第67話 趣味
「一から関係を深めていくという事で、まずはお互いの事を知る所から始めましょうか」
そんな俺の言葉から、改めてアリアとの会話を再開する。
婚約者という認識は一度捨て、関係を作っていこうということで、自己紹介とは少し違うと思うが、まずはお互いの事を知るのが大切だと思う。
「そうですね。私もラース様、特に今の貴方の事はあまり知りませんし、ラース様もあまり私の事をご存知で無いと思いますから」
俺の提案に対して首を縦に振りつつ、同意を示すアリア。
その言葉は最もなもので、ラースの記憶を持ってはいるが、そもそも関係が希薄であったアリアのことは知らない事が多い。
とはいえ、数年間婚約者としての付き合いはあったのだから、名前や年齢といった基本的な情報は当たり前だが知っている。
そこからさらにお互いに知っていく事と言えば、
「………では、アリア様は普段どのように過ごされているでしょうか?」
無難な所ではあるが、普段の暮らし方を尋ねてみた。
しかし貴族の、それも他家の令嬢の暮らし振りというのは単純に気になる。
「そうですね。特に変わった事はしていないと思いますが、………強いて挙げるなら、読書や魔法の勉強には日々時間を掛けています」
口元に手を遣り僅かに思案した後、そう答えるアリア。
利発な彼女らしい、真面目な過ごし方をしているようだ。
「読書や魔法、ですか。………丁度私も最近になって、魔法の訓練を始めまして。アリア様はどのような魔法を勉強されているのですか?」
「私が主に習練しているのは、治癒魔法ですね。その他にも支援魔法なども並行して習っていますが、特に極めたいと思っているのは前者です」
「治癒魔法ですか。魔法の中でも使用が困難で、使い手が少ないと聞きますが。………やはり、アリア様は聡明であり、努力家なんですね」
「それ程でもありませんよ。単に魔法が好きだから練習している、という理由もありますから」
俺の言葉に謙遜したように、そう答えるアリア。
それでも極めたい、とまで思えるのは凄い事だと思う。
しかし、アリアの考えには共感出来る。
「私もまだ習い始めて2週間といった所ですが、確かに魔法を習うのは楽しいですね。好きだから練習したい、という気持ちは分かります」
俺の場合は前世において空想のものだったから、という理由もあるが、それでも魔法は気分が高揚するものだ。
アリアの気持ちは非常に分かる。
「魔法の訓練もしているという事ですが、ラース様は普段は他に何かされていますか?」
と、今度はアリアの方から俺に質問をする。
魔法の訓練以外で俺がしている事と言えば、
「私は専らトレーニングや剣術の鍛錬ですね。最近になって魔法も習い始めましたが、日々行っている事と言えば身体を鍛えることばかりです」
「この短期間にそれだけ変わっていますから、確かに頷けますね。………ちなみに、1日にどれぐらい鍛錬しているものなのですか?」
「日によって違いますが、………最低でも10時間程度でしょうか?」
「10!?………凄まじい、努力ですね」
「あまり他にする事が無い、という理由が大きいので、誇れる事ではありませんが………」
と、そんな会話をしつつ、お互いに普段どのように暮らしているかを話していく。
会話に詰まるような事は無かったが、日々の生活で特筆すべき事、というのもあまり無いため話題は別の物へと移り変わる。
「アリア様は何かご趣味はありますか?先程は読書も時間を掛けていると仰っていましたが」
「お察しの通り、趣味と呼べるものと言えば読書ですね。歴史や思想の集積である書物は、読んでいてとても楽しいものです」
これも無難な話題である趣味の話を振りつつ、先程の会話から読書が趣味かなと考える。
すると、その予想は当たっていたようでアリアは趣味として読書を挙げた。
と、そこでアリアの様子が少し変わったように感じた。
その言葉は饒舌なものに感じ、雰囲気としても語っているだけで何処か楽しそうだ。
声色もワントーン高いものに感じるし、俺が思っていた以上に読書が好きなのかもしれない。
「私も読書は好きですし、最近では様々な本を読んでいます。アリア様は、どういったジャンルの本がお好きですか?」
ラースの記憶があるため勉強という程でも無いが、この世界の事を知るためや単純に娯楽としても時間がある時に読書は嗜んでいる。
前世においても小説を読む事は好きだったし、趣味とまで言えるかは分からないが、読書はよくしていた。
そんな事を考えつつアリアの返答を待っていると、当の彼女が何処か硬い表情をしている事に気付く。
先程に似たように、発言するかどうか迷っているような印象だ。
と、そこで、
「……大抵のジャンルは好きですが、私が好んで読むのは、…………その、哲学書や歴史書などです」
と、やや口籠もりながら告げる。
何故そんな言いにくそうに告げるのかは良く分からなかったが、その答えもアリアらしいものだと思った。
「そうなんですね。私はあまり造詣が深くないジャンルですが、そういった書物を好んでいるからこそ、アリア様は聡明なのでしょうね。………哲学書などは、どういった点がお好きなんですか?」
と、自然な会話の流れとして問いかけると、アリアが目を瞬き驚いたような反応をする。
やや呆然としたその様子を不思議に思っていると、探るようにアリアが尋ねてくる。
「……………つまらない、とは思わないのですか?あまり人からは理解されない趣味ですし、大抵の方は面白く無いという反応をされますが………」
その言葉を聞いて、先程どんなジャンルの本が好きか、という問いに悩んでいた理由が分かった。
確かに哲学書や歴史書というのは比較的マイナーなジャンルだと思うし、アリアと同年代の子供にはつまらないと感じてしまうかもしれない。
きっとそういう経験があったからこそ、自分の事をつまらない人間だと卑下していたのだろう。
趣味というのは多種多様だし、人によって合う合わないは存在するだろうから、仕方ない部分はある。
俺が面白く無いと感じないのも、前世の経験で哲学や歴史を学んでいたから、ある程度は理解出来るという要因もあるかもしれない。
けれど、それでも、
「仮に合わないものだったとしても、他人の趣味を否定したりはしませんよ。アリア様の様子を見ていれば、本当に読書がお好きだという事は伝わってきますから。…………確かにあまり理解されないご趣味かもしれませんが、それでご自身までつまらないなどと言われて良いはずはありません、決して」
俺が一日中鍛錬に耽っている事も、他人からすれば理解出来ないことかもしれない。
そんな風に自分以外には分からないという事は、何かしらあるものだと思う。
理解出来ないのは仕方ない事だ。
けれど、それで趣味やその人自体を否定して良いはずも無い。
そんな思いを込めてアリアの言葉を訂正すると、
「……………私は本当に好きな物なのですが、他者からはあまり理解されず、つまらないと多く言われてきました。それでも好きなものは好きで、辞める事など出来ませんでした。…………だから、ラース様にそう仰って頂けて、……その、嬉しかったです。ありがとう、ございます」
アリアは俺の言葉を受け、ほんの少し顔を赤らめつつ、ぎこちなく感謝する。
普段はクールで大人びた印象の強い少女だが、やはり年相応の感性も持ち合わせているのか、他人につまらないなどと言われる事を辛く感じていたのだろう。
どこまでアリアの心に響いたかは分からないが、俺の言葉などで少しでも彼女が救われたのなら良かったと、そう感じた。
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