第68話 笑顔

 アリアの趣味に関して始まった一連のやり取り。

 その話題は未だ継続していた。


「アリア様のお好きな哲学書などは私も少ししか理解がありませんが、物語性のある小説などはよく読みますね」


 前世では勉学の一環として哲学や倫理も学んでいたし嫌いでは無かったが、この世界ではそういった書物は読んでいない。

 しかし物語性のある本は気軽に読む事が出来るし、手隙の時間に割と読んでいる。


「私も書物なら大抵のジャンルは好きですので、小説もよく読みます。哲学や歴史と違い、物語の世界に入り込む独特の感覚は、やはり小説でしか味わうことの出来ない得難いものです」

 

 と、饒舌に語るアリア。

 やはり読書に関する話題では、普段以上に楽しそうな雰囲気がある。


「確かに、創作という誰かが生み出した世界を体験する感覚はワクワクとするものがありますね。似たような題目でも、作者によって違いは如実に感じられますし、小説ならではの良さだと思います」


「分かります。沢山の小説には、各々の作者の方にしか表現出来ない多種多様な世界が広がっています。それらの違いを味わう事が読書の醍醐味とも言えますから」


 俺の言葉に強く共感したように返答するアリア。

 どうやら本なら大抵好きという言葉通り、小説もよく読むようだ。


「ラース様は小説の中でも、どういったジャンルがお好きでしょうか?」


 そう尋ねてくるアリア。 

 一口に小説と言っても色々とジャンルはある。

 その中で特に何が好きか、という問いだが、


「そうですね。………英雄譚などはやはり好きですね。文字だけでも迫力があって、読んでいて気分が高揚します。邪竜討伐の物語などは書き手によってストーリーも様々ですが、どれも面白いですから」


「英雄譚ですか。確かに、剣や魔法を用いた戦闘の描写は文字だけでもとても迫力があります。ワクワクとする感覚は共感出来ます」


 と、そんな風に俺の好きな小説についてそのまま話していく。

 アリアの言葉には共感出来る部分が多く、意外と読書の趣味は近いのかもしれない。

 

 ある程度話した所で、次はアリアの好きな小説のジャンルについて尋ねる。

 会話の流れとして、当たり前の質問だろう。


「アリア様のお好きな小説のジャンルは、何かありますか?」

 

「………………」


 すると、またしてもアリアが自身の発言に悩んでいるような様子だ。

 しかし今回は暗い雰囲気という訳では無く、何処となく恥ずかしそうな表情だ。


 と、そこでアリアが探るように問いかける。


「……………わ、笑いませんか?」


「?…………先程も申しましたが、人の趣味を否定したりはしませんよ」


 質問の意味は良く分からなかったが、どんな答えにしろ、それを馬鹿にするつもりなんて無い。

 アリアは俺の言葉を受け、独り言のようにか細い声で告げる。



「私の好きな小説は、れ、……い小説、です」


「………申し訳ありません。何と仰ったでしょうか?」


 流石に声が小さ過ぎて聞き取れなかった。

 聞き返すのも悪い気がするが、許してほしい。


 すると、アリアは意を決したようにやや赤くなった顔を此方に向けつつ告げる。



「だからっ、……れ、……恋愛小説、です!」


 

 キュッと目を瞑り、勢い任せに声に出すアリア。


 どんな答えが飛び出してくるのか気を張っていただけに、そんな可愛らしい趣味をまるで一世一代の告白のように告げるアリアを見て、少し驚く。

 だがそれ以上にそんな様子が何処か可笑しくて、先程の発言を翻してしまうと理解しつつも、つい笑ってしまった。


「くっ、……あはは」


「っっ………」


 アリアはそんな俺の様子を見て、さらに顔を赤くしつつ咎める。


「わ、笑いましたね!話が違います!」


「申し訳ありません。趣味自体を笑った訳では無いんです。今のアリア様の様子が、少し可笑しくて」


 好きな小説を告げるだけで必死なアリアの様子が可笑しく映っただけで、決して趣味を馬鹿にした訳では無い。

 そう告げると、アリアは恥ずかしそうに自らの佇まいを直した後に、拗ねたように告げる。


「………どうせ、私には似合わない趣味です」


「いえいえ。可愛らしくて、素敵なご趣味だと思いますよ」


「っっ………!?」


 フォローしようとそう告げると、アリアは驚いたように肩を震わせた後、顔を伏せてしまった。

 悪意は無かったとはいえ、少し揶揄いすぎただろうかと心配になっていると、



「……………やはり今の貴方と居ると、調子が狂います」


 と、小さく呟いた。

 その言葉に嫌な感情が込められていないと感じたのは、俺の願望では無いと祈りたい。




    

 アリアの様子も落ち着いた後に、趣味の話をしばらく続ける。

 恋愛小説という意外な好みに驚きはしたが、アリアもやはり普通の女の子という事だ。

 好んで読むのが哲学書と恋愛小説というと全く別のジャンルのような気もするが、本自体が好きなのなら色々な分野に精通しているのだろう。


 

 と、そんな事を考えつつ、読書が趣味というアリアのためにある事を思い付いた。


「本がお好きという事であれば、宜しければ本館の書庫をご覧になりますか?」


「えっ?」


「伯爵家というだけあって、書庫に内在する書物は種類も数も豊富ですし、アリア様がご覧になった事の無い物もあるかもしれませんから」


 本館にある書庫は、貴族家の中でも上位の伯爵家というだけあって広大なものだ。

 流石に図書館という程では無いが、本棚がずらりと並ぶ様相は圧巻であり、保管されている本も多種多様だ。

 ローレス家や市街に無い物もあるかもしれないし、アリアにとって良い提案ではないかと告げる。


「確かに、伯爵家の書庫というと非常に興味はありますが。……………私などが見て宜しいのでしょうか?」


 興味は惹かれるけれど、他家、それも家格が上という事で遠慮した様子のアリア。

 

 確かに、伯爵家の内情に関わる物や機密の物などは流石に見せる事は出来ないと思う。

 とはいえ、それ以外の一般に流通しているような物なら何の問題も無いだろう。


「父上に確認してみなければ何とも言えませんが、問題は無いと思いますよ。まあ無理にとは申せませんが、………興味があるなら如何でしょう?」


 俺の言葉を受け、しばらく逡巡した様子のアリアだったが、やはり相当な本好きなのだろう。

 興味が勝ったようで、


「……………お願いします」


 と、控えめに告げるのだった。

 

 

 

 

 アリアの要望が聞けた後、すぐにライルへと確認を取りに行く。  

 急な申し出ではあったが、ライルは快諾してくれた。 

 やはり書庫には特に重要な物は無く、そういったものはライルの書斎にあるようだ。


 しかし許可してくれたのは有難いのだが、アリアとの仲が進展している事が嬉しいのか、一緒に居たセレスが妙にハイテンションだった。

 押しが強いセレスを受け流すのがやや大変だったため、早々に抜け出した。


 と、それはともかく、アリアを連れて本館の中を歩く。

 途中にすれ違う人々が何処か感動したような様子だったが、以前のラースとアリアの関係を思えば理解出来る反応だろう。

 両親や屋敷の人々の様子に内心苦笑しつつ、然程時間を掛ける事も無く、書庫へと到着する。



「此方が書庫です、どうぞ」


「ありがとうございます」

 

 扉を開けつつ、アリアを中へと通す。

 すると、

 

「………………!!」


 書庫の内観を目にし、アリアは感動したように立ち尽くしている。

 確かに、ここまで本が並ぶ様を見ると圧倒される感覚がある。


「私も最近になって利用している程度ですが、こんなにも本棚が並んでいるのは圧巻ですよね」


「……ええ、凄いです。……本が、沢山………」


 読書が大の趣味というアリアにとっては、まさに天国のような空間なのだろう。 

 やや呆然としたその様子を微笑ましく思いながら、アリアの興味がありそうなコーナーを案内する。


「この書庫にある物は自由にご覧頂いて構わないそうです。アリア様がお好きだと言っていた哲学書や歴史書はあちらに。………遠慮なさらずに、自由にご覧下さい」


「ありがとうございます。……では、失礼して」


 俺の言葉を皮切りに、すたすたと本へと近づくアリア。

 真っ先に向かったのは俺が指し示した哲学書のコーナーであり、やはり相当好きな物なのだろう。

 


「………これはっ、私の好きな著者の過去の作品!?………それに此方は、絶版になってしまった物までっ。探しても中々手に入らなかった物がこんなに……………」


 

 俺にはあまり分からない事だが、気分が高揚した様子で様々な本を手に取り、大きく独り言ちるアリア。

 普段の様子からは考えられないようなハイテンションぶりにやや驚きつつも、新鮮なその様を微笑ましく思う。


「お気に召す物はありましたか?」


「はいっ。こんな素敵な場所へ通して頂き、ありがとうございます」


 と、そんなアリアの反応に目を見開き驚く。

 というのも、


(…………………あ、笑った)

 

 アリアが普段の無表情からは想像も出来ないような、輝くような笑顔を向けていたからだ。

 とはいえ、今までも表情が変化した様子は色々と見てきたが、それは困惑や羞恥、驚きといった物が多い。

 ここまで純粋な笑顔というのは、初めて見たかもしれない。


(普段はクールな人だけど、やっぱり笑顔の似合う普通の女の子だな)

 

 と、そんな事を改めて思う。

 友人が居ない事や自分がつまらない人間だと卑下していたが、やはりそれはこういった深い部分まで見ていないからだと思う。

 この一面を見れば、もっと親しみやすい人だと感じると思うが、それはこの先変えていけば良い話だろう。

 

 今は一先ず、


 

 こんな素敵な笑顔を浮かべてくれた事が嬉しく、書庫を訪れる提案をして良かったと、ただ思った。

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