第78話 魔法開発
既に何度も訪れた、フェルド近郊の森にて。
対峙するはグレイフルボアという、猪型の魔物。
この森では比較的強力なFランクの魔物。
高さ2m弱、体長3m程の体躯を誇り、魔力を持った魔物という事で、生身の人間が襲われればひとたまりも無いような怪物である。
その巨体に見合わぬ敏捷や質量に任せた突進は絶大な威力であり、例え戦う術を持った冒険者などでも敵わない事もある存在だ。
注意すべきは、やはり突進による攻撃。
だが、あくまで前方への単純な動きのため、回避する事自体は容易だ。
問題は例え攻撃を喰らわなくとも、その硬い体毛と外皮に覆われた身体に傷を付ける事が難しいという点。
対して、人間にとっては一度でも攻撃を貰えば、致命傷にもなり得る。
とはいえ、このグレイフルボアは以前にも俺は倒した事がある。
またそれは魔法を習う前であり、俺の魔力量に物を言わせた身体強化で、硬い防御も突破する事が出来た。
そして、今となっては魔法も習得した事で、より安定して倒せるようになっていた。
『ブモォォォォォ!!』
グレイフルボアの膂力に富んだ突進を迎え撃つ。
とはいえ剣で受けるような真似はせず、相手と俺の直線上に、土魔法にて地面に窪みを作る。
大穴などを作ろうとすれば時間が掛かるが、小さな窪み程度ならば一瞬で作れる。
そして勢いに任せた突進をしている相手からすれば、小さな窪みと言えど大きな障害となる。
足を取られ、突進の勢いのままに派手に転倒するグレイフルボア。
転倒した先の地面を氷魔法で凍らせ、水魔法で少量の水膜も生み出す事で、起き上がる事を困難とする。
足元がおぼつき完全に身動きが取れなくなった所を、魔力で強化した剣の一振り。
「ふッッ…………!!」
俺の甚大な魔力量での一閃はグレイフルボアの外皮を貫き、その首を落とす。
魔物が生き絶え、その身体から瘴気が溢れ出る。
「……………ふぅ」
対象の沈黙を確認し、一息付く。
身体強化以外の魔法を用いた実戦にも、大分慣れてきた感覚がある。
と、そこまで俺の戦闘を見守っていたセドリックが口を開く。
「お見事でございます。魔法の技量も上達していますし、全体的な戦闘もそつが無くなってきましたな」
「ありがとうございます。人型で無い魔物との戦闘にも、大分慣れてきました」
この日も俺は、普段通りセドリックと共にフェルド近郊の森にて魔物討伐を行っていた。
魔法を本格的に訓練し始め、数週間が経った現在ならば実戦でも十分に使えるようになった。
本日も先程のグレイフルボア以外にも、ゴブリンやラピッドウルフなど様々な魔物を討伐し、計20体という戦果だった。
「そろそろ日暮れも近くなってきたので、今日はこの辺りで切り上げましょう」
「ええ、了解です」
セドリックの言葉に従い、フェルドへと戻る。
屋敷に帰る前に、いつも通り冒険者ギルドへと寄り、魔石や素材の換金を行う。
既に何回も買取を行っているため、俺自身で稼いだ資金も纏まった金額になってきた。
とはいえ、お世話になった人達へのお礼という名目で貯めているため、ちゃんとした物を贈るのならまだまだ余裕があった方が良いだろう。
その後は離れへと戻り、アンナとの食事や夜間のトレーニングなどを行う。
そんな風にある意味普段通りの1日を終えた、その翌日。
この日は朝の内に、セドリックから予定があり、魔物討伐だけで無く、剣の指導も行う事が出来ないという連絡があった。
セドリックに見て貰えないのは残念とはいえ、そもそも毎日のように指導してくれているのが恵まれ過ぎなため、全く構わない。
それに俺にとっては丁度良い機会かもしれない。
というのも、俺には個人的に時間を取ってやりたい事があった。
それは自分独自の魔法の開発である。
以前にセドリックから聞いた通り、この世界の実力者達は体系化されたもので無く、オリジナルの魔法を作る事がある。
魔法を習い始めた頃は自分で作ろうとは思わなかったが、現在では自身でも魔法を開発したいという意識が芽生えていた。
とはいえ、ただ興味本位で作る訳では無い。
開発する魔法には見当を付けており、魔物討伐を行っている時から、あれば良いなと思っている魔法ではあった。
というのも、魔物討伐をしている時に、魔物の返り血が付いてしまう事が俺は気になっていた。
単純に血を浴びるのが快くは無いという理由もあるが、流石にそれだけでは無い。
例えば服に魔物の返り血が付けば、それだけ重量が加算され、機動力が鈍る。
血が乾いて固まれば身動きも取り辛くなるし、目に入ったりなどすれば視界が奪われる。
魔物の返り血を防ぐ事には、少なくない意味がある。
そこで、魔法によって対処出来ればと考えたという次第だ。
どんな魔法にするかは当たりを付けており、今日は魔法の開発のために訓練場では無く、離れから少し距離を取った開けた場所に居る。
殺傷性のある魔法を作る訳では無いが、初めての魔法開発という事で、近くに人が居ない事を考慮しての結果だ。
準備が整った所で、集中力を高め体内で魔力を練り、発動する魔法のイメージを固める。
(…………身体の周囲に旋風を纏って、外部からの干渉を防ぐイメージで…………)
使用するのは、俺が普段から使っている風魔法。
身体の周囲に球体上の旋風を纏い、外側からの飛来物をシャットアウトする。
とはいえ、返り血程度を防ぎたいだけなので、そこまで強い風で無くとも良い。
自身の周囲に風を巻き起こすイメージを固め、魔法を発動する。
そして、
「………………ッッッ!?!?」
魔法を発動した瞬間、突風が俺の身体を包み込み、錐揉み状に揺さぶられつつ、肉体が遥か上空へと打ち上げられる。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
とはいえ、初めての魔法開発という事で何が起こるか分からないという心構えはしていたため、パニックになるような事は無かった。
一瞬で魔法を解除し、自身が空中に居る事を認識する。
10m以上は打ち上げられており、人がこの高さから落下したら、間違いなく軽傷では済まない。
とはいえ、殊更に焦る必要は無い。
身体強化の度合いを急激に高め、空中で体勢を立て直す。
余程不自然な着地をしなければ、魔力で大幅強化された肉体にダメージはほぼ無いだろう。
俺の考えは正しかったようで、特に痛みも無く着地する事に成功した。
しかし、人生で初めての魔法開発は中々に派手な失敗から幕を開ける事となった。
(…………注意してたつもりだったけど、流石に見切り発車が過ぎたか。もっと繊細なコントロールが必要だし、一気に発動するんじゃ無くて、徐々に風を強めていく方が良いな)
先程はいきなり完成形を発動しようとしたが、そうでは無く、弱い風から徐々に徐々にと形作っていく方が確実だ。
後は、俺の魔力量が多過ぎるという要因もあるのか、抑えたつもりでもかなりの威力になってしまっている。
普段使っている魔法と違い、自身で考えた魔法という事で、まだイメージも固まりきっていないのだろう。
総じて、いつも以上に繊細な魔力コントロールが求められる。
(とにかく微調整が肝心だな。さっきのも形自体は悪くなかった。大まかな発動は出来たから、後はそこから理想形に近付ければ良い)
失敗から改善点を炙り出し、次へと備える。
直すべきポイントは理解出来た。
もう先程以上に酷い失敗はしないだろう。
集中力を高め、再度イメージを固める。
まずは微弱な風を巻き起こし、そしてそれを少しずつ強めていく。
そんなイメージを思い描きつつ、俺は2度目の挑戦を始めたのだった。
一度目の失敗から、凡そ2時間。
最初の段階で、ある程度感覚を掴めたという事もあり、俺の思い描く魔法は理想的な形へと集約しつつあった。
まずは身体のすぐ近くに弱い旋風を生み出し、それを身体に纏うように広げていく。
風が身体全体を覆うまでとなったら、次は風を強める。
十分な強さとなれば、形としては既に完成している。
後は、動き回った状態でも維持出来るかどうかと、実際に外部からの干渉を拒絶出来るか。
風を纏いながらでの、戦闘時の激しい動きは中々に精神力を削られる。
身体強化とは段違いに持続が難しいので、身体の動きと魔法のどちらかが、どうしても緩んでしまう。
とはいえ、この辺りは流石に直ぐに出来るとは思っていない。
反復練習を重ね、魔法を維持した状態を身体に染み込ませる必要がある。
魔法の起動は出来ているため、現時点ではこれで十分だろう。
後は元々の目的である、返り血を防ぐ事が出来るか。
しかし此処には魔物など居ないため、実際に検証する事は出来ない。
とはいえ、
(まあ水魔法で、適当に自分にかければ良いか)
適当な代替案を思い付く。
すぐさま魔法の成否を確かめるように、水魔法で水を生み出し、自らへと放つ。
すると、水は俺に纏う風に弾かれ四散する。
(…………一先ず魔法は完成、と)
思い描いた魔法の効果を確認し、自らの魔法開発が成功した事を認識する。
まだまだ実戦で使えるようなレベルでは無いが、そこは日々の鍛錬で鍛えれば良い。
トレーニングや剣の素振りの時に、身体強化と同時に発動しつつ行えば、十分に練習出来る。
動き回りながらでも風を持続出来れば、本当に魔法は完全なものとなる。
風の威力も調整出来るため、より出力を上げれば返り血以外も防げるかもしれない。
流石に攻撃性のある魔法は無理だが、弓矢や投石程度ならば風の強さ次第で可能性はあるだろう。
外部からの干渉を防ぐ以外にも、単純に風を推進力として、機動力を上げる事も出来る。
運動をサポートする風も、威力や角度の調整はこれから訓練しないといけないが。
まあその辺りも今後煮詰めていけば良いだろう。
一先ず、今は魔法が完成した事を喜ぶ。
自身で魔法を生み出すなど少し前までは想像も出来なかったが、セドリックの指導もあり、俺も大分魔法に対する造詣が深くなったようだ。
と、そこで、
『自身で生み出した魔法に名を付け、よりイメージを固める。それにより発動がスムーズになり、術の効果も高める事が出来ます。ラース様も、もしご自身で魔法を考案する事があれば、名を付ける事をおすすめ致します』
セドリックの指導について考えた影響か、ふと以前の話を思い出す。
この世界で自ら魔法を生み出すような実力者達は、その魔法に名を付ける。
名を与える事で自身の魔法に対するイメージをより強固にし、比例してその効果も高める事が出来る。
セドリックも俺がもし魔法を作る事があれば、名を付けるように勧めていた。
(セドリックさんの教えでもあるし、俺も自分の魔法に名前を付けた方が良いかな……………)
名前を付けるメリットはよく理解出来る。
この世に存在する事象には大抵名があり、そのおかげでこれはこういうもの、という強い認識がある。
魔法も同様に名前を与える事でイメージを強め、発動がスムーズになり、持続や効果もより良いものとなるのだろう。
とすれば、俺のこの魔法にも名前を付けるべきだろう。
自身を覆うように風を発生させる魔法。
だとすると、
(……………
と、名前を考え付く。
おざなりに決めた訳では無いが、自身の中でイメージを固めるという理屈なら、極論名前など何でも良いのだろう。
想像しやすく、発動する事象に合っている名前が好ましいとは思うが。
と、これにて俺の魔法開発はとりあえず完成した訳ではある。
魔法は問題無く起動出来るし、名前を付ける事も完了した。
のだが、
(…………自分で考えた魔法に名前を付けるって、何処となく気恥ずかしいな………)
と、そんなどうでも良い思考が脳裏を過ぎる。
総じて、理解は出来る。
名前を付ける事には、仮に意味が無かったとしても特にデメリットなど無く、寧ろメリットしか無いという事も分かる。
ただそれでも、この歳で魔法を作り、さらに名前まで付けているという現実に、少し我に帰る感覚があったというだけだ。
(…………まあ、別に声に出す必要なんて無いんだ。魔法を使う時は、心の中で唱えれば良い)
下らない思考を断ち切り、解決策を講じる。
魔法の質が高まるというメリットがあるならば、俺の感情など些細な問題だ。
色々な意味で紆余曲折がありつつも、こうして俺自身の魔法開発は成功したのだった。
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