第90話 散策の終わりに

 話が終わった後も、夕焼けに照らされる街並みをアリアと二人眺めていた。

 とはいえ、いつまでもこうして居たいようにすら感じるが、流石にそんな訳にもいかない。


 現在進行形で日は暮れているし、何より俺達が塔に居る事で、兵士の仕事を奪ってしまっている。

 一応代わりになるよう都市の外に注意を払ってはいたが、長居するべきでも無いだろう。


 アリアもそれは同意見なのか、少し経った後に塔から降りる事を提案してくる。

 アリアとの話も出来たし、景色も十分に堪能出来たため、そろそろ頃合いだろう。


 という訳で、俺達は塔を降り、再びロストの街を歩き始めるのだった。

 



 そうして街を歩き始めた訳だが、恐らくこれ以上散策を続けるという事は無いだろう。

 既に様々な場所を見て回ったし、時間的にもそろそろ厳しくなってきた。

 別に夜まで続けられない訳でも無いが、此処からやるという事も正直無いだろう。

 

「そろそろ良い時間ですし、本日の散策はここまでと致しましょうか?」


「そうですね、そうして宜しいと思います」


 俺の考えにアリアも賛同したようで、これで正式に今日の散策は終了となる。

 という訳で、ローレス家の屋敷へと戻るため、アリアと共に帰路に着いた。



 のだが、実際やる事が全て終わったという訳では無い。

 何時にしようかとタイミングを図っていたが、散策の終わりにという事なら丁度良いだろう。


 アリアに少しだけ用件があると言い、帰り際に先程も訪れた公園へと寄る。

 とはいえ、別に時間が掛かるような事でも無いが。


「どうされたのですか、ラース様?」


 俺の行動を疑問に思っているのか、アリアが不思議そうに問い掛けてくる。

 

「いえ、特に時間の掛かる用件という訳でも無いのですが。…………実は一つ、アリア様にお渡ししたい物がありまして」


「渡したい物、ですか………?」


 事情を説明しつつ、上着の内ポケットに忍ばせていた、とある物を取り出す。

 まあ勿論、その正体は先の喫茶店で購入した一枚の栞ではあるのだが。


 とはいえ、丁寧に包装して貰っているので、アリアの目にはまだ何かは分からないだろう。


「本日のお礼というか、ささやかな贈り物です。どうぞ」


「贈り物、ですか。態々そんなものを。………あ、ありがとうございます」


 アリアは俺がプレゼントを用意していた事に驚いたのか目を瞬きつつも、控えめにお礼を告げ、おずおずと受け取った。

 

 包装紙に包まれたそれをまじまじと見つめていたかと思うと、ふと俺に問い掛ける。


「その、開けてみても宜しいですか?」


「ええ、勿論です。気に入って頂けると良いのですが…………」


 中の物を見たいと言うアリアに鷹揚に肯定を返しつつも、内心少し緊張してしまう。

 アリアに合った物をと思って選んだ品だが、気に入って貰えると決まっている訳では無いからな。


 アリアは丁寧に封を開き、中に入った栞を取り出す。


「これは……………」


「本日訪れた喫茶店で売られていた物です。読書の時に使って頂ければと」


 アリアが本好きなのは当然知っているため、普段使いも出来るだろうと思って選んだ品だ。

 とはいえ、作りも丁寧だし非常に綺麗な栞だとは思うが、決して高級品という訳では無い。


 もっと高級な品を贈れば良かったか、と今更ながらに考える。

 しかしあまり高価な物を贈っても、真面目なアリアは間違いなく遠慮してしまうだろう。

 今日のお店の代金を支払うだけでもあれだけ恐縮していたのだから、容易に想像出来る。


 アリアを困らせては本末転倒だし、ささやかなプレゼントという事で、この辺りが妥当だろうと思った次第だ。

 と、それはともかく。


 アリアの反応はどうだろうと思っていると、無機質な彼女にしては珍しく、一目見て分かる程に目を輝かせていた。

 そして、僅かに弾んだ声で告げる。


「その、ありがとうございます。凄く嬉しいです。このような素敵な物を贈って頂いて………」


「喜んで頂けたのなら、何よりです」


 気に入って貰えた事に安堵しつつ、あまり見る事の出来ないハイテンション(※アリア基準)な彼女を微笑ましく思う。

 ここまで喜んで貰えるとは俺も予想外で少し驚いたが、兎に角良かったと感じる。


 アリアは未だ栞をまじまじと見つめ、感想を独り言ちていた。


「花模様も素敵ですし、青色というのも私の趣味に合っていて、………………あっ」


 すると、そこで何かに気付いたかのように、小さく声を上げるアリア。

 その前の文脈から何に気付いたのかは、何となく察せるかもしれないが。


「………もしかして、全て気を遣って選んでくれたのですか?花が好きだと言った事も、好きな色をお聞きになった事も…………」


「ええ、まあ一応。……とはいえ、幾つか種類があったので、どうせならアリア様にお喜び頂ける物を、と考えただけです」


 花畑での会話や好きな色を聞いた事も選ぶ際に参考にした事ではあるが、特段大した事をしたという訳でも無い。

 贈る相手の事を考えて品を選ぶのは当然、というか、それが贈り物だろう。

 

 折角なら、アリアの趣味に合わせて選んだというだけの話ではある。

 ところが、アリアはその事を大きく捉えているのか、何処か疑うように告げる。


「貴方は、気が利きすぎではありませんか?」

 

「いえ、普通だと思いますが…………」


 大袈裟では無いかと否定するが、尚もアリアは納得した様子を見せなかった。

 というか、何故か不満そうな表情だ。


「………やはり貴方は女性との付き合いに慣れているのではありませんか?このような品も、贈り慣れていそうですし…………」


「いえ、そのような事は…………」


 ジトっとした目を向けてくるアリア。

 今日の初めの頃にも言われた事ではあるが、決してそのような事は無い。


 この世界に限っても、女性への贈り物をしたのだって、アンナに対してくらいだ。

 まあ、あれもどちらかと言うと日頃の感謝の品といった感じだったが。


 と、それはともかく。

 先程は栞に喜んでくれているように見えたが、何故か今は不機嫌そうなアリアを不思議に思う。

 どうしたら良いのか全く分からないが、何か不服に思う事があっただろうかと問い掛ける。


「………その、今回の品に何かご不満があったでしょうか?」


「………いえ。不満の一つも無いくらいに、とても嬉しいと感じています。………だから、不満です」


(………………?)


 アリアの良く分からない言い回しに疑問符を浮かべつつも、取り敢えず贈り物自体は喜んで貰えたと分かり、安堵する。

 今も尚不満げな半目を向けてくるアリアには、苦笑して受け流す事しか出来ないが。



 と、そんな一悶着がありつつも、無事栞を贈る事はでき、本日の散策は本当に終了するのだった。






 その後はローレス家の屋敷へと戻り、何事も無く一日を終えた。

 そして、翌日。

 元々ユリアンへの挨拶とロストを見て回る事が今回の主な予定だったため、そのどちらとも既に終了している。


 という訳で、先日のユリアンとの話の通り、本日の昼にはフェルドへと帰る事となった。

 既に出立の準備は整っており、後はアリア達との別れを済ますだけとなっている。

 見送りにはユリアンも同席しており、多忙な中時間を割いてくれた事には感謝するばかりだ。


「アリア様、ロストでの滞在の間、非常にお世話になりました。ありがとうございます。ユリアン様も、見送りに来て頂き感謝します」


「当然の事です。ラース様に楽しんで頂けたのなら、何よりです」


「私は滞在中は、結局あまり時間を取れなかったからね。見送りぐらいはさせて欲しい。ともあれ、くれぐれも道中は気を付けて」


 感謝を告げる俺に対して、アリアは当然の事だとかぶりを振り、ユリアンは言葉を返しつつ、帰路の心配までしてくれる。

 本当に、出来た人達というか、こうして繋がりを持てている事を幸運に思う。


「重ねてお礼申し上げます。………それでは、あまり時間を取らせてしまってもいけませんから。この辺りで失礼致します」


 再び、深く感謝を伝える。  

 別れは名残惜しいが、二人をいつまでも拘束する訳にもいかないため、そろそろ出立した方が良いだろう。


「うん。また会える時を楽しみにしているよ」


 ユリアンは優しげな笑みを浮かべ、そんな事を言ってくれる。

 過去の事を許したとはいえ、前向きな言葉を掛けてくれるユリアンは、やはりアリアの父なんだと思う程に寛大さで満ちている。


 そしてユリアンに続くように、アリアが一歩前に出て口を開く。

 

「その、私も次に会える機会を楽しみにしています。…………頂いた栞も、大切に使わせて頂きます」

 

 実の父であるユリアンの手前、気恥ずかしいのだろうか。

 僅かに頬を染めるアリアを可愛らしく思う。


「はい。………今度は私から、連絡をさせて頂きますね」

 

 前回は約束を反故にしてしまったため、次こそは破る訳にはいかない。

 手紙にしろ通信魔導具にしろ、連絡を取り早く再開の機会を作れるよう、気を付けよう。


「それでは、約2日間お世話になりました。失礼致します」


 最後にそう告げて、本当にローレス家を出立する。

 アリアやユリアンに見送られながら、帰る場所である、フェルドへ向けて進み始めるのであった。

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