第87話 踏み込む
散策途中の休憩として立ち寄った喫茶店。
注文した紅茶がそれぞれ届いた後に、アリアと二人店内の本を物色する。
俺はそこまで拘りがある訳でも無いため、一先ず目に留まった小説を一冊選んだ。
とはいえ、やはりアリアは悩み所なのか、俺よりも大分時間を掛けて席へと戻ってきた。
そして、その手には何冊もの本を抱えている。
(流石に全部読む気では無いよな…………?)
軽い休憩として立ち寄ったとはいえ、曲がりなりにも読書をするとなれば、1、2時間は店内に居る予定ではあった。
これ以上アリアも案内する場所が無さそうなので、この店に割と長く居る事は可能だろう。
とはいえ、アリアの持ってきた本を全て読もうと思えば、軽く4、5時間は掛かりそうな雰囲気がある。
「アリア様。流石に全てを読む時間は無いと思いますよ」
「…………わ、分かっています」
苦笑しつつ考えを伝えると、アリアは若干口籠もりながら肯定を返す。
まあ、彼女がそんな事を分からないはずも無い。
分かっていても、ついつい沢山持ってきてしまったのだろう。
そんな遣り取りを交わしつつ、お互いに読書を開始する。
いつもの書庫と違い二人きりでは無いし、完全に本に集中するという事は無い。
お茶を味わったり話をしたりしながら、あくまでその場の雰囲気を大切にする。
そんな風に軽く読書を楽しんでいると、俺は割と早く本を読み終える。
あまり頭を使わない小説だったし、俺が持ってきたのは一冊だったため、アリアよりもかなり早く読み終えてしまった。
未だアリアは一冊目の半分程度だし、まだまだ積んでいる本が多くあるため、一先ず俺は違う本を探してこよう。
「新しい本を取ってきます。ついでにお茶の追加注文をしようと思うのですが、アリア様も如何ですか?」
「……では、お願いして宜しいでしょうか?」
「ええ、勿論。少々お待ち下さい」
俺は一杯目を飲み終えてしまったし、アリアもカップに殆ど残りが無かったため、本を取りに行くついでに注文をしようかと提案する。
俺に使い走りのような真似をさせる事に抵抗があったのか、それとも代金は俺持ちだと決まっているためか、一瞬悩んだアリアだったが控えめにお願いをする。
近くに居た店員の人に同じ紅茶を注文する旨を伝え、今度は本を返しに行く。
持っていた本を元の棚へと戻し、次は何を読もうかと店内を物色する。
すると、会計場付近の本棚を見ていると、その会計場にある物を発見した。
(これは……………)
注文し店内で頂くものとは別に、購入して持ち帰る事の出来る商品が陳列されている。
茶葉や茶菓子などが置かれており、それ自体は特に目を惹く光景では無かった。
ただ、同じくそこに置かれていたある商品に目が留まり、少し考えを思い付く。
とはいえ、その場でどうこうする訳でも無く、新たに本を手に取り席へと戻る。
「お待たせしました。追加のお茶も、もうすぐ来るはずです」
「申し訳ありません。ありがとうございます」
一先ず軽く会話を交わし、席に着く。
そして先程思い付いた考えについて、アリアにとある質問をする。
「アリア様。唐突な質問なのですが、好きな色はありますか?」
「好きな色、ですか?………青、でしょうか」
何の脈絡も無い、本当に唐突な質問に少し驚いた様子のアリア。
とはいえ、特に難しい質問でも無いため、数瞬の思考の後に答えを口にする。
「青ですね。ありがとうございます」
「いえ。…………色がどうかしたのですか?」
「すみません。特に意味の無い質問ですので、お気になさらないで下さい」
「………そうですか」
少し苦しい言い分とは思ったが、これだけではアリアも何かを言う事も出来ず納得する。
とはいえ、これで俺の考えのための準備は整ったので良しとしよう。
その後は改めて読書を再開し会話を交わしながらも、お茶や本を楽しむのだった。
それから何度かの本の交換を挟みつつ、凡そ2時間程が経過した。
休憩としてはもう十分だし、読書も満足出来た程の時間ではある。
俺としてはもう店を出ても良いが、アリアはどうだろうかと思っていると、当の彼女が口を開く。
「そろそろお店を出ましょうか」
「………私としては大丈夫ですが、アリア様は構いませんか?」
アリアからの提案ではあるが、まだ読んでいない本も積まれているため、一応確認を取る。
「はい。全てを読もうとなると、本当に日が暮れてしまいますし。これまででも十分に楽しめました」
「そうですね。では、本を戻しに行きましょうか」
アリアとしても気になる本を取り敢えず持ってきたという感じだったし、未練がある様子では無い。
その言葉も完全に正論のため、もう店を出るという事で良いだろう。
「はい。では、返却をしてきます」
「いえ、本があった場所を教えて頂けますか?私がお持ちします」
「あ、ありがとうございます」
自分で全ての本を返しに行こうとしたアリアだったが、何冊もあるため流石に重いだろう。
元々の位置さえ教えて貰えれば、俺が持った方が確実に良い。
そうして、それぞれの読んでいた本を全て元の棚に戻し終える。
「ありがとうございました」
「いえ。…………お会計をしてきますので、アリア様は先に店の前でお待ち下さい」
「分かりました。本当に、ありがとうございます」
本の返却も完了したため、会計を済ませようと思い、アリアにそう告げる。
別に必ずしも店の外で待っていて貰う必要も無いのだが、俺のしたい事をするにはその方が都合が良い。
そのままアリアは先に店を出て、俺は会計場へと向かう。
「すみません、お会計をお願いします。…………それと、此方にある栞を一つ頂けますか?」
「かしこまりました。幾つか種類がございますが、どちらになさいますか?」
「…………この、花模様の青色のものを」
そうして俺は会計を済ませ、外で待つアリアの元へと向かうのだった。
喫茶店を出てアリアと合流し、二人並んで歩き出す。
何処かに向かっている訳では無く、街中を散歩しているような感じだ。
すると、隣を歩くアリアがふと口を開く。
「ラース様。あのような素敵なお店を教えて下さり、ありがとうございます」
「いえ。お気に召して頂けたのなら、私も嬉しい限りです」
アリアからの感謝に応える。
大した事をした訳でも無いが、そう言って貰えるなら、色々と準備をした甲斐があったと思える。
「しかし、あのようなお店があるとは全く知りませんでした」
「少し路地を行った所にありますからね。仕方ないとは思いますよ」
俺も偶々人伝に聞く事が出来ただけで、普通にあの店を見つけるのは難しいとは思う。
そんな思考をしつつアリアに告げるが、それでも彼女は何処か納得し切れてはいない様子だった。
「確かに、その通りではありますね。ただ、………生まれ育ったこの街の事は、深く理解していたいと思っていましたので…………」
そう語るアリアの表情には、何処か言い知れぬ愁傷が感じられた。
しかし、幾ら長く暮らす街とはいえ、そこにある全てを把握する事など不可能だろう。
それは勿論、アリア本人も分かっているとは思う。
それでも冗談を言っている雰囲気は微塵も無く、何か特別な感情が垣間見えた。
「………アリア様は、このロストという街がお好きですか?」
「はい、勿論です。生まれ育った街ですし、愛していると言って過言ではありません。…………何より、………お母様が、愛した街ですから」
(…………………!)
ふと立ち止まり、俺からの質問に答えるアリア。
この街に思い入れがあるのだろうと感じたが故の質問だったが、アリアの思いは俺の想像を超えるものだった。
そして、アリアの語った内容。
既に亡くなっている、彼女の母親。
そんな母親にも、アリアは強い感情を抱いているのだろう。
今まで、薄々考えていた事ではあった。
アリアとの親交を深めるのなら、いずれ母親の話は聞くべき事だと思っていた。
けれど内容が内容だけに、これまでは関係の浅さから躊躇していた。
しかし、関係も改善された今ならば踏み込んでも良いのかもしれない。
必要があるのかと問われれば、断言は出来ない。
けれど、踏み込むべきだとも強く思っている。
アリアとの関係を続けていくのなら、知っておくべき事だと思うから。
俺に知る資格があるかどうかは、アリア次第だが。
「…………アリア様。躊躇われるのなら、お断り頂いて構いません。それでも、もし宜しければ、………アリア様のお母様の事を教えて頂けませんか?」
「……………ッ」
俺からの問い掛けに、一瞬身体を硬直させるアリア。
故人の事を興味半分で聞きたい訳では無い。
真剣に問うている事は、アリアに感じ取って貰う他ない。
そんな俺の気持ちが届いたのか、アリアは数秒思考した後に、それでも答えを出した。
「…………決して気分の良い話では無いと思いますが、それでも宜しければ。………貴方になら、お話しても良いかと思えます」
無理に話そうとしている様子では無かった。
俺という存在が、アリアにとってそう思える程近しいものになれたのなら、とても光栄で嬉しい事だと感じる。
「ありがとうございます。…………とはいえ、立ってする話ではありませんね。少し落ち着ける場所へ行きましょうか」
長い話になりそうだし、こんな街の往来でする話では無い。
俺の提案にアリアも同意を示し、何処か落ち着ける場所へと移動するのだった。
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