第84話 散策開始

 ローレス男爵家、本館の客間にて。

 過去の俺に関する話は終了し、会話は別の話題へと切り替わっていた。


「真面目な話はこれくらいにして、今回ラース君が我が家へ来た話をしようか。此処には2、3日程滞在するのかな?」


「はい、2日後の昼には出立させて頂こうと考えています。その間はお世話になりますが、どうか宜しくお願い致します」


 過去の事を許されたからといって、俺としては直ぐに忘れる事など勿論出来ない。

 とはいえ、いつまでも気負ってもユリアンに対して失礼だろう。

 という訳で、先程の話は一度忘れて、ユリアンからの質問に応じる。


「うん、勿論だよ。とはいえ、私も執務があるから滞在中はアリアに一任するとは思うけどね。良いね、アリア?」


「はい、お任せ下さい」


 当然ではあるがユリアンも忙しいため、俺に付きっきりなどという事も出来ないだろう。

 そう思っていたし、アリアが付いてくれるのなら何の問題も無い。


「お世話になります、アリア様」


「フェルディア家では私がお世話になったのですから、当然です」


 そんな俺達のやり取りをユリアンは何処か微笑ましげに見つめつつ、俺達二人に問い掛ける。


「今日はもう日暮れも近いし難しいけれど、明日は街を散策したりするのかな?」


「一応そのように考えています。宜しいでしょうか、ラース様?」


 ユリアンの言葉通り、フェルディア家からの行程で時間が掛かっているので、ローレス家へと着いた時点で既に昼を超えている。

 別に今から外出出来ない訳でも無いが、折角明日もあるのだから、多く時間を取れる明日にする方が現実的だろう。


 そして、その事については事前にアリアとも話していたため問題無い。


「ええ。色々とこの街を御紹介頂けると幸いです。宜しくお願いします」


「承知しました」



 と、そんな辺りで会話は終了し、ユリアンと別れアリアと二人になる。

 俺との挨拶のために時間を取って貰ったが、本来忙しい立場のため仕方無いだろう。

 そして街を散策するのは明日のため、今日一日はローレス家の屋敷の中で過ごすのだった。





 ローレス家での生活は、フェルディア家でのものとそれ程変わりは無かった。

 読書好きなアリアが居る位なため、やはりローレス家にも書庫があり、基本的には書庫にてアリアと二人の時間を過ごしていた。

 四六時中本を読んでいるという訳でも無いが、静かな書庫内でアリアと過ごす時間は非常に穏やかで心地良かった。


 夕食や入浴などを済ませた他に、内に時間は過ぎるように流れる。

 

 そんな風に、元々昼過ぎに到着したという事もあり、ロストでの一日はあっという間に終了した。





 

 翌日。

 現在の時刻は朝の10時であり、俺は街中にある大きな噴水の前に居た。

 此処はロスト内ではよく待ち合わせに使われる場所であるらしく、その例に漏れず現在俺もとある人物を待っていた。


 その相手というのは勿論アリアであり、本日の散策について、この時間にこの場所で待ち合わせをしている。

 とはいえ、同じローレス家の屋敷から外出するのだから、態々待ち合わせをする必要は無いようにも思える。

 この待ち合わせを提案したアリアに、その事を尋ねてみた所、


『小説では、このようにしていましたが?』


 との事だった。



 まあアリアは友人が少ないと言っていたし、こうやって誰かと出掛ける経験も、あまり無いのかもしれない。

 そこで恐らくアリアの好きな恋愛小説などを参考資料にしたのだと思うが、こういった部分にまで小説の知識を持ってくる所にはやや不安があるが。

 

 とはいえ、態々指摘するような事でも無い。

 待ち合わせ自体も疑問に思っただけで特に問題は無いため、断る事もしなかった。



 と、そんな事を考えつつ数分が経過した辺りで、小走りで駆け寄ってくる人物が視界の先に現れる。

 流麗な白銀の髪を靡かせるその人物は、遠目に見ても美しい少女である事が窺える。

 

 その少女、アリアが噴水の前に立つ俺を見つけ、開口一番に謝罪する。


「遅れてしまい、申し訳ありません。お待たせしました」


「いえ。私も来たばかりですから」


 何とも"らしい"やり取りに、内心苦笑する。

 まあ実際遅れたといっても数分程度だし、この位待った内には入らない。

 それに、やはり女性は色々と支度に時間が掛かるものなのだろう。


 あまりアリアが気にし過ぎても良くないため、直ぐに話題を切り替える。


「それより、………本日の服装、とても良くお似合いです。素敵だと思います」


「ッ………あ、ありがとうございます」


 俺の目論みは成功したらしく、アリアは申し訳無さそうな顔から一転、顔を赤らめ俯く。

 とはいえ、決して御世辞を言った訳では無い。


 白を基調とした清楚なワンピースを身に纏うアリアは、その白銀のセミロングと相まって、神々しさすら感じる美しさだ。

 何処かの国のお姫様、と言われても手放しに納得出来る。

 まあ実際アリアは貴族令嬢であって、似たようなものかもしれないが。


「髪型も普段とは違いますね。普段のものもお似合いですが、新鮮さがあって此方も良いと思います」


「…………は、はぃ」


 普段はストレートに下ろされているが、今日はゆるくハーフアップに纏められている。

 髪型からも清楚な雰囲気が感じられ、服装の違いと合い、普段とは趣の異なる可憐さが存在している。



 すると、一頻り照れていたアリアだったが、落ち着いた後に口を開く。


「その、ラース様の装いも素敵だと思いますよ」


「………ありがとうございます。アリア様の隣に立つとなると、最低限身なりは整えなければなりませんからね」


 本日の散策に備えて、俺も服装や髪型に気を遣ってはいる。

 街を歩くので正装という訳では無いが、アリアに見劣りしないために全体的に小綺麗に纏めた。

 とはいえ、この美しさを直に見ると、どれだけの準備も意味を成さないように思えてしまうが。



 と、それはともかく。

 アリアも来た事だし、そろそろ出発しよう。


「それでは行きましょうか。今日は一日宜しくお願いします」


「はい。此方こそお願いします」


 そんな会話を交わしつつ、俺達二人のロスト散策が始まった。






 本日の散策は、名目としてはラースが殆ど訪れた事の無いロストの街並みを、アリアに紹介して貰うというものだ。

 という事で、基本的には何処か目的地を定めている訳では無く、アリアと二人街中を練り歩きながら色々な場所を巡る。

 

 中々の距離を歩く事になってしまいそうなので、俺もアリアもお洒落をしつつも歩きやすい格好ではある。

 それでもやはり疲れてしまうとは思うが、そこは適宜休憩を挟んだり、辻馬車などを利用したりすれば良いだろう。


 現在は、先ず初めに訪れる場所として様々な露店が立ち並ぶエリアに来ていた。

 雑貨や食品、生活用品など様々な物が売られており、所謂商店街といった感じだ。


「活気があって良い所ですね」


「此処には多くの住民が訪れますからね。日中では街中で最も人の集まる場所です」


 様々な露店が並んでいるこの場所は、人々の生活にとって欠かせない場所なのだろう。

 商店街には入らず外から眺めているだけだが、沢山の人で溢れている。

 店員と客のやり取りや客引きの声などが響き渡り、活気がある事がよく伺える。


「………とはいえ、流石にこの中に入るのはやめておきましょうか」


 隣に立つアリアに苦笑しつつ、告げる。

 かなり人が多く混み合っているため、逸れてしまう危険がある。

 そうで無くとも、この人混みの中を掻き分けながら進むのは、それだけで相当疲れてしまいそうだ。


「買い物が目的、という訳でもありませんからね。次の場所へ向かいましょう」

 

「ええ、承知しました」


 どうやらアリアも同感だったようで、商店街を立ち去り移動する事を提案する。 

 その言葉に素直に従い、次なる場所へと向かうのだった。

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