第74話 古の記録

 剣を鞘へと戻し、身体強化を解く。

 気が抜けてしまった訳では無いが、この辺りに魔物は居ないようなので、思わず一息つく。


 そして、つい先程俺が討伐したばかりのゴブリンに目を向ける。

 すると、その死体からは黒い霧のようなものが溢れ出し、直ぐに消え去った。


「これは……………」


「ふむ、魔物が持つ瘴気ですな。………ラース様は、魔物の発生起源がどういうものかご存知でしょうか?」


 俺がゴブリンから出た黒い霧へと気を取られていると、セドリックが唐突にそう問い掛けてくる。

 一見無関係な質問にも思えるが、その関連性を俺は知っていた。


「ええ、古き伝承に記載されていたという、一体の魔物が原因だとされていますよね」

 

「その通り。………丁度良い機会ですな。ラース様、この辺りには魔物が居ないので、一度索敵を中断して宜しいですよ。少し、魔物についての話をしましょう」

 

 そして先程セドリックも言っていた、魔物の発生起源について辿る。

 俺もこの世界に転生してから読んだ文献で、一応知ってはいた。

 

 

 

 曰く、数百年前この世界には一体の龍が存在した。

 その肢体を覆う漆黒の皮膚と、禍々しき瘴気を放つ姿から、黒龍と呼ばれる伝説の竜種だ。

 伝承の中では、邪竜とも呼ばれる。

 圧倒的な戦闘力を有し、世界に惨禍を齎らすその龍に、世界中の人々が立ち向かった。


 けれど、何人も黒龍を討伐する事は出来なかった。

 致命傷を与える事すら出来ず、世界は為す術なく龍の災禍に飲まれようとしていた。

 誰もがこの世界は終わりだと悟り、終焉への恐怖で涙を流した。

 


 そんな時、たった一人の存在が黒龍を討った。

 仲間も居らず、誰に頼る事もせず、己の身体と剣一本、そしてその魔法によって見事に厄災を討伐してみせた。

 曰く、その存在こそ救世の勇者だと言う。


 斯くして、世界を脅かす龍は斃れ、その亡骸はこの地の深くへと眠った。

 けれど、世界はそれで完全に平和とはならなかった。

 死して尚、黒龍の放つ瘴気は凄まじく、ある日この世界に魔の存在が生まれ出でた。

 

 それが、現在の魔物である。

 つまり魔物の発生起源とは、数百年前に討伐された黒龍の瘴気の残滓によるものでは無いか、というのが有力な一説だ。


 そして死した魔物が放つ黒い霧こそ、その瘴気なのでは無いかという。

 

 

「以上が魔物の発生起源ですな。黒龍の瘴気は現在では最早どうする事も出来ず、生まれる魔物を討伐するために、人々は力を蓄え、いずれ冒険者というシステムも誕生しました」


 これまでの話を纏めるように、セドリックがそう告げる。

 根本となる原因を解決すれば世界は平和になるとは思うが、確かに数百年前の黒龍の亡骸など現在ではどうする事も出来ないだろう。



 と、この伝承について俺には一つ気になる事があった。

 というのも、


「当時の状況や黒龍についてはある程度伝承が残っていますが、それを討った勇者については、殆ど記録がありませんよね。どういう人物だったのか、誰も知らないのでしょうか?」


 そう、黒龍を討伐したという当の勇者についてが全くと言っていい程後世に伝わっていないのだ。

 当時の状況や黒龍については記録が残っているのに、勇者についてのみ不自然な程に謎に包まれている。


「そうなのです。勇者という存在については、全く情報がありません。性別、種族、出自。黒龍を討った後どうしたのかすら、記録として残っていません」


 どうやら俺が読んだ文献だけで無く、世界中でも勇者については知られていないようだ。

 ここまで謎に包まれていると、流石に何らかの理由がありそうには思える。


「一説では、黒龍と相打ちになったとか、その後に国を興したなどと言われていますが、真相は完全に闇の中です。…………それでも勇者が黒龍を討伐し、世界を救ったという事実だけは確かなものであり、現在でも救世の勇者として人々に讃えられています」


 

 セドリックの話を聞きながら、俺には一つの考えが浮かんでいた。

 確証なんて何も無いし、俺の願望も混じっているかもしれないが、


(出自も、黒龍を討伐したその後も不明。………もしかして、俺と似たような別世界からの存在っていう可能性もあるのか?)


 勇者が俺と同じような、別世界からの存在だという可能性を俺は考えていた。

 けれど出自が不明という事はこの世界の人間に転生した俺と全く同じでは無く、元の存在のまま転移してきたという事になる。


 

 とはいえ、流石に突拍子も無い考えだし、間違っている確率の方が高いとは思う。

 俺が転生した手掛かり欲しさに、強引に別世界との関連をこじ付けているのかもしれない。


 

 

 けれど、黒龍討伐のその後が不明というのは流石に不自然だと思った。

 この世界の存在だったならば、何かしら記録が残っていた方が自然だ。


 とすると、黒龍を討った後に元の世界へと帰ったという事は考えられないだろうか。

 別世界の存在という事ならば、不自然な程記録が残っていない事も納得は出来る。


 

 それにこの仮説が正しければ、俺がこの世界に感じていた疑問もある程度氷解するように思える。

 

 それは、この世界と地球に関連が大きい事だ。


 異世界なんていう現実離れした出来事で、そういうものだと流していたが、文化などこの世界には地球と似通った部分が多い。

 けれど、それも勇者が地球からの転移者だったとすれば、様々な文化を伝えたという事で一応説明はつく。


 しかし、


(…………いや、それだと時系列がおかしな事になるのか)

 

 自らの思考の中で、矛盾点に気付く。

 勇者が黒龍を討伐したのは、数百年前。

 低く見積もって200年前だとしても、勇者も200年前の地球に居た存在という事になる。


 とすれば、流石におかしい。

 当時の地球には無かったような文化も、この世界には伝わっている事になってしまう。


(俺が転生した手掛かりを探す上で、勇者の存在は大きいかと思ったんだけど、………流石に見立てが甘かったか)


 自身の考えの甘さに気付き、そこで思考を中断する。

 謎に包まれた勇者の存在は気にはなるが、いつまでも想像を膨らませている訳にもいかない。


 

 ということで、


「この後はどうしましょうか?」

 

 ゴブリンを討伐した訳だが、この後どうするのかをセドリックに尋ねる。

 

「初めての実戦という事ですし、ラース様がお疲れでしたら、もう帰っても宜しいですが…………」


 先程の件もあり俺を気遣うように、そう提案してくれるセドリック。

 その優しさは有難いが、折角俺に付き合って貰っているのだから、これで終わりというのは流石に申し訳ない。

 それに、俺の心情としても本当に大丈夫だ。


「お気遣い下さり、ありがとうございます。ですが、大丈夫です。折角の実戦ですし、もっと色々と学びたいと思うので」


 俺の言葉を聞き、セドリックはふっと笑みを刻みつつ告げる。


「承知致しました。では、早速一つ実戦ならではの知識を教えるとしましょう。………魔物の解体についてです」


 そう言いながら、セドリックは既に事切れたゴブリンへと近づく。

 俺もそれに倣いゴブリンへと近づくと、セドリックが続ける。


「討伐し、瘴気を失った魔物は解体する事が常です。その理由としては魔物から取れる素材や魔石を売る事が出来るからです。これは冒険者ギルドが買取を行っており、多くの冒険者はそれらによって生計を立てています」


 セドリックの話に出た魔石とは、魔物が体内に宿す結晶であり、魔力をもった物体である。

 これは武器や防具の素材、魔導具を製作する上で必要不可欠な物であり、この世界では多く必要とされるものだ。

 低ランクの魔物からは低価値の魔石、高ランクの魔物からは高価値の魔石が取れる。



「今回のゴブリンのような魔物は例外ですが、食材とする事の出来る魔物も存在します。そういった点を踏まえても、討伐した魔物から収入を得るためにも、魔物の解体は習得すべき技術です」


 食材となる魔物も多く、高ランクの魔物は非常に美味で王侯貴族がこぞって求める魔物も多いのだという。

 何れにせよ、余裕があるならば魔物を討伐した後は解体する事が常識という訳だ。


「実際に行って頂いた方が習得も早いでしょう。ナイフをお貸ししますので、私の指示に従って解体してみて下さい」


「承知しました。お願いします」



 そしてセドリックの指示を聞きつつ、解体を進める事十分弱。

 慣れない作業という事もあり、大分時間が掛かってしまったが、何とか解体は完了した。


 ゴブリンから取れる素材は魔石の他には牙や爪などであり、そこまで取れる物は多くない。

 そして件の魔石を手に持ち、眺める。


 薄紫に淡く輝く結晶は何処か神秘的であり、実用的なだけで無く、コレクションとしてだけでも価値がありそうな感覚があった。


「お疲れ様です。以上が基本的な解体の手順です。当然魔物によって取れる素材や解体の難度も異なりますので、この辺りも経験を積んで慣れていく他ありませんな」


 ゴブリンはそこそこ小さな魔物だったが、もっと大きな魔物となればそれだけで苦労しそうだ。

 ただ討伐するだけで無く、その後の事も考えなければいけない。



「解体も済みましたし、この後も魔物の討伐を続けようと思いますが、宜しいでしょうか?」


「ええ、問題ありません。お願いします」


「承知しました。………と、その前に一つ、重要な事がありました」


 解体も終了し、次の魔物を探すかと思いきや、セドリックがふいにそう告げる。

 一体何だろうと思っていると、セドリックは徐にある物を取り出す。

 

 何やら液体の入った瓶であり、それが重要な事と関係があるのだろうか。


「セドリックさん、それは?」


回復薬ポーションという、傷や体力をを回復する物資です。魔法で言う、治癒ヒールと同じ効果を持つ薬ですね」


 液体の名称は回復訳ポーションと言い、どうやら治癒ヒールのような肉体を回復するためのアイテムのようだ。


「治癒魔法を扱える者はあまり多くありませんからな。騎士や冒険者でも使い手が居ない場合も多いため、回復薬ポーションは戦闘を生業とする者の必需品です」

 

 そう解説をするセドリック。

 確かに全員が全員、治癒魔法を使える訳では無いし、こういった備えをしておく事は重要なのだろう。


「という訳で、どうぞラース様」

 

 すると、そう言って回復薬ポーションを俺に差し出してくるセドリック。

 その意味を汲み取れば、俺に使えという事だろうか。


「先程、ゴブリンから攻撃を受けましたからな。念の為です」


「いえ、しかし身体強化のお陰でダメージはありませんでしたので」


 ゴブリンの攻撃を受けたのは事実だが、正直痛みすら殆ど無かった。

 貴重な物資を使う程では無いと告げるも、セドリックは首を横に振る。


「万が一という事もありますし、そうで無くともこれも経験です。そこまで高価な品という訳でも無いので、試してみて下さい」


 そう言われてしまうと、断るのも失礼かと思い素直に受け取る。

 

「経口摂取か傷口に直接振りかけるかの、二通りの使用方法があります。今回は外傷を負っている訳でも無いので、経口摂取で宜しいかと」


 セドリックの説明を聞き、瓶の栓を外し液体をそのまま飲み干す。

 味としては少し甘い、だろうか。

 とはいえ、無味無臭と言っていい程である。


 すると、治癒ヒールを掛けられた時のような温かな感覚に身体を包まれる。

 傷があった訳でも無いが、肉体の疲労は癒やされたと感じる。


「すみません。ありがとうございます」


「いえいえ。………それでは、此方もどうぞ」


 回復薬ポーションに対するお礼をすると、今度は別の液体を差し出される。

 先程と同じ展開から、何となく予想は出来るが、セドリックに問い掛ける。


「…………これは?」


魔力回復薬マナ・ポーションという、言ってみれば魔力を回復する回復薬ポーションです。これも、戦闘における必需品です」

 

 何となく予想はしていたが、しかし思っていた以上に重要な物だった。

 回復薬ポーションも有用なアイテムだと思うが、魔力を回復するという効果はそれ以上だ。

 怪我は負わないようにも出来るが、魔力はどうしたって消費する。

 それを回復出来るとなれば、本当に必需品だろう。


 とはいえ、俺の魔力量は膨大なので現時点で特に問題は無かったが、例によって経験だと諭されたため、大人しく受け取る。

 飲んでみれば、減少していた魔力が満たされていく感覚がある。

 回復薬ポーション魔力回復薬マナ・ポーションも、本当に大事なものなのだろうと感じた。


「二つとも、ありがとうございました」

 

「いえいえ、お気になさらず」


 お礼に対しセドリックは鷹揚に頷き、これで肉体も魔力も回復は済んだ。


 そんな所で、俺の初めての魔物との戦闘は一先ず終了し、次の魔物を探し森を歩くのだった。

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