第81話 訪問決定

 そして2日後、凡そ2ヶ月半ぶりとなるアリアとの再会の日。

 時刻は正午を過ぎた辺りであり、既にアリアはフェルディア家の屋敷へと到着している。

 まずはいつも通りに離れへと通し、現在は客間にてアリアと二人腰を落ち着けた所だ。

 


 先日届いた、アリアからの通信。

 その不可解さの理由は、セレス曰くアリアが俺にもっと早く会いたかったとの事。

 確かに、前回の別れ際に近い内に会おうと言っていたのに、大分期間が空いてしまった。

 

 悪く言い換えれば、俺が約束を反故にしてしまった訳でもある。

 アリアは、表面上はいつも通りのクールな表情だが、心無しか不満げな顔にも見えなくは無い。


 とはいえ、直ぐに謝罪したい所ではあるが、そもそもアリアが本当に俺と早く会いたかったと思っていたかは、まだ分からない。

 仮にそうだったとして、その事を馬鹿正直に謝るのは、アリアに恥をかかせる事になってしまう。


 一先ずはどちらでも大丈夫な言い回しをしつつ、謝罪をしよう。


「アリア様。前回の別れ際に、近い内に会おうという話をしていたのに、期間が空いてしまい申し訳ありません」

 

「っ…………い、いえ。別に……………」

 

 俺の言葉を受け、アリアは口籠もりつつ、図星を突かれたような反応をする。

 その反応を見るに、どうやら本当に再会が遅れた事を気にしていたようだ。


 となると、いよいよ俺の過失となる。

 アリアには申し訳無い気持ちが大きい。


「約束をしたのに此方から何の連絡もしなかったのは、本当に申し訳ありません。挙句、アリア様の方から伺わせてしまいましたから」

 

「……………その、別に私は全く気にしていませんが、確かに前回の別れ際にそんな会話をしていましたね。別に気にしていた訳でもありませんが、こうして丁寧に謝罪して頂きましたし、気に病む必要はありませんよ。…………ですので、私からの先日の通信についても、忘れて頂けると幸いです」


「ありがとうございます。それと、通信の件についても承知しました」


 直ぐに謝罪した事が功を奏したのか、一応アリアから許しは得られた。

 アリアの気持ちを教えてくれたセレスには、頭が上がらない思いだ。


 と、それはともかく。


「改めて、アリア様とこうして再びお会い出来て、嬉しい限りです。本日はお越し頂き、ありがとうございます」


「いえ、此方こそ突然の訪問を受け入れて下さり、感謝します。………それと、その、……私もお会い出来て、嬉しくはあります」



 と、そんな会話を交わす。

 アリアとの再会は、初めは雲行きが怪しかったものの、穏やかな雰囲気で始められたようだ。





 

 再会の挨拶を終えて以降、俺たちは前回同様本館の書庫へと入っていた。

 とは言っても、ずっと読書をしているという訳では無く、あくまで書庫に居るだけで普通に会話を続けている。

 書庫には他に人も居ないため落ち着いて話が出来るし、そこまで集中しなければ本を読みながらでも会話は出来るため、丁度良い。 


 現在は読書はせずに、アリアとの話を続けていた。


「アリア様は、本日はお泊まりになられますか?」


「はい。都合が宜しければ、滞在させて頂けると有難く思います」


 まず確認しなければならない、宿泊するかについてを尋ねると、肯定が返ってきた。

 前回の経験もあり、ライルには既に確認を取っているので、全く問題は無い。

 

「ええ、問題ありません。では、そのように手配致します」


「ありがとうございます。今回も、お邪魔させて頂きます」


 一先ず、これでアリアが今回も屋敷へと滞在する事は決まった。

 恐らく一泊していき、前回同様明日の昼前には出立するのだと思う。

 


 そして、その事について俺からアリアへと少し話があった。

 という訳で、本題の先に前置きを告げる。


「アリア様。急なお話のため、難しければお断り頂いて構わないのですが、私からアリア様に一つお願いがあるのですが…………」


「?……………何でしょうか?」


 俺からの頼みに、首を傾げつつそう問い掛けるアリア。

 本当に急な話のため、断られる可能性も大きいかなとは思っている。

 というのも、


「アリア様がお帰りになる際に、私も同行させて頂き、今度は私がローレス家へとお邪魔させて頂けないかな、と考えていまして…………」


「………………!」


 俺の頼みとは、そういう事だった。

 この件については、アリアからの通信があった日から考えていた。

 

 というのも、前回の来訪の帰り際の約束を反故にして、アリアとの再会が遅れてしまった事。

 それについて、アリアは快く思わなかっただろうし、お詫びという訳でも無いが、埋め合わせはしたいと思っていた。


 加えて、俺達の会合はアリアからフェルディア家へと伺わせてばかりだったため、此方からも出向くのが礼儀では無いかと思う。

 これならアリアと会うのが遅れてしまった事に対する、埋め合わせにはなるのでは無いかと考えたという次第だ。


「…………ラース様が我が家に、ですか」


 アリアは少なくない驚きを感じたのか、目を瞬きつつ、そう呟く。

 とはいえ、本当に急な話のため、そんな反応になるのも無理はない。


 まだアリアからの返答は貰えていないが、この件については、もう少し詳しく説明する事がある。


「一つ、先に説明しておきますと。この件については、既にローレス男爵より承諾は頂いています」


「!……お父様から。……そうなのですか?」


「ええ。アリア様がローレス家を出立された後に、都市間通信魔導具にて連絡をしたんです」


 アリアからの通信があった日には考えていた事なので、先んじてローレス家へと通信は入れていた。

 本当に行く事になるかは分からなかったが、直前で連絡を入れるよりは余程良いだろう。

 

「ローレス男爵の御意向としては、私からアリア様にお話を通して、アリア様が承諾されるのなら、問題は無いとの事です」


「…………そう、ですか」


 俺の言葉を受け、アリアは悩ましげな表情を浮かべる。

 ローレス男爵から承諾が出ており、後は自分次第となれば、悩むのも当然だろう。


 果たしてどんな答えが返ってくるだろうかと、若干胸中に緊張が渦巻く。

 

 と、そこでアリアが問い掛けてくる。


「あの、ラース様のお気持ちを聞かせて頂けないでしょうか?もし先程の件に対して負い目を感じた上での御申し出なら、御無理はなさらなくて大丈夫ですので」


 アリアは不安そうな表情で、伺うように尋ねる。

 

 成程、アリアの懸念としては俺がお詫びとして、今回の話をしていると思っているのか。

 

 再会が遅れてしまい、俺がその事を申し訳無く思った上での提案だと考えているのだろう。

 全くの間違いという訳では無いが、それだけだと思っているのなら、それは大きな勘違いだ。



「先程の件に対して、気に病む必要は無いと仰って頂きましたが、確かにその要因が関係無いとは言えません。アリア様の方から此方に伺わせてばかりな事は、単純に申し訳無いですから」


 お互い水に流そうという雰囲気にはなったが、やはり此方としては、忘れる事も出来ない。

 それにアリアにばかり出向かせている事は、その件を抜きにしても申し訳無い気持ちが強い。


 けれど、


「ただ、それだけでは決してありません。罪悪感や義務感から、この申し出をしたという訳では無いんです。………単純に、アリア様との関係を深めるためにも、多くの時間を共に過ごしたいという気持ちがあります」


「……………!」


 色々と理由は付け加えられるけれど、最も大きな要因としてはそれだろう。

 アリアが俺と早く会いたかったと思ってくれていたのなら、それと同じだ。

 俺もアリアと早く会いたかったし、出来る限りの時間を共有出来るなら、嬉しく思う。



「ですので、私の気持ちとしては今回の件は前向きに考えています。アリア様のお帰りに合わせて、ローレス家へとお邪魔させて頂ければ、それだけ貴方と多くの時間を共に居られますから」



 こんな事を告げるのは、正直気恥ずかしいものがある。

 それが表情にも現れ、思わず照れたような苦笑を刻む。


 ただアリアを不安にさせないためにも、自分の気持ちはストレートに伝えるべきだろう。

 此方からの申し出なのだから、ありのままの感情を示さなくてはならない。


 

 俺の言葉を受け、アリアは面食らったように、やや頬を赤く染める。

 そんな反応をされても仕方無い事を言ったとは思うが、実際に照れた反応をされると、俺としても気恥ずかしい思いが胸を占める。



 と、俺の言葉に驚いた様子のアリアだったが、気持ちも落ち着いたのか、言葉を返す。


「………その、ラース様がそこまで仰るのならば、私としてはやぶさかではありません。なので、………その、………一緒に我が家へ行きますか?」


 上目遣いで俺を見遣りつつ、期待するようにそう確認を取ってくるアリア。

 それに対する俺の返答は、勿論決まっている。


「ええ。では、お願い致します」


「!………はい、承知しました」


 俺の肯定を受け、アリアは一瞬パッと表情を明るくし、返答する。

 無機質な彼女らしい、微細な表情の変化ではあったが、そんな反応を確かに認識出来た事が、アリアとの関係の進展を感じ、嬉しい思いだ。

 


 と、それはともかく。

 こうして俺が、ローレス男爵家へと伺う事が正式に決定した。

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