第85話 尋問
商店街の次に訪れた場所は、まさしく観光スポットといった場所だった。
そこには一面に花々が咲き誇り、一目見ただけで圧倒されるような美しい光景が広がっていた。
ロスト内でも有名な場所だそうで、広々と区画を設けられた花畑のあるエリアだ。
流石に前世で言う植物園という程では無いが、色とりどりの花の絨毯が敷き詰められたこの場所は、前世の記憶がある俺でも感動する。
意外にも周囲には人もあまり居ないため、ゆっくりと落ち着いて花々を鑑賞する事が出来る。
「素晴らしいですね。ここまで広大な花畑は初めて見ました」
フェルドには花畑など無いし、前世でも幼い頃に植物園に行った事がある程度で、殆ど記憶には残っていない。
この世界でも珍しい部類だと思うので、純粋に凄い場所だと思う。
「お気に召して頂けたのなら嬉しいです。私も此処へは偶に来ていて、好きな場所ですので」
「そうなんですね。……アリア様は、花はお好きですか?」
「はい。趣味と呼べる程ではありませんが、屋敷でも小さなスペースで園芸を嗜んでいるので」
どうやら屋敷でも育てている位には、アリアは花が好きらしい。
見ているだけで心が華やぐし、実際に育ててみたいという気持ちは理解出来る。
すると、アリアが身を屈め、花々を慈しむように見つめながら呟く。
「本当に、綺麗です………」
普段のクールな表情では無く、優しげな微笑を刻むその姿は、とても美しく思えた。
しかし本当に心からの感情だったためか、ついその感情を言葉にしてしまった。
「………何というか、花々とアリア様のお姿はとても絵になりますね」
「ッ…………な、何ですか?急に」
俺の言葉にアリアが驚いたように反応する。
とはいえ、確かに自分でも唐突過ぎる言葉だったなと、今になって思う。
花を愛でるアリアの姿が驚く程に可憐で、つい口から出てしまったのだ。
とはいえ、後悔という訳でも無いが言葉にしてしまった以上は、取り消す事も出来ない。
「いえ。その、アリア様も花々に負けず劣らずに美しいな、と率直に思いまして………」
「なっ!?〜〜〜〜ッッ//」
アリア程の少女なら褒め言葉など言われ慣れていると思うのだが、俺の言葉に照れたように頬を朱に染めている。
そういえば、先程服装や髪型に触れた時も恥ずかしがっていたし、あまりそういう方面に耐性は無いのかもしれない。
「………突然申し訳ありません。嘘や御世辞という訳では無いのですが、あまり気になさらないで下さい」
唐突に変な事を言ってしまい、アリアも困惑したのだろう。
その事を謝罪しつつ、忘れるようにお願いする。
とはいえ、アリアからしたら直ぐに忘れる事も出来ないのか、ふと口を開く。
「…………貴方は、いつも女性へそんな事を言っているのですか?」
「……いえ、まさか。相手がアリア様だからですよ」
探るような視線で問い掛けてくるアリアに即座に返答する。
流石に婚約者が居るのに他の女性の容姿などを気軽に褒めるような事はしない。
他に身近な異性と言えばアンナだが、そういった事は告げていない、はずだ。
「(わ、私だから。)………いえ、どうでしょうね。ラース様程の方でしたら、異性との付き合いにも慣れていそうですし」
「いえ、そんな事は……………」
「本日も私は緊張しているというのに、ラース様は終始平気そうな御様子ですから。女性との逢瀬にも、さぞ慣れていらっしゃるのでしょうね」
不満そうな表情で、そんな事を告げるアリア。
(なんだろう。なんか、恋人の交際経験を問い質す、みたいなやり取りだな…………)
思わず、そんな下らない思考をしてしまう。
とはいえ、婚約者ではあるものの、俺とアリアはまだ流石にそんな関係では無い。
それに、実際俺も慣れているなんて事は無い。
アリアから見て平気そうに見えるとしたら、単に俺の表情が豊かでは無いのと、照れたりするアリアを見て、逆に落ち着いているだけだと思う。
と、そんな事を考えつつ、未だ不満そうな表情で俺を見据えるアリアへと告げる。
「まず、アリア様という婚約者が居るのですから本当に慣れてなど居ませんよ。それに、平気そうというのも勘違いです。アリア様と二人きりで出掛けるとなれば、私も緊張してしまいますから」
「……………ほ、本当ですか?」
「ええ、勿論緊張はしています。ただ、今日はアリア様にロストをご案内して頂くとはいえ、私だけが楽しむ訳にも参りませんから。アリア様にも楽しんで頂きたいという気持ちがあって、緊張して不手際などが無いよう意識しているだけです」
折角アリアに付き合って貰っているのだから、少しでも楽しい一日だったと思って貰いたい。
そんな思いもあって、平静で居ようという意識が強いのだ。
アリアは俺の言葉が嘘では無いと信じてくれたのか、何処か安心したように口を開く。
「………そうですか。ラース様がそこまで仰るのならば、信じようと思います」
「………ありがとうございます」
思い返すと何だかよく分からないやり取りだったが、アリアが納得してくれたのなら良かったと感じる。
その後は数十分程掛けて、花畑を鑑賞した。
そんな風に紆余曲折がありつつも、花畑での時間は終わり、次の場所へと向かうのだった。
花畑のあるエリアを出た後に、隣を歩くアリアに対して告げる。
「もう昼時ですし、そろそろ昼食にしましょうか」
「そうですね。丁度良いタイミングだと思います」
元々昼前に散策を開始したという事もあって、既に時刻は正午に差し掛かっている。
午後も散策を続けるのだから、この辺りで食事を取った方が良いだろう。
と、昼食にする事が確定した所で、俺が密かに気になっていた事をアリアに尋ねる。
「何処で食事を取るか、アリア様は決めていらっしゃいますか?」
「いえ。申し訳無いのですが、まだ決められていません」
どうやら何処で食事を取るか、アリアはまだ決めていないようだった。
この散策自体割と直近で決まった事だし、謝る事では決して無い。
それに、俺にとっては好都合でもあった。
「それでは、私に一つお店の候補があるのですが、そこでも宜しいでしょうか?」
「ラース様の候補、ですか?ロスト内のお店をご存じなのですか?」
候補があると告げる俺に対して、そう問い掛けるアリア。
暮らしている街でも無いのに、俺が店を知っている事に疑問を持つのは当然だろう。
まあ、その答えとしては非常にシンプルだ。
「ええ。実は昨日の内に、何処か良いお店が無いか調べていまして。アリア様が既にお決めになっていたらそれで良かったのですが。私の方でも一応考えておこうと思いまして」
昨日の空いた時間を用いて、人伝に聞いたりして調べていたというだけだ。
アリアに候補があったらそれで良かったが、念の為にと用意していた。
その事を告げると、俺に態々調べさせた事を悪く思ったのか、アリアが納得しつつ謝罪する。
「成程。……申し訳ありません、お手数をお掛けし」
「いえ、私が勝手にした事ですので。………それより、一先ずはそのお店に向かうという事で宜しいでしょうか?実際にどうするかは、また着いてから考えるという事で」
「ええ、それで構いません。………ありがとうございます」
アリアの承諾も得られた所で、俺が候補として考えている店に向かう事となった。
そして十数分を掛けて移動し、話していた店へと到着した。
すると、店の外観を見てアリアが呟く。
「此処は……………」
「聞いた話によると、最近出来たばかりのお店のようですね。外観も内観も綺麗ですし、店内の雰囲気も良い所みたいです」
と、面前にある店の解説をしているが、俺が語るまでも無く、アリアはこの店の事を知っているだろうなと胸中で思う。
すると、アリアは何かを思い至ったのか、探るように問い掛けてくる。
「………あの、偶然ですか?このお店を選んだのは」
脈絡の無い唐突な質問だが、俺にはその質問の意味が分かっていた。
「………偶然、というのは?」
「いえ。此処は私も気になっていたお店で、近々行ってみようと思っていましたので」
この店はアリアも気になっており、近い内に行ってみたいと思っていた。
そんな折に、今日の散策で俺が昼食としてこの店を選んだから、妙な都合の良さを疑問に思ったのだろう。
そして、その疑念は大当たりだった。
「流石ですね。気付かれてしまうかも、とは思っていましたが。………実は昨日、アリア様の専属侍女の方にお店を選ぶ際に意見を頂きまして。その時にアリア様がこのお店を気になさっていた、という話を聞いたんです」
アリアが勘付いた通り、俺がこの店を選んだのには理由があった。
先にも語った通り、今日の昼食で何処が良いかを調べている時に、アリアに何か好きなものが無いかを専属侍女の方に尋ねていた。
特段好きな料理は無いみたいだが、新しく出来た店という事もあり、此処には行ってみたいと思っていたという話を聞いた。
そして、丁度良かったのでこの店を選んだという訳だ。
聡いアリアなら気付くだろうかと思っていたが、やはり分かってしまったようだ。
アリアは俺の話を聞いて、驚いたように目を瞬いている。
「………そこまで、して頂いたのですか?」
「ええ。どうせならアリア様もお気に召すお店が良いかな、と思いましたので」
あくまで人に教えて貰っただけなので、大した事では無いと思うが、アリアは驚いたようだ。
しばし、ぼうっとしていたアリアだったが、弾かれたように口を開く。
「しかし、それでは私の行きたい店に行く事になってしまいます。本日はラース様にこの街を案内するのですから、私の意向を優先する訳には………」
アリアとしては、ただ自分の気になる店に行く事には抵抗があるのだろう。
俺をもてなす意識があるのに、自分の事を優先させてしまったようで、素直に受け入れる訳にはいかないと思っているのだと感じる。
とはいえ、
「まず、私に此処に行きたいというお店も特に無いので、アリア様の懸念は杞憂です。しかし、仮にそうで無くとも、先程申し上げた通りです。本日はアリア様にも楽しんで頂きたいという気持ちが、私にもありますから。どうせ行きたい店が無いのなら、アリア様のご興味のあるお店の方が良い。それだけの事です」
言ってしまえば、俺も何が食べたいとか、何処に行きたいという気持ちは正直無い。
なら、少しでもアリアの興味がある店に行く事が最も建設的だ。
単純な話で、俺に悪いという感情が入り込む余地など、そもそも無いと思う。
「貴方は、本当に…………」
俺の言葉に、アリアは嬉しそうな不満そうな、何とも言えない表情をする。
それでも最終的に俺の言葉が正しい事に、納得してくれたのだろう。
「態々私のためを考えて下さり、ありがとうございます。ご厚意を受け取ろうと思います」
「ええ。では、店内に入りましょうか」
律儀なアリアに内心苦笑しつつ、そう告げる。
俺の言葉にアリアも応じ、店の中へと入るのだった。
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