第77話 可能性
「まずは魔法名を告げずに発動出来るかを試してみましょう。先程の私のように水球を具象化出来るでしょうか?」
セドリックの言葉を受け、集中する。
魔法というのは術を思い描く力とそれに必要な魔力さえ持っていれば使用出来るという。
先程の魔法をイメージし、魔力を練る。
すると、
(………………出来た)
俺の掌の上に、一つの水球が出現した。
感覚としては以前の身体強化の時と近いものを意識していた。
具象化する現象は全く違うが、イメージし、魔力を練るという過程は、やはり全ての魔法に共通したものだと思う。
「……やはり、一発で成功させますか。こうなると、本当に教える事など殆どありませんな」
俺が生み出した水球を眺めつつ、苦笑気味にそう告げるセドリック。
俺自身、正直自信はあったとはいえ、こんなに早く成功させられるとは驚きだ。
しかし、
「……セドリックさんの魔法と比べると、発動速度も遅いですし、形も安定しませんが……」
そう、俺の生み出した水球は見るからに存在が不安定なものだった。
形は歪だし、発動までも少し時間が掛かった。
今も意識しなければ、水球を維持出来ない。
「その辺りは身体強化と同じです。発動は直ぐに行えても、術そのものを高めるには、やはり日々の鍛錬あるのみです」
まあ結局はセドリックの言う通りだろう。
前世の魔法のイメージもあり、俺は人より習得が早いというだけ。
勿論、それもとても大きなアドバンテージだとは思うが、そこで慢心していては成長などしない。
剣術や身体強化同様、日々の鍛錬で技量を高めていく他無いのだろう。
と、そこでセドリックが告げる。
「念の為、水以外の属性の魔法も試してみましょうか。私が例を見せますので、ラース様はそれに続いて発動を試してみて下さい」
「承知しました」
その後はセドリックが様々な魔法を披露し、それを俺が模倣するという流れだった。
結果としては、炎、風、土、光など精度はまだまだとはいえ、俺が使えない魔法は基本的に無かった。
この世界では適性が無ければ魔法が使えないという事など無いが、人によって属性の得手不得手は存在するらしい。
なので、多くの人は基本的に自身の得意な魔法を練習し、苦手な魔法は使わないようだ。
「魔法というのは非常に優れた技法ですが、万能という訳ではありません。身体強化が使えるという条件下において、剣を極めた者ならそれだけで魔導師にも勝てますからな」
身体強化は例外として、魔法は使えたからといって、それだけで強い訳では無いのだろう。
俺も基本的には剣を使うし、広域攻撃や剣術をサポートする形で魔法を扱えれば理想だろうか。
と、そこでセドリックが告げる。
「魔法においてもう一つ重要な事があります。それは、地形環境を考慮する事です。というのも、魔法は一から生み出すより、その場にあるものを用いる方が効率的です。例えば水魔法なら、自身で水を生み出すよりも、元々ある水を操る方が必要魔力も少ないですし、魔力制御も簡単なものとなります」
その言葉はよく理解出来るものだった。
自分で一から生み出すよりも、その場にあるものを用いる方が効率的というのは当然だろう。
だからこそ、川や海がある場所といったように地形環境が重要なのだろう。
(そう考えると、風や土魔法なんかは使い勝手が良いかな……………)
そんな風に用途が多そうな魔法について思考を巡らせていると、
「これまでも色々と申しましたが、最後に特に重要な事をお伝えしましょう。………先程から魔法に名や詠唱が必要無いとは言いましたが、必ずしも要らないという訳では無いのです」
セドリックがこれまでの話を締めくくるように、そう告げる。
しかし、魔法名や詠唱は完全に不要な物なのかと思っていたが、そういう訳でも無いようだ。
「……………魔法名などにも、何か意味があるということでしょうか?」
「ええ。先程も申し上げた、有数の使い手は逆に魔法名のある魔法を使用します。しかし、それは体系化された魔法という訳ではありません。そういった実力者達は自身で魔法を考案するのです。そして、その魔法に名を与え、より確たるイメージを持ったものにするのです」
「自分で、魔法を………」
オリジナルの魔法を生み出すという事には少し驚いたが、よく考えれば別に不思議な事では無い。
魔法の発動において必要なのは、魔力量と術を思い描くイメージ。
そう考えれば自身で使いたい魔法をイメージすれば、オリジナルの魔法を作り出す事も可能だろう。
「名を与える事にも大きな意味はあります。自身で生み出した魔法に名を付け、よりイメージを固める。それにより発動がスムーズになり、術の効果も高める事が出来ます。ラース様も、もしご自身で魔法を考案する事があれば、名を付ける事をおすすめ致します」
「そうですね。その機会があれば、考えてみたいと思います」
自身で考案した魔法に名前を付けるというのは、何処か気恥ずかしいものがあるが、意味があるというのならやるだけやった方が良いのだろう。
まあ、自分で魔法を作るかはまだ分からないのだが。
と、そんな事を考えていると、ふいにセドリックが真剣な表情で告げる。
「何回も申し上げている通り、魔法というのは術を思い描く力が重要になります。つまり、人が理想を思い描く限り、魔法に限界などありません。魔法とは可能性。人が想像を止めない限り、魔法に果てはありません」
その言葉は魔法の本質を突いている気がした。
勿論所有魔力量などによる制限はあるが、魔法を想像する限り、それは創造とも直結する。
だからこそ、魔法は個々人で高めていくものなのだろう。
人の想像する力が、原動力となるのだから。
「結局色々と語ってしまいましたが、私からはこれで以上です。後は下手に私が指導するよりも、ラース様の才能でしたら、ご自身で訓練される方が宜しいでしょう」
「承知しました。多くを教えて頂き、ありがとうございました」
という訳で、魔法の鍛錬は個人で行う事になり、その後は日暮れまで模擬戦を続けた。
魔法に関してはセドリックの指導の時間以外に行うこととしよう。
ただ俺の魔力量で際限なく魔力を込めて発動すると危険なため、魔法の訓練をする際は少ない魔力量から注意を払うように言われたが。
その後の日々では普段のトレーニング、セドリックとの模擬戦、身体強化、魔物討伐に加えて魔法の鍛錬も開始した。
やる事は大分多いが、魔物討伐は週に1、2回であり、身体強化やトレーニングは並行して行えるため、手一杯という程では無い。
魔法の鍛錬に関しては、まずは水や炎、氷、雷などを球体状で生み出し、この世界の一般的な物でいう初級魔法に近い形で発動する練習を行っている。
発動するだけなら問題は無いが、形を安定させたり、操作したり、威力を高めたりといった要素は、まだ覚束ないものがある。
とはいえ、その辺りの鍛錬も身体強化と同じく、トレーニングや剣の素振りと同時に鍛えられるため、時間は有効に使える。
まあ更に魔力を酷使する事で、騎士達からより白い目で見られる事となったが。
しかし、魔法を使えるようになる事は、戦い方に様々なバリエーションが増えて面白い。
今までは体術と剣一本のスタイルだったため近接戦しか出来なかったが、魔法が使える事により、中距離での手段が増えた。
流石にまだ遠距離や広範囲攻撃としては使えないが、十分過ぎる有用性が魔法にはある。
ただ逆に手段が増え過ぎて、戦闘中に迷いも生まれてしまうため、あくまで剣術のサポートをする形で使うのが、結局無難だが。
まあ、その辺りはもっと鍛錬を重ねて経験を積むしか無いだろう。
そうして魔法の訓練も進めつつ、2週間が経過した。
「既に魔法もある程度扱えるようになっているとは、お見事ですな」
「ありがとうございます。やはり戦闘中だと、どうしても意識しなければいけないので、攻撃が遅れてしまうのが難点ですが…………」
「まあ、まだ2週間ですからな。寧ろこの短期間に、戦闘で使い物になっているだけでも素晴らしいでしょう」
セドリックとの模擬戦の最中に、そんな会話をする。
魔法を使う際は、使おうという意識が必要になるため、どうしてもワンテンポ遅れてしまう。
まだまだ繰り返し使用し、感覚を身体に覚えさせる必要がある。
「後は、ラース様程の才能となると使える魔法が多く、逆に選択肢が増え過ぎるという要因もあるかもしれませんな。その点、使う属性を絞っているのは賢明な判断でしょう」
「欲を掻いて一度に使おうとしても、流石に限界がありますからね。まずは使い勝手の良い魔法から極めようと思います」
俺が主に使用しているのは、土・風・氷魔法だ。
土や風は身の回りに存在する物のため、消費魔力が少なく、魔力制御も比較的容易なものとなる。
氷魔法は複雑なもののため、比例して難易度が高いが、刀剣・鈍器といった使い分けも出来るし、搦手としても使えるため汎用性が高い。
炎や雷魔法なども戦闘において優れているとは思うが、流石に殺傷性が高すぎる事と、二次被害の恐れもあるため、現段階では使う気は無い。
「魔法の使い方も良いと思います。氷・土魔法で機動力を奪ったり、魔法と剣の多角的な同時攻撃をしたりなど、実戦でも十分通用するでしょう。………以前から思っていましたが、やはりラース様は戦闘中の思考能力が高いですな」
「ありがとうございます。それでも、まだまだセドリックさんには敵いそうにありませんが」
セドリックの言葉に苦笑しつつ返す。
魔法を絡めつつ様々な攻撃を加えているが、セドリックはそれを物ともしない。
例えば土・氷魔法で足を止めても気にした素振りも無く突き進むし、中距離から魔法を浴びせても全てを切り払う。
弓矢の如く飛来する複数の魔法を、剣の一薙ぎで掻き消した時は、流石に面食らった。
「ははは。一流の剣士とも一流の魔導師とも、王都に居た時に散々戦いましたからな。老兵の数少ない取り柄、経験というものです」
「成程。……………ところでセドリックさんは、昔王都にいらしたんですか?」
セドリックの言葉に納得しつつ、話の中で気になった点を尋ねる。
セドリックの過去というのは、ラースの記憶からも知っている事は殆ど無い。
「ふむ、ラース様にはお伝えした事がありませんでしたかな。十数年前まで、ラース様が生まれるより前までの話ですが、私は昔王都で近衛騎士団に所属していたのです」
「近衞騎士団、ですか。王国騎士の中で実力・立場共に最も優れた存在という。………セドリックさんは、それ程の方だったんですね」
その経歴に、内心かなりの驚きを覚える。
近衛騎士団と言えば、王族直下でもある、騎士の中の騎士。
限られた存在のみが所属出来る、正しくエリート達の集まりだ。
「ええ。恐れ多くも、私は第2師団団長の位を頂戴しまして。王都にて30年程、近衛騎士として生活しておりました」
その言葉に、またしても衝撃を受ける。
近衛騎士団とは第1から第10師団まで存在し、その団長と言えば、近衛騎士団でもトップだ。
立場としても騎士のそれ以上の権力を持つ存在でもあるだろう。
とはいえ、近衛騎士というのは通常貴族の生まれが成る存在だ。
エリート思考の強い組織だし、貴族のような幼い頃から英才教育を受けられる存在が所属するのが、自然とも思える。
それでも平民であるセドリックが所属し、さらに師団長の位まで得られたのは、偏にその強さ故だろう。
もしかすると、総団長や第1師団団長になれなかったのは、政治的な圧力が掛かったのかもしれない。
と、そこで一つ疑問が芽生える。
「それ程の存在であったセドリックさんが、どうしてフェルディア家で騎士団長を勤めているのでしょうか?」
そう、王都で近衛騎士まで成り上がったセドリックならば、もっと様々な選択肢があったと思う。
言い方は悪いが、態々辺境の伯爵家に仕える理由がいまいち見つからない。
すると、セドリックが俺の疑問に答える。
「ラース様の疑問は最もですが、大した理由ではありません。私の生まれが、このフェルディア伯爵領であり、先代の当主様とも付き合いがありまして。近衛騎士団の後任も育っていたため、故郷にて隠居しようと思ったのです。………まあ、騎士団長などという立場になるつもりは無かったのですが、そこはライル様の熱意に負けまして」
と、苦笑しつつ告げる。
年齢もあり近衛騎士を引退し、フェルディア伯爵領まで戻った所を、ライルが勧誘したといった所だろう。
「成程、そういう事でしたか。教えて頂き、ありがとうございます」
「いえいえ、私の過去などで良ければ。………とはいえ、休憩もこの位にして、そろそろ続きを始めましょうか」
「ええ。宜しくお願いします」
と、そんな所で話は区切り、再び模擬戦へと移る。
身体強化、剣、魔法、持てる力の全てでセドリックへと攻撃を仕掛けるが、やはり難なく対応されてしまうのだった。
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