第72話 魔物と冒険者
アリアの来訪から、凡そ2週間。
これといって特に変わった事は無く、基本的にはトレーニングに精を出しつつ、離れでの仕事を以前よりも積極的に行うようにはなった。
そして、午前中にはアンナとの買い物や掃除といった離れでの事、午後からはセドリックとの剣の鍛錬という変わらない日々を過ごしてきた。
強いて変わった事を挙げるなら、セドリックとの訓練の際に木剣では無く、真剣も扱うようになった事だろうか。
俺が戦う術を身に付けると決めた時点で、以前とは違い確実に真剣の扱いも教わるべきではあったが、何故急に始めたのだろうとは思った。
そしてその理由は、この日に分かる事となった。
というのも、
「魔物の討伐、ですか……………」
「ええ、ラース様の戦闘技術は私の推測を遥かに上回る速度で成長されています。………というより、魔力消費度外視の身体強化を用いても良い、という条件下であれば、剣の技量と合わせて既に並の騎士などより遥かにお強いでしょうからな」
今回はいつもと違い、午前の内にセドリックと訓練場にて集まっている。
セドリックから話があるという事で伺えば、魔物の討伐に行かないかという提案だった。
急な話なので驚いたが、詳しく話を聞けば納得出来るものではあった。
「ラース様の実力を鑑みれば、ただ私との模擬戦をするだけでは無く、そろそろ実践的な戦闘経験を積むべきだと考えました」
セドリックの話には頷けるものがある。
俺がどれだけ強くなっているかという点については、比較対象が常にセドリックなのであまり実感は無い。
身体強化に関しても、確かに俺は魔力量が多いため、それだけで人よりは優れているかもしれない。
けれど、やはり魔力制御がまだまだなので所有量に見合う強化は出来ていない。
とはいえ、師であるセドリックが実戦を経験する上で十分だと判断したのなら、俺が断る理由は無い。
「成程、だから少し前から真剣の扱い方を教えて頂いたんですね」
「ええ。流石に木剣で魔物との戦闘をさせる訳にもいきませんからな。真剣となると重量も殺傷性も木剣とは異なりますが、基本的な戦い方は変わりません。以前からの訓練で真剣での感覚にも慣れているでしょうし、そろそろ頃合いと判断しました」
これで最近の訓練で真剣を使っていた理由も氷解した。
確かに木剣と真剣では重量や殺傷性の影響で異なる感覚はあった。
それでも、筋力・体力の増加や身体強化魔法で問題無く扱う事は出来る。
最近の訓練でその感覚も掴んでいるし、剣の違いで戸惑う事は無いだろう。
と、そこである事を思い付く。
魔物の討伐という実戦となれば、懸念すべき問題があった。
それは、
「俺としてはお断りする理由はありません。ただ、魔物の討伐となると、勿論とても危険なものになると思うのですが、………父上からの許可は下りるのでしょうか?」
ラースは一応、伯爵令息である。
嫡男でこそ無いとはいえ、危険な実戦を気軽に行える立場では当然無い。
その辺りは大丈夫なのだろうかと問いかければ、セドリックからは肯定の返答が返ってきた。
「ラース様の懸念は最もなものです。しかし、私の付き添いという絶対の条件さえ満たせば、問題無いとの事です」
「…………そうなんですね」
案外とあっさり許可が下りている事を静かに驚くと共に不思議に思う。
すると、セドリックが俺の疑問に答えるかのように説明をする。
「まあ、男性貴族となれば一定の実戦経験は必要ですからな。どの道王立学院などでも、講義の一環として魔物との実戦経験を積むというものもあります。…………貴族家によっては、対人の実戦を積ませるという家もありますからな」
セドリックの言葉を聞けば、どれも納得の出来る理由だった。
確かに文官としての将来を考えている者はともかく、武官や騎士を目指している存在も居るのだから、どの道実戦経験は必要という事だ。
俺としても早くから実戦を行えるのなら、それは望むべきものだ。
と、そこで一つの懸念点は解消出来たが、もう一つ問題がある事を思い出す。
「魔物の討伐というと、勿論都市の郊外へと出ることになりますが、宜しいのでしょうか?セドリックさんが屋敷を離れる事になってしまいますが」
既に何度か聞いている事ではあるが、騎士隊長という立場ではあるが、セドリックは実質的な仕事はあまり無いらしく、だからこそ殆ど毎日といったように俺に訓練をしてくれている。
とはいえ、それは絶対的な役目であろう屋敷の護衛は問題無く出来るからだ。
都市の外へ行く事になれば、護衛にも支障が出るのではと問いかけると、
「ラース様ももうお気付きだと思いますが、私の主な任務はこの屋敷の護衛です。ある程度暇と言えども敷地内に居る事が絶対条件です。とはいえ、当たり前ではありますが、私も常に屋敷に居る訳ではありません。そういった際は騎士隊の十分な戦力を残しておりますので、ご心配無く」
との事だった。
まあ俺が懸念しているような事を、セドリックが見落とすはずも無く、杞憂だったという事だ。
俺の指導を優先し過ぎてくれて、申し訳無い気持ちも強いが、セドリック本人が言ってくれているのだから、遠慮し過ぎても失礼だろう。
という事で、
「成程、承知しました。ご裁可頂けるのなら、俺としては有難い限りです。宜しくお願いします」
「ええ。早速本日からとしますが、宜しいでしょうか?」
セドリックからの質問に肯定を返し、本日から魔物との実戦訓練が開始となった。
本日から魔物の討伐という新たな訓練が始まる事となったが、その上でこの世界における非常に大きな常識を確認しなければならない。
まず魔物という人類への脅威がありふれたこの世界では、人々がそれに備えて力を持つ。
国家や貴族家の騎士・魔導師は勿論、民間人もある程度は同様である。
そして、特に魔物との戦闘に長けた存在がこの世界には居る。
それが冒険者である。
職業として冒険者を営んでいる者達が所属する機関である、冒険者ギルドというものも存在する。
まあこの辺りは俺も前世の記憶のおかげで、何となくイメージは持っている。
所謂ファンタジーの定番であり、理解はそう難しくは無い。
冒険者というのは何も魔物の討伐だけを行なっている訳では無く、ギルドから斡旋された多種多様な仕事を請け負う。
それこそ街の掃除や要人の護衛などというように、本当にピンからキリまである。
ただその中でも冒険者として主に担っているのは、魔物の討伐だ。
そして、その冒険者達が所属する冒険者ギルド。
冒険者ギルドというのは街や国家という枠組みを超えた、独立した機関だ。
系列としては各国家に本部があり、その国の街々に支部が存在する。
ただこの点で、ギルドは基本的に国家からの干渉を受けない。
国毎の法や貴族領での領令の対象とならず、あくまでギルド内での縦の繋がりがあるのみで、本当に独立した組織である。
簡単に言えば、国王といえどギルドに命令権は持たないし、貴族の権力が介入する事も基本的にはあり得ない。
まあこの辺りは国や貴族領によっても様々で、あくまでそういった規律が存在するのみで、治世が腐敗していれば外からの干渉も多分に受けるだろう。
ただやはり、基本的にはギルドとそれに所属する冒険者は独立した存在である。
そして、何故そのような特別待遇が許されているのかといえば、魔物の存在が挙げられる。
魔物という人類の敵を積極的に討伐する冒険者は世界にとって重要な存在であり、それを纏め上げるギルドは外からの干渉を受け付けない、独立した機関として認められている。
とはいえ勿論、国の法などに縛られないとはいえ、犯罪を犯しても問題無いという訳は無い。
ギルド内でも規律が厳格に定められており、違反するような事があれば、問答無用で資格は取り消しとなり、法によって裁かれる。
そうで無くとも現行犯であれば、そのまま処される事となる。
と、これらのように、魔物について考える上では冒険者とギルドは非常に関連の大きいものだ。
そして、更に重要な事項がある。
魔物の討伐という仕事を冒険者に斡旋するギルドは、当然魔物という存在を熟知している。
そのギルドが討伐を依頼する上で、魔物の危険度を簡単に示した指標があり、それがギルド指定のランクである。
魔物とは須く危険な存在ではあるが、勿論その中でも危険度は異なる。
それを簡潔に示したものがギルド指定ランクであり、G〜A、S、SSという順でその危険度は上がっていく。
これと同様にギルド所属の冒険者にもランクがあり、基本的に魔物を安定して討伐するためには魔物のランクより上の単独の冒険者、または魔物と同ランクの複数の冒険者が必要と言われている。
と、これが俺が魔物の討伐を行う上で特に確認しなければいけなかった点である。
ギルド指定のランクは魔物を討伐する上で確認するべきものであり、俺のように初めての討伐となれば低ランクの魔物を標的にすべきだ。
その上で今回セドリックと向かう、フェルディア伯爵領の領都フェルド近郊にある森には、基本的にはGやHといった低ランクの魔物しか居ないらしい。
深くまで潜ればそれ以上の魔物も存在するが、今回は浅い部分で俺に経験を積ませることが主目的のようだ。
ただ当然ではあるが、都市から目的地の森まではある程度距離がある。
徒歩で向かっても問題無いとはいえ、どうせなら時間を短縮するという事で、魔物の討伐に向かう前に、
「まずは馬の扱い方からお教えしましょう。とはいえ、身体強化さえ施せば安定して乗馬出来ますし、仮に落馬したとしてもダメージはありません。まあ、ラース様ならば直ぐに慣れるでしょう」
と、セドリックが告げる。
前世では馬などレジャーとして数回乗った事がある程度だし、それも当然スピードを出す前提では無かった。
若干不安だったが、セドリックの言葉通り身体強化さえ維持していれば激しく動く馬にも安定して乗る事が出来る。
それに、落ちてもダメージを心配しなくても良いため、安心して練習出来た要因も大きいのだろう。
訓練場にて一時間程馬の扱い方を練習し、真っ直ぐ走らせるだけなら、ある程度スピードを出しても問題無く行えるようになった。
目的地へと向かうだけなら十分という事で、後はいつも通り日々の練習で技量を高めていけば良いだろう。
という事で、これで準備は全て整え終わり、いよいよ魔物の討伐へと向かう事となった。
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