俺のソファに。



「えっと、どうしたのかな?アンナ」


「………………」


 アンナの突然の行動に驚き、問い掛ける。

 当たり前ではあるが、俺の対面にもソファが用意されている。

 というより、いつもアンナが使っているのだから当然だ。


 それなのに、アンナは俺の隣に腰掛けている。

 一人掛け用という訳でも無いので二人で座っても余裕があるとはいえ、流石に不自然な行動だ。

 

 すぐ隣に居るアンナを見遣るが、その表情からは何を思っているのか読み取れない。

 アンナの行動に疑問符を浮かべていると、当の彼女が口を開く。


「……ロストでの日々は楽しかったですか?」


「ああ、そうだね。良くして貰ったから……」


 このまま話を進めるのだろうかと思いつつ、取り敢えずは質問に答える。


「………アリア様とは、仲良くされていましたか?」


「俺の勘違いで無いなら、出来ていたとは思うよ」


「ふーーーん」


 アリアと仲良くやっていたかという、アンナからの質問。

 変な心配を与えないためにも問題無かった旨を伝えるが、何故か不満そうな表情をされてしまう。


 本当にどうしたのだろう、というか、どうしたら良いのだろうと胸中で焦る。

 そんな風にいよいよ困惑が強まると、ふっとアンナが表情を和らげ立ち上がる。

 そのまま対面のソファへと座り、告げる。


「流石にこの位にしようと思います。ちょっと物足りませんけど、ここ数日の分は埋められましたから。………とにかくご迷惑をお掛けして、ごめんなさい」

 

「いや、謝るような事では無いよ。単に驚いただけだから」


 未だ先程の行動の意味はよく分からないが、納得してくれたのなら問題は無い。

 俺としても本当に驚いただけで、嫌な訳でも無かったからな。



 そんな風に一悶着が落ち着いた事を安堵したのも、束の間。


「それで、レイトさん。ロストでは、アリア様とどんな事があったんですか?」


 先程の続きなのか、ロストでのアリアとの出来事を問い掛けてくるアンナ。 

 その表情は笑顔だが、何処か貼り付けた物というか、有無を言わせぬ迫力がある。


「えっと、ローレス家の屋敷に居る時は基本的には此処と同様に書庫で過ごして、一日は外出をしてロストを色々と案内して貰ったかな」


 取り敢えず、掻い摘んで大まかな流れを説明する。

 すると、アンナは俺の言葉を受け、顔を俯けぶつぶつと独り言ちていた。


「(くっ、やっぱりデートをされたんですね。私だって買い物を一緒に行く位で、デートらしいデートはした事無いのにっ。羨ましい……!)」


「?……………どうかした、アンナ?」


「いえ、何でもありません。ロストを案内して貰ったとは、具体的にどんな一日だったんですか?」


 思い出話を聞きたいのか、やけに力強く詳細を問い質すアンナ。

 その姿を不思議に思いつつも、何から話そうかと考えを纏める。

 すると、急かすようにアンナが再び口を開く。


「何処に訪れましたか?どういう事がありましたか?どんな会話をしましたか?」


「か、会話まで………?」


 本当に事細かに聞いてくるアンナに、流石に面食らってしまう。

 それでも聞かれたからにはしっかり答えようと、可能な範囲で質問に答えていく。

 流石にレーアに関する話などは迂闊に伝える事は出来なかったが。

 


 そうしてアリアとの散策の様子をアンナの質問に合わせて教えていくと、何故かどんどんとアンナは不機嫌になってしまう。

 最終的に再び俺の隣へと腰掛け、不満げな表情で睨みつつ、ソファをバシバシと叩くアンナを前に、俺には何をどうする事も出来なかった。






 

 それから数日。

 ロストからフェルドへと帰って来た後から少し経ち、その間は前までの日常に戻っていた。


 離れでの仕事をこなしたり、アンナと共に買い物に行ったりなど、やる事は色々とあるが、やはり大部分は鍛錬の時間だった。

 剣や魔法の自己鍛錬は勿論、セドリックとの模擬戦も毎日行っている。


 俺の実力も順調に上がってきているのか、ここ最近はセドリックの対応も激しさを増している。

 一瞬で意識を刈り取られそうな攻撃も時折繰り出されるため、本当に気が抜けない。


 ここ数日の内には、一度だけ魔物討伐の実戦訓練も行っていた。

 その時にはいつも向かっていたフェルド近郊の森の深部へと赴き、初めてEランクの魔物とも戦った。


 ギルド指定の討伐ランクの示す通り、これまで戦ってきたどの魔物よりも強い魔物ではあった。

 とはいえ、これまでの魔物も余裕を持って倒せてはいたため、Eランクの魔物も問題無く倒す事は出来た。

 

 セドリック曰く、冒険者の基準でも確実に中堅レベルを超える実力があるとのお墨付きを貰ったため、着実に強くなれている。

 セドリックの指導があってこそではあるが、自身の成長を実感でき、嬉しい限りだ。




 そしてそんな日々を過ごし、フェルドへと帰ってきてから数日が経った、とある日。

 この日も特に変わらず、離れでのアンナとの生活やセドリックとの鍛錬を行っていた。

 

 少しだけいつもと違う事は、定期的に行っている本館でのライル達との食事が、この日にもあった。

 アンナに断りを入れ、本館の食堂にてライルやセレスと三人で食事を取っていた。


「ロストでの滞在の間はどうだった?何かローレス家に迷惑は掛けていないな?………まあ、お前なら心配する事でも無いが…………」

 

「はい。ユリアン様ともお話は出来ましたし、アリア様とは変わらず関係を築けているとは思います」


 俺のロストでの暮らし振りを心配しつつも、信頼を覗かせるライルに言葉を返す。

 貴族家当主として他家に迷惑を掛けていないか心配するのは当然ではあるが、それでも俺を信頼してくれる事を嬉しく思う。


 すると、ライルの隣に座るセレスがふと問い掛けてくる。


「変わらずって事は、アリアちゃんとの仲は何か進展していないの?」


「進展、と呼べる程の事は特に…………」


「そうなの?数日とはいえ、ずっと一緒に居たのだから何かあっても良さそうなのに………」


「………ご期待に沿えず、申し訳ありません」


 アリアとの仲を気に掛けるセレスに苦笑しつつ返答すると、不思議そうな反応をされてしまう。

 確かに婚約者なら何かしら進展があった方が普通なのかもしれないが、俺とアリアでは恋愛的な進展という意味では、あまり普通の枠組みに入らないとは思うが。

 まあセレスも大人とはいえ、女性はやはりそういう話題が好きなのだろう。


「まあ、過去の事もある。二人には二人なりの関係の進め方があるだろう」

 

「それはそうなんだけど、…………でもラースって鈍いみたいだし、何かあってもそれに気付いていない気もするのよね…………」


 俺達のやり取りを見ていたライルが見かねて助け舟を出してくれる。 

 それでも尚、セレスは納得していない様子ではあったが。


 と、そんな会話はありつつも、終始穏やかな雰囲気で夕食は続けられていた。


 

 しかし、その時。



「申し訳ありません。失礼しますッッ!!」



 荒々しいノックと共に、セドリックが突然食堂へと入ってくる。

 入室の確認も取らないセドリックらしからぬその行動に疑問を覚えると同時に、それ程の何かがあったのだろうかと反射的に察する。


「………………何があった、セドリック?」


 ライルもそれは同様のようで、瞬時に意識を切り替え、真剣な表情でセドリックへと問い掛ける。


「非常事態です。つい先程、ローレス家当主ユリアン様より都市間通信魔導具にて連絡がありました。直ぐにご確認を……………!」


 実際に見た方が確実だという事なのか、多くは語らずにそう行動を促すセドリック。

 その言葉は正しいと思うし、セドリックがこれだけ焦っているのだから、それだけ大きな何かが起こったという事を意味している。


 


 けれど、………何故だろうか。

 ローレス家からの通信。

 根拠なんて無いけれど、とてつもなく嫌な予感がする。



 セドリックの言葉に従い、ライルがすぐさま通信魔導具の置かれた部屋へと向かう。

 そして、その後をセドリックと共に俺やセレスも追いかける。


 目的の部屋へと着いた所で、ライルが魔導具へと近づき、その文面を視界に映す。


 内容を認識した瞬間、息を呑んだ後に、ゆっくりと文面を読み上げる。



 斯くして、俺の予感は現実となった。

 誰もがその事実に驚愕し、苦々しい面持ちを浮かべる。

 

 


 曰く。




『ローレス男爵領・領都ロストにて大魔侵攻パレードの兆しあり。至急、救援を求む』



 

 10年前の悪夢が、蘇る。

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