第76話 魔法の根幹
冒険者ギルドでの買取が終了した後、屋敷へと戻っていた。
現在は夕食を取り終え、そのままアンナとお茶を飲みつつ、歓談に勤しんでいた。
「初めての魔物の討伐は如何でしたか?怪我などはしていませんか?」
「心配してくれてありがとう。でも何処も怪我していないから大丈夫だよ」
心配げな表情で尋ねてくるアンナに、問題無い旨を伝える。
強がりで無く、実際に今日は特に怪我はしていない。
初めの戦闘でゴブリンからの攻撃は受けたが、ダメージはほぼ無かったので問題無い。
それも
「そうですか、良かったです。いきなり魔物を討伐しに行くって聞いた時は驚きましたけど、やっぱりレイトさんはお強いんですね」
「うーん、どうなんだろう。比較対象が居ないからよく分からないんだけど。………近場の魔物なら問題無いとは思ったよ」
身近に同年代の存在が居ないため、一般的に俺がどの程度の強さなのかは本当に分からない。
ただ身体強化を用いれば並の騎士よりも強いとセドリックも言っていたので、少しは自信を持っても良いのかもしれない。
「怪我をされて帰った時は、直ぐに私に言って下さいね。しっかり治してみせますから」
「あはは、怪我の功名ってやつかな。アンナに治して貰えるなら、傷を負っても良いかなと思えるよ」
「私は真剣に言ってるんですよ。………もぅ」
俺の軽口に呆れた口調で返しつつも、口元が緩んでいるアンナ。
無論、俺も出来る限り怪我などする気は無い。
アンナに心配を掛けたくは無いし、態々痛みを味わおうとは思わない。
今のは単に殊更に心配しなくても良いと、アンナに伝えたかっただけだ。
そして、アンナもそういった冗談だと分かっているからこそ、笑ってくれているのだろう。
「という訳で、もし怪我をした時はアンナに治癒魔法をお願いするよ」
「はい、お任せ下さい」
俺の要望に、柔らかく微笑むアンナ。
やはり、アンナとの時間は心が安らぐ。
血が絶えず、命のやり取りをして擦り減った心が癒されていく感覚がある。
魔物を殺す必要性を理解し、覚悟は決めた。
とはいえ、やはり何も感じない訳では無い。
不快感などがある訳では無いが、日々の鍛錬と違い、楽しいものだとは流石に思えない。
それでも、これからも俺は魔物を討伐するし、それを悪い事だとは思えないと感じる。
魔物はどうしたって人類の敵であり、討伐する事が自分の為にも、周りの為にも、そして世界の為にもなるのだと思う。
けれど、それでも何処か言い知れぬ愁傷が俺の心を包んでいる。
きっとその感覚を乗り越えながらも戦わなければいけないのが、この世界なんだと思う。
と、一人そんな思考に耽っていると、
「……………《
唐突に身体が温かな光に包まれる。
弾かれたように顔を上げれば、アンナが優しげな微笑みを浮かべつつ、手を此方に翳していた。
「アンナ…………?」
「………今日は怪我をされていないかもしれませんけど、特別サービスです」
少しおどけたように、そう告げるアンナ。
その突然の行動に驚いていると、アンナが続ける。
「レイトさんはお優しいですから。魔物を殺してしまう事にも、心を痛めるんじゃないかと心配していました。………レイトさんの元居た世界は、戦う事など無いと言っていましたし」
その言葉を聞き、静かに驚く。
事実として俺は魔物を殺す事に迷っていたし、今も尚その事を考えていた。
「………さっき、わざと明るく振る舞おうとしていたんですよね?軽口まで言って、私に内心を悟られないように」
(………………!!)
そしてどうやら、先程の言葉の真意も見抜かれていたらしい。
魔物討伐に際して怪我を心配させないための軽口という側面も確かにあったが、少し悩んでいる事を悟られないようにするためでもあった。
しかし、それすらもアンナにはお見通しだったようだ。
「私の前では偽らないで欲しい。私の前では楽になって欲しい。あの時の言葉を忘れてしまいましたか?…………私はもう、貴方の秘密の共有者です。私の前では、無理なんかしないで下さい」
アンナが言っているのは、俺が令人だと知られた日の事だろう。
そして、確かにアンナはこの世界で唯一の俺の、水無瀬令人の理解者だ。
そのアンナに気を遣い、無理に振る舞うのは水臭い事だったのかもしれない。
「そう、だね。うん、確かに少し悩んだ事があった。とはいっても、それは俺の中で区切りは付けた事だから、もう本当に大丈夫。………でも、これからは辛い事があっても、アンナには偽らないで居ようかな」
アンナの言葉が心に染み、思わずそう告げる。
頼ってばかりで情け無く思えるが、俺達はそうやって支え合っていけば良いと決めたのだった。
「はい。……………勿論、私がレイトさんの悩みを、全て振り払えるはずはありません。貴方は強い人だから、私が解消出来るような小さな問題で悩む事は殆ど無いと思います。それでも、その心を少し軽くする位なら私にも出来ます。だから、支えさせて下さい。私は貴方の専属メイドですから」
慈愛に満ちた微笑みで、そう告げるアンナ。
その笑みを見ていれば、自分一人で抱え込んでいた事が馬鹿らしく思える。
始まりもそうだった。
俺は女の子の微笑み一つで悩みが晴れるような、単純な人間だった。
それがこの世界で最も信頼している存在となれば、その効果は言うまでも無い。
だから、
「ああ、じゃあ宜しくお願いするよ」
「はいっ」
魔物の討伐という初めての経験で疲れていた身も心も、アンナによって癒された
その有り難さを噛み締めながら、今日という日を終えるのだった。
後日。初めての魔物討伐から凡そ3週間。
事前の話通り、やはり普段の訓練と違いセドリックの都合次第となるため、魔物討伐へはそこまでの頻度で行っている訳では無い。
それでも、あれから4回は近郊の森へと赴き、魔物との実戦経験を積んでいた。
フェルド近郊の森に限っていえば、単体で見れば俺が苦戦するような相手は居らず、基本的にはH、Gランク、そして直近でFランクの魔物も一体討伐する事に成功した。
複数体との戦闘も回数を重ね、群れという程で無ければ、安定して立ち回れるようにはなった。
そんな風に順調に実戦経験を積みつつも、本日は普段通り訓練場にてセドリックとの模擬戦に勤しんでいた。
「ふむ、………しかし、本当にとんでもない速度で成長されますな、ラース様は。魔力制御も剣の技量も素晴らしい上達ぶりです。………これはいよいよ、私も油断ならなくなりましたな」
「ふぅ、…………ありがとうございます」
セドリックの言葉に感謝を返しつつも、思わず苦笑してしまう。
此方からすれば全力で攻めかかって、まだまだ余裕があるといった様子のセドリックの方が異常だ。
まあ、流石にそこは経験の違いが大きすぎるため、仕方ないとは思うが。
とはいえ、俺自身成長は確かに感じている。
魔物討伐による実戦の感覚を掴めた事は大きいのか、技量などの話では無いが、戦闘中により研ぎ澄まされた集中を行えるようになった感覚がある。
勿論普段の鍛錬によって、純粋な戦闘技術も魔力制御も上達していると感じるので、セドリックの言葉も御世辞では無いのだろう。
そして特に上達したと感じるのが、魔力制御だ。
身体強化は習得自体は直ぐに出来たが、以前は使用する時は、使おうという意識があった。
しかし、今はほぼ無意識で身体強化を施せるし、発生もスムーズとなり、強化内容も大きなものとなっている。
ただやはり俺の魔力量は大きすぎるため、強化の上限は定められているが。
と、そんな風に自身の成長について思考を巡らせていると、ふいにセドリックが告げる。
「そろそろ、頃合いかもしれませんな。………ラース様。急ではありますが、本日から本格的に魔法の指導を始めましょう」
「魔法の指導、…………それはつまり、身体強化以外の魔法、ということでしょうか?」
「ええ、その通りです」
どうやら俺の推測は正解のようで、今日から身体強化以外の魔法の指導に入るようだ。
身体強化の精度や戦闘技術の成長度合いを見て、習得を始めても良いと判断したのだろう。
しかし、そこで何故かセドリックが苦笑気味な表情を湛えている。
どうしたのだろうと思っていると、セドリックが続ける。
「とはいえ、魔法に関しては、正直私が教えるような事は殆ど無いとも思うのですが………」
その言葉に疑問を覚える。
魔法に関して教える事が無いというのはどういう事なのだろうか。
すると、セドリックは俺の疑問に答えるかのように、順序立てて話を進める。
「まず、一般的な話をしますが、魔法というのは、この世界において広く体系化されたものです。貴族家や王立学院などで魔法を教授する際には、全ての人間に対して一般的に確立された魔法を、同一に指導するのです」
セドリックの言葉を要約すると、例えば普通の座学のように、魔法も教科書に載っているものを生徒達に同じように教えるという事だろうか。
そこに指導する側による違いは無く、あくまで同一の魔法を同一のプロセスをもって、習得させるという事だろう。
「体系化された魔法にはそれぞれ魔法名があり、難度の高い魔法では詠唱も存在します。…………例えば、《
セドリックがそう唱えると同時に、セドリックの手の上に拳大程の水球が生まれた。
「これは
そこでセドリックは具象化していた水球を、消失させる。
そして、
「しかし私の考えとしては、ラース様のような高い才能を持つ人間にとって、このような手順は必要無いと考えています。確かに、魔法名がついており、この魔法はこういうもの、というイメージが広く伝わっていれば、習得も容易となります。しかし、逆に言えば、それは態々多くの人間が使える魔法しか習得しないという事にもなります」
セドリックの言葉の意味が、何となく分かってきた。
体系化された魔法というのも、メリットは色々とあるのだと思う。
広く流通する事で固定概念として定着すれば、それだけ人々がイメージを持ちやすい。
それに、指導する側としても同一の魔法の方が教えやすいだろう。
総じて多くの人間に魔法を教える上では、一般に体系化された魔法の方が効率が良い。
けれどセドリックの考えとしては、必ずしもそれが正解では無いようだ。
「高い才能と自らの中に確たるイメージさえ持っていれば、詠唱も魔法名も必要ありません。このように、……………」
すると、セドリックは先程と同じ水球を何の言葉を発する事も無く出現させた。
「このように、具象化したい現象を思い描く事。そしてそれを実現させる魔力と制御技術さえあれば、それだけで十分なのです」
確かに後者のやり方で魔法が使えるのなら、態々魔法名や詠唱などを気にする必要は無いと思える。
「これは術の内容にも関連します。この
そう告げつつ、セドリックは手の上に出現させた水球の形を変えたり、縦横無尽な軌道で動かしたりと、様々な変化を見せる。
こういった自由な変化を与える事が出来るなら、尚更体系化された魔法よりも、自身で思い描く魔法の方が優れていると感じる。
「とはいえ、このような体系化されたものでは無い魔法を扱う者も一定数存在します。上位冒険者や宮廷騎士・魔導師など、有数の使い手はそもそも自由な魔法を使える事が基本ですからな」
どうやら今までの話は、この世界の殆どの人間が知らないような裏技という訳では無く、有数の実力者ならば、使えて当たり前といった物のようだ。
あくまで魔法の習得を始めたばかりの人間にとっては、体系化された魔法の方が習得が容易だという話だろう。
まあ、それでも自由な魔法を使える人間は少数なのだろうし、どうせなら初めから体系化された物では無い魔法を訓練した方が良いだろう。
とは言っても、このような事を教えて貰えるのも全て、セドリックのような一流の使い手が指導者となってくれるからだと思う。
「魔法についての解説は大凡以上です。そこで最初の話に戻りますが、ラース様のような才能ある人間にとっては、自身のイメージで幾らでも魔法を訓練出来るので、態々私が体系化された魔法を教える必要など無い。つまりは、私が教えるような事も殆ど無いという事です」
一通り説明し終わり、セドリックは初めに告げた言葉に戻る。
確かに今までの話を聞けば、魔法というのは教わる物というよりは、個々人で独自に高めていく物という印象がある。
そう考えると、セドリックの言うように指導する事もそれ程無いのだろう。
とはいえ、
「いえ、これまでのお話だけでも、十分過ぎる程色々な事を教えて頂きました。分かりやすい説明でしたし、魔法において重要な事もしっかりと理解する事が出来ました。ありがとうございます」
この話を聞けただけでも、既に十分過ぎる程色々と教えて貰っている。
教える事が殆ど無いなど、全くそんな事は無い。
そんな思いを込め感謝を伝えると、セドリックは優しげに微笑みつつ、告げる。
「そう仰って頂けると、有り難いですな。ラース様も丁寧に話を聞き、理解も早いので、解説のしがいがありました。こちらこそ、ありがとうございます」
俺の言葉に返すようにセドリックもお礼をする。
指導して貰っている立場なのだから、お礼されるような事では無いと思うが。
「とはいえ、私の解説はこれで以上です。では、実際に魔法の習得に入りましょうか」
セドリックの言葉を皮切りに、身体強化以外で初めての魔法の訓練が開始した。
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