第66話 関係の進展
離れの客間へとアリアを案内する。
前回同様、部屋の中には俺とアリアの二人しか居ない。
先程の会話で一月前に定めた条件を果たせたという事は分かったが、一先ず何から話すべきだろうかと考えていると、アリアが口を開く。
「以前に交わした条件をラース様が果たされたのですから、私も約束を守ろうと思います。………貴方が変わられたという事を、信じます」
俺が改心したという事を前回もある程度は受け入れてくれていたが、今回の件でどうやら全面的に信じてくれるようだ。
「………ありがとうございます」
「感謝されることではありません。貴方が努力して、掴み取ったものですから」
「……それでも機会を与えて下さったのはアリア様です。ならば、私は貴方の優しさに感謝します」
確かに定められた条件を達成したのは俺だが、そもそも前提となるチャンスをくれたのはアリアの寛大さがあってこそだ。
そんな思いから深く感謝を告げると、
「……そう、ですか。では、一応受け取っておきます」
アリアらしい素っ気ない物言いではあったが、その声色に少しの温かさが混じっていたのは、きっと気のせいでは無いのだろう。
冷たく、無機質な印象を受ける存在ではあるが、その実優しさや献身さに溢れた女の子だ。
と、それはともかく、
「………では、私達の今後の関係をやり直す機会を頂ける、という事で宜しいのでしょうか?」
「ラース様の誠意は伝わっていますし、目に見える形としてここまでの結果を出して頂きました。……もう、過去の事を気にする必要はありませんよ。今後の関係をより良いものにする、という事に関しても異を唱えるつもりはありません」
関係改善について前向きな返答をくれるアリア。
これでアリアとの関係はようやくスタートラインには立てたといった所だ。
では、そのためにこれから何を話そうかと考えていると、アリアが何処か憂わしげな表情で告げる。
「………といっても、具体的に何をしていけば良いのか、私にはあまり分かりませんが…………」
アリアの言葉は理解出来る。
確かに今までの関係が複雑だっただけに、これからやり直そうといってもどうしていけば良いのかは難しいものがある。
悩ましい問題ではあるが、
「婚約者、という関係を意識すると難しいものがありますから。一先ずは友人として関係を深める、というのは如何でしょうか?」
幼い頃からの縁でもある婚約関係は、現代日本で生きていた俺としても難しいものだ。
ならば一旦その関係は忘れ、普通の友人として接していくというのは悪くない案では無いだろうか。
そんな思いを抱きつつアリアの返答を待っていると、当のアリアがまたも何処か悩ましげな表情を浮かべている。
「……友人、というのも難しいでしょうか?」
「いえ、そういう訳では無いのですが………」
あまり良くない提案だったろうかと思い尋ねる。
すると、アリアは口籠るように何かを言おうとして、辞めてしまう。
言うべき事があるけれど、実際に言うのは躊躇われる、といった様子だろうか。
(…………………?)
そんなアリアの様子を不思議に思っていると、意を決したように告げられる。
「………その、……私は、同年代の友人が居ないので。………友人関係というものをどう構築していけば良いのか、いまいち分からなくて………」
ほんの少し頬を朱に染めながら、目を逸らしつつ告げるアリア。
何に悩んでいるのだろうと思っていたが、まさかそんな可愛らしい理由とは思わなかった。
思わず肩の力が抜け、無意識の内に口元も緩んでしまったのだろう。
そんな俺の反応を咎めるように、若干声を上ずらせながらアリアが告げる。
「ッ………どうせ私は同年代の方達と話が合いませんし、何を考えているのか分からないと言われるような、つまらない人間です。笑いたければ、笑って下さい」
投げやりに、或いはやや拗ねたようにそう告げるアリア。
ラースの記憶からは本当に表情が変わらず、常に冷静な少女といった印象だったし、実際今もそういった人柄だとは思う。
けれど一月前に会って以来、俺としては割とよく表情を変える、感情豊かな女の子に見える。
まあ仮にも婚約者という事で接する機会があるという理由が大きいのだと思うが。
と、そんな事を考えていたが、直ぐにアリアの言葉を訂正しなければならない。
「申し訳ありません、意外な理由だったのでつい。ですが、決してからかっている訳ではありませんよ」
想像の斜め上を行く回答だったので、本当に気が抜けてしまっただけだ。
馬鹿にするといった感情があった訳ではない。
「それと、他者からアリア様がどう見えているかは分かりませんが、少なくとも私は貴方の事をそのようには思っていません。……確かにアリア様は冷静でとても落ち着いた方ですが、その中にも優しさや温かさがある、素敵な女の子だと思います」
「……………!?!?」
確かに、表情が無機質で頭も相当に良いだろうアリアは同年代の子供とは馴染めないかもしれない。
それが原因で先程の言葉のように、話が合わないとかつまらないと言われる事があったのだろう。
表面上の付き合いだけなら、それは仕方ないとも思う。
けれど、もっと深い部分を見ればアリア・ローレスという少女はつまらない存在などでは決して無い。
令人としては実際に会ったのはたった2回だけで、知ったような口を聞きたい訳では無いが、その位は短い期間でも分かる。
そんな感情を込めてアリアの言葉を否定する。
しかし、当のアリアからの反応が何も無いため、彼女の様子を確認すると、
「〜〜〜〜〜ッ//」
顔を俯け、肩を小さく震わせていた。
その様子は照れているようにも見えるが、先程の言葉は流石にストレートな物言い過ぎて、あんな事を言われたら誰でも照れるかもしれない。
自らを卑下するアリアをフォローしたい一心で紡いだ言葉だったが、ありのままに告げ過ぎだったかと、軽く後悔する。
そこで小さく震えていたアリアが、やっとといった様子で口を開く。
「あ、貴方にそんな事を言われても、そこまで嬉しくはありませんが。…………ですが、一応感謝はしておきます」
都合の良いように受け取るなら、前半の言葉は本心でない強がりにも聞こえる。
とはいえ、まだアリアとの仲はそこまで縮まってはいないかと、直ぐに思い留まった。
「……それに同年代の友人が居ないという事であれば、私も同様です。まあ、私の場合は自業自得で、アリア様とは全く異なる理由ですが」
当然ではあるが、悪童であったラースに友人など居ない。
俺という人格が目覚めた後も、ライルやセレス、セドリック、騎士の人々と親しくなった存在は居るが、同年代の友人という訳では無い。
アンナについても関係がやや特殊で、友人という枠組みに収まる間柄では無い。
「如何でしょう。お互い初めて同士、一から関係を作っていきませんか?」
「…………そう、ですね。……私が相手では難しいかもしれませんが、よろしくお願いします」
少し緊張した様子で、けれど先程よりは幾分かリラックスしたように口元を緩めつつ、そう応じるアリア。
俺達の関係はまだまだ始まったばかりではあるが、良いスタートが切れたと、そう感じた。
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