第79話 原石
魔法開発から2週間。
あれからセドリックとの模擬戦以外での普段の鍛錬を、身体強化・その他の魔法に加えて、
身体強化などよりは遥かに魔力制御が難しかったが、この2週間自主鍛錬の時間は常に持続させていた成果か、殆ど無意識でも起動・維持が可能になっている。
これなら実戦でも使えるレベルだろうと考え、本日の魔物討伐にて初使用となる。
訪れたフェルド近郊の森。
後方にてセドリックが見守る中、前方の魔物達に相対し、剣を抜き放ち身体強化を掛ける。
そして、
(………………《
心の中で魔法名を唱え、風を身に纏う。
瞬間、魔物達目掛けて駆け出す。
身体強化での人並外れた速度に加え、風の推進力により更に初速も上がり身軽さも増した。
逆や横方向からの風で減速、変則的な動きも可能となっている。
魔物達の反応速度を超え、その間隙を縫うようにすれ違いざまに剣を振るう。
正確に首を切り落とし、全個体から血飛沫と瘴気が吹き荒れる。
その返り血も風によって、俺の身体に付着する前に四散する。
総じて、実戦でも十分に使い物になる事が分かったので、何よりだ。
と、実戦での確かな成果を感じていると、セドリックが俺に近づき告げる。
「ラース様、その風を身に纏う魔法。……もしや、ラース様御自身が考案されたものですか?」
「ええ。………元々魔物の返り血を防ぎたくて考えたものなんですが、機動力も高められるので、やはり風魔法は使い勝手が良いですね」
と、
すると、セドリックはやや驚いたように目を瞬きつつ、口を開く。
「確かに、いずれ御自身で魔法を作り出すとは思っておりましたが。まさか、この短期間でとは」
その言葉を聞き、セドリックとしては魔法の開発はもっと先の話だったのだと理解する。
まあ俺自身、まだまだ他の魔法も発展途上のため、更に新たな魔法を作るつもりは無い。
「しかし、旋風で身体を覆う魔法ですか。確かに返り血や砂などによる目眩しにも対応出来ますし、単純に風の推進力を機動力に上乗せ出来るので、有用性は高そうですな。…………とはいえ、それだけの魔法となると、魔力制御も難しいですし、身体強化との重ね掛けとなると、膨大な魔力量も必須です。総じて、ラース様の才能があってこそですな」
魔力制御は俺も感じていた事ではあるが、確かによくよく考えてみれば、ただでさえ身体強化で魔力が消費されるのに、そこから常時風を纏うとなれば一定の魔力量は必要だ。
特に意識してはいなかったが、魔力量とはやはり本当に重要な才能なんだろう。
しかし、そうなると、
「………確かに俺は、魔力量に頼り切っている部分がかなりありますね。普段の戦闘でも、膨大な魔力量に物を言わせれば、それだけで済んでしまう事も多いですし…………」
そう、ふと思い至る。
身体強化一つとっても、込める魔力次第で本当に効果にはばらつきが生まれる。
普通の人なら手を焼くような相手も、俺なら魔力量のゴリ押しで勝ててしまう。
普段の鍛錬で休憩無しで長時間魔法を使っていられるのもそうだし、使いたいと思った魔法をその通りに使えるのも、全て魔力量のおかげだ。
元々のラースの才能にしろ、水無瀬令人の人格が生まれた事による変化にしろ、俺は与えられた才能を利用しているだけに過ぎない。
それでも、別に悪い事だとは思わない。
この世界で強さは必須のものなのだから、才能でも何でも利用するに越した事は無い。
ただ改めて考えると、複雑な感情が胸を刺す事も事実だというだけだ。
と、そんな思考を巡らせていると、ふいにセドリックが告げる。
「確かに人には必ず生まれ持った才能があり、そういう意味で世界は平等ではありません。ラース様は間違い無く、恵まれた存在ではあるのでしょう」
前置きをするように、ゆっくりと告げるセドリック。
その言葉は共感出来るし、ラースの才能は勿論、貴族という生まれも恵まれた証だ。
「けれど、だからといってラース様が与えられた物だけに頼り切っているなどという事はありません。日々指導している私には分かります。ラース様のように、毎日のように一日中鍛錬を行える存在がどれだけ居るでしょう。何処かで妥協してしまうのは、人の性です。それでも、決して慢心する事無く自らを高め続けるのは、ラース様の努力による物です」
普段の俺の努力を肯定するように、自分が証明する存在だと言うように、そう告げるセドリック。
この人が認めてくれているのだというなら、不思議と気持ちが軽くなる。
「才能とは原石です。そして、それは持つ者に左右されます。ただの石にも、価値ある宝石にもなり得る原石を正しく磨けるかどうかは、与えられた存在が証明する事です。事実として、確かな結果を出しているラース様は、間違い無く持つべくして持った存在なのです」
それは、以前にも聞いた言葉と同じだった。
才能は、正しく磨き正しく発揮されてこそ、才能足り得るのだと。
自分でも分かっていたはずの事を、つい見失ってしまっていた。
「自身の才能と、そして確かな努力を誇りなさい。貴方は才に溺れるだけの凡愚では無い。師である私が保証しましょう」
優しげな目を向けつつ、いつもとは少し違う口調で告げるセドリック。
その様子から偽り無い本音を語っている事は、よく分かる。
大恩あり、尊敬する師匠にここまで言って貰い、これ以上悩む必要など無いな。
だから、
「そう、ですね。セドリックさんにそう言って頂けるなら、もう少し自信を持とうと思います」
吹っ切れたような笑みで、そう告げる。
色々と考え過ぎてしまうのは、俺の悪い癖なのかもしれない。
変えられる気は中々しないけれど、せめてもう少し自信を持とう。
「ええ、それが宜しいかと。………とはいえ、先程は出過ぎた口を利いてしまい、申し訳ありません」
「いえいえ。有り難かったですから、気になさらないで下さい」
恐らく、先程口調が変わった事を言っているのだろうが、全く構わない。
それでも身分差に厳格なセドリックらしいと、思わず苦笑する。
と、それはともかく。
セドリックの言葉で悩みも晴れ、切り替わった気持ちで次なる魔物を探し、森を歩くのだった。
日暮れ前まで魔物討伐を続け、十分な経験と戦果も得たため、フェルドへと帰還する。
いつも通り冒険者ギルドにて買取を行い、フェルディア家の屋敷へと戻る。
そして、普段ならそのまま離れへと帰る。
………のだが、今日はいつもとは異なる事があった。
というのも、屋敷の門の所に一人の使用人が居り、どうやら俺達の帰りを待っていたらしい。
何か用だろうか、と話を聞いてみると。
「…………父上が俺を呼んでいる、ですか」
「ええ、詳しい話は直接なさるとの事で。至急本館の部屋へと来てほしい、との事です」
どうやら、用があるのはライルであり、何か俺に話があるようだ。
ライルからの話というものに全く心当たりは無いが、特に予定も無いため断る事は無い。
使用人に肯定を返し、そのまま本館へと入る。
用があるのは俺だけみたいだが、セドリックも同伴するようだ。
まあセドリックに聞かせられず、俺だけに内密な話という事は考えられないし、問題無いだろう。
そのままライルの執務室へと辿り着き、ノックをし許可を取った上で入室する。
「失礼します」
「ああ、来たか。すまんな、突然呼び出して」
「いえ、問題ありません。………それで、俺に話というのは?」
軽く言葉を交わしつつ、本題について尋ねる。
すると、ライルは少し考える素振りを見せた後に告げる。
「此処で話しても良いんだが、実際に見せた方が早いだろうからな。ついて来てくれ」
そう言いつつ部屋を出るライル。
一体何の話なのだろうと気になるが、大人しくその後を追う。
俺とセドリックを引き連れライルが向かった先は、本館のとある一室だった。
その部屋は誰かの私室や客室、執務室といったものでは無い。
普段は殆ど使わないような部屋だ。
というのも、此処は先にも語った〈都市間通信魔導具〉が置いてあるだけの部屋だ。
遠距離でも通信を可能とする有用性に比例し、都市間通信魔導具は中々に大きい。
そこまで使用頻度が高い訳では無いが、間違い無く重要な物のため、そのサイズと併せてこのように専用の一室がある。
「セドリックも来たのは丁度良かったな。私も少し悩んでいた事だった」
部屋の中へと入った所で、そう告げるライル。
俺への要件で、ライルまで悩む事というのは本当に何なのだろうか。
その俺の疑問に答えるかのように、ライルが順を追って話し始める。
「二人が昼に魔物討伐へと向かって直ぐの事だ。この都市間通信魔導具で、ローレス家より通信が入った」
その言葉は、聞けば納得は出来るものだった。
近隣の都市と通信が行えるという性質上、その相手は限られる。
そして俺とアリアの婚約関係を考えれば、ローレス家からの可能性が最も高いだろう。
と、そんな事を考えていると、ライルが続ける。
「ただ、ローレス家からフェルディア家への連絡というより、アリア君からラースへの連絡なのだ」
「アリア様から俺に、ですか。どのような内容でしょうか?」
すると、ライルは何処か戸惑ったような表情を浮かべた後、俺へと告げる。
「…………まあ、実際に見た方が早いだろう」
(……………………?)
ライルの意味深げな表情や言葉を不思議に思いつつも、実際見た方が早いためその言葉に従う。
魔導具の前へと近づき、内容を確認する。
恐らく魔石、だろうか。
前世で言う液晶パネルのようなそれに、表示されていたアリアからの連絡というのは…………
『明後日、伺います』
というものだった。
(……………………)
これは、ライルがあのような表情を浮かべてしまう事も理解出来る。
アリアの意図が全く分からない。
いや、文章自体は容易に理解出来る。
2日後にフェルディア家へと来訪する、という事だろう。
だが、端的過ぎて何の用なのかも分からないし、流石に不自然な文章だ。
唐突に送られたアリアからの通信は、何やら不明瞭な色を含んでいた。
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