第75話 初めての報酬

 ゴブリンとの戦闘から数時間。

 魔物を探しひたすらに森を練り歩き、正午を超えつつ実戦を続けた。

 まだ日暮れには早いが、余裕を持って帰路に着くということで、今日は此処で終了となった。


 本日、俺が討伐した魔物は9体。

 最初の個体を合わせてゴブリン5体、ホーンラビットという兎の魔物が3体、ラピッドウルフという狼の魔物が1体という戦果となった。


 いずれもギルド指定のランクはH、Gという下級の魔物であり、初めのセドリックの言葉通り現在の俺でも十分倒せる魔物達だった。

 とはいえ、人型に近いゴブリンはともかく、他の魔物は完全に獣型であり、戦いの感覚を掴むまでは苦労した。

 それでもやはり単純な戦闘力で見れば、俺の方が強く、全体的に余裕を持って討伐する事は出来た。

 

 単体だけで無く、複数体を同時に相手取った戦いもあったが、余程多くなければこの辺りの魔物ならば問題無いだろうと思う。

 解体もその都度行い、どちらかと言えば解体の方が手間取ったため、時間が掛かってしまった。


 

 現在は既に森を抜け、馬を引きつつセドリックと共に街道を歩いている。

 と、そこでふいにセドリックが口を開く。


「しかし、初めての実戦でこれだけの戦果を挙げるとは。……お見事でございます、ラース様」


「ありがとうございます。セドリックさんの、日々の御指導の賜物ですね」

 

「……………やはりラース様は、驕りや慢心とは無縁そうですな」

 

 俺の返答に苦笑を浮かべつつ、そう告げるセドリック。

 まあ、事実慢心など出来るはずも無い。

 

 セドリックという超一流の指導を受けられる時点で、俺は恵まれ過ぎている。

 その指導に応えるためにも、それに見合う結果を示したいと思う。


 と、それはともかく、


「この後は、もう屋敷に戻りますか?」

 

「それでも良いのですが、折角魔石や素材を採取しましたので、買取を行って貰おうと考えています。宜しいでしょうか?」

 

 この後の予定を尋ねると、そう返される。

 魔石や素材の買取というと、先程教えて貰ったように冒険者ギルドへと向かう必要がある。


「俺としては問題ありません。ただ、ギルドに登録していなくても、買取を行って貰えるものなんですか?」

 

「ええ、問題無く行えますよ。依頼を受けたり、ギルドの情報を閲覧したりなど、その恩恵は基本的に受けられませんが、買取だけはギルド所属で無くとも行えます」


 その理由としては、単純に魔石や魔物の素材は常に需要があり、ギルド所属で無いからといって制限を掛けるのは、入手する機会を減らしてしまうかららしい。

 ギルドに入る気は無くとも買取で収入を得たい個人と、魔石や素材を求めているギルドとでニーズが一致しているのだろう。

 

 という訳で、屋敷に戻る前に冒険者ギルドにて買取を行う事となった。





 フェルドへと戻り、そのまま大通りを進んでいくと、件の冒険者ギルドが見えた。

 フェルディア家の屋敷程では無いが、それでも街でも有数の巨大な建物だ。


 中に入れば、まず目に入るのは、当然数多くの冒険者達。

 皆様々な武装をしており、鎧や盾、剣、杖といったように見たことも無いような武器も多い。


 内観としては依頼を受注するであろう受付カウンターや酒場、食事処、その他にも多くの部屋があり、広々とした造りだ。

 全体的に雑多な印象がある空間は、何処か新鮮なものを感じる。


「買取受付は此方です」


 セドリックの案内に従い受付カウンターへと向かう。

 

 すると、その途中で冒険者に声を掛けられた。

 

「あれ、セドリックさんじゃないですか!お久しぶりです!珍しいですね、ギルドに来るなんて」


 どうやらセドリックの知り合いのようで、親しげな態度で接している。

 と、その冒険者の声に反応したのか、周囲の冒険者達も会話に加わる。


「本当だ!お久しぶりです」

 

「おおっ。セドリックさん!」


 周囲の冒険者達の様子を見るに、どうやら唯の知り合いという感じでは無く、セドリックは何処か慕われているような雰囲気があった。


「久しぶりだな、お前達。何、少し所用があって立ち寄っただけで、直ぐに失礼する」


「そうなんすね。…………それで、此方のお子さんはどなたっすか?まさか、セドリックさんのお孫さんとかっすか?」


 これまで会話について行けなかった俺だが、唐突に水を向けられる。

 そして、どうやら俺がラースということに冒険者達は気付いていないようだ。


 まあ痩せた事で見た目もかなり変わっているし、今の俺は魔物討伐のための軽装で、貴族服を着ている訳でも無いので、分からないのも無理はない。


「この方は、フェルディア伯爵家のラース様だ。今日はラース様と魔物の討伐に行き、その戦果の買取に伺ったのだ」


 セドリックが俺の事と共に本日の用件を告げる。

 しかし、冒険者達は後半は聞こえていないかのように、俺の正体に衝撃を受けている。


「ええ!?ラース様って、あのラース様っすか!?」


「冗談っすよね?全然、見た目が……………」


「でも、白金の髪に碧の瞳って領主様の外見とも同じだぞ。………それに、ラース様が改心したっていうのは、最近じゃ結構有名な話だし」


 どうやら俺の話は広まっているようで、驚きながらも俺がラースだという事を信じた様子の冒険者達。

 しかし、その態度は貴族に対するものとしては全く相応しく無く、不敬だと言われてもおかしく無い程だ。

 

 とはいえ、先にも語った通り、冒険者ギルドというのは基本的に王侯貴族の権力が介入しない、一種の治外法権のような場所だ。

 あからさまに無礼な態度だと流石に問題になるが、この程度なら許されるのだろう。

 現に身分差に厳格なセドリックも、そこまで気にした様子は無い。

 

 

 と、いつまでも思考に集中する訳にもいかない。

 この状況では中々に話し掛け辛いが、俺の話題なのだから無視する訳にもいかない。


「初めまして。色々と変わっているかもしれませんが、俺がラース・フェルディアです。本日はセドリックさんと魔物の討伐に行きまして、その帰りにお邪魔させて頂いた次第です」


 俺がラースだという肯定と、先程のセドリック同様、用向きを簡単に説明する。

 ラースだと分かった事で、多少なり嫌悪感を示されるかとも思ったが、冒険者達の反応は意外にも辛辣なものでは無かった。


「………………丁寧だ」


「……ああ、丁寧だな」

 

「やっぱり改心したってのは本当だったんだな。前とは全然違えや………」

 

 信じてはくれたが、何処か呆然としたようにそう告げる冒険者達。

 しっかりと内容が伝わっているだろうかと若干心配になるが、ラースだった頃についても謝罪する。


「………以前の俺の態度で、皆さんに迷惑を掛けてしまいすみません。話は聞いているかもしれませんが、今後は真面目に生きようと考えました」

 

 流石に頭を下げる事は出来ないし、この場で本格的に謝罪する訳にもいかないため、簡単に行う。

 すると、冒険者達は恐縮した様子で言葉を返す。


「いっ、いやあ、そんな」

  

「あ、ああ。まあ実際、俺達がラース様に直接迷惑を掛けられたって事も無いしな」

 

「そうっすね。改心されたっていうなら、素直にめでたい?ことだと思いますよ」


 この状況に戸惑っているのか、貴族向けの口調があまり分からないのか、ぎこちない様子でそう応える冒険者達。

 

 しかし、彼らの気持ちは純粋に有難い。

 度々アンナと買い物に出たり、屋敷の人間達が話を広めたりといった要因もあるのか、ラースが改心した事は、もう周知の事実なのかもしれない。


「ありがとうございます」


 冒険者達の言葉に対して、感謝を伝える。

 すると、


「話も落ち着いたようだし、我々はこの辺りで失礼する。屋敷に戻らねばならないのでな。………ラース様、宜しいでしょうか?」


「ええ。………それでは、失礼します」


 話が一段落着いたのを見計らい、セドリックが声を掛ける。

 まだ時間に余裕はあるとはいえ、確かに此処で長々と話し込む訳にもいかない。

 セドリックに返答しつつ、冒険者達にも別れを告げ、その場を後にするのだった。





 その後、買取受付にて魔石や素材の買取を行う。

 数分で鑑定は済み、その場で価格が支払われる。


 用件も済んだため、ギルドを出た所でセドリックが口を開く。


「それではラース様、本日の報酬です」


 そう告げながら、先程の買取金を俺へと手渡すセドリック。


「本日の戦果はセドリックさんの御指導があってこそですし、俺が頂いて宜しいんでしょうか?」


「勿論です。実際に魔物の討伐をされたのはラース様なのですから。労働には、それに見合った対価が必要です」


「…………では、有り難く頂戴します」


 申し訳ない気持ちも強かったが、セドリックの言葉は全て正しい。

 それにセドリックからすれば、言い方は悪いが、この程度は微々たる金額だろう。

 ならば無理に遠慮せず、俺が受け取るのが自然だ。


(この金額だとまだ無理だけど、この先の魔物討伐の報酬で、何かお礼をしよう)


 今日一日の戦果では大した事も出来ないため、今後に向けてそう考える。

 セドリックだけで無く、ライルやセレス、アンナ、アリアなどにも何か贈り物でも出来たら良いだろうか。

 まあ、まだ当分先の話だが。



 と、そこで気になっていた事をふいに尋ねる。


「先程の冒険者の方々と親しかったようですが、お知り合いなんですか?」


「ええ。騎士隊と冒険者ということで戦場で顔を合わせる事もありますので」


 それは成程と、納得出来る理由だった。

 冒険者達がセドリックを慕っているような雰囲気だったのは、セドリックの強さに憧れているといった所だろうか。


 すると、今度はセドリックが俺に尋ねる。


「初めての冒険者ギルドは如何でしたかな?」


「良い雰囲気の場所だと感じました。皆さんも親切な方でしたから」


「それは良かった。とはいえ、フェルドの冒険者ギルドは少々特殊だとは思いますが………」


 俺の感想に対して、苦笑しつつそう告げるセドリック。

 どういう事だろうかと思い、尋ねると、


「このフェルドの冒険者ギルドは、領主であるライル様の治世や人柄もあり、善良なものとなっています。そして、それは冒険者も同様です。………ただ、本来冒険者とは粗野で粗暴な存在であり、ギルドももっと殺伐とした場所でもあります。ですので、あまり此処のギルドを基準には考えない方が良いかもしれません。無論、全員が全員粗暴な人柄という訳では当然ありませんが………」


「………成程、そうなんですね」



 セドリックの言葉に少し驚きつつも、納得の出来る話ではあった。

 そもそも俺自身、前世の影響もあるかもしれないが、冒険者とはそんなイメージだった。


 それにこの世界の平民は貴族と違い、まともな教育を受けられる者が殆ど居ない。

 そこから更に己の身体が資本であり、日々命懸けの戦いに身を投じているとなれば、自然と粗暴な人柄になっていくのだろう。

 

 別に悪い事などとは思わない。

 他者に迷惑を掛ける事さえ無ければ、そのように我が強くなるのは自然な事だと思える。

 


「ギルドや冒険者の事も、本日は色々と教えて頂きありがとうございました」


「いえ、やはりラース様への指導は私も楽しいですから。どれだけの速度で成長するだろうかと、つい期待してしまいます」


「あはは……………」


 師からの評価が重いが、快く指導が出来ているのなら、俺としても安心する。 

 今後もセドリックからの期待に応えられるように、邁進していこうと思える。


「普段の訓練とは違い、流石に毎日とはいきませんが、また私の予定が空いた日に魔物の討伐へお誘いしようと思いますが、宜しいでしょうか?」


「ええ、大丈夫です。申し訳ありません、俺の為にお時間を割かせてしまい」


「いえいえ、お気になさらず」


「………本当に、ありがとうございます」


 

 帰りの道中でそんな会話をしつつ、屋敷へと戻るのだった。

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