第83話 親心

 ローレス男爵家への行路は、問題無く進んでいた。

 出立から凡そ2日が経過しており、現在はローレス男爵領へと続く街道を通っている。

 道中にある村や町に停泊させて貰い行程を進み、ローレス家のある街まで、あと数十分といった所のようだ。


 もう少しで到着となり、何事も無く街へと着きそうだと安心したのも束の間。

 どうやら一つ、厄介事が生じた。 



(…………魔物か)

 

 念の為にと行っていた魔力探査に反応があった。

 街道は基本的には安全だが、それでもはぐれの魔物が現れる事もある。

 今回もその例に漏れず、複数体の魔物がこの一団へと向かっているようだ。


 とはいえ、接近してくる魔物には周りに居る騎士達も気が付いたようだ。


「右方、数十m先に魔物発見!総員、戦闘態勢!!」


 上官と思しき騎士が声を張り上げ、警戒を促す。

 馬車にある窓から覗く限り、騎士達は陣形を組んで魔物達を迎え撃たんとしていた。


 と、そこで対面に座るアリアが口を開く。


「ラース様。魔物、ですか?」


「ええ、此方に向かっているようです。とはいえ、数は多く無いので、騎士の方々に任せておけば問題無いでしょう。ご安心を」


「はい」


 魔力探査で探知した魔物達は10体程度で、魔力の反応も強く無いため、恐らくH、Gランクの魔物だと思われる。

 此処に居る戦力で十分対処出来るだろう。


 そして、やがて戦闘音が聞こえて来る。

 一瞬俺も出ようかとも思ったが、本来俺は守られる立場の人間だ。

 戦況が悪くなれば戦うが、問題は無いだろうし、大人しくしていた方が賢明だろう。



 そして、数分の後に戦闘が終了する。

 現状を確認するために、俺達も馬車を降りる。

 どうやら目立った負傷者も無く戦闘を終えられたようで安堵する。


 しかし、魔物との戦闘中に軽く怪我をした騎士が居るようだ。

 その騎士にすぐさまアリアが近づく。

 

「傷を見せて下さい」


「アリア様。ですが、ただの擦り傷ですので」


 アリアは治療しようとしているが、騎士は遠慮しているようだった。

 まあ自分が仕える家の令嬢に態々治療させるというのも、気が引けてしまうだろう。


「怪我は怪我です。早く見せて下さい」


回復薬ポーションもありますので、アリア様が手ずから治療される必要など…………」


「折角治癒魔法の使い手が居るのですから、魔法を使った方が早いでしょう。それとも、貴重な物資を浪費するつもりですか?」


 回復薬ポーションは使ってしまえばそれきりだが、魔法なら魔力はやがて回復する。

 アリアの言葉は完全に正しく、遠慮していた騎士も言い負かされ、やがて首を縦に振る。


 アリアが治癒魔法を使えば、騎士の負っていた傷は即座に回復する。

 そして、その魔力制御に目を見張る。


 俺は治癒魔法は使えないため、詳しい事を言える訳では無いが、アリアの魔法は一目で洗練されていると分かった。

 発動がスムーズで無駄な魔力も消費していない。

 何より魔力探査で感じる魔力の流れが、とても綺麗だと思った。


(そういえば、治癒魔法や支援魔法を訓練しているって言っていたからな)


 以前のアリアとの会話を思い出す。

 普段の暮らし振りを尋ねた時に、アリアは魔法の訓練をよく行っていると言っていた。

 どうやらその発言通り、並々ならぬ魔法の技量を持っているようだ。


 騎士の治療も済み、一呼吸置いた後に進行を再開する。

 その後は魔物に襲われるような事も無く、数十分を掛けて目的地へと到着したのだった。





 辿り着いた街はローレス家のある、ローレス男爵領、領都ロスト。

 フェルドよりは小規模の街だが、そこは家格の隔たりがあるため仕方ないだろう。

 それに、それでも現代日本で生きていた俺にとっては、十分高揚する街並みだ。


「ラース様、まずは我が家へと向かうという事で宜しいでしょうか?」


「ええ。ローレス男爵への挨拶もありますので、そうして頂けると助かります」


 対面のアリアからの問い掛けに応える。

 仮に街を散策したりするにしても、明日で良いだろう。

 それよりは先に、アリアの父でもあるローレス男爵に挨拶をしなければならない。


 街中を抜けると、ローレス男爵家本館が見えて来る。

 やはり屋敷の規模もフェルディア家と比べると、大分小さい。

 それでも貴族家の屋敷というだけあって、前世の家屋と比べれば、相当の豪邸ではあるが。


 一先ずは客間に通され、アリアと共にローレス男爵を待つ。

 目立った予定は無いため屋敷には居るが、それでも執務などで多忙なのだろう。


 用意して貰った紅茶を飲みつつ、小さく息を吐く。

 ローレス男爵を待っている間、俺は中々に緊張していた。


 というのも、他家の貴族と顔を合わせるのは殆ど初めてと言っていいからだ。

 フェルディア家の人々と会った時は、まだ身内ということもあり、そこまでだった。

 アリアも貴族令嬢ではあるが、一応婚約者であるし、何よりラースにとっては同年代、俺にとってはまだ年下の子供だった。


 しかしローレス男爵に関しては、完全に俺より年上であるし、貴族として確かなキャリアがある。

 純粋な身分で言えば、伯爵令息である俺の方が高いのだろうが、それでも緊張の抜ける相手では無い。

 

 何より、ラースは婚約者であるアリアに対して迷惑を掛け続けてきた。

 その事にローレス男爵が憤りを感じていないとは、間違っても思えない。

 改心した以降も結局会うのが遅れてしまったし、その事も含めてしっかりと謝罪しなければならない。


 と、そんな事を考えつつ数分が経過した後、客間の扉がノックされ、一人の男性が入室する。

 その人物は勿論、ローレス男爵である。


 ローレス家、現当主ユリアン・ローレス。

 歳の頃は三十代前半の筈だが、その容姿は10歳は若く見える程若々しい。

 アリアと同系色の白の短髪を靡かせ、その顔立ちから優しげな人柄が伝わってくる。


 

「遅れてしまい、申し訳ありません。お待たせしました」

 

「いえ。此方こそお時間を頂き、感謝します」


 立ち上がり、ユリアンに応じる。

 そして彼が対面の席へと到着した所で、軽く頭を下げつつ、告げる。


「ご無沙汰しております、ローレス男爵」

 

「お久しぶりです、ラース様。………まずは腰を落ち着けましょうか。どうぞ、お掛け下さい」


 ユリアンの言葉に従い、席に着く。

 一先ず、簡単ではあるが再開の挨拶は告げた。

 ならば次は、これまでの事に対する謝罪をしなければならない。

 深く頭を下げ、口を開く。


「ローレス男爵。急な話ではありますが、私の過去の行いで、これまで多大なるご迷惑をお掛けした事を謝罪させて頂きたく思います。………誠に、申し訳ありませんでした」


 唐突過ぎる謝罪ではあるが、過去の事を謝ってもいないのに別の話をしたいとも思えない。

 

 ユリアンは俺の謝罪を受け、少し驚いたように目を見張りつつも、静かに受け止めていた。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「…………ラース様。無礼を承知で申し上げますが、貴方への呼称や口調を砕けたものにしても宜しいでしょうか?」


 謝罪とは関係ない申し出、という訳でも無いだろう。

 俺の謝罪に応えるためにも、ありのままの姿勢で語りたいのだと思う。


 それに対して、俺に否やは無い。

 今は公の場でも無いし、年齢としても向こうが上であり、そもそも婚約者の親だ。

 寧ろ丁寧に話される方が恐縮してしまう。


「ええ、無論です」


「ありがとう。では、ラース君と」


 ユリアンは人当たりの良い笑みを浮かべつつ、そう告げる。


「まずは、君の謝罪を受け取るよ。そして、私自身は君から直接迷惑を掛けられたという事も特に無いからね。その点については気にしなくて良いよ」


 一先ず、俺の謝罪に対する自身の見解を述べるユリアン。

 その言葉に対し俺は何か言葉を返す事はせず、静かに頭を下げた。


 俺の様子に優しげな笑みを向けたユリアンだったが、その次には鋭い眼差しで告げる。


「けれど、アリアの事となると話は別だ。この子も自ら受け入れた事だったとはいえ、大切な娘を長年ぞんざいに扱われたのだから、憤りの気持ちが無いとは言えない」


 やはり、アリアに迷惑を掛けていた事には思う所があるようだ。

 全面的にラースが悪いので、最もな感情だと思う。


「アリア様にご迷惑をお掛けし続けた事も、重ねてお詫び致します。申し訳ありませんでした」


 俺としては、ただ謝る事しか出来ない。

 加害者であった俺が、何か軽はずみに発言する事など出来るはずもない。


 とはいえ、謝った所で簡単にユリアンが納得する訳が無い。

 しかし、そう思っていたのだが、何故かユリアンは先程まで纏っていた重苦しい雰囲気を霧散させる。


「………改心したというのは、本当のようだね。アリアから話は聞いていたけれど、見違えたようだ」


 俺への糾弾を続けるのかと思っていただけに、この展開には内心驚いてしまう。

 すると、ユリアンはそんな俺の疑問に応えるように、再び口を開く。


「先程も言ったけれど、婚約はアリアも自分で納得したものだった。そして、その関係は君たち二人によるものだ。ならば、本来アリアに対する事で私が君を非難する道理は無いよ。先の発言は、………それでも親として、どうしても一言告げたかったというだけかな」


 ユリアンの言葉は理屈が立っていて、理解出来るものではある。

 しかし、だからといって自分でも納得する事は難しいだろう。

 それでも感情を抑え納得出来ているのは、それだけ娘であるアリアを信頼しているからだろうか。


「この子は親の贔屓目無しに、賢い子だと思う。そして、そんなアリアが君が変わった事を信じ、君の事を許している。なら、私もこの子の気持ちに従うよ」


「お父様……………」


 ラースに対して甘い処遇だとは思うが、俺が何か申し立てる事も難しい。

 それにユリアンは自身の気持ち、アリアの気持ちを全て精査した上で、それでもアリアを信じ、俺を許すという決断をした。


 それなのに、俺が自ら異議を唱えるなど失礼だろう。

 此処は素直に気持ちを受け取るべき場面だ。


「………承知致しました」


 何を言っても違う気がしたので、短くそう告げる。

 代わりにもう一度深く頭を下げた。


 俺の行動にユリアンは満足そうな笑みを浮かべ、この話題を締めくくるように告げる。


「今語った通り、私も君の事を許すよ。けれど、今後の君に対して、アリアの父親として一つお願いがある」


 過去の事は許したけれど、これからの未来に対して頼みがあるという。

 何となく予想はつくが、静かに耳を傾ける。


「アリアの事を、どうかお願いしたい。この子は歳の割に強く、賢い子ではあるけれど、それでも弱い部分も持ち合わせている。親としては、その辺りが心配でね。君もアリアの事を支えてやって欲しい」


 そのお願いは、ユリアンからしたら本来俺になど頼みたく無い事だろう。

 過去を許したとはいえ、これまでのラースの行いが消える訳では無い。

 ユリアンからしたら、俺にはまだ不信感や嫌悪感を拭えていないだろう。


 それでもこの願いを口にしたのは、偏にアリアを信じた思いと、俺への一握りの信頼だ。

 その信頼を忠告と捉え、俺ははっきりと告げた。


「委細、承知致しました。婚約者として、アリア様を支える事を誓います」


「…………ありがとう」


 俺の言葉を受け、ユリアンは軽く笑みを浮かべ、そう返答した。

 

 アリアの父、ローレス男爵家当主ユリアンとの初対面はこうして無事に終えるのだった。

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