第86話 備えあれば

 本日の昼食として選んだ店に入る。

 予約はしていないため入れるだろうかと少し不安だったが、席は問題なく空いていた。

 まあ此処は貴族しか来れない高級店という程では無いが、ただの平民が気軽に来れるランクの店でも無いみたいなので、大丈夫だろうとは思っていたが。


 席に案内され昼食のコースをアリアと注文する。

 提供される料理をアリアと語らいながら、ゆっくりと味わう。

 どの料理も美味しく、店選びとしてはばっちりだったなと思った。


「とても美味しいですね」

 

「はい。今後も通わせて貰おうかと思います」


 どうやらアリアも気に入ってくれたようで、今後も来ようと思っているみたいだ。

 そんな風にゆっくりと料理を堪能し、全てのメニューを食べ終える。


 食事も終わった事だし直ぐに店を出ても良いが、そんなに慌ただしくする事も無いだろう。

 店内は混み合っている訳でも無いし、時間はまだまだある。

 午前中の疲れもあるだろうし食休みも兼ねて、このまま少し休憩していこう。


 とはいえ、その前にやる事がある。


「料理も全て出されましたし、先にお会計をしてきます。アリア様は此処でお待ち下さい」


 どうせ休憩するのならその間に会計をしてしまおうと思い、その旨をアリアに伝える。

 とはいえ、予想はしていたがアリアが素直に承諾するはずも無かった。


「お待ち下さい。ラース様に支払わせる訳には…………」


「………今日はアリア様にこの街を色々と案内して貰っている訳ですから、そのお礼です。どうか今日はこういった事は、私にお任せ下さい」


「ですが……………」


 俺の言葉にアリアは納得を見せつつも、まだ受け入れ切れない様子だった。

 まあ、アリアは律儀で真面目な人柄をしているし、他人に押し付ける事には抵抗があるのだろう。

 実際こういう流れになると思ったから、先に会計しようと思った訳でもある。

 

 此処はアリアを納得させるためにも、もう一押ししよう。


「実は最近、魔物の討伐を行っていまして。個人でも少なくない収入を、一応得ています。ですので、任せて頂いて本当に問題ありませんよ」


 セドリックとの魔物討伐を重ね、その報酬で既にある程度貯蓄はある。

 ライルやセレスから貰わなくても自分の資金があるのは、こういう時にはやはり良い。

 元々はお世話になった人々へのお礼として貯めていたが、これもその一環ではあるし使い切るという事も無いので大丈夫だろう。


 ここまで言えば、流石にアリアも納得せざるを得なかった。

 未だ申し訳無さそうな顔をしていたものの、律儀に頭を下げお礼をした。


「申し訳ありません、では御言葉に甘えさせて頂きます。ありがとうございます」


「ええ。では、少しお待ち下さい」


 そうして俺は会計へと向かい、戻った後も席に着いたまま、しばしアリアと会話を交わす。

 十数分程ゆっくりとした後、店を出て散策を再開するのだった。





 

 散策を再開してから、凡そ2時間。

 アリアの案内のもと、ロスト内の様々な場所を見て回った。

 単純な街並みや有名な商会、アリアのおすすめの出店など、時間を掛け色々と街中を紹介して貰ったが、流石にそろそろ打ち止めだろう。


 とはいえ、アリアの案内が悪いなどという事は無い。

 観光都市でも無い限り、一つの街にそれ程多く見て回る場所も存在しないだろう。  

 仮に俺がフェルドを案内するとなっても、思い付く場所は数箇所程度だ。


 まあ、それにこういう展開は予想もしていた。

 だからこそ、準備をして良かったなと胸中で思う。


「アリア様、今日はアリア様の案内でロストを巡るという事ですが、私に一つ行きたい場所があるんです。そちらに向かっても宜しいでしょうか?」

 

「え?……ええ、勿論構いませんが」


 俺の提案に疑問符を浮かべたアリアだったが、やはりもう案内する場所も無いからか、素直に頷く。

 俺の行きたいという場所を疑問に思っているのは見て取れるが、折角なので着いてからのお楽しみとしよう。


「確か、此処からそう遠く無いはずです。では、向かいましょうか」


「はい。…………あの、ラース様。ありがとうございます」

 

「何の事でしょう?」

 

 やはり聡いアリアには俺の思惑など透けて見えるのか、控えめに感謝をしてくる。

 見抜かれていた事に内心で苦笑しつつ、そう惚ける。

 既に何度も言ったが、二人で楽しむための散策なのだから大した事では無い。

 

 俺の演技など看破しているだろうアリアも、それ以上は何も言わなかった。

 二人で小さく笑みを交わし、目的地へと向かうのだった。

 




 

 俺の行きたい場所へと向かい暫くが経ち、いよいよ目的地が近づいてきた。

 

「そろそろ着くはずです。………とはいえ、もしかすると、アリア様ならばご存知の場所かもしれませんが」


「……………?」


 向かっている場所が場所だけに、アリアならば知っているという可能性もある。

 そんな俺の言葉に思い至る事は無いのか、アリアは首を傾げていたが。


 そして、目的地へと到着する。

 一棟の建築物を前に、アリアに声を掛ける。


「到着しました。此方です」


「此処は、…………喫茶店、ですか?」


 店の外観を目にし、自身の推測を述べるアリア。

 その推測は正解で、俺が話していた場所というのは喫茶店だった。

 そして、どうやらアリアはこの店を知っているという様子では無い。


「ええ、その通りです。………取り敢えずは、中へ入りましょうか」


 態々アリアを連れてきた訳だし、ただの喫茶店という訳では無い。

 とはいえ、どんな店なのかは店内へと入ってすぐに分かるはずだ。


 俺の言葉に素直に従うアリアと二人、入店する。

 そして、


「ッ…………これは」


 内観を目にしたアリアが、小さく驚く。

 俺達の視界に広がっているのは、ずらりと並ぶ本棚とそこに収納されている本の数々。

 その光景から分かる通り、此処は普通の喫茶店という訳では無い。


「元々は古書店だった所を、喫茶店へと改装したお店だそうです。その名残から、このお店では店内にある本を自由に読みながら、お茶を楽しめるみたいです」


 店内の本に目を奪われるアリアを横目に、この店についての解説をする。

 アリアならば此処を知っているかもしれないと思ったのは、勿論アリアの本好きが故だ。


「自由に、………どれでも好きなだけ読んで良いという事ですか?」


「ええ。勿論何か注文をすれば、という条件付きではありますが」


 自由に本を読めるという部分に、静かに食い付くアリアに苦笑しつつ返答する。

 此処ならばという自信はあったが、どうやらアリアはこの店に興味を持ってくれたようだ。


 俺達以外に数組の客がいるが、店内は落ち着いた雰囲気をしている。

 とはいえ、本来は喫茶店であるからか、私語厳禁という訳では無いようだ。

 余程騒がなければ、普通に会話する分には何の問題も無いだろう。


 店員の案内の元、一先ず席へ着く。 

 メニューからお互いに紅茶を注文し、提供されるのを待つ。


「昼食のタイミングで少し休憩はしましたが、まだ午前の疲れも残っていると思います。加えて午後も散策を続けていましたから。此処で暫く休憩にしましょう」


 本日の散策の全てを歩いて目的地へと向かっている訳では無いが、それでもやはり疲れはあるだろう。

 アリアに案内する場所がまだまだあったなら話は別だが、そういう訳でも無いのなら暫くは休憩に時間を使っても良いだろう。

 それに、いつもとは違う場所で読書を楽しむというのも悪くない。


「………そこまで考えて、このお店を選んで下さったのですか?」


「散策の途中で休憩出来る箇所があれば良いな、という程度に考えただけです。その過程で人伝にこのお店を知り、私達からすれば丁度良い場所だと思いましたので」


 アリアに案内する場所が無くなった時の保険という意味合いもあるが、それを言う必要は無い。

 本好きなアリアは勿論俺も読書は好きなので、この店は休憩としても楽しむ目的としても、丁度良い場所だと思っただけだ。


「その、昼食のお店もそうですが、色々とお気遣い下さりありがとうございます。此方も、凄く良いお店だと感じています」


「お気に召して頂けたのなら何よりです」

 

 大した事をした訳では無いし、アリアが良いと思ってくれたのなら、それで十分だ。

 俺のせめてもの準備が、少しでも役に立ったのなら嬉しく思う。


 備えが功を奏し、アリアを連れてきたこの店は気に入って貰う事が出来たのだった。

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